第11話 暗殺者迎撃
「とにかく、二人には僕が攻撃されてる間に対応してもらうのが確実だと思うんだ」
暗殺者をどう撃退するかという話になって、逃げられないように出来るだけひきつけて倒す方法に全員が同意したところ、セラくんがとんでもないことを言い出した。
「なるほど、不死の印の効果を利用するわけですね」
アルマさんが感心したように頷いているけど、僕は賛成するわけにはいかない。仲間をエサにするなんてあまり気分のいいものじゃないから。
「でも、痛覚とかはあるし、絶対に死なないってわけじゃないんだよね?」
「二人が生き残って手当てしてくれるなら、絶対に死なないのと同じだよ。逆に二人に死なれると僕まで殺される可能性が高まってしまうし」
「だからといって、君をエサにするような真似は」
「ふふっ、テオは優しいんだね」
うれしそうな顔でするりと僕のすぐそばまで寄ると、わき腹をつんつんしてきた。いや、なんかすりすりもしてる。すごくくすぐったい。
「もう、真面目に言ってるんだよ」
「セラくん、ひとつ見落としがあります」
「何かな、アルマさん」
セラくんはすっとくすぐりをやめてアルマさんを見る。アルマさんは珍しく、フフフとにやり笑いを浮かべた。
「テオさんは石化金属ゴーレムを一人で倒せるひとです。暗殺者ごとき相手に、盾なんていりませんよ」
さも自分のことのように胸を張る。あんまり期待されても困るのに。
「石化金属のゴーレムを、一人で……?」
さすがのセラくんもこれには驚いたようだった。相性がいい相手だったからというのが大きいんだけどね。ちゃんとした装備がないと普通に辛い相手だ。
「なるほど、それなら僕が盾になる前に片付けられちゃうかもね……来るよ」
セラくんの警告に一瞬遅れて、焚き火に高速の水流が飛んでくる。火が一瞬にして消えて、あたりが暗闇に沈む。
「アルマさん!」
「まだです。7、8、9……9人ですね。全員まだ距離をとっています」
アルマさんが狩人の聴覚をもって正確な人数と距離を察知する。近づいてこないのは焚き火が消された瞬間に僕らが臨戦態勢を取ってしまったせいか。くそ、失敗した!
「この距離では3人射るのが限度です。倒せるかもわかりません……やりますか?」
アルマさんがきりきりと弓を引き絞る音が聞こえる。
「気をつけて、あえて火を消したってことは、彼らは全員『ナイトビジョン』を持ってます!」
セラくんの言う『ナイトビジョン』とは、目を光に敏感な状態にする魔法だ。これによって暗闇でも視界を確保できる。夜に動く暗殺者なら、必須スキルということなんだろうな。もしここがゲーム通りの世界なら、『ナイトビジョン』はランク1、取得条件レベル100以上だ。敵は全員レベル100以上ということになる。
とはいえ、レベル200や300に届いていたら躊躇なく襲ってくるはずだ。彼らは自分が強すぎないことを熟知してるらしかった。
「大分不利な待ちですね、こういうのは初めてです」
森の狩人が珍しい泣き言だ。人間相手に戸惑うことも多いんだろうな。
確かに、獣と人間では戦い方がまったく違う。人間は賢くてずるい。だけど、今回はそれを利用してみようじゃないか。
僕は左手に『トーチハンド』の魔法を使った。手のひらに現れた火に、あたりは再び明るく照らされる。彼らは素早く身を隠したのか、照らされる範囲には誰も見えなかった。
本当ならこの魔法は、彼らが『ナイトビジョン』のまま近づいてきたら目くらましに使おうと思っていたけど、警戒して近寄られないならそうもいかない。
「お前ら! 俺と一対一で勝負しろ! えーと……正々堂々勝負して、俺が勝ったら手を引いてもらう!」
出来る限り公平な勝負を強調して挑発する。ああいう奇襲タイプには、これが一番効くんだ。
「なるほど、では私が勝ったらその命をもらうぞ」
暗闇の中から一人が進み出る。鍋蓋みたいな帽子と口元を覆うスカーフ、丈の長いコートで、目元くらいしか人体らしい部分が見えない。
「来い!」
声を発すると同時、暗殺者が手にナイフを出現させ、僕にまっすぐ突っ込んでくる。そして。
「どっせい!」
気合の掛け声とともに、木陰から突如背後に駆け出してきた3人の暗殺者を蹴りで地面に叩きつける。このぐらいなら素のステータスだけでなんとかできるね。こういう奴らは正々堂々とか言うと、だいたいが最初それに乗ったように見せかけて奇襲してくるんだ。仮に本当に一対一に応じたとしたらそのまま戦えばいいし、やらない手はない。
「くっ、ぐぇ」
はじめに向かってきた一人もアルマさんに両足を射抜かれて倒れる。僕がはじめに一対一と言ったことなんて知らないという態度だ。
とにかくこれで4人が無力化された、そう気が緩んだ瞬間を狙われたんだと思う。アルマさんの背後に5人目が現れた。
「む、ぐっ!」
アルマさんはナイフを首に突きつけられ、腕ごとお腹を抱きしめられるようにして拘束されてしまう。
「アルマさん!」
「動くんじゃあねえ!」
動きかけた足を止める。木々の間からぞろぞろと残る4人の暗殺者も出てきた。
「いいか、この女を殺されたくなかったら言うことを聞けよ。よし、まずその火を消し……いや、その火を絶やすな。そのまま両手をあげろ」
セラくんも僕も、ゆっくりと両手をあげた。暗殺者は下品に笑った。アルマさんは悔しそうにもがき、うめいている。だけど腕力の差と、人間を相手に特化した暗殺者の技術を前に抜け出せない。
「ひひっ、いいぜ。お前ら! そのガキを痛めつけろ!」
残る4人の暗殺者たちがセラくんに群がり、次々とナイフを突き刺し、その刺し傷を抉った。セラくんは悲鳴に耐えつつも、こらえきれない呻きがナイフを突き立てられるたびにこぼれた。
「よせ!」
僕が叫ぶと、アルマさんを拘束している男は下衆の極まったニヤリ笑いを浮かべた。
「おっと、抵抗はやめてくれよな。じゃないとこいつを殺さなきゃならねぇ。俺は後でこいつとお楽しみしたいのによぉ……ひひっ、死んじまったら楽しめねぇじゃねぇか。なぁ?」
アルマさんは抵抗をぴたりとやめ、僕を見た。いつもの三白眼がまっすぐ見つめている。それから、顔を伏せた。一瞬だけ、光る銀の糸が見えた。
「お、殺されるって聞いてビビっちまったか? 安心しろよ、大人しくしてりゃぼがっ!?」
アルマさんに下品な顔を近づけた男は、その一瞬の無用心に思い切り頭突きを食らった。
「てめぇ、ぶっ殺して」
「やってみろ」
僕は一瞬の暗転の後に目の前に出現した後頭部に向かって言い放つと、その首根っこを掴んで近くの木へたたきつけた。すさまじい勢いで人間をぶつけられた木は大人が抱きかかえられないほど太かったにもかかわらず無残にも折れ、めきめきと倒れこんで地面をゆらした。狙ったわけではないけど男はその下敷きになってしまっている。
『フラッシュムーブ』の魔法が上手く使えてよかった。レベル600以上から使えるランク6の魔法で、一瞬にして移動したい場所に移動する。移動距離も最大で15メートルはあるのでどんな状況下でも役に立つこと確実だ。僕は自分の低い素早さステータスを補うために取得したけど、崖を飛び越えたり、狭い隙間をすり抜けたりすることもできるので洞窟探索に大いに役立ってくれている。
僕がアルマさんを拘束していた男を引っつかんだと同時に、アルマさんはセラくんに群がる暗殺者たちを射抜いていた。4人とも足に矢を受けている。
あ、アルマさん……こんなに強かったっけ……?
「さあ、皆さんに挑戦する権利をあげます。その足で私たちから逃げ切れるのか。背後から頭を狙う矢を避けられるのか」
アルマさんが次なる矢を構えながらにじり寄る。これで勝ったはずだけど、どうにも違和感が拭えない。町でゴーレムまで持ち出した奴らが、こんなにあっさり終わるだろうか。
「ぐあぁぁぁぁっ! ちくしょうがぁああっ!」
僕が投げ飛ばした男が、のしかかっていた木から這い出して飛び掛ってきた。咄嗟にその顔面にぐーを入れてしまい、またしてもド派手に吹き飛ぶ。今度こそ気絶したはずだ。
咄嗟だとやりすぎないようにする手加減が難しい。死んでないといいんだけど。
ばしゃんっ!
僕の頭に水風船のようなものがぶつかり、はじけた。中からどろりとした粘性の液体が出てきて僕の頭から滴った。瞬間、すさまじい悪臭が鼻を蹂躙した。く、くさい!
「この匂い……テオさん、すぐに水で洗い流してください」
アルマさんが何かに気付いたらしかった。言いながら僕らの荷物から水を探そうとしたけど、どうやら手遅れだったらしい。
ずしん、ずしん、と重い足音が響く。その主はまっすぐこちらに向かってきているらしい、徐々に近づいてくる。
「たまに、駆除したい魔物を呼び寄せるために撒き餌というものを使うのですが」
アルマさんは呆れたような諦めたような、複雑な表情だ。
「それと同じ匂いがします。そっちのほうが何倍も強いですが」
「なるほど、つまり僕は今、魔物に超狙われやすい状態になってるってことかな」
「ええ、ついでに言うなら細かい魔物が寄ってこないということは、この足音の主は相当に恐ろしいのではないでしょうか」
「いたた、できることなら逃げたいけど」
セラくんが腕やらわき腹やらに刺されたナイフを抜きながら起き上がってくる。本当に全部致命傷を避けてるみたいだ。
「その傷では走るどころか、歩くことも辛いでしょう。私とテオさんにまかせ……テオさんにまかせましょう」
「何で言い直したの」
「別に匂いの巻き添えになりたくないとかそういうわけではないです」
「じゃあなんで離れるの」
「これが連携というものです」
「鼻つまむのやめて! ちゃんと弓矢構えて!」
そんなやり取りをしていると、セラくんがぷふっと吹き出した。
「あははっ、二人とも……もー、そんなんじゃ全然。全然負ける気がしないね」
「当たり前だろ」
「当たり前です」
同時にまったく同じことを言ってしまうと、セラくんはさらに笑った。
ずしん、と一際大きい足音がすぐそばで聞こえた。暗闇から、ぬぅっと巨大な体が現れる。
それは見上げるほど大きなイノシシで、炯々と光る目で僕を見つめる。それから雄たけびを上げて飛び掛ってきた。
*
朝ごはんにイノシシ肉を食べて、今日のうちに森を抜けきろうと歩く。結局イノシシに気をとられている間に全員逃がしてしまった。一方でアルマさんとセラくんは、昨日からなぜか僕をつかまえて離さない。
「あの、二人とも」
「ここが村の近くだったら人を呼んで解体してたのですが……惜しいですね」
「大きかったからね、ちょっと勿体ないって僕も思うよ」
セラくんはやたらと近くを歩いているだけだけど、アルマさんは僕の腕にしがみついている。正直すごく歩きにくい。確かに腕に柔らかい感触が歩くたびにぽよぽよぽよぽよしてくれるけど、それもなんだか気恥ずかしいような、いけないことをしているような気がするんだ。
「いや、せめてアルマさん。腕は離してほしいな」
なるべくやんわりとした口調を心がけて言う。アルマさんはついと顔をそらした。
「あー、暗殺者に襲われて怖かったですねー。信頼できる人のそばにいないとあの恐怖を思い出して震えてしまいそうですねー」
「芝居下手か! まだ川底の石ころのほうが感情豊かだよ!」
「まあまあ、テオは力持ちなんだから一人くらいなんてことないでしょ」
「ん? あーっ! アルマさん、ちゃんと自分で歩いて!」
セラくんの一言で気付く。アルマさんは僕の腕にしがみついたまま足を動かすことなく、ただ引きずられていた。道理で歩きにくいわけで。
「やーですー、私は心に傷を負った少女なんですー」
「その棒読みやめろ! それならこっちにも考えがあるぞ」
「何です、そんな脅しには屈し」
がばっとアルマさんの頭を胸元で抱きしめる。
「ふははははっ、この濃厚撒き餌臭をくらえーっ!」
「うわーっ、テオっ! それは最低の行為だよっ!」
「むぐーっ、ぷはっ、く、くさっ、んぐ、んぐぐっ」
じたばた暴れるアルマさんをぎゅーっと抱きしめる。昨日巨大イノシシを倒した後に念入りに水で落としたものの、やはり強烈な匂いはまだ残っている。
「テオ、テオーっ! 犯罪だよ、それって性犯罪だよぉ!」
きゃっきゃとセラくんが大はしゃぎではやし立てる。確かにそろそろ絵面もまずいし大人しくなってしまったし、離してあげようかな。
ぱっと力を緩めると、アルマさんの頭がようやく離れ……なかった。
僕の背中をがしっと掴んで、なぜかさらに頭が押し付けられた。深い呼吸音が漏れ聞こえてくる。
「あ、あの、アルマさん」
「ふふ、ふふふ……くさい……」
もしかしたらガソリンとかくさやの匂いを臭いと思っていてもつい嗅いでしまう人がいるように、この撒き餌の匂いもアルマさんにとっては癖になる匂いなのかもしれない。
「へぇ、そんなに匂うの?」
セラくんが喉元に鼻を寄せた。僕からしたらセラくんの華やかな香りがただよってきてとてもいい匂いだと思う。だけどあまりの顔の近さに、剣の切っ先を突きつけられたみたいに固まってしまう。
「すんすん……ふふっ、本当だ。くさい」
「お、おぉぉぉぉお……」
セラくんの綺麗な顔が自分の顔のすぐ下にあって、アルマさんは僕の胸にしがみついていて、僕はしばらく身動きが取れなかった。