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第13話 赤い髪の奇怪なる剣士

 奇妙な爬虫類オオサンショウウオは、見た目どおりのっそりとした動きでゆっくりと馬車を引いていく。


 熊肉の燻製をプレゼントしたところ、おじさんはとても喜んで余り物の果物を分けてくれた。緑色でまだ熟していないように見えるのに、真っ白な果肉からあふれ出る、ほんのりすっぱくて爽やかな甘みのたぷたぷした果汁がおいしい。ツェロの実と言っていたけど、聞いたことがない。


 そういえば、森で襲ってきた巨大イノシシも初めて見る魔物だった。地名は知っているものが多いけど、カルメヤ村なんて一旦は放棄されてたしなあ。


 もしかしたら、この世界は僕が知っている通りではなくて、少しずつ何かが違うのかもしれない。僕も元のアバターからかなりの筋肉が消えたし、かといって現実の僕とも違う体つきだし。


 そんなことを考えながらぼんやりとアルマさんとセラくんを眺める。セラくんはあんなに果汁が多い果物でも口元や手を汚すことなく食べきっている。この子本当に食べ方綺麗だな。


 一方でアルマさんは、どうあがいても口角から果汁のしずくがこぼれてしまって苦労しているようだった。僕もだけどね。二人そろってハンカチで口元をふき取る。セラくんどうやって食べてるんだろう。


 セラくんは荷台の縁によりかかって、この草原を遠くまで見渡しているようだった。何かの感慨があるのかもしれないし、ただ風を感じているだけかもしれない。でも少なくともこの時間を楽しんでいる。


「いい風吹いとるよなぁ」


 おじさんがのんびりと言った。そよぐ風は確かに気持ち良い。風に乗る花の香りも、草がざわめく音も。


 爬虫類オオサンショウウオは馬なんかよりずっと遅く馬車を引いたけど、それも悪くないように思う。


 のどかな時間が流れて、ずっとこのままでもいれる気がした。


 がたん、と馬車が止まる。


「ん、なんだあんたら」


 馬車は何人かの、身なりの悪い……言ってしまえばならず者のような人たちに囲まれていた。ここ数日遭遇しなかったから安心しきっていたけど、セラくんの命を狙う暗殺者か。


「オイ、積荷と金と女を置いていきな」


「積荷と金はいいが女はわしの物じゃねぇ。女は見逃してくれや」


 単なる強盗のようだ。リーダー格らしき男におじさんが堂々とした振る舞いで返事をする間に、アルマさんは積荷にまぎれるようにして弓に弦をかけた。


「いいやダメだね、女もだ。いいからよこしな」


「あー、こりゃダメだな。おいあんたら、できるなら逃げ――」


「できると思うか?」


 リーダー格が言った瞬間、草むらにまぎれていた更なる盗賊たちが現れる。この見通しの良い草原にずっと伏せて隠れていたのか。


「へへ、俺たちゃ37人もいるんだ。たった4人で何とかできると思わんことだな」


「おいおい落ち着けよ、いまどき女一人売ったってたいした金になんねぇだろ。金と積荷が落しどころだと思うぜ」


「テオ、僕も役に立ちたいな」


 セラくんが耳打ちする。その手にはナイフが握られていたけど、僕はその手をそっと押さえた。


「大丈夫、俺にまかせて」


 僕は馬車を降りてリーダー格の前に出た。ガタイの良い悪人面が馬鹿にした笑いで見下ろしている。


「へへぇ、そんなヒョロチビで何ができるってんだ?」


 リーダーが言うと、周りから下品な嘲笑が湧き起こった。僕はそれを黙らせるために拳を握り。


「そこまででござる!」


 何者かの声が響いた。盗賊たちは何事かとあたりを見回している。おい、あそこだ、という声と共に盗賊の一人が道の向こうを差す。


 ヘリオアンに向かう道から、赤い髪の女性が歩いてきていた。黒いコートに同じく黒のロングスカートが風にはためいており、腰には細身で曲がった剣を差している。


「ひとぉつ、人の世にはびこる悪党たちを」


 ポニーテールに纏め上げられた赤い髪は、まるで炎のように風に揺れる。腰の剣に手をかけ、すらりと抜いた。


「ふたぁつ、えー、ん? ふ、ふ……不思議な」


 二つ目で詰まるくらいならやらないで欲しい口上だったなぁ!


「まあいい、そこな馬車の御仁! 見たところ悪党どもに襲われているご様子、拙者が微力ながら助太刀いたそう!」


「へっ、一人増えたくらいで何ができ」


 何かを言いかけた盗賊が突如として吹き飛んだ。きりもみ回転しながらその勢いでもって草むらの向こうへ消えていく。


 気がつけばその盗賊が立っていた位置に赤髪がいた。


「お主らこそ、たったそれだけの人数で拙者に何ができるでござるか?」


 赤髪は鋭い目で盗賊たちを睨みつける。余裕ぶっていた盗賊たちが今の一瞬で完全にたじろいでいた。


「くそっ、女のクセに調子に乗りやがって!」


 いまや赤髪は完全に盗賊たちの目標になっていて、彼女めがけてクロスボウでの射撃やナイフ、斧などの投擲物が向かっていった。


 しかし、赤髪は再び消え、全てが空を切った。8人ほどの盗賊たちが驚く間もなく倒れる。


 ランク8魔法、『残影』だ。『フラッシュムーブ』と同じように瞬間移動する魔法だけど、『残影』は暗殺者系統の、忍者分類にしか使えず魔力消費が大きい代わりに、射程も倍の30メートルありさらには移動した次の瞬間また使えるほどに連発が効く。習得が遅く、それよりも前に瞬間移動系魔法が習得できることから選択肢からは外れやすいが、レベル800まで同系統のスキルを我慢しつづけたご褒美とも言える性能になっている。


 明らかにこの世界の住民とは一線を画したレベルと能力をしているし、特徴的な喋り方といい、もしかしたら彼女は僕が探していた人物かもしれない。


「ボス、どうします! ボス? ボス!?」


 赤髪に怯えた盗賊たちが、僕の座っている椅子に向かって叫ぶ。やっぱりこいつがボスだったんだな。赤髪に気をとられてる間にでこぴんで気絶させておいてよかった。


「ひぃい、ボスがやられてる! 逃げろ逃げろォ!」


 盗賊たちは慌てて逃げるけど、その逃げる足にトトトンと次々矢が刺さっていく。


「このぉ! てめぇだけでも!」


 逃げるのを諦めた盗賊の一人がアルマさんに襲い掛かる。その目前に赤髪が再び『残影』で現れた。


 なぎ払いが胴に入り、最後の盗賊が倒れた。赤髪が剣を鞘に戻す。


「安心せい、峰打ちでござる」


*


「これでよし、と」


 おじさんが妙に慣れた手つきで盗賊たちを縛り上げる。リーダー格だけ町へ連れ帰ってギルドに突き出し、残りはここに放置することになった。


「いやー、頭目をあっさり倒してしまうとは。拙者本当に微力だったでござるなー」


 戦っているときとは人が違ったように赤髪はからからと笑った。


「ところで拙者、ギルドにこのあたりの盗賊を討伐して、できるなら頭目を捕まえろという指令を受けてござってな? ちょーっと、ちょっとだけ手柄を譲って欲しいんでござるよー、たったの一人分でござるよ? ね? ね?」


 リーダー格を倒した僕に揉み手しながら擦り寄ってくる。もはや台無しとも言えるほどの変わりっぷりだ。


「こっちでは女の子なんだね、ムライさん」


 ムライ、と呼ばれて動きがぴたりと止まる。ギギギ、と油の切れた機械のように僕の顔をまじまじと見た。


「えっ、お主……えっ?」


「テオ、この人知り合いなの?」


 セラくんがテオと呼ぶのを聞いて今度は街中で死人に会ったような顔をした。


「お主、まさか……あのクソゴリ筋肉ダルマのテオ殿でござるか!?」


 クソゴリ筋肉ダルマって悪口だと思う。


「そうだよ、サムライロールプレイする忍者ジョブのサムルァイさん」


 サムルァイという名前のキャラでプレイしていたから、僕は親しみをこめてムライさんと呼んでいた。姿は変わっても、僕の友達であることには違わないはずだ。


「やっと、やっと会えた……うっ、ふ、うぇえ……うぇええん」


 ムライさんはふらふらと僕に抱きつくと、胸に顔をうずめて泣き始めた。服が涙を吸ってじんわりと濡れていく。


 僕はムライさんが泣き止むまでずっとその背中をさすり続けた。弁明してもらわないと、女を泣かせたクズ野郎を見る3人の視線をどうにもできないと思ったから。


*


「ずび、取り乱してすまなかったでござる」


 真っ赤に泣きはらしたムライさんが鼻をすする。3人には秘密の話があるからと伝えて、少し離れたところに歩いてきていた。


「落ち着いてくれた? やっぱりこの世界ってバグではなくて」


「現実でござろうな……拙者もいろいろ試して、ゲームではありえないことが多かったことからそう判断した」


 曰く、僕の試したことと大体同じことをやったらしい。そしてそのことごとくがゲームとは違う挙動を示した。


「俺も一週間くらい前に突然この世界に来たんだ。とにかく知り合いに会えてよかったよ」


「そうでござったか……ふむ、時間の流れがおかしいみたいでござるな」


「というと」


「拙者、この世界に来たのが1年前でござる」


「1年前!? でも、僕が採掘に入る直前……僕の感覚で言えば10日くらい前に会ったはずだよね」


「そうでござるな、ついでに言えばテオ殿が帰ってこなくなって1ヶ月くらい後にこの世界に来たでござるから、テオ殿の感覚で言えば拙者はまだこっちに来てないでござる」


「ここに転移した時間にばらつきがあるんだね。他の人には会えた?」


 聞くと、ムライさんは首を振った。


「誰にも。だから、死んだと思っていたテオ殿に、ぐすっ帰ってこなかったから、病気だって言ってたし、死んじゃったかと、おも、思って、うぅ」


 またムライさんの目に涙が浮かぶ。僕はとにかく慰めようと、この心地良い草原に座らせて隣で背中をさすってあげた。


「ふーっ、申し訳ござらん。 この1年、いろいろ旅をしたでござるが誰にも会えなくて参っていたんでござるよ」


 目元をごしごしと拭ってまた話し出す。


「ところで、どうして女の子になってるの?」


 ムライさんはぴたりと止まり、顔を背けた。もごもごと何か呻いたような気がしたけど聞き取れない。


「なんて?」


「拙者、……は……でござるから」


「もう一回言ってもらっていいかな」


「うぅーっ、拙者はぁ! リアルでは女の子でござったからぁ!」


「ええええええええええっ!?」


 大事件ともいうべき暴露だった。サムルァイなんてふざけた名前で、ふざけてる割には妙にこだわったロールプレイをしている変人が、倉庫NPCのどの部分がエロいか語り合った友が、一緒に女湯を覗きにいってペナルティエリアにぶち込まれた同志が、女の子だったなんて!


「うぅ……ばれたぁ、お尻フェチの変態女だと思われてるぅ」


「いや、それより女の子と一緒に倉庫NPCの足元に這いつくばってパンツ覗こうとしてたとか考えるとこっちが恥ずかしいよ」


「結構えろいぱんつでござったよなー、あれにガーターは反則でござるよ」


「ってそうじゃなくて」


「そうでござるな」


 僕の本来のアバターは筋肉ムキムキで、現実においては病室で寝たきりだったためにヒョロヒョロだった。今の体はその中間に思える。ならムライさんも現実とアバターの中間を取るさいに、性別が女性に寄ってしまったということなんだろうな。


「ムライさんはこれからどうするの? 俺は……できたら、この世界で暮らしていけたらと思ってるけど」


「そうか、テオ殿は……わかったでござる。拙者もテオ殿に同行するでござるよ。旅ならついていくし、定住するなら隣人でござる。お互い事情を知る人間がそばにいると安心するでござろう?」


「そうだね、今は事情があって旅をしてるから、一旦それについてきてくれないかな」


 ムライさんはうんうんと頷いた。


「分かったでござる。あ、ひとついいでござるか?」


「何?」


 ムライさんは急に神妙な顔になり、声を潜めて言った。


「拙者、今は女の子でござるから、今までの呼び名はふさわしくないでござる」


 キャラにこだわるムライさんらしい。どんな呼び方をさせるつもりだろう。


「だから……あー、えっと、その。すーはー、うん。あ、ツバキと呼んで欲しいでござるな」


 ツバキ、かぁ。女の子で赤い髪のサムライキャラなら、赤い花の椿は確かにマッチした名前だ。


「いい名前だと思う。さすがだね、ツバキちゃん」


「んー、呼び捨てがいいでござるな」


「呼び捨て?」


「うむ、そのままツバキと呼んでほしいでござる」


 これもこだわりなのかな、僕がかつて筋肉にこだわったように。呼ばれ方にまで妥協しないロールプレイへのこだわりは正直言って尊敬する。


「分かった、よろしくね。ツバキ」


「~ッ! そう、そうでござるな。よろしくでござる、テオ殿!」


 よほどしっくりきたんだろう、ムライさん改めツバキと呼んだ瞬間、とても嬉しそうな顔をしてよろこんでくれた。


 僕らは立ち上がると、馬車に戻ろうと歩き始めた。


「あ、ところで拙者今めすキャラでござるけど、見抜きはダメでござるよ?」


「しないよ!」

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