第3話 村人たちの現実的な視線
村へと向かう道すがら、僕にはもう一つ聞いておかなければならないことがあった。
「君はプレイヤー? それともNPC?」
「……? なんの話ですか?」
これはVVVRでたまに使われる豆知識で、NPCに対して「君はNPCか」と聞くと、「はい、私はNPCです」と答えるのだ。
例外は無く、偉い人や怖い人であってもそう答えるのでよく悪ふざけにも使われる。
質問の意味がよく分かっていない様子なので、もしかしたら本当にこの世界はVVVRというゲームの世界ではなくなっているのかもしれない。
「なんでもない。人間かどうか知りたかっただけ」
この質問にかなりカチンときたようで、顔を真っ赤にして反論してきた。
「んなっ!? なんなんですかあなた! いきなり人のこと人間じゃないかもしれないみたいな言い方して! あなたこそなんですか! 森で服脱いでフル○ン見せるのが人間のすることですか!?」
「そのことについては申し訳ありませんでしたァ!」
そこを言われると謝るほかない。それに確かに失礼な発言だったと僕も思う。
僕の直角頭下げを見て許してくれたのか、女の子はふぅとため息をついた。
「はぁ、分かりました。……私は“人間の”アルマです、あなたのお名前を聞かせてください」
人間の、をやたらに強調して名乗ってきた。そういえば自己紹介なんてしてなかったんだった。
「ぼ……俺は鉱石掘りの……テオって言います」
僕はロールプレイヤーなので、一人称にもこだわりを持つのだ。鉱夫という荒くれ者代表みたいなことしてて一人称が僕では格好がつかない。
本当なら砕けた口調で話したいけど、今アルマさんの心証を害するのは良くない。なるべく丁寧な言葉遣いを心がけないと……。
「……見えませんね。意外です」
アルマさんはじっと怪しむような視線を向けてくる。
「さっきのは違うんです。いつもあんなことしてるわけじゃなくて……」
確かにここが現実だとしたら、森の中とはいえ裸になるのは鉱夫ではなくて変質者だと思う。だけど僕はあれでシステムがどうなってるのかを確かめたかったわけだし……。
もちろんそんなことを言ったって通用するとは思えない。僕が言葉に詰まると、またアルマさんはあきれたようにため息をついた。
「そうではなくて、体つきがあまり鉱夫のように見えないものですから。どちらかというと魔術師のようです」
魔術師、魔法系のスキルを取得するジョブの系統。そのスキルの全てが筋力を必要としないために、もし現実ならば誰もが細い体つきだろうことは簡単に想像できる。
VVVRにおいては体格などはキャラメイクの分野なので、筋肉ムキムキの魔法使いや細身の二刀流剣士なんて珍しいものでもなかったはずだけど、この子にとってはそうではないらしい。
それにしたって心外だ、キャラメイクでは筋肉の造形に4時間もこだわって作り上げたムキムキマッスルボディに対して「鉱夫らしくない」だなんて。
この肉体が鉱夫じゃなかったら、実際の鉱夫はボディビルダーだって病人に見えるレベルだろうさ。
そう思って僕は手ぬぐいを腰に巻いただけの自分の体を見直してみたけど……あれ?
「でも確かに森のヌシを素手で倒していましたね。その細い体でどうやってあんな力を?」
細い、といわれた。確かに改めてみた僕の体は細い。まるで……そう、まるで病室にいる現実の自分のようだった。いや、さすがにそこまで骨と皮ではなく、健康な普通の人間くらいの筋肉量だ。
「あの熊はこのあたりの森のヌシと呼ばれて、私の村では恐れられていたんですよ。ハンターの方々も太刀打ちできないみたいで……」
すごいですね、とか慰めるようにぽつぽつ話しかけてくれはしたけど、僕はそれよりも自分の体が現実のものに置き換わっていることにショックを受けていた。
あの完璧な肉体じゃなく、現実の貧弱な肉体になってしまうなんて・・・一体どんなバグなんだ。一刻も早くあの筋肉を取り戻したい。UIが消えたとかログアウトできないとかなんかよりよっぽど大事件じゃないか。
「……あの、大丈夫ですか」
初対面で目の前で露出なんていうセクハラをかましたにもかかわらず、僕が落ち込んでいると察すると心配そうにしてくれている。実はとってもいい人なんだな……。
「……いや、大丈夫。ちょっとショックだっただけ」
自分の筋肉がムキムキだと信じていたら違った、なんて言っても混乱するだけだしこの悩みは僕の胸にしまっておこう。今日から筋トレ始めればいい話さ。
「そうですか……村が見えて来ました。そんな格好ですし、なるべく人目につかないようにまっすぐ私の家へ行きましょう」
ほぼ全裸という格好の男を引き連れているところなんて見られてしまっては説明が難しいだろうし、僕もこんなひょろい姿を人に見られるのは嫌だ。
こそこそと村の外周を回りこむように歩いていると、見たことがない村だと気づいた。
あの洞窟からもっとも近い拠点はカルメヤ村で養鶏と野菜が自慢の村だったはず。そういえばここまで来る道も途中から見覚えのないものになっていた。
ここではトマトっぽい野菜を作っているようだ。家と畑しか見当たらず、それらの畑にはいくつか赤い実をつけた植物が並んでいる。
ちょうど収穫時のようで、腰に籠をつけたおじさんが実をもぎながらこちらをじっと見ていた。
「……」
あのー、アレだ。きっと旅人が珍しい的な視線。田舎すぎるから旅人が珍しくて街中で全裸の人みつけたみたいな目で見ちゃうんだ。決して僕が全裸だから見ているわけじゃないんだ。
あーよかった、せめて腰に手ぬぐいだけでも巻いてて。ハハハ。
透視でもしたいのかってくらい目を見開いてるの結構怖いな、いくら見かけない顔だからってあんまりじゃないか、ねぇ?
「急ぎましょう」
それだけ言うとアルマさんはぐいと僕の手を引っ張って早足に歩きだした。
結局アルマさんの家に逃げ込むまで、8人くらいに全裸の人を見るような目で見られてしまった。
男物の村人服を借りて一息つく。NPCがよく着てる簡素なものだけど、本来着れないプレイヤーなのに着れてしまった。
さて、どうして自分の服を着ないのか、実は理由がある。
アイテムインベントリが開けないため、所持しているアイテムが取り出せないからだ。
鉱石を山と積んだ荷物がこのゲーム内における『実体のあるインベントリ』ではあるけど、相撲取りより大きく膨れ上がった荷物の大半は鉱石のはずで、底のほうにあるだろう予備の装備を取り出すのは大変そうだ。
熊と戦った時にすっぽ抜けたツルハシは消えてないけど、それより前に裸になれるか確認するために脱いだ装備はどこかへ消えていた。
おそらくはインベントリ内に収納されているはずだと思うのに、それを取り出す方法が分からない。
VVVRにおいて、スクリーンショットモードは確かにUIが消失するが、操作を受け付けないわけではない。見えていないだけでUI自体はそこにある。
もしかしたら、手探りの操作でインベントリを開けるかもしれない。試してみる価値はあるはずだ。
アルマさんは「家で待っていてください」と言ってお茶だけ出してどこかへ出かけてしまっている。初対面の人を自分の家に一人で放置するなんて、あまりにも警戒心が薄いんじゃないか。
木造平屋の隙間が目立つ家の中には、農具と猟具がいくつかある以外には、驚くほど物が少ない。弓と矢は丁寧に手入れされているようだけど、お金になりそうな感じはしない。
盗られても困るものがないから安心してるのかな、はは。
「……おい、家ん中見回してるぞ」
「なんか漁ろうって考えてんでねか」
「金になるものはねぇど」
「ばか、アルマちゃんの下着よ」
「なぁるほどのぁ、アルマちゃんかわいいもんな」
「なんであいつ裸だったんだ?」
「さぁ……アルマちゃんが森で拾ってきたっぺぇけど」
あと、あの、アレ。なんか隙間からすげー見られてる。窓とか板目から家の中のぞかれてる。しかもヒソヒソ声めっちゃ聞こえる。
家の周りにすごくたくさんの人の気配あるし、窓から覗き込んでる人見覚えある。さっき畑で野菜を収穫してたおじさんだ。
こんな監視の中で手探りUI操作なんてやったらご近所に噂されちゃうなぁ。
さっきからずっと正座してるけど足しびれてきた、ちょっとあぐらを。
「おぉ、足崩した!」
「すっかり亭主気分か」
「かーっ、裸で歩いたと思えば人んちであぐら!」
「にしてもひょろっけぇな」
足を崩しただけで盛り上がってる。僕もう全裸じゃないのに。
アルマさんが出ていって10分ほどだけど、すぐにでも戻ってきて欲しい。
僕はこの状況を打開することができない。助けて。
「ぐぇ!」
「ふぎゃ!」
「な、なにすんだアルマちゃおごっ!」
祈りが通じたのか、家の外から何人分かの悲鳴が順番に聞こえてきて、感じていた視線と気配が消えた。
「お待たせしました、少し村長に報告することがあったので」
「いや、ありがとう」
「何がです?」
気にもとめていないようにお茶を入れ直してくれる。
最悪の出会いからこんなに親切にしてくれるなんて、アルマさんはいい人なんだなぁ。
「テオさん、折り入ってお願いがあります」
熱々のお茶に口をつけると、アルマさんはどこか思いつめたような顔で言った。
「なん……ですか?」
思わず僕も神妙になってしまう。足を崩していたのを思い出して正座になる。
「カルメヤ村に居座っているゴーレムを退治して欲しいのです」
まっすぐに僕を見たアルマさんの目は、よく見ると疲労の色でひどく曇っていた。