第14話 疑惑の目
「いやー、拙者も乗せてもらってかたじけないでござるなぁ!」
お互いに自己紹介を済ませ、馬車は再び港町へと進み始める。一年ぶりに再会できたからか、ムライさん……じゃなくてツバキは大はしゃぎだ。
「ねぇ、テオ。一年ぶりに再会した友達だって言ってたけど、本当にただの友達?」
セラくんが妙に責めるような視線で質問してくる。仲間が増えることに対して抵抗感でもあるのかな。そういえばアルマさんとは普通に接しているけど、僕には妙になついてくれているみたいだし、女の人がちょっとだけ苦手なのかもしれない。でも、ツバキは僕の友達だから仲良くなって欲しいな。
「友達だよ、長い付き合いのね」
答えると、セラくんはさらに詰め寄ってきた。
「そういうことが聞きたいんじゃなくて、二人は……付き合ってたりとかしなかったの? 恋人として!」
「ぶっほっ!」
積荷で狭まった馬車内、聞こえないはずもなくツバキが吹き出した。こいつの吹き出し方めっちゃ汚い。一方でアルマさんはそっぽを向いて聞いていないフリだ。耳の穴がまっすぐこちらに向いてはいるけど。
「あぁ、ないよ。おと」
男だと思ってたし、と言いかけて慌てて口を閉じる。今のツバキはどう見ても女の子なのだから、突っ込まれたら説明が面倒だ。
「おと?」
「お友達、以外の何者でもないよ。付き合いも町で会ったら話すとか、いい鉱石を見つけたら買い取ってもらうとかだったから」
サムライの魂たる武器――刀にこだわるツバキは、よく僕から素材になる金属を買い取っては鍛冶を生業とするプレイヤーに作らせていた。プレイヤーが作る武器はいくつかの例外を除いて実用外という評価だけど、ちゃんとした刀じゃないと嫌だとかいってモンスタードロップの装備を頑なに使おうとしなかったんだよね。
「つれないでござるなー、拙者らは朝まで語り合うこともままあった仲でござろうに」
ツバキがふざけてしなだれかかってくる。肩に両手を乗せて、その上にあごを置いてぐりぐりする。
「ふーん、まぁ僕はテオと一緒のお布団で寝たけどね」
僕の体をゆさゆさ揺らしていた動きが止まる。ツバキは思い切り動揺しているようだった。
「な、ななななな何してるでござるか!? 相手は男の子でござろう!」
「何って、何もしてないよ。本当に一緒に寝ただけ」
「一緒に寝たのは本当でござったかぁーっ!」
ガクリと後ろの麻袋に倒れこむ。何が入ってるにせよ人の積荷なんだから無闇に暴れないで欲しいな。
*
がたがたとした馬車の揺れが、次第に静かに滑るように変わってくる。なだらかな丘を下った先に、青くきらめく水平線が見えてきた。
「……!」
アルマさんがそっと身を乗り出して見つめる。初めて目にする『海』を。
「おぉ、見えてきたな。もうすぐ港町だ」
荷台の縁に手をかけ、これでもかと身を乗り出して海を見つめるアルマさんは、尻尾があったらぶんぶん振ってそうだ。……と思ったらなんか微妙にお尻を振ってる。殊の外海に興奮しているらしい。
「ほほう、なるほど……これはなかなか」
揺れるお尻をじっと見つめるツバキに、とりあえずの目つぶしをしておいた。
「ぎゃーっ! 何するでござる!?」
「あはは……」
セラくんがどう反応していいか困ったように笑い、アルマさんが何事かと首をかしげる。
馬車は緩やかに坂を下っていった。
*
「そら、町に着いたぞ。ここがヘリオアンだ」
港町・ヘリオアン、漁も交易も盛んな大都市だ。建物はみなまぶしく輝く白レンガで建てられていて、町のいたるところに艶めいた葉の木々が植えられている。その葉っぱや、道行く人、空を飛ぶ鳥たちが白いざらついた壁に影を落として模様を作り出していた。
町は活気にあふれ、忙しそうに走り回る人、デートらしき男女、大きな荷物を抱えた買い物客とさまざまな人が行き交う。
「どっか降りたいところがあったら言いな。止まってやるから」
「あ、じゃあ拙者ギルドの近くに――」
「ここまで乗せていただきましたし、荷降ろしくらい手伝いますよ」
おじさんは商人らしいけど身なりはボロを着てにいかにも零細といった風体だ。いろんなことを一人でしているのだろうと考えたら、手伝おうという気持ちになってしまう。いや、勝手な想像だけどさ。
「そうかい、そいつは助かるな」
馬車は大通りを抜けて、町の中心地へ向かう。やがて他とは一線を画して立派な建物の裏口に止まった。搬入口だろうか、
取引先なんだろうか、まさかこんな立派な建物を所有しているようには見えないし。
「ついたぞ、ここがわしの商会だ」
「ずいぶん大きい建物ですね……」
店を兼ねているらしい。
「意外だと思ったか?」
おじさんはニッと笑った。
「わしはハインツ。ハインツ・デグネール、このデグネール商会のボスだ」
激しい人の出入り。身分が高いだろうと推測される人も多くいる。人目で大繁盛していると分かる店舗を背後に、彼はその主だと言った。
「ひえぇ……見えんでござるなぁ。ただの零細商人かと思ったでござるよ」
ツバキが能天気にも失礼な口を利く。こいつ仲間にして本当によかったのかな。
「成金趣味は賊に襲われやすいのさ。じゃあ馬車の荷物を片っ端から中に運んでくれ」
僕とツバキで大きく重いものを運び、セラくんとアルマさんには細かいのを任せる。もともとそんなに量があるわけではなかったから、一瞬で終わった。汗なんて一滴もかいてないけど、つい額を拭う動きをしてしまう。そんな僕に従業員との話を切り上げたハインツさんが歩いてきた。
「終わったか、ありがとさん。ところであんたら宿は決めてあるのかい」
「いえ、この町には着いたばかりですし、そこらを見ながら決めようかと思ってました」
「それならここ出て隣の宿にしな。ハインツの紹介だって言えばいくらか割り引いてくれるぜ」
よほどの影響力を持っているらしい、普通そんなことで割引なんてしてくれなさそう。いや、どっちなんだ? くぅ、病室生活が長かったせいでわからない。
とにかく一旦宿屋に荷物を置きに行くと、綺麗な内装の広く快適な二人部屋がウユラの町で泊まったところと同じくらいの値段で借りることができた。元の値段はわからなかったけど、おそらくはものすごく割引されている。ハインツさんってすごい人なんだな。
「テオ殿~こいつをギルドに届けるから付き合って欲しいでござるよ~」
ツバキがぶんぶんと簀巻きにした盗賊の首領を振り回す。激しい揺れに悲鳴を上げていた。
何かアルマさんとセラくんには聞かれたくない話でもあるんだろうか、いくらか不穏な視線を感じながらも連れ立ってギルドへ向かった。
デグネール商会から歩いてすぐのところに広場があり、その広場に面した建物の中に一際古いものがあった。ツバキはその建物を指差して。
「あそこが冒険者ギルドでござる」
「冒険者ギルド?」
「VVVRにはなかったでござるな。まあ登録制の何でも屋でござるよ。テオ殿も一緒に登録しよっでござる」
かわいこぶっても語尾をござるにするあたり、この子のロールプレイへのこだわりは強いものなんだろうなと思う。盗賊を引きずっている手と逆側の手で僕をぐいぐい引っ張り、ギルドの建物へと入っていった。
ウエスタン・サルーンのようなスイングドアを開けて中へ入ると、ドアを開ける前には確かにあったざわめきや活気が消え、しんとしたロビーでは大勢の冒険者たちが酒やカードゲーム、雑談に興じる振りをしてこちらの様子を伺っているのがわかった。
「おい……あれ、『赤髪』じゃねぇか」
「男を連れてるぞ、何者だ?」
「あの『赤髪』に仲間? ウソだろ」
聞こえてくる会話の断片から、どうやらツバキが注目されているらしかった。それにしても『赤髪』なんて呼ばれてるんだな。
「依頼のあった盗賊退治をしてきたでござる。頭領はここに、他はシェアヒ草原に置いてきてあるでござる」
「確かに人相が一致しますね、ここからは我々ギルドが引き受けます。お疲れさまでした」
盗賊のリーダーを引き渡すと、受付のお姉さんが丁寧にお辞儀してくれた。屈強な男たちが出てきて簀巻きの盗賊をどこかへ運んでいく。
「あ、ちょっと拙者ここで用事があるから待っていて欲しいでござるよ」
そう言ってツバキが受付に何か伝えてから建物の奥へと消えていった。しかしいまだに張り詰めたような監視する空気とヒソヒソ話す声は続いている。
なんとなく居心地が悪いけど、ツバキを置いて帰るわけにもいかないし、ロビーの空いている椅子に座って待つことにした。
「おいお前」
声をかけられた。明らかに敵意をむき出しにした男が3人、椅子に座った僕を囲んでいた。3人ともが歴戦の貫禄を持っている。
「何かな」
「あの女とはどういう関係だ?」
威圧的な態度、明らかに見下した視線にさすがの僕もいらつく。かといってこういうところでのいさかいはご法度なのがお約束だし、我慢我慢と。
「仲間だよ、一緒に旅することになってる」
「へぇ、そうかい」
男が腕を振り上げ、そして振り下ろす。大きな音とともに、僕の横にあったテーブルが粉々に砕けた。
「おっと手が滑っちまった。それでよ、俺ァあの女を狙ってたんだよ。なぁ、身を引いちゃくれねぇか?」
取り巻きらしい二人は僕が固まっているのを見て、怯えていると判断したのかニヤニヤ笑いを浮かべている。僕は自分の物でもないのを力自慢に壊したことに驚いただけなんだけどな。
「お、おいやめとけよ。アンタに口を出す権利はないはずだ」
見かねたのか、知らない青年が仲裁に入る。止めようと男の肩に手を置いた瞬間、青年は巨大な手に押しつぶされた。
「うるせぇよ低ランクが。お前にはAランクの俺様に口を出す権利がねぇだろ?」
魔力の残り風が舞い上がる。男の肩から先が不自然に巨大化していた。人ひとり分くらいはありそうなほどに膨れ上がっている。ランク3魔法『オーバービルド』だ、効果は単純な肉体増強ながら、サイズと頑丈さも増すために盾としても使えて攻守のバランスがいい。見た目が悪いので全然人気なかったけど。ということはこいつはレベル300以上なのか。
男が手をどかすと、無残につぶされた青年がぴくぴくと震え、うめいていた。まだ息はあるみたいで安心した。
「な? お前もこうなりたくなかったら身を引いてくれよ。むしろ手伝ってくれたら俺の手下としておこぼれをくれてやってもいい。なぁ、どうだ?」
僕は男を無視して青年のそばに座り込み、彼にランク1魔法『ヒーリングタッチ』を使う。『ヒーリングタッチ』は、触れている対象に魔力を流し込んで治療する魔法だ。使い勝手は悪いけどこの場面なら十分なはず。
苦しげにうめいていた青年も、次第に脱力し、そして眠りに落ちた。僕は立ち上がって男と向き合う。
「ほぉ、そこそこの回復魔法は使えるみたいだが、それだけじゃ『赤髪』との同行は認められんなぁ」
「別に、お前らに認めてもらう必要なんかない」
自分でも思った以上に硬い声が出て驚く。自覚がないけど僕は相当怒ってしまっているんだな。
「そうかよ、じゃあ次はてめぇが自分にヒールしてなッ!」
肥大化した腕を、僕に向かって思い切りたたきつけた。どん! という衝撃とともに石畳が砕け、僕の足が沈む。
「んー、この程度ならヒールはいらないかな……!」
脳天への一撃を腕でガードしたまま蹴りを男のわき腹に叩き込むと、男は一瞬宙に浮き、その場にくずれ落ちた。
「テオ殿~、お待たせでござる。およ、どうしたでござるか?」
あたりがざわめいているところに、能天気にツバキが戻ってきた。
「なんでもない、用が済んだなら帰ろう」
僕らはざわつくギルドを後にした。ギルド内の物を壊したのはあの男だし、あとで請求とか来たりしませんようにと祈りながら。