第34話 精一杯の強がり
昏睡から目を覚ました後、食事を取った僕は、まったくもってどうしていいか分からない事態に直面していた。
数回のノックの後、用事があると言って部屋に入ってきた下着姿のアルマさんが、混乱する僕のベッド横で土下座をした。白い背中と、わき腹の傷跡
「あっあ、アルマさん!? っ、いてて」
驚きながらも止めるために立ち上がろうとすると、激痛が僕をベッドに押し戻した。まだ立ち上がるのには痛みが伴うようだ。
「今回の大怪我、奇跡的に助かりましたが死んでいたかもしれません。全ては私のせいです。カルメヤ村で命を救っていただいた恩人に対しこの所業、私をいかようなりと扱ってください」
アルマさんが床に額をつけたまま言う。いや、あの、アレだ。きっとこの世界では土下座って「ごんめ~☆」くらいの意味合いに違いない。そうだ、きっとそうだけど、まあ一応セラくんに聞いてみようかな。
何も言わず紳士的に顔を背けて壁とにらめっこしてくれているセラくんに声をかける。
「セラくん、実は俺この世界の文化ってよく知らないんだけど、アルマさんはどうしてこんなことを」
セラくんはややあってから、やんわりとした表現になるよう気遣いながら教えてくれた。
「えっとね、裸や下着姿になることは武器も防具も持っていない、全てを受け入れるっていう意思表示。床に座り、頭をつけるのは、寝食全てが床で行われていた奴隷という身分をなぞらえたもの。そしてそれを第三者の前でするのは、自分の人間としての尊厳を放棄する……この先誰からも人間として扱われなくてもいいっていう覚悟があるということ」
つまり、と言ってからセラくんは先を言うべきか悩んだようだった。壁のほうを向いた顔は、どうなっているのか分からない。そこから先は、あえて厳しい言葉を選んだようだった。
「……赦されることを想定していない。せめてあなたの家畜になります、それすら受け入れられないならば自ら命を絶ちます。っていう贖罪だよ」
僕はその話を聞いて激しい後悔に襲われる。
浸食王の撃破でもって、ツルハシ消失事件は水に流したものだと思い込んでいたけど、アルマさんにとっては終わっていなかったんだ。きっと彼女は僕が眠っている二日間の間、自分を責め続けたことだろう。
そして僕は眠りこけていたがために、彼女がこんなことをするまで思いつめることを止められなかった。
もっとちゃんと、大丈夫だと強く言っておくべきだった。
僕は黙ってかけ布団を掴むと、ばさっとアルマさんの上にかぶせた。この宿の布団はふかふかで、アルマさんが大きな布まんじゅうのようになる。
「アルマさん、俺はツルハシを取り戻す方法を思いついたし、そもそも無くてもそれほど困っていないってことはセラくんに教えてもらった。浸食王はちょっとタイミング悪かったけど、ツルハシが無くてもなんとかなるって証明したのはアルマさんだよ」
なんとか説得を試みるけど、床の布まんじゅうからはくぐもった声が返ってきた。
「でも、あなたは大怪我を負いました。二日も昏睡していました。今も痛みがあるはずです」
「それは……」
セラくんが僕に痛がるなと言った理由を思い知る。彼はせめてわずかでも、アルマさんを襲う罪悪感を増やすまいとしてくれていたんだ。
でも足りない、もっともっと強がらないといけなかった。
ツルハシが今後戻ってくるかどうかなど関係ない、怪我を負ってしまって、二日も目を覚まさずにいたせいでこうなってしまった。
今から足りなかった分を取り返すためには、どれくらい強がればいいんだ?
セラくんは壁に向かっていて何も言わない。アルマさんも床でじっとしている。いや、今このふたりに何かを求めるのは間違っている。必要なのは僕の言葉のはずだ。
「セラくん、ちょっとアルマさんと出かけてくる」
痛みをおして立ち上がり、布団ごとアルマさんを持ち上げて脇に抱える。怯えたようにびくりと震えたのが分かったけど、無視してドアに手をかけた。
「うん、行ってらっしゃい」
セラくんに見送られ、僕はアルマさんを抱えて宿屋を出て行く。
通りに出て、人気のないことを確認すると、ぐっと足に力を込める。上半身の骨に痛まないところは無かったし、背中がじわりと濡れたような気もしたけど、構わず石畳を蹴って空へと跳び上がった。
「アルマさん、顔出して。無理なら布団の隙間から外を見るだけでもいい」
建物の群れを抜けて、満天の星空の、まるで中心のような高さまで到達する。眼下には街頭や窓から漏れる明かりが白い建物たちを浮かび上がらせ、その白壁は受けた光を滲ませるようにあたりに広げていた。
夜空には何一つ知っている星座は無かった。あったとしても、見つけられないだろう。それくらい星は空を埋め尽くして、この世のどこにも完全な暗闇なんて無いと言わんばかりだ。むしろ、空自体が光り輝いているような気さえした。
飛び上がる勢いが衰え、一度静止した後にゆっくりと落下が始まる。どこかの建物の屋根に柔らかく着地し、間髪いれずにまた飛ぶ。高く飛び上がると、海が視界の下から遠く水平線まで続いているのが見える。その波間はきらきらと星の光に煌いていた。
「アルマさん! 俺、こんなに元気だよ!」
空の上で、星空のど真ん中で、僕は叫ぶように言った。一言一言を強がりたかった。また落下して、また同じように飛び上がった。
「イィィヤッホォーーーーッ!」
風圧も浮遊感も、夜の涼しさも、弱った体には良くないものかもしれない。
「見てよあの星、すごく明るい! それに海って上からみるとこんなに広いんだ!」
僕は町の上空で叫び続けた。人ひとりを抱えて、何度も何度もこんなに高く飛び上がるなんて、なかなか出来る人はいないはずだ。
「この町に来る前さ、シェアヒ草原でもおんなじことしたよね……変わってない、変わってないよ。ツルハシがあったってなくなって! 俺は俺のままだ! ちょっとした怪我くらいなんでもないんだよ!」
丸まった布団には隙間があった。僕の励ましを聞いてくれているか、外を見ていてくれているかは分からないけど、そんなこと気にせず何度も何度も星空へと飛び込んだ。
「とても、とても綺麗な星と海です」
布団の隙間から、ぼそぼそとアルマさんの声が聞こえた。風圧で声がかき消されないよう、一度着地するとジャンプするのをやめて、屋根の上から海を眺めた。
「……おんなじです。あの草原で高く飛び上がったとき、遠くに海が見えたんです。私は、目が離せなくて、太陽の光が海にキラキラしているのが綺麗だと思ってました」
シェアヒ大草原で高く飛び上がったとき、アルマさんは周りに目もくれず、ヘリオアンの方角を見続けていた。それは、あの景色の向こうに海が見えていたからだった。今度は、海の向こうに美しい何かが見えたのかもしれない。
「テオさん、あなたが私に何も変わらないと、許すと言ってくれるのだとしても、私は私を許せません」
……でも、僕の必死な強がりは、アルマさんの罪悪感を消し去るにはとても弱かった。
「ですが、あなたがこんなにも私を許してくれているなら、その間は私も自分を許せるように、努力してみます」
そこまで言うと、布団の隙間はきゅっと閉まった。
*
アルマさんを女子部屋に押し込んでから自分の部屋に戻ると、セラくんが布団に突っ伏して震えていた。
「ふっ、くく……ふふっ、あははは、テオ、慰めかたすっごい、下手……! ぷふっ」
「う、うるさいな。あれしか思いつかなかったんだよ」
見られていたらしい、セラくんは大笑いこそ我慢しているけど、耐え切れないというように震えながら声を漏らした。僕はかなり恥ずかしくなってきたけど、さっき以上に強がってみせ、もう寝ようとベッドに飛び乗った。そして気付く。
「あれ、布団」
そういえばアルマさんをくるんだまま、女子部屋に放り込んできてしまった。かと言って今から声をかけるのも気恥ずかしい。ええい、そのまま寝てしまえ!
……翌朝、アルマさんがものすごく申し訳なさそうに布団を持ってきた。許すだの許さないだのの話をした直後のやらかしだったせいで、とてつもない気まずさだった。セラくんはとうとう耐えられなかったのか、声を我慢しきれずに大笑いしていた。




