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第6話「まあ犬だし、多少わね?」

 メアリを引き連れてスーサン犬は露天温泉にやって来ていた。

 といっても別にこれから入浴するわけではない。スーサンが旅館の従業員さん達に、例の爆破事件について事情聴取してみた際、奇妙な噂話を聞いたのである。

 どうも爆破事件が起こり始めた頃から、この温泉で叫び声のようなものが聞こえるようになったそうだ。

 ことの真相を解明するため、二人は直々に温泉を調査する運びとなった。


「ではメアリは周辺を探って、怪しい物がないか調べてください」

「スーサンはどうするの?」

「私は、せっかく犬になった事ですし匂いで事件の真相を探ってみます。爆破事件という話ですし、火薬の匂いなどを感知できれば万々歳です」

「犬の長所を積極的に活用しようとするなぁ、さすがスーサン」


 そんなわけで調査開始。

 二人は慣れない温泉内を思い思いに探ってみる。メアリは脚と眼で、スーサンは鼻で。

 そしてしばらくの間、温泉周辺を歩き回っていたメアリが、ふとある物を見つけた。


「これは……ヘアゴムかな?」

「おや、誰かの忘れ物ですかね。後で仲居さんに届けてあげましょう」


 スーサンがそう呟いて、メアリはある事に気付いた。


「……ねえ、スーサン」

「何ですかメアリ?」

「……ここって、露天温泉だよね。見れば分かるけれど」

「まあ、普通のお湯に温泉の素で誤魔化してるとは思えませんね。匂いで判断する限りは」

「そうなんだ。……温泉ってさ、普通は男女に分かれて入るものだよね。中には混浴なんてシステムもあるけれど、それは例外として」

「……メアリ、さっきから貴方は何が言いたいんですか?」


 全く要点が飲めない。スーサンは匂い調査を中断してメアリに向き直った。

 メアリはヘアゴムを摘んでいた。柄や大きさを見る限り、髪の長い女性が装着する物だというのが理解できる。

 メアリは聞いた。


「ひとつ質問。ここって男風呂? 女風呂?」

「女風呂ですよ。入る前に"のれん"見たでしょう?」

「いや、見ていない。さっきはスーサンに無理やり引っ張られていたから男風呂か女風呂か知らなかったの。……」

「ああそう何ですか。でもだから何だって……どぅわあああ!!?」


 瞬間、メアリの拳がスーサンの顔面を襲った。犬相手だというのに的確に眉間を狙ったストレート、確実に殺る気だった。


「ちょ、何するんですかメアリ!? 幼気なセントバーナードを傷付けるなんて、動物愛護団体が黙っていませんよ!」

「喧しいわ変態犬! 女子風呂に臆面も無く入って何考えてるのよこのスケベ!」

「これだから思春期は扱いづらいんです……。いいですか? 我々は凶悪事件解決のための調査でこの女子風呂を探索しているんです。貴方がどう思っていようと これは正当な行為なのです。非難する謂れはありません」


 スーサンは自らの潔白を主張した。彼には探偵として事件を解明する義務があり、私情を挟む余地はないのだと。

 実際は単なる趣味での活動なのだが、悪意はないのでそこは目を瞑ってほしい。

 メアリは項垂れた。


「……確かに、スーサンの言っていることはある意味で筋が通ってる。それに今は犬だし、猥褻的な罪には問われないかもしれないわね」


 メアリが一拍置いて、そして言い放った。


「だからこそ、日本の司法制度の限界に泣いた全女性の涙を代弁して、あたしがあんたを裁かなきゃならないのよ。この拳で!!」


 メアリは滾っていた。その瞳に宿す光は一切の混じり気も無く、ただ一つの正義を信じていた。

 それは、変態を断罪するという、

 "乙女の怒り"!!


「ちぃ! さすがは女子中学生、感情の生き物!! こ、こんな所に居てられません。私はこれにて御免!」


 スーサンはセントバーナードの大柄な肉体に似合わない速度で岩場をかけた。人を撲殺する事にかけて嫌に磨きが掛かっている女子から逃げようと、彼は露天温泉の柵を飛び越えた。


「あっこら、逃げるな!」


 メアリも後を追いかけようと、柵を乗り越えようとした。

 そこで、


「ぎぃやああああああああああああ!!!!」


 突然、柵の向こうから叫び声が響いてきた。

 それは聞き覚えのある、スーサンの声だった。


「す、スーサン!? ちょっと何があったの!!」


 メアリが呼びかけるが返事がない。慌てて彼女は柵をよじ登り、向こうの方へ渡った。

 柵の向こうは男風呂だった。大人の背丈より随分と背の高い木製の壁、その二つを隔てて露天温泉は使われている。

 そしてメアリは見た。超大型犬のセントバーナードが、お湯に浸かっている姿を。

 ……逆さまで!


「犬神家の一族!?」


 メアリは本能的に叫んでいた。

 因みに、犬神家の一族について知りたい人はググれ。


「クッソ男湯なのにショタが全然いないじゃねぇか! ち、しょうがない。スーサンはほっといて男の子漁りでも行くか」

「見捨てないでくださいパートナーを!」


 スーサンは逆さまの格好から倒れ、頭だけお湯に突っ込んでいた状態から脱出した。

 一体何があったのか。

 詳しい話をスーサンが、身を震わせながら話してくれた。


「……私は見てしまいました。恐ろしいものを見てしまいました。先程、動物虐待星人メアリから逃げ延びた私は、突然目の前に現れたスカイフィッシュに眼を奪われたのです」


 "スカイフィッシュ"とは。

 なんか速いナニかである。


「そこから先は電光石火でした。突然、スカイフィッシュと思しきものは瞬く間に私の視界から姿を消し、代わりに現れたのは恐ろしい一つ目小僧……」

「そうして油断しているところで、喰らえ怒りの鉄拳!!」

「まだ女湯入ったこと引き摺ってたグファァ!!」


 そうして、スーサンの制裁は20分程続いた。

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