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第8話「犬に手など無い。それは"足"だ!!」

 そんなこんなで、メアリとスーサンは真夜中の鳥取の町にきていた。

 町は元々人が少ないこともあり、非常に淋しげで薄暗い。古い切れかけの外灯と、家から漏れる淡い光だけが、金髪の少女とセントバーナードを照らしている。

 考えなしに夜の町にやってきたが、人影すら見えないこの町で、どうやって調査を進めればいいのか……。

「おや、あそこに見えるのは……」

 スーサンが見つけたのは、最近出会ったばかりの女性だった。

「例の仲居さんじゃない。こんな時間に何をしているのかしら?」

 二人は互いに顔を見合わせた。

 そして、取りあえず彼女に話しかけることに決めたようだ。

「こんばんは仲居さん。こんな時間にお散歩ですか?」

 ビクッ、と仲居さんは身を膠着させた。恐る恐る彼女が振り向くと、怯えるような瞳が、二人の眼に飛び込んできた。

 彼女は何故か腰を少しだけ曲げており、風呂敷で包まれた何か大きな物を抱えているようだった。

「あ、貴方達は、今日旅館に来た変な女の子と犬」

「ねえこの人。お客様に向かって、変な女の子と犬って言ったわよ」

「接客態度に重大な欠陥がありますね」

 二人は改めて、目の前で身を震わす女性を観察してみた。

 旅館の制服である着物に加え、黒髪に長髪のストレートである彼女は、まさに日本がほこる大和撫子と言ってもおかしくない姿をしている。

 よく見ると美人だな、とスーサンはそんな益体も無い事を思った。

「私たち、珍しい鳥取の町を観光していたんです」

「か、観光ですか。こんな夜中に?」

「あたし達、夜行性なの。普段も夜になると、つい何の用もないのに夜の世界に飛び出しちゃうんだ」

 適当な事を嘯く二人。じりじりと近づいて行き、仲居さんとの距離を詰める。

「こ、こんな夜に出歩いたら危ないですよ。近頃は何かと物騒ですし」

「でも、貴方もこんな夜に出歩いてますよね? 女性の一人歩きの方が、余程危なく思いますが」

「私は大丈夫なんです。地元ですし、この辺の地理はよく知っていますから」

 そういう問題ではないと思うが……。

 今日二人が、町内の人達から話を聴き回った限り、この地域には、怪しげな輩や奇妙な事件などが多発しているそうだ。

 二人は仲居さんが怪しいと思い、仲居さんを注意深く観察していたが、彼女は「これから用事がありますから」と言って、そそくさと彼らの前から去り、旅館とは反対側の道を駆けていった。

 その時、スーサンは犬になったことで非常に敏感になった鋭い嗅覚を持って、あることに気付いていた。

 それは、仲居さんが持っていた風呂敷の中身から、ほのかに硬貨の匂いがしたことだった。

 そう、財布を開いた時にたまに感じるあの独特な香りだ。それが、なぜか彼女の懐から大量に感じ取れたのである。

 一方で、メアリはう〜んと首を傾げている。

「う〜んどうしよう……、仲居さんなんか怪しいし、追い掛ける?」

「追い掛けますか。幸い私も犬になったことで走るのが楽になったような気がします」

「スーサンめっちゃ体力ないからね〜」

「……それに、気づきましたかメアリ。あの仲居さん、身体から硬貨の匂いがしたんですよ」

「……ん? 硬貨?」

「すごく沢山持っているようでした。それを後生大事そうに持っていましたね」

「でも、それがどうしたって言うのよ」

「まだ分かりませんか? 私たちの当初の目的だった"鬼子の金"。あれは10円玉の形をしていました」

「うん」

「つまり! 彼女が抱えていたあの風呂敷の中身は、鬼子の金である可能性が極めて高いと言うことですっ!!」

「えぇ……、いくら何でも安直すぎない? そもそもアレって全部金で出来てるんだよね。元々の10円玉とは材料が違うから匂いまで同じとは限らないんじゃない?」

「しかしメアリはあるんですか、本物の金を嗅いだことが?」

「いや、無いけど……」

「因みに私もありません。しかし金も10円玉も、結局は同じ金属! ならば同じような匂いがしてもおかしくは無いでしょう!」

「そういうものなのかしらねえ……」

「何にせよ、他に事件についての手がかりもありませんし、あの仲居さんをツケてみた方がいいと私は思いますが」

「……じゃあ、追い掛ける?」

 メアリは少し疑問に感じながらも、他に手がかりもないという状況なので二人で仲居さんをツケていくことにした。

 仲居さんは暗い通りをコツコツと歩いていくと、ふと細い脇道の中へと入っていった。

 その道は、普通なら無視して通り過ぎてしまうほどの細く影になっている薄気味悪い場所にあった。

 二人は仲居さんに気付かれないように抜き足差し足で彼女の後を追い、その細い道を進んでいく。

 すると、道を抜けた先には周囲を壁で囲んだ少し広い空間があった。

 仲居さんは先にその場に足を踏み入れ、二人もその後を追ってその場に入った。

 しかしどういう訳か、そこには仲居さんの姿がいなかったのである。

「あれ!?」

「どういう事でしょう、あの人は確かにここに入ったはずです」

 スーサンは気になって、自慢の鼻でこの場を嗅ぎ回って調べてみると、広場の隅にあるマンホールの下から、非常に密集したヒトの香りがしていることに気付いた。

「メアリ、あのマンホールから凄いヒトの香りがしてきます!」

「どれどれ?」

 メアリが気になって、マンホールの蓋を開けてみると、そこには錆びた橋があり、内部は暗くてよく見えなかった。

 ただスーサンだけは、そこから非常に強い熱気がするのを感じ取っていた。

「これは事件の香りですよ! この地下に、間違いなくこの町の秘密が隠されています!」

「まーたはしゃいでるよこのおっさん」

 スーサンは犬の姿で尻尾を振っていた。つぶらな瞳をキラキラと瞬かせ、舌をだらし無く出して分かりやすいくらい興奮している。

「ついに来ましたこの時が!! このミステリー溢れる瞬間を味わうためにここに来た!! 私の探偵業は、そのためにあるのだと言っても過言ではありません!! さあ、善は急げですメアリ!! 早速中へ入りましょう!!」

「いや、入るも何も無理でしょ」

「何故!?」

「犬だから」




「……あっ」




 マンホールの下は、はしごになっており、非常に狭いスペースしかなかった。ずんぐりとしたセントバーナードの身体で、獣の手をした今のスーサンでは、この地下を通り抜けることはできないことは、誰の目にも明らかである。

 メアリはハァッと一息ついて、スーサンを追いてマンホールのはしごに手を掛けた。

「あっ! メ、メアリ!? 何故先に行こうとしているんですか!?」

「だってスーサン通れないし、あたし1人で先に行くしかないじゃん」

「いや、しかし……」

「スーサンはここで待っててね。あたしはこの奥に何があるのか調査してみるから」

 そう言い残して、メアリは錆びたはしごをカンカンと音を鳴らして降りていき、この場を去った。

 スーサンは唖然としている。

「マジですか……」

 体力がつき、嗅覚が鋭くなって、女湯にも入れる(入れない)この身体に少しだけ満足していたスーサンだったが、この時ばかりは、この身体になったことをひどく後悔したのだった。

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