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第44話 ヒトガタの魔物


「さいきんっ、こんな奴ばっかりでござるな!」


 ツバキが再び斬りかかりヒトガタの魔物に浅く傷をつけるが、それが致命傷になり得ないことは誰の目にも明らかだった。


 のっぺらぼうな頭部に何度も斬りつけ、蹴った勢いで甲板に戻ってくる。


「浅くは切れるということは、皮膚が硬いというわけではなさそうだけど」


「うむ、刀がはじかれるような感覚はないでござる。しかしそれだけに解せぬな、一体どんな仕掛けか」


 血振るいして刀身を確認するけど、刃こぼれなどは見当たらない。


「……密度です! あの生物はとてつもない密度の肉で刃を防いでいます!」


 じっとヒトガタの魔物を見ていたアルマさんが何かを察して声を上げた。密度とはどういうことだろう?


「金属の鎧は矢で射抜くことが出来ます。しかし、布を何重にもきつく圧縮して作った鎧は、決して通常の手段では矢で射抜くことができないと教わりました!」


 ぎっしり重ねた紙の束は、切りつけても突き刺しても殴っても、その向こうまで威力が届くことはない。あの魔物の体は、そういう風に出来ているらしかった。


「くぅ、やりがいあるなぁ!」


 さっきまでとてつもない暇だったんだ、手ごわいくらいでちょうどいいじゃないか!


「うわぁ! 化け物が!」


 うめき声とともに魔物が腕を振り上げる様子を見て、船員が悲鳴を上げる。


 逃げ惑う船員たちをかばうために、振り下ろされた腕をツルハシで殴って弾くけど、船の縁にわずかに引っかかり破損してしまった。


 けたたましい音とともに木屑が飛び散り、甲板の下にあったらしい通路が露わになる。高密度の肉体は見た目以上に重く、それだけでかなりの破壊力だ。


「ツバキ! このままだと船が壊れてしまうからいったん降りよう!」


「合点!」


 僕とツバキは同時に船の手すりを乗り越え、海へと飛び降りた。


 甲板から海までのわずかな落下時間の間に、魔力の風が僕らにまとわりつく。


 ツバキの足は沈むことなく、まるで蓮の葉が浮くように静かに水面へと着地した。一方で僕の足裏は激しく水を弾き、水切り石のように海面を勢いよく滑り出した。

 

 ツバキの『軽功』と、僕の『スリザード』は、エフェクトと原理は違うがどちらも同じ「水上を移動することができる」スキルだ。僕のは移動速度もおまけでついてくるけど、ツバキは元がすばやく動けるので補正がない代わりにコストの低い『軽功』を選択している。


 二人で撹乱するように海面を動き回りながら、細かい切り傷を増やしていく。


 ヒトガタの魔物も何もしない甲板上の人々よりは、鬱陶しく切りかかってくる僕らのほうに敵対心を持ったのか、


「こいつ本当に効かないな!」


 一通り攻撃し終えてから、海面をすべってツバキと合流する。魔物は動き自体は素早いものの、行動するまでに時間を置く傾向がある。今はその小休止だ。


「まるで紙の束を一枚ずつ斬っている感覚でござる! これは……」


「分かってる、なるべく強力な魔法攻撃しかないけど、船上から撃てば反撃で船が破壊されてしまう」


「うむ、アルマ殿もヘル殿もそれが分かっているから攻撃できずにいる」


「むしろ二人に攻撃させて、反撃を僕らで防いだほうが良かったかな」


「今から船に戻ったらカッコ悪い……」


「一理あるね」


 振り下ろされる腕を左右に分かれて避ける。魔物の倒し方を相談していたら、なんとなく昔に攻略法を話し合ったりしていたのを思い出した。未知の敵を相手にしたとき、そういうのが楽しかった。


「じゃあ、これはどうかな!」


 僕は忍ばせていたタタル草の種をひとつ取り出し、口の中に放り込むと奥歯で噛み砕いて飲み込んだ。


 直後、体に魔力がみなぎるのがわかる。さすがは魔力を全回復するアイテムだ。


 めちゃくちゃに暴れるヒトガタの魔物をかいくぐりつつ、ツバキにすれ違いざまに魔法をかける。かける魔法は『スペルエッジ』という、武器に魔力の刃を付与するものだ。


 ツバキの持っている刀に、光で出来た刃が継ぎ足される。


「その胴、真っ二つでござる!」


 横のなぎ払いが魔物の胴を切り裂くと、真っ二つとはいかないまでも先ほどよりずっと深くを抉り、赤い血を噴出させた。いかに頑丈な体といえど、魔法による攻撃には無力だったようだ。


 しばらく苦しむようにもがいた後、魔物は水面へと倒れた。


「テオ殿~! やったでござるな!」


「おう!」


 僕とツバキは、ハイタッチを交わして船に戻った。





「さすがだな! 水の上を走りながらあんなでっかい魔物を倒しちまうなんてよ!」


「しかもよ、すげー頑丈そうに見えたのに一太刀でかなり深い傷を負わせてたぜ! やるじゃねぇか」


 僕らをロープで引き上げてくれた船員たちは、やいのやいのと賞賛や驚きの言葉を浴びせてくる。船長もその人だかりから少し外れたところでしみじみ頷いていた。


「はっはっは! 拙者とテオ殿にかかればあんな奴、釣りのついでの運動でござるよ!」


「へぇ~! そりゃあいい、また出てきたときには頼むぜ!」


「バカだな、あんなおっかない魔物、そうそう出てくるかよ」


「ちげぇねぇや、がはは!」


 ツバキの鼻が天狗になっているところで、船が一際大きく揺れる。ざばぁ、海面を突き破って、同じ魔物が現れた。


「ひぇぇっ! ま、また出たぁ!」


「慌てるんじゃねぇよ、俺たちにゃあ心強い味方……が……」


 それは二匹目、三匹目と現れ、しまいにはぱっと数えられないほどの群れを作り上げた。


「一つ聞く」


 船長が人垣を割って僕らに近づいた。


「アレら全部から船を守りつつ、討伐していくことは可能か?」


 全力で首を横に振った。それだけで船長は大音声で号令を上げた。


「総員! 船を魔法動力に切り替えろ! この海域を脱出するぞォー!!」


『サー!』


 船は魔力によって全速力で進み、僕らの旅程は遅れを取り戻すことができた。

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