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第1話 素晴らしいVVVRの世界から現実へ

 ガツン、ガツンと石を叩く金属音が洞窟の中に響く。


 病気で長期の入院をすることになり、クソ暇な時間を持て余した僕がたどり着いた仮想現実ゲーム“VVVR”は、もっともポピュラーなMMORPGだ。


 このテのゲームはかつてはディスプレイとキーボードでプレイされていたらしいが、僕はその不便さに時々思いをはせる。


 今このツルハシを握った手を振り下ろす動作は、マウスとかいうボタンが三つくらいしかないコントローラーを16万色に発光させながら動かしてエイムし左手でスキル選択、左クリックで実行といった具合に……とにかく操作が多かったらしい。


 コンピュータの操作デバイスがマウスから脳に変わっても、人類はいまだ死を克服するどころか、次から次へと現れる人体の不具合に対処することすら出来ていない。


 もげた腕を再生すること、癌細胞の除去、腎臓の濾過(ろか)機能の復活。それらが出来るようになっても、僕の体はベッドに横たわったままひたすらに暇な時間をすごしている。


 人は食事という楽しみさえあれば生きていけると聞いたことはあるが、病院の味気ない入院食ではそれも叶わない。散歩さえ制限されている中でプレイ出来るこの仮想現実ゲームはいくらかの救いだ。


 半ば現実逃避気味な僕が最近ハマっているのは、鉱夫のロールプレイだ。


 僕の仮想現実内での肉体は筋骨隆々にして、浅黒く日焼けしている。ステータスを筋力や耐久力に多く振った賜物(たまもの)だ。そうしてひたすらに岩を割って貴重な鉱石を探し続けている。


 ガキン!


 たった今僕のこれ以上ないほどに鍛え上げられた両腕によって振り下ろされたツルハシが目の前の岩壁を砕き、現在の時価にしておよそ90万の貴重鉱石である石化銅(せっかどう)を掘り出した。これ一個でゲーム内を4ヶ月くらい生活できるはず。


 何もかもが現実のように作りこまれている反面、この石化銅のように現実の世界にあるものとは外れた物質が存在する。こういったものの原理を研究して「この世界の」科学を解明しようとしていたり、あるいは経験的な手段から利用しようとするプレイヤーたちにはこれらが高値で売れる。もちろん、強力な武具の材料にもなるので、そういった人たちにも同様の価格で買い取ってもらえる。


 筋肉を肥大させつつも贅肉を絞りきった完全なる肉体で掘り出した鉱石を売っては装備を整え、そしてまた掘る僕が目指すのは、未発見の鉱物……おそらく存在しているだろうとされている石化銀(せっかぎん)石化白金(せっかはっきん)を見つけ出し、その名声を広めること。


 未発見の素材アイテムを入手したとあれば、富と名声の両方ががっぽりと手に入るわけだ。コレにわくわくしない男はいない!


 視界の隅に空間表示された所持品の重量をちらりと見る。そろそろ帰らないと、さすがにこの艶めくほどに盛り上がった筋肉をもってしても運ぶのは辛い重さになってくる。


 そこらじゅうに突き出すように発光水晶が生える洞窟内を、膨れ上がった鞄を背負って歩く。


 水晶の青い光に照らされた洞窟をのんきに歩いていくのは僕くらいなもので、大体みんな転移スキルや脱出アイテムなどで帰ってしまう。


 だけど僕は、こうして足を止めて発光水晶に照らされた地底湖を眺めたりするのが好きだ。


 採掘ポイントから地底湖を通り、断崖のつり橋を渡ってレベル28のコウモリたちを適当にあしらいながら上っていくと、一直線の上り坂の向こうから明るい外の光が差しているのが見えてくる。


 僕にとっては、これらの景色を楽しむのもこういうゲームの楽しみだ。


 坂道を登りながら考える。


 一歩ずつ上っていくことにいつも少しうんざりして、登りきった後にはまぶしさでめまいがすること。


 風のうねりが聞こえる方に歩くのに、外に出ると来た方から音がする不思議さ。


 作り物ではあるけれど、病院のベッドで横たわっているだけでは味わえないそういう感覚も僕にとっては貴重だ。


 だんだん出口が近づいてくる。実際のところ、本物じゃなくたっていい。仮想世界でも僕は楽しくやれてるんだから。


 街に帰ったらまずは鉱石を売りに出して、それから減ったポーションを補充して……。


 洞窟の外へ出た瞬間、いつもよりずっと眩しく感じて目を強く瞑った。大げさに言うなら痛いくらいの激しい光のようだった。


 少しずつ慣れてきて、やっと目を開けられた時、全てのユーザーインターフェイス……HPバーとか時計、メニューなんかが消失していることに気がついた。


 何も余計なものが視界に入らないまま、穏やかな陽の光の差す森が広がっている。


「……あれ?」


 思わず間抜けな声が出る。誰だってネトゲやっててスクリーンショットモードになったら焦るし、それが偶然の操作によるものだったら直し方に戸惑うはずだ。


 目をぎゅっと閉じてみたり、顔を手でおおってみたり、目を閉じて顔を手で覆いつつ回転しながらジャンプしてみたりしたものの、一向に直る気配がない。どうすればいいんだ。


 バグだろうか、運営に通報しようにもUIが無いし、バグじゃなかったら恥ずかしい。


 ……いや、一つ方法があった。


「GMコーーーーール!」


 雄たけびに、近くの木からばさばさと鳥が飛び立つ。


 しばらく待っても、それ以外に何か起こる様子はない。


 プレイヤーがどんな状態になっていても、GMコールだけは常に使えるようになっているはずなのに、それが通じない……?


 こうなってしまったらとにかく一度ログアウトしないとと思って、気づいた。


「ログアウトもできない……?」


 UIが消え、GMコールもログアウトもできないとなると、いよいよもってエレベーターに閉じ込められたような焦りを感じ始めた。


「えぇ……どうすれば……」


 つぶやいてもどうにもならず、とにかくこのスクリーンショットモードだけでも解除しようと手で顔を覆ってのジャンプに縦回転も加えたところ、着地を失敗して後頭部を強打してしまった。


 あまりの激痛に転げまわったりのた打ち回ったりしたが、そこでやっと気がつくことができた。


 このVVVRは知覚とゲーム自体が直接繋がっている。しかし剣や弓矢、炎の魔法などによって痛覚まで刺激されてしまってはショック死する人間が出るだろうことが予想されたために、このゲームにおいて痛覚は存在しないはず。


 それなのに痛みがあって、そして……。


「……」


 すぅ……と深呼吸してあたりを見渡す。


 聞こえてくる鳥の声や日差しの暖かさは鮮明に感じるし、後頭部はまだ痛い。


 腰に下げたツルハシは、こんなにずっしりと感じるものだっただろうか。大きく膨らんだ背中のかばんも、なぜか平気で持ててはいるけど普通の人間なら押しつぶされてしまうんじゃないかって重さだ。


 いつもよりずっとずっと生々しく、複雑で、鮮やかな、木々と土の湿った匂い、どこからか香る花、風がざわめく音。


「……まるでこっちが現実じゃないか」


 一つ思いついた僕は、背負っていた荷物を下ろした。

 

 VVVRでは痛覚にくわえて、もう一つ封じられているものがある。


 身に着けていた装備を外し、デフォルトのアバター状態になると、僕はそのズボンに手をかけて思いっきりずり下ろした。


 そう、VVVRでは……というか大体どのゲームにおいても、R-18行為はご法度なのである。


 本来ならこのズボンはどうあがいても脱げなかったはずだが、たった今、パンツごとずり落ちて僕の足首にある。


「うおぉおぉぉぉ!外で全裸!外で全裸!ち○ちん!」


 そのまま荷物の周りをぐるぐる飛び跳ね駆け回りながら奇声を上げる。本来NGワードである単語も発言できてしまうことを確認するためだ。


「オアアアアア! ああああああっっ!」


 とにかく分かったことは、あえて封じられている要素がすべて解放されているってことだ。それによって今この世界は、限りなく現実に近づいている。


 確認する方法はないけど、二つの仮説が立つ。


 一つはバグか何かでゲームがおかしくなっている説。


 もう一つは……いやいや、そんなオカルトあるわけない。この世界が現実になってしまったなんて。いやでもまさか。


「ンヒィィィッィィィ、ブルルッ、ヒヒーーーーン!」


 なんだか楽しくなってくる。いやまさか、この世界が現実だなんて。体が自由に動いて、空はどこまでも青くて、土と木は湿っていて、風が吹いていて、日差しが暖かいなんて。


「ダァシェリアァァァァァ! コラーーー!」


 一際大きい奇声を上げて走り幅跳びを決めた瞬間、木のかげに隠れていた誰かと鉢合わせてしまった。


「ひっ……」


 短い悲鳴を上げた女の子は、腰を抜かしたのかそのまま座り込んでしまい、静かに泣き始めた。



 僕の異世界生活は、あまりにも気まずい出会いから始まった。


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