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第29話 ギロチンの尾

 アルマさんの砲撃ともいえる光線が浸食王の甲殻に接触して爆発を起こし、その巨体を揺らした。彼女は指輪に込められた火の魔法を使いこなせるようになったのか。それとも、無茶して魔法を撃っているのか。


 目をこらして岸にいるアルマさんを注視すると、弓を構えているようだった。炎の魔法を矢に変えて撃っているのか? そうだとしたら、矢に変換する分余計に魔力を消費してしまうはずだけど……。


 いや、元々ある矢と火の魔法を一本の矢に生成し直して撃ったのか。推進力を物理的手段にすることで魔力を節約したってことなのかな。


『あの忌々しい火吹きトカゲの加護か、面倒なものを持ち出しよるわ』


 ぎろりと睨むようにアルマさんを見て、不機嫌そうな声を出す。連峰を支配する火の竜をトカゲ扱いできるのは王たち以外にいないだろう。


 僕の立つ氷塊が不自然に揺れた。いや、海面の動きが不気味だ、何か大きなものが水面下を動いたような気配。


 浸食王が一種類の攻撃手段しか持っていないということは考えにくい。そして、そこいらの魔物ならともかく、王が一方的なアウトレンジ攻撃を許すだろうか。


 そう、王に攻撃が届くということは、王からも射程内だということだ。


『工夫は良かったが、これをかわせんようではわしを倒せぬぞ。小娘よ』


 巨大な、本当に巨大な水しぶきとともに浸食王の全体が海中から現れ、水面を離れて宙を浮く。


 蛇腹の甲殻に覆われた海老のように長い体の先に、極彩の4枚の薄い尾がついていた。本当なら息を飲むような美しさなのかもしれないけど、僕はギロチンの刃を見るようにぞっとした。


 それが、命を簡単に奪う凶器であり、アルマさんが狙われていることを理解したから。


 浸食王はすでに体を水面から飛び上がらせ、丸まって力を溜める姿勢になっている。あとは振り下ろすだけ、それだけでアルマさんに致命的な何かが起こる。助けなきゃ。


「りっ、『リターン』!」


 慌てすぎて言う必要もないのに魔法名を口にしてしまう。戦闘中に技名を叫ぶのは、こういう気持ちから来ていたのかもしれない。


 帰還魔法『リターン』は、文字通り外出先から町へ戻る魔法だ。ゲームでは好きな場所に戻れたけど、こっちでもそうあってくれと強く願った。


 一瞬の暗転の後、僕は陸にいて、目の前にアルマさんがいた。


 良かった、上手くいった。間に合った。


 背後から迫り来る尾による斬撃を背中で受けることで、僕はアルマさんとヘルさんを庇うことができた。


*


 理解できない光景だった。遠くにいる巨大なエビの出来損ないが、海面を跳ね上がったと思うと体を丸めて、弾けると同時に一回転。その振り回された尾から波間を切り裂き迫る斬撃が放たれ、しかしそれは沖で氷を足場に戦っていたはずのテオが目の前に現れてかばってくれた。


「あ……テオ、さん」


 ぽたぽたと、テオの足元に血溜まりが出来ていく。両手を広げ、出来る限りかばう範囲を広くしようとした姿勢のまま、苦痛・激痛に耐える苦悶の表情をしていた。そして、ゆらりと体を支えることさえできずに地面に倒れこむ。


 アルマは、テオと出会って以来、彼がこれほどまでに苦しむ表情を見たことがなかった。これほどまでに怪我を追う姿を見たことがなかった。ギルドでヘルヴェリカと戦ったとき、腕にいくつかの切り傷を作った時でさえ、内心は恐れるほどに驚いたのだ。


 そんな彼が、ここからは見えないが、背中に血溜まりを作るほどの傷を受けてしまった。すなわち、沖にいるのはそれほどまでに危険な存在で、そんなにも危ない相手なのに、今の彼は自分のせいで力を失ってしまった状態で戦っていた。


 そして今も、そして今も! 自分が余計な手出しをしたために狙われたところを、その強大な存在からの攻撃から肩代わりしてくれた。役に立ちたいと気を逸らせて、冷静さを欠いていた。指輪の魔法を多少コントロールできるようになったところで自惚れていた。だからテオはこんな大怪我をした。


 心臓が鎖で締め上げられるようだとアルマは思った。呼吸が苦しくなって、数日前の自分を親の仇以上に呪った。もし過去に戻れたら、自分を殺してやりたいとさえ考えた。


 それなのに。


「良かった、アルマさんもヘルさんも生きてる」


 どうしてこの人は、力を奪い、こんなにも苦しめる原因となった自分をかばったのだろう。無事であることを喜んでくれるのだろう。


 血溜まりに横たわり、痛みに耐えて笑いかけるテオに、アルマはなおさら苦しくなった。浅い呼吸が止まず、落ち着きを取り戻せない。頬を水滴が伝う感覚があって、それではじめて自分が泣いていることに気付いた。


「ええ、生きてます。あなたも」


 震える声で、なんとか返事ができた。だが、一度口を開くと、涙が止まらないのと同じように言葉も止まらなくなった。


「だから、逃げましょう? 今逃げれば、きっと助かります。ツバキさんが遠くへ連れていってくれて、セラくんが手当てしてくれるはずです。ここでの箱探しは諦めて、ワノキラで探しましょう? もう一度私があれの注意を引きます。そうすれば、きっと」


「……アルマさん」


 テオがかすれた声で名を呼ぶ。それでも、アルマの口は止まらなかった。


「私がここに来たいと言いました。あなたの王武器を消滅させました。戦いに横槍をいれ、あなたに怪我を負わせました。……せめて、私が囮になって時間を稼ぎます。逃げてください」


 弓を握り締め、テオを避けて浸食王と対峙する。もう一度狙撃してやれば、決して無視はできないはずだ。


『ふん、しぶとい小娘じゃ。若造の採掘王にわしらの何たるかを教えようとしているところに茶々を入れおって』


 再び浸食王は海面から飛び上がると、先にしたのと同じようにギロチンのような鋭い尾を弾くように振り下ろした。


 実際のところ、アルマにこの状況を打開する力はない。ヘルヴェリカは魔力切れで何もできず、テオも負傷によって二人をかばいきることは不可能だった。


 常人どころか、生半可な防御手段では形も残らないほどの即死級の一撃から、3人を守れる人間などこの町にはいない。一人しか。


 海を割るほどの斬撃がテオたちを避け、石を積んで整備してあった埠頭に深い切れ込みを入れる。飛び散る石つぶてが散弾のような勢いでぶつかってくるが、尾の直撃を食らうよりははるかにマシだ。


「すまぬ、判断を間違えた。街中ではこの混乱に乗じた悪事はなく、故に助太刀に参った」


 土煙が晴れると、赤い髪をくくった女性がアルマを抱き寄せて自身の後ろに隠し、逆側の小脇に美少年を抱えていた。瞬間移動魔法『残影』によるものだ。


「フフフ、威力が高いのも考えものだね。掠っただけでも即死だからか、死の印がかなりどかしてくれるよ」


 即死を防ぐというセラフィノに刻まれた死の印が、文字通り死なない程度の距離までずらすことで、背後にいる全員を浸食王から守っていた。


 セラフィノがツバキの腕から抜け出て、誰よりも前に立つ。


「ここから後ろは、何があっても安全だよ」


 無防備にも敵に背中を向けて、セラフィノは微笑んだ。


『ほう、だがこれはどうかな』


 王の三度目の飛び上がり、しかし今度は様子が違った。一発ではなく、三回連続で尾をはじき、当然斬撃も三つ発生した。


 数を撃って当てようという算段ではない。避けた先を破壊することで飛び散る瓦礫を当てようというのだ。しかし、それはツバキが許さない。


 鞘から引き抜かれた白刃が何度もきらめくと、ほぼ全ての瓦礫が誰に届くこともなく地面に落ちていた。刀の峰や腹で防いだり打ち落としたりしたのだ。頑強な石化金属ならではの強引な防ぎ方とも言える。ちなみにさっきはセラフィノを抱えていたために出来なかったようだ。


『むむ、略奪王もおったか。これはちと旗色が悪いのう』


 これは困ったというジェスチャーなのか、浸食王は前足で頭を掻くような素振りをした。


「ふ、拙者らが来たからには旗色がどうのでは済まんでござるよ。お主のお命、拙者らが頂戴いたす」


 この距離で喋っても聞こえているようで、巨大な甲殻類はゆっくりと頷いた。


『よかろう、仕切りなおしじゃ。全力でかかってくるがいい』


「ならば、いざ参る!」


 ツバキは抱きかかえていたアルマを離し刀を正眼に構え、今まさに海の氷を渡り浸食王に迫ろうとした。


「あ、待って」


 が、その前にテオに服をつかまれて思い切り顔から地面にずっこけた。


 飛び上がって涙目で睨み、無言で激しい身振りをしながら抗議の意思を示す。


「ごっ、ごめん! だけどちょっと思いついたことがあるんだ」


 謝りながらも、テオは3人に作戦を説明し始める。浸食王は律儀にもそのわずかな時間を待ってくれていた。

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