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第20話 初めての依頼

「ツバキちゃん、もういいわ。大丈夫」


 ヘルヴェリカさんが言うと、ツバキは刀にかけていた手を離した。先の質問の間なぜか僕に対して警戒するような構えを見せていたけど彼女の指示だったんだな。


「だから敵じゃないって言った」


 ツバキが不機嫌そうに口をとがらせている。珍しいことに、彼女の前ではござる口調じゃないみたいだ。


「ごめんなさい。でもヘリオアンを預かる者として絶対に警戒しなくてはならなかったの」


「それならあの試験方法はどうかと思うな。テオが悪意ある人間だったなら、試験の事故にみせかけて殺されてたかもしれないよ」


「もしそうなら、刺し違えてでも手傷を負わせてツバキに殺してもらうだけよ。実際には事故にみせかけて、あんなことされちゃったけど」


 ふふっと笑いながら試験中のセクハラを蒸し返される。うう、こちらに非があるから何も言えない。


「いえ、あの、その節はどうもすみません……」


 そういえばと思い出したツバキが僕を睨みつけるので、気まずさに縮こまるしかない。なんて居心地の悪さだ。


「気にしないで。それに私でよければ触りたかったらいつでも言ってね?」


「ヘル!」


「ふふふ、ツバキちゃんこわぁーい」


 ヘルヴェリカさんは……なんというかこう、ツバキをからかうのが好きなのかな。顔を真っ赤にして怒っているのにどこ吹く風だ。


「さて、これであなたがたも全員冒険者になったけど『赤髪』の仲間がEランクは格好がつかないわね」


 僕が首にギルドの登録証を下げるのを見届けると、ヘルヴェリカさんがぱんと手を打った。


「そこで、あなたたちには依頼があるの。町の南方にある海蝕洞の調査なのだけれど、頼めるかしら? 暗いところは平気?」


「いや、俺たちは実は探し物があって」


「だめです♪ 正直な話、あなたに脳みその入ってない高ランクが喧嘩を売ってそのたびに潰されてたら面倒なの。それに昨日みたいに建物を壊されたらたまらないわ?」


 いわゆる目が笑っていないという奴だ、ツバキが怖い女だと表現したのもわかる気がする。


「あはは……でも、ランクを上げるってどうするんですか?」


「普通はランクに応じた依頼しか受けられないのだけど、それだと数をこなさないとランクが上がらないの。だから抜け道を使うわ」


「抜け道?」


 ヘルヴェリカさんが一枚の紙をテーブルの上に置いた。覗き込むと、それはギルドに張り出されている依頼の紙らしかった。そういえば字が普通に読めるのってちょっと不思議だな。


「これは表向きはEランク向けに設定された洞窟調査の依頼。だけどこの洞窟にはCランク相当の魔物が住み着いているの」


 それってまずいのでは。


「Eランクの依頼を受けた冒険者が偶然……そう、あくまで偶然にCランクの魔物を討伐する。そしてその証拠をギルドに持ち帰って報告すれば、晴れてあなたたちはCランクになるわ」


 偶然をやたらと強調しながら説明される。つまるところ僕らも偶然そうなったという態度を取れという要求らしかった。


*


 ヘリオアンから出てしばらく南に歩くと磯の海岸が広がっており、だんだんと崖が切り立っていく地形になっていた。その磯から崖の変わり目に、侵食で出来たらしい穴が開いていた。


 僕ら4人はその洞窟に入っていく。幸いなことに、洞窟の中までは海水が入ってきていないみたいだ。


 入り口から意外と光が入り込んできているけど、一応僕の『トーチハンド』の魔法を光源に洞窟を進んでいく。


「ツバキさん、ここには何が住んでいるの?」


 セラくんがナイフを片手に周囲を警戒しながら、先頭を歩くツバキに聞いた。


「巨大スライムらしいが安心めされい。実際に誰が倒したかなぞどうでもいいわけで、ここは拙者がなんとかいたそう」


 倒した証とそれらしい報告があればランクを上げてくれるとヘルヴェリカさんが言っていたから、ツバキが倒してしまっても構わないらしい。その場合はツバキの手柄を分けてもらったと思われないように、しばらく彼女にはどこかで時間を潰してもらう必要はあるらしいが。


「わかった! よろしくね、ツバキさん」


 こくこくとセラくんは素直に頷く。周りに何か邪魔なものがいれば任せようかとも思ったけど、他の魔物の気配はまるで無い。


「いました」


 アルマさんが最後尾ながら一番に声を上げる。海蝕洞と言ってもさほど規模はなく、少し歩いただけで最奥に着いてしまったらしい。


 そこには、青紫の粘液が120センチくらいの球状になって蠢いていた。その体は中にいくらかのカニや虫などが取り込まれており、時折ぶるると震えている。……こんな奴いたかな?


「セラ殿とアルマ殿は下がって警戒を。ここは拙者とテオ殿にまかされい」


 二人は頷くと青紫のスライムから距離を取る。


「テオ、浸透圧って知ってる?」


 セラくんとアルマさんが離れてから、ツバキがこっそり耳打ちをしてくる。なにやら自信ありげな表情だ。


「なめくじに塩をかけると溶けるっていう話でしょ」


 正確には溶けるのではなく、体の表面が水を通してしまうので塩に体内の水分を吸われて縮んでしまうというものだ。


「実はちょっとやってみたかったんだよね、スライムに塩かけるの」


 見せ付けるように大きめの皮袋の口をあけると満杯に塩が入っていて、これでどうにかしようと考えているらしかった。


「すごいよツバキ、その方法が広まればこの世界の人みんな驚くよ。そんな偉大な場面に立ち会えて嬉しいなぁ」


 僕が心にもないことを言うと、ツバキは満足そうにいそいそとスライムに近づいた。でもこれで成功したらちょっと悔しいな。


「てぇや!」


 ぴょんと飛び跳ねるようにしてスライムの真上から袋の中の塩をどさどさとぶっ掛ける。白い粉はすぐに青紫の粘液へと溶けていった。


「さーて、どうなるかな?」


 ニコニコしながら待っているが、僕の目には何か変化が起こっているようには見えない。スライムはマイペースにぷるんと揺れるだけだ。


「……あれ、おかしいな」


 ツバキがこれはおかしいと指先で塩をかけたあたりをつついた瞬間、スライムはうねり、伸び上がりながらその上半身を飲み込んだ。


「むぐっ!? もがーっ!」


 スライムはちょうど腰までを飲み込んだけど、その際にうまく上を向いたらしい。ツバキは体を逆さまにされてしまって足がつけないままもがいている。


 動物が力むためには地面に足をつける必要があるが、それをさせないように足を浮かせるなんてこのスライムは頭がいいなぁ。


「ね、ねぇテオ……助けたほうがいいんじゃないかな」


 セラくんは入り口のほうを向いて警戒しつつも、何が起きているかは理解しているらしい。視線はそのままにおずおずと申しでてくる。


「私はダメです。普通の矢ではこういう魔物には通用しません」


 アルマさんが今使っているのはそこいらの石から生成したものだ。特別な力は何もなく、物理攻撃の中でも射撃は特に通じにくいのでどうしようもないだろうな。


 セラくんの使うナイフも、この大きさのスライムには心もとない。


 そうこう悩んでいる間に、ツバキがバタ足でスカートをめくれ上がらせてしまっている。すらりとした足が露わになり白い布がちらちらと見え初めているので、これ以上もたつけば丸出しになってしまう。それは彼女のためにも良くない。


「えい」


 暴れる足首を掴んで、ぐいと引っ張るといくらかの粘液を滴らせながらツバキが引っこ抜けた。


「思ったんだけど、海の近くに住んでいるんだから塩分にはある程度対応できるんじゃないかな?」


 水分を吸われる前に、かけた塩自体が体に溶けていったあたり、ただスライムの体がしょっぱくなっただけなんだろうな。


「うぅ……くやしい」


 がくりとうなだれるツバキ。怪我もしていないのだけど、レベル992でスライムに呑まれたのはプライドが傷ついたのだろうか。


「とりあえずもう倒しちゃうね」


 僕が思い切り足で蹴り抜くと、ばちゅん! という音とともに粘液が飛び散った。それらはもう生物らしい反応はせず、粘度すら失ってさらさらと石の隙間に落ちていった。うっわ、たぶんこれレベル100もないんじゃないかな。


 後には拳大くらいの赤い真珠のような球が落ちている。これが討伐の証になってくれるかな。


*


 ツバキを先に帰してギルドに寄ると、本当にあっさりとCランク昇格を告げられた。ついでに依頼の報酬をもらって宿に戻る。そのころにはもう日も暮れていた。


 明日またギルドに行かなくてはならないらしい。何でもCランク以上はギルド員の証であるプレートが変わると。銀のプレートになるって言っていたかな。


 とにかく今日はもう寝てしまおうと思いながら部屋のドアを開けると、ツバキが僕のベッドでもぞもぞ動いていた。


「……俺のベッドで何やってるの」


 とりあえずセラくんの目を塞ぎながら聞いてみる。答えによってはセラくんの耳も塞がなきゃいけないけど、そうするには手が足りないな。困った。


 ツバキは尋常ならざるほど紅潮し、熱に浮かされたような顔で、とろけるような声になっている。


「テオ……なんか、肌が……力も入らなくて……」


 なぜ僕のベッドにいるかは説明がなかったけど、ツバキの身に何かが起こっているのはわかった。あのスライムの粘液かな。


 アルマさんが女子部屋にツバキがいないことを不思議に思ってこっちにやって来たので、魔物の知識が一番ありそうな彼女に聞いてみることにした。


「毒ですね。いわゆる、えー。テオさん、ちょっとセラくんの耳を塞いで……はい、快感を与えるというものです」


「やっぱりあのスライムが?」


 今度は耳をふさがれて不思議そうにしているセラくんだけど、大人しく成されるがままにしてくれていることが本当にありがたい。


「でしょうね。この毒で獲物の動きを止めてゆっくりと消化する生態なのでしょう。ただ、基本的に獲物となる生物は人間より小さいので効果は薄いはずです」


 足を浮かせて力が入りにくいようにしたり、毒を使って抵抗を減らすなんて、異世界の魔物はなんてすごいんだ。それに対して塩って。


「なるほど、それでどうしたらいいのかな」


 アルマさんは少し黙ってから、ため息交じりに答えた。


「一晩は毒が残りますが、時間で消えます。その間す巻きにして放置でいいでしょう」


 その後、男子部屋にツバキを縄でぐるぐる巻きにして寝かせ、僕らは女子部屋にてベッド二つをくっつけて3人で寝た。アルマさんとセラくんと一緒に寝てる上に、隣からはツバキのうめき声が聞こえてなかなか眠れなさそうだと思ったけど、すぐに眠りについてしまった。

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