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第16話 屋台広場にて

「おはよ、テオ」


 目が覚めると、目の前にセラくんのにこにこ笑顔があった。おかしい、二人部屋を二つ、男女で分けるように借りたはずだ。二人部屋ということは当然ベッドが二つあるのに、セラくんは今僕の目の前にいる。


「……おはよう」


 布団を剥いで起き上がる。妙に目覚めがいいのはセラくんのおかげだろうか、この子と寝るとなぜか快眠なんだよね。


 通りに面した窓からは朝の光と道行く人々の活気が入り込んでくる。朝も早い時間だけど、活気があるのは商会が隣にあるからだろうか。それともこの世界の住民がもともと早起きなのかな。


「アルマさんからの伝言で、起きたらすぐ一階にあつま」


「おはようございます。テオさん、セラくん」


 この世界にノックという文化がないのか、それとも忘れただけなのか、アルマさんがいきなり部屋に現れる。いつもの三白眼が妙にキラキラしてる気がするのは、差し込んでくる朝日のせいなのかな。


「二回目のおはよう、アルマさん」


「もしかして部屋の外で待ってたの?」


「まさか」


 そうだよね、そんなわけないよ。楽しみすぎて僕が起きるのを部屋の外で聞き耳立てて待ってたなんてそんなことあるわけが。


「自室で聴覚強化の魔法を使っていたので起きるのを聞きつけただけです」


 楽しみすぎて魔力の無駄遣いまでしてしまってたんだね、何やってんだこの子。


「さあ行きますよ。今日は朝食は無しです、町の屋台で食い倒れます」


 僕とセラくんはアルマさんにぐいぐいと引っ張られて宿屋を後にした。


*


「あれ、ツバキは?」


 アルマさんと同室のツバキが居ない。連れて行かないと拗ねるんじゃないかなと思ってたずねる。


「ツバキさんなら、昨日まで泊まっていた宿屋を引き払いに行くと言ってましたよ」


 そっか、ツバキはこのヘリオアンを拠点にギルドからの依頼を受けて生活してたんだな。以前使っていた宿屋から荷物を回収しに行く必要があったわけだ。


「なるほどね、じゃあとりあえず何食べる? 屋台が集まってるのは向こうかな」


 確か昨日、冒険者ギルドのある広場にいくつかの屋台を見かけたはずだ。


「いいえ、港のほうに行きます。あっちのほうが屋台の数も多く、必然として種類も豊富です」


 港方面に行くと道に沿う形で海を臨む広場が続いており、それをさまざまな屋台が埋め尽くしていた。市場としての機能も有しているのか、ところどころに野菜や魚を売る店の集団がある。活気はまるで祭りのようだ。


「わぁ……すっごいね、いろんなお店があるよ!」


「目に付いたものから片付けていきますよ。昨日のうちに両替済みです」


 じゃらりと銅貨でパンパンに膨らんだ財布を鳴らし、狩人のように目を光らせるアルマさん。その眼光は普段弓を構えているときよりも鋭い。これから彼女による食い荒らしが始まるんだ……!


*


「無理です、おなかいっぱいです」


 屋台三軒目にしてもう食えないという様子のアルマさん。さっきまでの気合の入りっぷりはなんだったんだ。おなかを押さえてしゃがみこみながらも、片手に持った食べかけを僕に差し出す。


 薄くぎっしりとした生地のパンに魚の揚げ物が野菜や果物と一緒に挟まれている。一軒目は魚を串に刺して塩焼きにしたもの、二軒目は魚のつみれが入ったスープだったから、それなりの量は食べている。


 とりあえず設置されているベンチに移動し、アルマさん、僕、セラくんと3人並んで座る。ベンチの背後には木が植えられていて、海風にさらさらと葉を揺らして僕らに涼しげな影を落とした。うずくまるアルマさんの背中をさすりながら押し付けられた魚サンドをかじっていると、セラくんがじーっと僕の顔を見つめていた。


「ど、どうしたの……?」


 いつもの柔らかな表情とは違い、真剣そのもので僕を見ている。つい、と僕の頬に唇を寄せてささやいた。


「テオ、ここにソースついてるよ」


 直後、柔らかい何かが僕の頬を拭った。顔を離したセラくんが、舌をぺろりと引っ込めるのがかろうじて見えただけで、何が起こったのかわからない。


 唇だった? いや指に違いないと思いたい、だけど頬はかすかに湿り気を帯びている。これはセラくんによるものかソースによるものか。


「セラくん、今……」


「あ、お行儀わるかったかな? ごめんなさい」


 謝りながらも人差し指で下唇をなぞるその意味すら、結局のところわからなかった。


「はー、少し消化できた気がします」


 アルマさんがむくりと起き上がる。そして立ち上がると、再び屋台へ向かってふらふらと歩きだした。


「待て待て待てーい!」


 慌ててその手をがっと掴む。まだ食べるつもりなのかこのぽんこつアーチャーは。


「言ったはずです、今日は食い倒れる日だと」


「わぁ、アルマさんやる気だね。僕もまだまだ余裕あるよ」


「セラくんも煽らないの!」


 まったく、暴飲暴食は食べないよりも不健康だっていうのに。まずは二人にそのことを分かってもらわないといけないんじゃないだろうか。


「ラフテ三つお願いします」


「あいよっ、お嬢ちゃんなかなかガッツリいくねぇ!」


「こらこら~!」


 セラくんを叱ろうと目を離した隙に、するりと僕の手を抜けてアルマさんが魚の揚げ物を購入していた。っていうか揚げ物二連続か、健康な胃袋だな!


「あはは、テオも観念して食い倒れの共倒れしよう?」


「そうです、セラくんは分かっていますね。ほら、あーん」


 アルマさんが僕をまっすぐ見上げて、串に刺された魚の揚げ物を差し出してくる。その視線に抗い切れず、というかぐいぐい押し付けられ根負けして一口かぶりついた。


「んむ、もぐもぐ。おいしい」


 串を受け取りながら僕が答えると、アルマさんはにこりと笑った。アルマさんはいつも無表情だけど、こうして笑うと可愛い顔をしてるのにと思う。もったいないよね。


「そうですか、ではもう一本どうぞ」


「全然消化できてないじゃないかぁーっ!」


*


 その後の必死の説得により、一人前を二人で食べようということになって僕の胃袋への負担は大分減った。日陰がどうのお行儀がどうのとか理由をつけて屋台で何か買うたびにベンチに座ったのもうまい時間稼ぎになり、昼を過ぎてもまだなんとか胃袋は無事だ。アルマさんは苦しげながらも満足した顔でベンチにもたれかかっている。


 その間セラくんはずっと、時には別なものも追加で食べていたけど満腹になった様子はなかった。気になっておなかを触らせてもらった(そこまで頼んでいないのになぜか直にだった)ところ、まったく膨らんだ様子がなかった。この子本当に人間なんだろうか。


「食べすぎで胃が破裂して死ぬ、なんていうのも防ごうとするみたい」


 セラくんに刻まれた『死の印』の効果、こんな日常にまで入り込んでくるのか。


「ついでに言うなら、あんまりやりたくないけど毒入りとかも食べられるよ。具合悪くなるし気持ちの上でも良くないからやらないけど」


「そういわれると食べ物に対して効果を発揮するのも分かる気がする」


「おかげで満腹だ~ってならないのがちょっと悩みの種かな」


 それだけ言って、セラくんは遠くを見た。海の先、水平線を。


「テオどの~!」


 その染み入るような空気を一刀両断するサムライがやってくる。ツバキが駆け寄ってくるのを、ああ、なんだか面倒だな。手だけ振って迎えよう。


「いやー、お待たせしたでござる。ちょっと荷運びに手間取ったでござるよ」


 そういうツバキの格好は昨日の暑苦しい黒コートではなく、白いオフショルダーの半袖ブラウスに黒いAラインのロングスカート、足は編み上げサンダルで、赤い髪をポニーテールにしているのは髪紐ではなく小さな藤の細工をぶら下げたかんざしという出で立ちだ。こうしてみると、あの黒コートでは隠れてしまっていた女性的な丸みがよく分かる。


 それでいて腰には変わらず刀を差しているのだから、彼女のサムライに対するこだわりは並ではないことが分かる。


「流石に黒コートはカッコ良すぎでござったからな……あの、ど、どう?」


 不安げにもじもじしながら聞いてくる。心外だな、僕は服装をからかったりなんてしないのに。


「可愛いと思うよ。何でツバキなのにかんざしは藤の花なのか分からないけど」


 正直な感想を伝えると、ツバキはぱぁっと笑顔になった。笑顔になって……なんかこう、気持ち悪いくねくねした動きをはじめた。


「か、可愛いでござるか~嬉しいでござるな~。拙者、美少女でござったか~」


「セラくん、ちょっと屋台で何か買ってくるからアルマさんのことよろしく。ほらツバキ、ちょっとこっちおいで」


 なんだか子供の健全な成長に害を成すような気がしてきて、ツバキをセラくんから引き離しておこうと思った。どうせツバキは昼ごはんまだだろうし、何か食わせて大人しくさせよう作戦だ。


 かといって普通のよりは地雷臭のする何かを毒見させたほうが面白いかな。僕はツバキの手を引いて屋台街をより奥へ進んでいった。


*


 テオがツバキを引き連れて屋台の群れの中に消えていった。セラフィノは手を振って見送りながらも、胸の中にもやもやするものを抱えていた。


 昨日出会ったばかりのはずなのに、なぜだかテオはツバキにだけ特別な接し方をしているような気がする。


「二人は恋人同士……なのかな。会ったときはそうじゃないって言ってたけど」


 思わず口に出してしまい、慌てて首を振る。事実はどうあろうと関係ない、テオは大切な旅の仲間だ。


 それでもやはり、二人の関係は気になってしょうがなかった。セラフィノはいくつか想像をめぐらせるも、二人の間に何もないとは思えない。


 悶々と悩んでいると、少し距離を置いて設置してある隣のベンチに二人の男がやってきた。テオたちが消えていったほうの屋台から、何かしらの食べ物を買ってきたのでここで食おうという魂胆らしい。


 二人の男の雑談から、気になる会話が聞こえてきた。


「なぁ、さっきすれ違ったのってよ、氷炎の片割れ『赤髪』じゃあねぇか?」


「この町最強の二人って噂のか。確かにあの赤髪と奇妙な剣は見間違いようもねぇな」


「氷の女は連れてなかったけどよ、あの男は何だ。まさかとは思うがよ」


「ああ、俺は昨日ギルドで聞いたぜ。あの『もし自分が負けたらそいつのモノになる』っつってた『赤髪』を負かしたんだとよ」


「うっわ、ショックだぜ……じゃあもう『赤髪』はあの男のモンになっちまったってのか」


「だろうなぁ。見たかよ、いつもの全身黒の厚着なんかやめて、あんな女を強調するような服着ておしゃれしちゃってよ」


「はー、ファンだったのになぁ。すっかりメスって感じだったぜ、もう色々されちまってんだろうなぁ」


「元気出せよ、今日は飲みに行こうぜ」


「まだ昼間だっての」


「そろそろ開くとこもあるだろ、今からギルド行って何人か声かけてればちょうどいい時間になるんじゃねぇの」


「はー、じゃあいくかあ」


 男たちは立ち上がると、とぼとぼと冒険者ギルドのほうへ歩き去っていった。


 セラフィノは隣のベンチに座っていたがためにばっちりと聞いてしまったし、それは一人分を空けて座っていたアルマも同様だった。


(テオ……どういうこと!?)

(テオさん……どういうことですか!?)


 二人はテオとツバキが戻ってくるまで、石のように硬直したままだった。

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