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第37話 セラくんの指摘

 意外にも、僕を信用するための条件とは王都に来て欲しいというものだった。


 危険人物とみなしている人物を、国の最重要都市である首都に連れて行って問題はないのだろうか、すこし疑問があるけど、そこに行くだけでいいなら是非もなかった。


「テオ、この人の言うことは聞いちゃダメだよ」


 そう思ったところに、セラくんが口をはさんだ。その目は警戒するようにヘルさんを睨みつけている。


「嘘は言っていないわ」


「真実も伏せているよね」


 沈黙が流れる。ギルドが箱を隠している以上に秘密なんてあるのか?


「なんのことかしら、説明していただける?」


「いいとも。あなたはテオを殺そうとした」


 セラくんが突拍子もないことを言い出して唖然とする。一体どういうことなんだ。


「まあ、言いがかりだわ。何を根拠にそんなことを言うのかしら」


「浸食王と戦った時、不自然な点が多々あったね」


 すぅ、と部屋の温度が少し下がるような錯覚。今まさにここで静かな戦いが始まっている。


「まず人が居なかった。危険な存在がいたとしても野次馬すらいなかったのは何故? ギルドの人たちが避難させたと考えるべきかな。じゃあなぜそこまでスムーズに誘導できるほどのギルド員が港に集まっていたのか」


「石化金属のゴーレムが出現したという報告があったの。万全な状態にしておくことは悪いことではないでしょう?」


「そうだね、でも少し違う」


 言い返されても動揺することなく会話が続けられる。


「実際のところ、さっきまで確信できずにいたんだ。あなた方にテオを殺す理由がないと。でも違った。テオの力が突然弱体化し、そしてギルドの最大の機密である箱を探し始めた。


 脅威に思ったあなたがたは、その弱体をチャンスとし、石化金属のゴーレムをぶつけて後に、へルヴェリカさん自身の手で殺そうとした。


 万全な状態とは、石化金属を確実に殺せる準備を整えた状態のことじゃない。テオを殺害するために出来る限りの戦力を集めた状態のことだ」


「機密をなぜか知っていた程度で始末したりするかしら」


「する。なぜなら僕が知らなかったから。国内の重要人物を暗殺することを生業にしてきたヴァロール家ですら知らない情報を、行く先々で撒き散らす可能性がある旅人を放っておける?」


「……そう、あなたはヴァロール家の」


「ツバキさんがあの場にいなかったのは、誘導された場合のための戦力ではなく、テオに加勢しないために理由をつけて遠くに追いやられていただけ。その目論見は破綻していたみたいだけどね」


「ええ、あの石化金属のゴーレムが誘導でもなんでもなく、ただ浸食王を呼び出すためのものだったのは誤算だったわ」


 ヘルさんが否定しなくなる。背筋が冷える思いだ、身近な人に殺意を持たれていたなんて。


「あなたはテオと浸食王を戦わせている間も、魔力切れを装いつつ両者共倒れの機会を待った。ギルドまで逃げれば魔力回復の手段はいくらでもあったろうに、その場にとどまり続けたのはそれが必要なかったから。魔力切れのふりをしてその実、力は万全に近いほど残っていた。


「どうして魔力切れではないと?」


「海に氷が残っていた。あなたは氷の魔法を使用し終わると必ず解除していたけど、もしかしてそうすることで魔力の節約ができるんじゃないかな? 


 なら凍らせ続けることができたのは魔力が残っていたことの証拠になるはずだよ」


 そして、とつなげる。


「ツバキさんが来てしまったのは誤算だったけど、それでもあなたにはテオを殺すチャンスがきた。テオが再び海に出て、氷の上で戦い始めたことだ。


 もしテオが致命傷を負ったなら、足場となっている氷を解除するだけで海の底に沈めることができた」


「そんなことはしなかったけれど」


「できなかった。ツバキが僕とあなたを抱えて撤退したから。


 そのせいで肝心の決着を見届けられず、魔法の解除タイミングを見失った。失敗がこうも重なるとお粗末に見えてくるね?」


「ええ、私にそういうのは向いてなかったみたい」


 気のせいでもなんでもなく、部屋が冷え切っている。ドアも窓も氷で封じられ、吐息は白くなった。


 アルマさんが火竜石の指輪に手を添える。何かあったらすぐにでも魔法を使おうという気配だ。


「向いていないのは、あなたの背後にいる人物じゃないかな」


 一方でまったく動揺を見せずにセラくんが言う。


「この町の広さ、ツバキさんの移動速度、そういったものを把握している人間がこんな作戦を立てるかな?


 ヘルヴェリカさんはあくまで、誰かの指令でそう動いたんじゃないの?


 あなたの背後にいる人物がテオを警戒しているだけで、あなた自身はむしろ消極的ではあるものの失敗を望んでいたように見えるよ」


「……ありがとう、この氷の意図に気付いてくれて」


「見張られているんだね。それにしても防音までこなせるんだ」


 全然気付かなかった。ギルドの回復術士が二人ドアの外にいるのはわかっていたけど、どこに監視者がいるんだろう?


「表の二人は私の監視役よ。とはいえ、今はもうテオさんに対する殺害命令は取り下げられていて、私が彼らに何かされるということはないのだけれど」


「取り下げたのは何故?」


「利用価値が出てきたからね。この国で最近暗躍する連中がいるのだけど、それに対抗する戦力を欲している。浸食王を倒したことで、私の背後にいる人物よりもっと偉い人が仲間に引き入れろと言い出した」


 セラくんの口角が上がった。まるで悪戯が成功した子供のような笑顔だ。


「ならテオは選べるはずだよ。この町の箱を開けさせなければ協力しない、ってね」


 まいったというようにヘルさんが深いため息をつく。部屋を凍らせていた冷気が一瞬にして消えた。


「実のところ、仲間に引き入れろという指令のついでに箱を開ける権限が付与されているの。それでも今後を警戒して開けさせたくなかったのだけどね」


 くるりと回れ右してドアを向く。


「では、ギルドへ箱を開けにいきましょうか」


 ギルドの建物には、いくつかの隠し部屋があるようだった。一階の、ヘルさん管轄の倉庫を開けると、箱が一つぽつんと置かれていた。部屋は狭いからと、倉庫の中に入ったのは僕とヘルさんだけだ。


「おや、おやおやおや~? この気配!」


 聞き覚えのある甘ったるい声、湧き上がるように淡い光がぽつぽつと集まって半透明の人物を作り上げる。それは次第に濃くなって、一人の女の子を作り上げた。


 桃紫色の短いツインテール、人懐っこい表情にメイド服。


「じゃじゃ~ん! あなたの持ち物大切に、安全確実いつまでもお預かりする、お預かりガールのそーこちゃんで~す!」


 カルメヤ村以来の、そーこちゃんとの再会だった。

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