第15話 違い
「なるほどでござるなぁ~。ま、格の違いを見せ付けたというところでござろう」
ツバキが居ない間に男たちに絡まれ蹴りで悶絶させたことを話すと、ツバキは満足げに頷いた。
「実は拙者、ああいう連中によく言い寄られて困ってたでござるよ。テオ殿のような連れ合いがいると知られればもう安泰でござるな」
「もしかしてそれが目的で俺を連れてきたの?」
問うと、ツバキはぎくりとしたようだった。つまり僕をけしかけて鬱陶しい連中を追い払おうとしたわけだね。僕の同意も得ずに。
「い、いやぁ~、ははは。感謝してるでござるよ、本当に」
「はぁ、アルマさんやセラくんを巻き込まなかったから良かったものの、二人が来てたら危ないところだったよ?」
アルマさんはあの筋肉男に勝てないだろうし、セラくんも死なないとはいえ痛みを感じないわけじゃない。二人に何かあったらなんて、考えるだけで恐ろしいよ。
「テオ殿しか連れてくる気はなかったでござるよー。だって拙者、『自分より強い人間としか組まない』なんて公言しちゃってたでござるから」
なるほど、ランク3の魔法が使えるくらいで大きい顔が出来るなら、ツバキに勝てる人間なんていなさそうだ。だからこそ僕の実力を疑った連中が絡んできたんだな。
「そうそう、今ではそれに尾ひれがついて、拙者を負かしたら何でも命令していいなんて言われてもう大変でござった!」
聞き捨てならないことを言うね。僕の仲間になったことと『自分を負かしたら好きに命令していい』という噂が流れていることを総合して考える。つまりは。
「それって俺がツバキを好き放題にしちゃってるってことにならない?」
「あ」
「あたまが痛い」
ギルドを出ていくときにひそひそされていたのは、僕がツバキにどんなことを命令しているのかとかそういう下世話な想像だったってことか。誤解をとくにも説明して回るわけにはいかないし、どうにも出来ない。
「べ、べべべべ、別にどうってことないでござるよ! 口裏合わせるのだって余裕でござるし!?」
「思いっきり動揺してるね」
「あうぅ……無理だよ、そんなの」
顔を真っ赤にしたツバキが頭を抱えてぶんぶんする。ござる口調の余裕すらないみたいだ。
「悪巧みの天罰ってとこだね。さ、はやく帰ろ」
アルマさんもセラくんもあまり待たせたくない。とくにセラくんは暗殺者に狙われているわけだし。
「そ、そうだね。……でござるな」
だいぶ雑なござる口調だけど、とりあえずは大丈夫みたいだ。広場を出て宿屋に戻る。本当にすぐの距離だな。
「ただいまでござるよー」
「あっ、お帰りなさい!」
宿屋の借りた一室に戻ると、セラくんが窓辺で本を読んでいた。差し込む日差しが海風に揺れる銀の髪を煌めかせ、一瞬時が止まったような気さえするほど美しい。声をかけるとぱたんと本を閉じて微笑みかけてくれた、そうして美しさに止まった時間が解凍される。テーブルに本を置くと、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「ねぇ、テオ。僕もお出かけしたいな、一緒に町を見て回ろう?」
くいくいと僕の服を引っ張りながら見上げてくる。もしかしたらセラくんは自分の顔がどれだけ神に愛されているのか知っているのかもしれない。
「あーっ、テオ殿! 拙者とデートしてきたばっかりなのにもう他の子とお出かけでござるか、この節操無し!」
「デートって、犯罪者を引き渡してきただけじゃないか」
「でもでも、拙者を付けねらう悪漢を蹴り一発で伸してくれたでござろう? アレには本気できゅんってしちゃったなぁ、えへへ」
「さ、セラくん。あのくねくねしてる変な人は置いといてお出かけしよっか」
ツバキを無視して部屋を出る。ついでに隣の部屋にいるだろうアルマさんにも声かけていこうかな。
ドアをノックする。こういう文化って共通してたりするのかな、変なことやってると思われたらどうしよう。
「どうしました?」
がちゃり、とドアを開けてアルマさんが出てくる。旅装を脱いですっかり身軽だ。
「今からセラくんと出かけるんだけど、一緒にどうかな?」
「僕は二人っきりがいいのに、テオはアルマさんと一緒がいいんだってさ」
そんなことは言ってない。アルマさんは無表情のまま息を詰まらせたように跳ね、それからゆっくりと深く息を吐いた。
「そうですね、ただ一つ提案があります」
「提案?」
「明日、朝からというのはどうでしょう。今日は一度旅の疲れを癒し、万全の状態で明日を迎えるのです」
「うわー、アルマさん本気だね。僕も今日にこだわりはないし、テオがいいならそれでいいかな」
なるほど、確かに今日は久しぶりのベッドで寝れる日なんだから、ぐっすり快眠してから遊び倒すのもいいな。
「じゃあ明日にしよう。俺はちょっと鉱石を換金してくるよ」
ちょうど隣にデグネール商会がある。ハインツさんに買い取ってもらおう。
「およ、忘れ物でござるか?」
部屋に引き返してきた僕らに、ツバキが不思議そうな顔をする。
「いや、明日の朝から出かけようってことになった。今からハインツさんのところに鉱石を売りに行く」
デグネール商会では鉱石を取り扱っているだろうか、あんなに大きいんだし多分大丈夫だよね。
「ははぁ、なるほどでござるなー」
「じゃ、行ってくるよ」
得心がいったように頷く。僕は部屋の隅にある鉱石の入った鞄を持つと、宿屋を出てデグネール商会の建物に入った。
鉱石類、とくに石化金属を買い取っているかどうかを受付に聞くと、なぜか他の買取とは違って奥の部屋に通された。
窓のない部屋で、ランタンの明かりがゆらめいている。その明かりの中にテーブルを挟んでハインツさんと向かい合う。ハインツさんは商会のボスのはずなのに、こんな買取の受付までしてるのかな。
「石化金属の目利きは俺がやることになってる」
石化金属以外の鉱石は全て受付カウンターにおいてきた。袋をさかさまにして、カルメヤ村のゴーレムの残骸から取り除いた石化鋼鉄をテーブルに転がすと、ハインツさんはそれを一つ手に取り、ルーペでじっくり観察しはじめた。
「一目見て異質だと分かる素材だがよ、混入物で大きく価値が変わる。純度がそのまま品質に直結してるからだ」
じっと見たり、コツコツと爪で叩いてみたり、手触りも気にしてるかもしれない。そうして次々と石化鋼鉄ゴーレムの残骸を調べていく。
「とんでもねぇ純度だ、まるで元々加工してあったモノみたいじゃねぇか。なぁ?」
全てを見終わって、ハインツさんはため息を吐いた。椅子の背もたれに体重を深く預ける。
「いずれも高純度の石化鋼鉄、加工済みのものを破壊した際に出来た破片で間違いないな」
そんなことまで分かってしまうのか、大商会のボスは伊達じゃないな。
「石化鋼鉄のゴーレムを倒した際に回収したものです」
「なるほどな。この量なら金貨22枚ってとこだ」
ハインツさんがテーブルの上に金貨10枚を積み上げたものを2セット、それから金貨2枚を並べる。
うんうん、金貨22枚ね。この世界の通貨、金貨になってるのね。どうしよう、価値がわからない。
VVVRではエンという通貨単位を使っていたけど、ここに来るまでにアルマさんやセラくんが支払いをしていたせいで気づけなかった……だって路銀はアルマさん管理だったし、セラくんは護衛の経費だとか言うし。
どうしよう、ここで本来ならファンタジーっぽく値段交渉なんて出来たら楽しいかと思ったのに。
でも分からないならどうしようもない。もしかしたらものすごく色をつけてくれているのかもしれないし、ここは素直に22枚で受け取っておこう。
「ありがとうございます。では金貨22枚で」
「待て待て待て」
立ち上がりかけた僕をハインツさんは慌てて制した。
「どうしました?」
「試して悪かった、本当は金貨42枚だ」
調子が狂ったみたいな顔で金貨20枚をテーブルに追加する。
超ぼったくられてた。でもこれもファンタジーあるあるっていうか醍醐味って感じがするなぁ。価値がわからないからどれくらい損したのかはわかならいけど、およそ半額なんてもしかしたら気付かないほうがおかしレベルだったのかもしれない。
「そうだったんですか? 分からないものですね」
「とぼけてんのか? よくもまあ22金貨ぽっちで売ろうと思ったもんだ」
「買い叩かれるなんて考えてませんでしたね」
実際その通りで、金貨22枚というならそれが適正価格なんだろうと思っていた。
「はぁ、偶然旅先で会った商人が悪徳じゃねぇ保障なんてどこにもねぇぞ」
呆れたようにハインツさんが頭を振る。新人の店員が貴重な美術品を捨て値で売ってしまったところを見てしまったような反応だ。
「一応根拠はありましたけど」
ちょっとムっとして答える。彼が僕を騙すことはないだろうと思ったのには、ちゃんと理由があるんだ。
「ほう、聞かせてみろ」
「俺、さっき石化金属のゴーレムを倒したって言いました。つまりは今後もこの量の石化金属を持ってこれる人間です。だったら大切にしてくれるかなって」
「ずっと騙し続けられる可能性は?」
「あまりに安く買い叩かれていたらすぐに気付くでしょうし、少し安い程度なら別にサービスしてもいいって思ってますよ」
「ほぉ、どうやら思った以上にわしは君のご機嫌取りをせねばならんようだな」
ハインツさんはさらに金貨を3枚追加し、袋に入れて渡してくれた。
*
「ほほー、45金貨でござるか……輝かしいでござるな」
「いいから早くこの世界の通貨教えてよ」
宿屋に戻ってツバキを路地裏に連れ出す。ちょうど部屋にいた二人の視線がなぜかわからないけど痛かった。
「そうでござるな、銅貨100枚で1銀貨、10銀貨で1金貨でござる。銀貨だけは半銀といってこんなのが銅貨30枚として使われるでござる。エンとの換算レートは物価がまちまちすぎて分からんでござるな。……エンから金貨制ってなんだか明治時代から江戸時代になったみたいでドキドキするでござるよな?」
ツバキが皮袋から小さな四角い銀の板を取り出して見せてくれる。同じく出してくれた銀貨より少し小さく薄い。
「半銀って言う割には50銅貨じゃないんだね」
「不思議でござるよなー、アルマ殿かセラ殿に今度聞いてみようかなでござる」
銀貨と半銀を返すと、ツバキは元のように皮袋に入れてしまいこんだ。
「ところでさ」
「なんでござるか?」
「ござる口調やめない?」
「絶対やめない」
「……」
「でござる」
「今怪しかったね」
「なんでござるか、テオ殿は拙者のロールプレイに文句あるでござるか」
ぽかぽかと僕の肩を叩いてくる。まったく痛くないけど鬱陶しい。
「いや、ずっとロールプレイしてて疲れないのかなーって」
ちょくちょく素が出るってことは、いつも気を張ってあの口調にしているわけだ。それってずっと舞台の上でお芝居してるようなもんじゃないのかな? とくに精神的な部分が疲れそう。
「……じゃあ、テオと二人っきりの時だけ、普通に喋る」
ツバキはうつむいて、僕の肩をきゅっと握った。