第12話 どっち!?
「西です」
「東に行くべきだよ」
森を抜けて4日目、ぱたりと止んだ襲撃のお陰ですんなりとシェアヒ大草原へと着いた。この草原を東西に走る街道が、港町ヘリオアンと城塞都市ワノキラをつなげている。
僕らはせっかく順調にこの分かれ道にたどり着けたのに、足を止めることになってしまった。原因は目的地をどちらかはっきり決めていなかったせいだ。
ざあざあと草原を吹く風のざわめきの中、だいぶ長いことセラくんとアルマさんは口論している。
「西の港町からなら人に紛れやすいですし、商人も多いので私たちの持っている品物も換金しやすいはずです」
「いいや。ワノキラは今武具の素材をほしがってるから、絶対に高値で売れるよ。それに、石化金属はテオのものじゃないか。テオが一番儲かる方を取るべきだと思うな」
「ぐっ、それはそうですが……城塞都市の荒くれどもが暗殺に雇われてたらどうするんです。またテオさんに助けてもらうんですか」
「そ、その話を持ち出すのは卑怯だよ!」
「セラくんこそ!」
もはやただの口ゲンカになりつつある二人を、僕はなんとか宥めなければならなかった。まるで犬と猫が喧嘩してるみたいだ。二人の間に入って折衷案を考える。納得してくれるといいな。
「じゃあ、こうしよう。ここでしばらく待って、次に通る人で決める」
「その人の行く先にするの?」
「違う、その人にどっちの町に行くべきかのヒントをもらう。例えば物価がどうとか、治安はどうなってるかとか。それで条件が良い方に決めよう、行く先と来た所の情報くらいみんな持ってるはずだから」
「わかりました、テオさんがそう言うのなら」
「テオ~。それはいいけど、ここ誰も通らないよ~」
確かに、しばらく口論していたのに誰ともすれ違っていない。こんなくだらない喧嘩をしているところを見られなくてよかったというべきか。
「ちょっと見てこようか」
僕はぐっと足に力をこめて、できる限り高くを目指して跳び上がった。地面がみるみる離れ、セラくんとアルマさんが小さくなっていく。遠くにウユラの町が見え、そのさらに奥にはアルマさんの故郷の山がある。結構な距離を移動してきたんだなぁとしみじみするなぁ。
下の草原を見渡すと、ワノキラ方面からこちらに移動中の馬車のようなものが見える。しばらくすればこちらに着くはずだ。
しばらくの滞空の後に着地すると、セラくんは宝石のような目をキラキラさせ、アルマさんはいつもの三白眼を丸くしていた。
「そんなことも出来たんですね、テオさんは」
「すごい大ジャンプだね! ねぇねぇ、次は僕を抱いてしてくれないかなっ」
セラくんが僕の手をとってお願いしてくる。言い方に一瞬戸惑ったけど、僕はそのままセラくんを抱きかかえてもう一度跳び上がった。遠くの山、森、流れ出る川が平地に流れ込み、その岸に町があって畑があって、この世界に欠けてるところなんてないんだと実感できる。
「あ、あの……!」
再び着地して、はしゃぐセラくんがさらなるジャンプを要求したところでアルマさんにがっちりと捕まえられてしまう。アルマさんは顔を赤くして僕を睨みつける。な、なんでこんなに怒っているんだろう。
「私、あの、私も……だ、抱いてください」
「ぶーっ!?」
明らかにアウトな言い回し、というかそういう言い方普通しないでしょ! 思わず吹き出しちゃったじゃないか。
「アルマさん……もしかしてむっつりすけべ?」
セラくんが余計なことを言ったので拳骨で口封じだ。反省しなさい。
「あわわ、な、何でもないです。何でも」
珍しくあわててなかったことにしようとするアルマさんを捕まえると、背中に手を回して抱き上げた。いわゆるお姫様だっこ。
そして、アルマさんが何か言う前に三度目の大ジャンプ。ぐんぐん飛び上がる勢いに驚いたのか、アルマさんはぎゅっと僕の頭にしがみついた。いきなりすぎて驚かせたみたいだ、申し訳ないな。
っていうかこれ、アルマさんの胸が! 胸が僕の口元にぎゅううと押し付けられている!
アルマさんは気付いてないみたいで、必死に悲鳴を抑えている。しかし、上昇する勢いが弱まると不意にアルマさんの強張った体がゆるんだ。
視線だけちらりとアルマさんの顔に向けると、呆然と西のほうを見ていた。まっすぐに、子どもに戻ったような一途さで。
落下が始まる、アルマさんは気にも留めず真西を向いているけど、僕の頭をロックしたままだ。これだと少し着地がし辛いので姿勢を変えてもらうよう頼む。
「むぐぐーっ、むぐ、むぐぐ」
「ひぃあっ!? んっ、な、何ですか!」
アルマさんの胸が口をふさいでいるせいで、何も伝わらなかったのは悲劇だと思う。このままだと旅仲間の胸に顔を突っ込んだセクハラ野郎になってしまいそうだ。
「むぐーっ! むぐぐ、むぐむぐ」
「やめっ、ふ、ぅ……ダメですっ!」
アルマさんがやっと上体を離してくれたけど、今度はその勢いでバランスを崩してしまった。
「ぷぁっ、ちょっ、危ない!」
ドスン、と結構な勢いで背中から地面に激突してしまう。いてて……筋力と耐久力のステータスを鍛えておいてよかった。そうじゃなかったら背中が痛む程度じゃ済まなかっただろうな。
アルマさんはちょうど僕の体がクッションになって無事みたいだ、僕の胸に尻をついて座っている。
「うわぁ、二人とも大丈夫?」
着地地点もかなりずれたみたいで、セラくんが驚いた顔で駆け寄ってくる。アルマさんは僕の体に座っていることに気付いた。
「あ……す、すみません! テオさん、大丈夫ですか?」
急いで立ち上がったせいで、顔をそらすより早くスカートがふわりと浮く。地面に寝そべっていたせいですべすべとしたふとももの先にちらりと白いものを見てしまった。目を閉じるのが間に合わなかった、アルマさんのスカートの中を覗いてしまうなんて。
「俺は平気、アルマさんは」
「私も大丈夫です。あの、本当にすみません……私」
珍しくアルマさんが慌てているしすまなそうにもしている。まったくの無傷だったうえ、僕もスカートの中を覗いてしまった引け目があるので謝られると心が痛む。体を起こして付いた砂埃を払った。
「いや、俺も悪かったから……おあいこってことで収めてくれないかな」
「でも……」
「お願いだよ、ダメかな」
「ありがとうございます、テオさん」
アルマさんはしぶしぶと言った様子で納得してくれた。さっきアルマさんの白い布を見たことは墓まで持っていく秘密にしよう。
そんなやりとりをしていると、僕の背後にガラガラと馬車のようなものが止まった。馬車のようなもの、というのは、その車を引いているのが馬ではなく、オオサンショウウオみたいなのっぺりとした顔をした爬虫類だったからだ。ちなみにオオサンショウウオは両生類だけど、こいつには鱗があるのでおそらくは爬虫類のはず。無愛想な目がじいっとこっちを見ている。
「お前ら、さっきぴょんぴょん飛び上がってた奴か?」
ひげ面の、恰幅の良い男が御者台から話しかけてきた。服は妙にボロいけど、荷台に積まれた木箱、樽、袋などから、彼が商人であることが推測できる。
「あ、はいそうです。すみません、すぐ退きますね」
道のど真ん中に座り込んでしまっていることに気付いて慌てて端っこに退避する。馬車はすぐには動かない。
「魔法か何かを使ってたのか? よくわからんがほどほどにしておけよ。遠くから見とったがあんな高さ失敗したら大怪我だ」
このおじさんはもしかしたら良い人かもしれない。見ず知らずの僕たちを心配してくれるなんて。ついでにもうひとつ甘えてしまおう。
「いやぁ、大丈夫でしたよ。なにぶん体が頑丈なもので」
「ほう、そりゃいい。自分の努力に感謝することだな」
「ところで、俺たちはこれからワノキラとヘリオアンのどちらに行くか相談していたんです。それでどっちがいいか意見が割れてしまって」
「ははん、二つの町の情勢が知りたいんだな」
「ええ、そういうことです。良かったら教えてもらえませんか」
「いいとも、まずワノキラだが、モノを売るにはいいタイミングだ。わしも大もうけした帰りだからな。だが長く居るには向かんの」
「ヘリオアンはどうですか?」
港町について聞くと、おじさんは困った顔をした。しかめっ面になり、あごひげを手でいじくっている。
「うーむ、ヘリオアンなぁ……わしの拠点なんだが、どうも最近妙な連中が出入りしているらしい。正直おすすめはできんな。ただし」
そこでおじさんはじろりとアルマさんに目をやった。
「そこのお嬢ちゃんは出で立ちを見るにここから北の山の出身だろ? なら海に行きたいんじゃないか、女の子なんだしなぁ」
言われて、アルマさんが表情そのままにぼっと赤くなった。セラくんはそれを見て、何がが納得いったようににやにや笑いだ。
確かに、ずっと山で暮らしてたのなら海っていうのを見てみたくなるのかもしれない。
「ふーん、なるほどなぁ。品物が換金しやすい、人に紛れやすい、ねぇ?」
「セラくん、違います。こちらの方がそう言っただけで」
なんとかごまかそうとしてるみたいだけど、完全に図星を突かれた人のしどろもどろっぷりだ。アルマさんにもちょっとした希望みたいなのがあったんだな。海に行きたいと。
「ねっ、テオ。ヘリオアンにしようよ。僕もヘリオアンに行きたいなあ!」
先ほどまでの口論はどこいったのか、セラくんが意見を翻してヘリオアンへ行くと言い出した。僕としては意見が一致してくれているほうがやりやすいけど、アルマさんはなんとも言えない渋い顔だ。
「違います、私はただ、ほら。例えば、海の近くは魚が安いですし、山で海の魚は食べられませんし」
「なるほどなるほど、海鮮も楽しみたいんだね」
照れながらもなんとか言い訳をしようとするアルマさんと、鬼の首をとったようなセラくん。なるほど先ほどの口論の勝負がついたみたいだ。
「それとよ、ヘリオアンがオススメな理由がもうひとつある」
商人のおじさんまでもが笑いながら続けた。自身の乗る馬車の荷台を、びっと親指で指し。
「ヘリオアン行きだ、乗っけていってやれるぜ」
僕らの行き先が決まった。
馬車の荷台に乗り込んでしばらくは、アルマさんは顔を赤くして嘆いていたけど。