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第24話 強くなるために必要なもの

「強くなりたい?」


 朝一番にアルマさんと会うと、突如としてそんなことを言われた。泊まっている宿の半地下にある食堂で朝食をとっている時のことだ。


「はい。今までは狩りに必要な技術だけで生活していましたが、冒険者になってしまったことですし」


 テーブルの向かいに座ったアルマさんの、いつもの三白眼にじっと見つめられる。う、まだしばらくはカルメヤ村に戻る気がないのがバレてるのかな。だってセラくんの護衛をしなきゃいけないわけで。


「あなたがセラくんを助けたいという気持ちはわかります。ですが昨日はっきりわかりました、このままでは私はあなたに恩を返すどころか、足手まといになりかねないと」


 昨日、セラくんと二人でいるときに暴漢に襲われたらしい。暗殺者ではないとのことだったが、ツバキが駆けつけなければどうなっていたかわからないと。


 そのことで、アルマさんはこうして思いつめているようだった。


 二人を襲った暴漢は、僕がギルドで絡まれたから適当にあしらった冒険者だったらしい。その意趣返しだというのなら、僕は二人に対して責任がある。


 ならば、僕ができることで協力するべきだ。


「分かった、少し考えてみるよ」


 食事を終えてアルマさんと別れ、部屋に戻る。セラくんとツバキは出かけているらしく、部屋はしんとしていた。


 じっと考えて、荷物の入った鞄を手にする。鉱石がぎちぎちに詰まっていたそれは、ハインツさんのところで買い取ってもらったお陰ですっかり空っぽだったけど、僕の予備の装備がいくつか入っていた。


 その中から、一つ取り出す。


 それは、指輪だった。銀の輪に竜の爪を模したベゼル、そこには燃えるような赤い石がはめ込まれている。


 これの名は『火竜石の指輪』という。


 はめ込まれているのは4つの山ほど巨大な溶岩の塊が連なるヴォルカ大連峰を支配する火炎竜ヴォルカの喉元、逆さに生えた鱗の隙間にだけ育つ魔力鉱石である火竜石。ただし、ヴォルカ大連峰では時折火炎竜の魔力を受けた石が取れ、それもまた同じ名で取り扱われていた。


 本物の火竜石が埋め込まれたこれは、装着すれば「火の魔法使いとはこれを装着した者のことだ」と言わしめるほどの強大な威力を持った火炎魔法が複数使用できるようになり、火を吸収して魔力に変換、さらに筋力や体力などの身体能力も上昇するという代物だ。持っている魔法の都合上、僕も魔法攻撃が必要なときはこれをよく使った。


 もっとも出力の高い魔法は、ためしに使ってみたら直径1kmほどを焦土にしてしまい、近くにいた人たちから大ブーイングを受けて以来使っていない。残りのいくつかは環境に悪影響というほどではなく、それでいて強力だ。


「いえ……あの、そういうのはちょっと」


 これだと思い、早速隣の部屋へ行ってアルマさんに効果を説明して渡してみると、思いがけず渋い反応が返ってくる。なんでだろう。


「話を聞くかぎりとんでもない危険物ですし、本当に一生何をしても支払えないほどの価値じゃありませんか」


 呆れたような声だ。「そういうことじゃない」と言っているのがありありと分かる。確かにネトゲで初心者に最初から強い装備をあげてしまうようなものか。強くなった気はしないかも。


 とはいえ、この町でそーこちゃんを見つけられていない今はこれが手持ちの中で一番戦闘向けだし、魔道具に頼るのは即時的に強くなる方法の一つだ。いったんこれで押し通そう。


「じゃあそれは本当に奥の手ってことでとりあえず持つだけ持っていて。他には……うーん」


 対人戦における弓手はどう戦っていたかを思い出そうとする。洞窟に引きこもっていた時間のほうが長かったから、知識は大分うろ覚えだ。ちょっと時間がほしい。


「ちょっと町の外まで出かけようか」


*


 海岸線を南にくだり、ひとけの全くない丘へとたどり着く。アルマさんの持つ弓にはすでに弦が張られていた。


「アルマさんはさ、動物を狩るときにどうやってるの」


 ちょっとした懸念のために、僕はいくつかアルマさんに質問することにした。答えによってはこれ以上僕が出来ることは何もなくなってしまうけど、どうだろう。


「そうですね、まずは気配を隠しての狙撃でしょうか。大体はこれで終わりますが、倒しきれなかったときは追撃ですね。逃げる先を見越して撃ったり、逃げる方向と一直線になってまっすぐ射るとよくあたりますね」


「獲物が立ち向かってきた場合は?」


「逃げながら撃ちます。立ち止まると捕まりますし、逃げるだけではいつか追いつかれます」


 僕の知っているテクニックは大体使っているらしかった。どうしよう、教えられることがない。何かヒントになることでも言えればいいんだけど。


「あー、えっと、じゃあさっきあげた指輪の力と合わせ技を作ってみるとか!?」


 我ながら苦しい。炎の魔法と弓矢の合体技ってなんなんだ、火矢でもあるまいし。


「……なるほど、考えてみます」


「そう、そうだね。それに指輪を使いこなせるようになるのもきっと大変だよ。それが出来るようになったらきっとそれは成長って呼べるんじゃないかな」


 無理やり指輪と成長をこじつける。もはや自分すらそう思っていないのが伝わってしまうほどの破綻具合だ。でも意外なことに、アルマさんは左手の人差し指に指輪を嵌めると、それを見てふふっと笑った。


「そうですね、少しこの指輪を試して見ましょうか」


 そう言って、アルマさんの周りに魔力の風が巻き起こる。指輪の石が強い輝きを放ち始めた。


 手をぐーに握って空へと向ける。


「……てぇっ!」


 掛け声とともに、爆風とともに炎の槍とも呼べる光線が空を突き抜けていった。あたりの草がまるでミステリーサークルのように、アルマさんを中心とした放射状にぴたりと地面に倒れこんでいる。そして、アルマさんも。


「だ、大丈夫!?」


「テオさん……これは使わないほうがいいかもしれません」


 地面に倒れながらアルマさんが言うには、一発で魔力を全部持っていかれてしまい、もはや矢一本作る分すら残っていないという。加えて、魔力切れ特有の疲労感で立つことすらままならないらしい。


 ゲームでは魔力……MPが切れても魔法が使えないだけだったけど、この世界では疲労になってしまうのか。僕も魔法を使うときは気をつけよう。


「テオさん、あの、言いにくいのですが」


「分かってるよ、町まで負ぶっていく」


 指輪は裏目に出てしまった。責任を取ってここは僕が背負って宿まで戻ろう。うーん、なんだか今日はうまくいかないなぁ。


「すみません。力が入らず、こんなにのしかかってしまって」


 宿屋に戻る道すがら、背中のアルマさんが気まずそうにする。まったくだ、背中に柔らかいものがむぎゅううっとこれでもかというほどに押し付けられて、煩悩を払うために頭の中で冷静になれと叫び続けなければならないのだから。


「ハハハ、いや、えー、ハハハ」


 やましいことを考えるなと自分に言い聞かせるだけで精一杯で、ごまかす言葉すら浮かんでこない。本当に柔らかいんだ。


 街中に入るとアルマさんが少し恥ずかしそうにする。通行人の視線が時々ちらっとこちらを向くからだ。彼らは「あ、おんぶだ」くらいにしか思っていないだろうが、見られる側としてはそれがわかっていても落ち着かない。


 部屋に戻り、ベッドにアルマさんを寝かせてやっと一息ついた。人間一人程度の重さではどうってことないけど、視線の重さは耐え難いものがある。


「ありがとうございます、テオさん」


 布団を口元まで寄せながら、アルマさんがお礼を言う。半分以上僕のせいなので少し気まずい。


「それで、まだ動けなくてですね……その、だ、誰かに襲われたら抵抗できないかもしれません」


 いきなりどうしたんだろう、アルマさんが頬を染めながら奇妙なことを言い出した。うーん、あ、なるほど。


「大丈夫! ツバキがセクハラしないように見張りがてら俺が看病するよ!」


 確かにツバキはセクハラ気質なところがあるから、ちょっと警戒してしまうよね。悪い奴ではないけど、ああいうところは矯正したほうがいい気がする。


 とにかく、僕のあげた物でこうなったのだから、それくらいはするべきだね。


「……はぁ」


 なぜかため息一つついてから布団を頭まで被られた。盛り上がった布の山はそれ以降ただ沈黙している。


「ど、どうしたの? アルマさん? おーい」


 寝息が聞こえてくるま大分長い時間がかかったけど、それまで何か喋ることは決してなかった。


*


 夜眠れないのは、昼間に寝ていた人間に与えられる罰だとアルマは考える。


 誰もが寝静まり、窓からの星明かりだけが光源の部屋の中、ベッドに寝転がったまま左手を天井へと伸ばす。青く照らされた指先に、煌めく宝石の指輪。


 ほんの少しだけ魔力をこめると、それはろうそくのような火を灯し、部屋を橙色に照らした。


 本来は火竜石の指輪に付随しない魔法だったが、そんなことは露ほども知らず、アルマはしばらくその火を眺めていた。

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