第2話 結構現実っぽい
「うっ、うぅ……ひぐっ……うぇえ……ひぐっ」
割とマジな感じで泣いてる。どうしたらいいのか分からないが、とりあえずそっと服を拾う。
無言で服を着ている間もずっとすすり泣きが続いていて、まるで針のムシロだ。
別に服を脱げるかとNGワードを発言できるかを調べたいだけなら、わざわざフル○ンで跳ね回りながら叫ぶ必要なんてなかったのに。
後悔と気まずさに耐えながら、服装を整えて女の子の前に正座する。
「あの……えっと、ごめん」
あまりの申し訳なさにやっとの思いで一言だけひねり出すのが限界で、後の言葉が続かない。
服装を見るに、近所の村娘NPCのようだ……艶のある黒髪を短く切り揃え、肌の白さから森での生活を営んでいると分かる。ブラウンのフレアスカートのワンピースに白いエプロン、若草色の短いマントを羽織ってその上にマフラーを巻いている。自分で服装をデザインできるVVVRだが、NPCのなりすましを防ぐため、同一あるいは類似の服装をプレイヤーがすることは禁止されている。
いや、痛覚もフル○ンも解放されている現状、服の制限もアンロックされている可能性がある。
なんとか泣き止んでもらって、話を聞かないと……。
「本当にごめん、ちょっと今困っていて……」
もう一度話しかけようとしたとき、背後から大きな影が差す。
振り返ると同時、振り下ろされる豪腕が見えた。
ドゴォ!
咄嗟に女の子を抱えて飛びのく。鉱石を運搬するために鍛え上げたステータスと運搬スキルをもってすれば、人一人の重さが加わっても回避力が落ちることはない!
襲撃者から距離をとり、その正体を確認する。
ビルドアップベア……この近辺にレアPOPする筋骨隆々の強力な熊のモンスターだ。そのレベルは付近の20前後から大きく離し、なんとレベル152にもなる。
かつては僕も、その豪腕に幾度と無く敗れたことがある。だが今は……。
「ふんぬっ!」
もう一度繰り出される振り下ろしを、すれ違うように避けて背後に回り、抱えていた女の子を下ろす。
そして手に取るのは、僕の愛用の武器。極限まで強化された『採掘王のダイヤモンドツルハシ』だ。体力と腕力を上昇させ、その威力はあらゆる鉱石・金属を粉砕し、疲労を限りなく軽減するという鉱夫が求めてやまないゲーム内(鉱夫にとって)最強武器!
このツルハシを一度振り下ろせば、砕けぬものなどない!
「でぇりゃぁ! ……シェイ!」
思いっきり振り下ろしたツルハシが地面へと突き刺さり、その威力でもって地中深くへもぐりこんでしまう。この僕は圧倒的な破壊力の最強武器を持つが、最近はめっきりモンスターと戦っていないせいでなまりまくっているのだ!
ごまかすようにツルハシから手を離して何の意味もないガッツポーズをするが、ビルドアップベアは容赦なく左右の連撃をかましてくる。
何とか避けようとするが、胸板をかすってしまう。
「くっ、なかなかやるな!」
もともと回避のステータスにはあまり振っていない。鉱夫に必要なのはまた別の能力。
そう、体力と筋力だ!
ビルドアップベアの攻撃はかすりはしたが、服が破けただけで傷など一つもついていない。
っていうか、よく考えてみれば僕に避ける必要などないじゃないか。
「グルルルル……ガァッ!」
熊の容赦ない連撃が絶え間なく僕の全身を襲うが、無駄無駄。
「今度はこちらからいくぞ」
僕はビルドアップベアの攻撃を受けきり、右拳を固めた。
ツルハシなど必要ない。何せ僕は筋力-体力極振りの、ゲーム内20人しかいないレベル1000超えプレイヤーなのだから!
素手による腹部の殴打!
ドム!という鈍い音とともに、ビルドアップベアの巨体が力を失い、崩れ落ちた。
ダメージ表記やオーバーキルのエフェクトは無し……やっぱりゲーム内での性能はそのままに、限りなく現実に近づいているみたいだ。
改めて、この女の子から話を聞かないといけない。
ちらりと背後の女の子を見る。ぱったりと泣き止んでいて、驚いた様子でこちらを見ている。よかった、これなら話が出来そう。
「いくつか聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
女の子に向き直って、なるべく友好的に話しかける。
「あなたは……ひぅっ!?」
呆然としていた女の子が、何かに気づいて青ざめる。その視線は僕に向いていた。
……そういえば、ビルドアップベアの爪で服がぼろぼろに引き裂かれていたんだった。
ざぁっと森の木立を抜ける風が吹き、わずかに残った布切れも運び去ってしまいまたしてもフル○ンに逆戻り。不適切な状況下に陥ってしまう!
「オアアアアアアアアァッッ!」
「ひぅぅぅぅぅぅっ!?」
ササっと隠すがおそらく手遅れ、僕の不適切な不適切を不適切に見られてしまった。
しかもせっかく会話が成立しそうだったところにこの追い討ち! もはや話を聞くどころじゃなく石を投げられるか石で殴られるかの瀬戸際!
それでも僕には君に言っておかなきゃいけないことがあるんだ!
「何か服の代わりになるものください!」
何十分か後、近くの村で冷たい視線の中を手ぬぐい一枚腰に巻いただけの姿で歩くハメになった。