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本編にはまったく関係ない話 その2

 僕が気絶した後のことを聞く。最後に移動魔法で接触されつつも、冷静に反撃して倒したこと。ツバキがセラくんとヘルさんを抱えて無事に安全な場所まで退避できたこと。アルマさんが魔力切れを起こしながらも海に漂っていた僕に救助を呼んでくれたこと。僕が二日間も目を覚まさず、時折うなされる様子を見せていたこと。


 日が暮れて、部屋を照らす明かりがランプの柔らかな光に変わってから、ツバキが下の階で開いている食堂の料理を運んできてくれる。とろみのある野菜スープと、何かの葉っぱで包み焼きにした魚だ。


 ツバキは半身を起こしたセラくんにはお盆ごと渡し、部屋のテーブルに着いて自分の分を食べ始める。怪我人ということで、アルマさんが僕の分を食べさせてくれるようだ。


「テオさん、どうぞ」


 アルマさんが木製のスプーンに掬った野菜スープを僕にずずいと差し出してくる。何が変わったとかは分からないけど、少し圧が強くなったと思う。スプーンを差し出すだけで有無を言わせない雰囲気がすごい。


「あ、ありがとう」


 スプーンを咥える。旨味の濃いとろりとしたスープの中で、くたくたになった野菜がほぐれる。つまりおいしい。


 食べさせてもらうのってなんだか気恥ずかしいんだよね、今度チャンスがあったらやり返そう。


 そこでふと、悪魔のようなひらめきが僕の頭に降ってきた。


「アルマさん、ちょっと、スプーン貸してもらえないかな」


「なぜです、食べにくかったですか?」


「……いいからちょっと、多分アルマさんも気になってるものが見られるかも」


 セラくんとツバキが談笑しているタイミングを見計らい、声を潜めてアルマさんを説得する。アルマさんは首をかしげながらも木製のスプーンを渡してくれた。


 僕はそれを受け取り、スープを掬ってセラくんに声をかけた。


「セラくんセラくん、あーん」


*


「セラくんセラくん、あーん」


 テオがそう言ったその時、アルマに電流が走る。2人の緊張した面持ちに一人テーブルでスプーンを咥えたまま疑問符を浮かべるツバキ。3人の視線はセラフィノに集まる。


「? あーん」


 その時、3人は見た。開けた口から覗く、少年らしい健康的な紅い粘膜。スプーンを咥えることでその形に変形するやわらかそうな唇を。


(うわ……なんか)

(これは、すごく……)

(いけないものを見てしまった気分ですね……)


 セラフィノはこれまで不思議とものを食べている姿を見せなかったが、いざその現場を目撃すると、何のことはない、いたって普通の仕草だった。しかし、それを見た全員が、その姿に背徳を感じてしまったのだった。


*


 セラくんの唇がスプーンから離れる。意図がわからなかったのか、セラくんは首をかしげながらも僕に微笑んだ。


 僕の手にある木製のスプーンが、貴重な素材で作られた財宝のように見えてくる。


 例えば中学生のころ、好きな子が使った食器に対する思いのような、小学生のころの憧れのお姉さんの私物のような、高校生のころの後輩が「先輩そんなの気にするんですか?」とからかうような、そんな甘くほろ苦い思いが詰まったような……。


「このスプーン、高値で売れる気がする」


「いやいやいや! 何言ってるでござるか!?」


「銀貨3枚ってところでしょうか」


「アルマ殿!?」


 ツバキもツバキで、ありえないとも言い切れないような難しい表情だ。よし、ここは一押ししてやろう。


「俺なら銀貨5枚」


「なら6枚です」


「へぇ、じゃあ金貨1枚だ」


「い、いや……あの、金貨2枚は出るでござろう……」


 ツバキがもごもごと自分が妥当だと思う金額を提示してくる。怪我をして回復術士に魔法をかけてもらう金額が大体半銀(銀貨1枚のおよそ3分の1)、金貨2枚なら大体60回分か。


「金貨2枚か……確かに」


「妥当ですね」


 おおむね意見が一致する。そういえば僕は45枚の金貨を持っていたな、2枚くらい使ってしまっても……。


「テオ殿、妙なことは考えないことでござる」


「くっ」


 ツバキに釘を刺される。一方でアルマさんはさらに考えを広げようとしていたようだ。


「人によってはもっと取れるでしょうか」


「実演でもしないとこれ以上は取れんでござるな」


「それ含めたらどうなります? 例えばセラくんにあーんする権利とセットで」


「うわ、えぐい商売思いつくね」


「売春よりはよほど健康的です」


 それからセラくんそっちのけで、僕とアルマさんとツバキはスプーンをこのまま使うこと、食堂に返すことは倫理的に大丈夫なのかの議論まで発展した。


 結論として、何もなかったとして食器は全て食堂に戻し、僕ら全員この出来事を忘れようということになった。

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