最悪の結果
薄ぼんやりとした思考が徐々にはっきりとする。
(ここはどこだ?)
白い見慣れた天井と薬品のにおいが鼻孔をくすぐる。
ある程度、拓斗は自分がどういう状態にあるのかわかり得た。
数分前の記憶もゆっくりと思いだし始め経緯もわかると身体を起こし始める。
起こすものはよかったが感知したわけではないので痛みがやってきて思わずうめき声を上げる。
「拓斗?」
病室のベットの仕切りのカーテンが開かれた。現れたのは偽造妻である結衣だ。
「結衣?」
「もう、馬鹿心配させないでよ!」
目じりに涙を流してぎゅっと拓斗に抱きつく。
拓斗は結衣のその抱擁に生を実感した。その一方で心配をかけたという謝罪の気持ちもこみあげ謝る。
「すまない、結衣。心配掛けた」
「本当よ。だけど、ありがとう。妹を助けてくれて」
「ああ。イリアと希ちゃんは?」
結衣が背後に視線をおくれば希とイリアに戦闘部隊の4人がいた。
4人はこちらを微笑ましく見ながら何か言いたげな目をしてる。
「いやぁーなかいいっすね」
「目も当てられないほどにィ―ラブラブじゃないですかぁ―」
「うらやましいですぅ」
「少し嫉妬心が吐露してるなのですミリアちゃん」
「り、凛ちゃん!」
希とイリア以外の4人のからかう言葉を受けて拓斗と結衣は顔を赤らめて距離を置いた。
結衣は一つ咳払いしながら妹から事情を聞いたという。
事細かに希も自分のされた経緯について言ってくれた。
「そうか。希ちゃんも怪我が大したことなくてよかった」
「はい。なんでか、注射しただけでした」
「それと、イリアお前もよくやってくれたよ。たすかった」
「いえいえ、拓斗官長の命令ですっすから」
イリアと希の無事を確認できて微笑ましく思えた。
希はさらに、自分が怒った状況を語り、その話によると彼らは何者かの指示で動いた様子でありここ数日間、彼女を監視していたようだった。
そして、昨日に彼女を緊急に拉致してどういうわけか血液を採取したという話だ。
性的暴行などの被害は受けなかったのは何よりも幸いだ。
「妹に手を出すなんて次あったらあいつら殺してやるわ」
「落ち着けよ、結衣。何人かは俺が惨殺した」
「主犯はでも逃がしたじゃない」
「ああ、わるい。それは反省してる」
「あ、いや、せめてるわけじゃ……ちょっと、4人ともニマニマしないの!」
ちょっとした夫婦の罪のなすりつけ合いからの微笑ましい会話を4人が暖かな目で見てると結衣が珍しくすこし恥ずかしげに指摘する。
おもわず、拓斗は笑ってしまう。
「もう、拓斗も何笑ってるの!」
「わるいな、いや、無事に戻って来れてほっとした」
「ほっとね。でも、そうも言ってられないわよ。任務があるのだから」
そう言われて思い出せば例の地球、つまりは人間界の調査任務は明日であったはずだ。
一日寝ていたとするのならば調査チームを今日までに編成しないといけない。
休む暇はない!
「こんな場所で寝てる場合じゃないじゃないか!」
「落ち着きなさいよ拓斗。平気よ。任務は延期。明後日に出立よ」
「え」
「あなたが倒れたことでイリナス局長が気を利かせて明後日に変更したの。肝心の特別事務長が漫然の状態でいないのは得策じゃないとのことみたいよ」
「そ、そうか」
ほっとしたような申し訳ないような、複雑な感情が心身をうめつくす。
拓斗はゆっくりと壁に背を預けて結衣を見た。
「結衣、調査チームは何名だ?」
「かわってないわよ。あなたが残り2名を集めると言ったんでしょ。だから、私の方では何もしていないわ」
「だよな」
自分で言ったことを誰かが勝手に進めてくれてるなどと甘い考え方だ。
ならば、やはり、起きてでも進めるべきだろう。
「お、お姉ちゃん、拓斗さん調査チームって?」
「希は知らなくていいことよ。仕事のことだから」
「ああ、希ちゃんは気にしなくていい。ここにわざわざ来てくれて悪いな」
「いえ、一応、私もここでアルバイトですけど諜報部のアシスタントとして働いていますし、義兄であり上司の拓斗さんの心配をするのは当たり前です。それに恩義もありますから」
希は頬わからめながらそう言った。
彼女、希も結衣の妹であるからという理由で局の出入りを許可されてるわけではない。
彼女もまた局で働く人物であるからである。だが、彼女の場合はアルバイト。非正規雇用社員である。
そもそも、彼女がここでアルバイトとして働けてるのは結衣の伝手であるところが大きな理由だ。
「それで、調査チームはおおよそ目星をつけたの? 誰にするか」
「ああ、一人はな。だが、まだ話をしていない。彼女が承諾するかはわからないしな。それに、彼女はまだ武装部隊特別事務になって日が浅い。この大任を受けるかどうか」
「そう。以外ね。女の子を起用するなんて」
「女子じゃ悪いのかよ? 結衣や武装部隊は全員女子だろ? だったら、身体チェックのサポートとかを考えると女性がいた方がいいだろう」
「いまさらでしょ」
「そうだけど、一応は気使いに感謝してくれよ」
事実彼女たちを思った行動だしなによりも拓斗の推薦する彼女は技術的にも申し分ないのである。
だからこそ推薦するにたる人物だと思っていた。
拓斗はそっとイリアへ目線を向けた。
彼女は眼を瞬いていた。
タイミングなら今はなすべきかと思いいたり口を開く。
「その女子なんだが、今ここにいてさ、なぁ、いり――」
「拓斗はいますの?」
病室に新たな来訪者の声が響いた。
全員が一斉に緊張した表情で敬礼の姿勢をとる。だが、唯一拓斗だけはただ茫然としたまま来訪者に目を向ける。
「ちょっと、拓斗。局長の前よ」
結衣が拓斗に叱責するも、局長が「かまわないわよ」と言ったことで全員が敬礼を解き、休めの姿勢へ。
「局長なに様ですか? こんな一人の傷だらけの特別事務担当に」
「自分をずいぶんと卑下するのはよくないことよ、拓斗特別事務担当官長」
「ハハッ、卑下にもなりますよ。今回自分は失態をしたんだ。希ちゃんを助けたはいいが主犯を逃したのだから」
「そうね、だけど、お手柄よ。彼女を救った。異世界のギャングからね」
「は?」
一瞬にしてその場が凍りついた。
局長が見計らったかのように拓斗と結衣以外を退出させた。
残った3人は病室の中だというのに緊迫した空気を立ち昇らせて結衣が代表して局長に再度聞き返した。
局長は含み笑いをこぼすと話し出した。
「言った通り、あなたの妹を連れ去ったのは異世界のギャング集団『ボロットス』。彼らは度々いろんな世界を渡り歩いては金銭の取引や傭兵まがいの仕事を行ってる極悪集団ね。そのギャングは今回希さんを監視して拉致し血液を採取するように指示されたみたいということかしらね」
「ことかしらね……ってどういうことっすか? まさか、局長? なにか今回の事件が大きなことにつながってるとでも?」
「さすがは特別事務担当官長ね。そういうことよ」
まさかの告げられたことにその場にいる者たちは唖然となった。
「どういう意味があったのか理由はまだ捕えたギャングの構成員からは聞き取れていないけど、どうにも裏で『ディストピア』が糸を引いてるみたいよ」
「希にどういう理由でディストピアがかかわりをもってるんですかっ! 教えてください!」
さすがにその言葉を聞いた直後、結衣は感情を荒ぶらせて局長だという立場もわすれてイリナスの胸倉をつかんだ。
拓斗は結衣の名前を呼んで忠告したが彼女は一向にその手を緩ませることはない。
「落ち着いてくださるかしら、武装部隊長、神楽結衣」
「っ、すみません」
そっとそえられたイリナスの手が結衣の手に覆いかぶさり諭されたことで次第に結衣は落ち着きを取りもどしてその手を離した。イリナスの慈愛に満ちた表情とその暖かな手が彼女を落ち着かせる要因になったのだ。
「言った通りすべて聞き出せていないわ。それにギャングの下っ端である彼らはすべてを知らないと言ってるの。わかってるのはボスだけらしいのよ」
「ちっ、俺が逃さなければ」
「でも、十分な収穫よ。評価すべきなのよ拓斗特別事務担当官長」
そうは言われるも拓斗の後悔の気持ちは消えることはない。
「今回、これを見越してもしもの場合調査中において戦闘許可をすることにするわ。そして、より高度な情報伝達を考えて諜報部のメンバーである希さんを調査チームに加えることを伝えに来ましたの」
「え」
希が目を丸くして局長から自身の姉、そして拓斗に目を向けた。
「きょ、局長! 希は一般の市民です! 局の人間であっても希は普通の人間なんです。そのような任務は大変危険です!」
「あ、あの私任務がどういうものか分からないんですけど」
姉が局長に詰問する後ろから希が小さい声で説明を求めた。
局長は簡単に結衣を無視して希に任務の説明をした。希はさすがに動揺し画像を見た瞬間に病室を飛び出して行ってしまった。
結衣が後を追いかける。
「さすがに刺激が強すぎたわね。でも、慣れてもらわないとだめね」
「あの、局長。俺も反対です。希ちゃんを同行させるのは」
「あら? どうして?」
「結衣も言った通り彼女は一般市民です。何かあった時どうするんですか!」
「大丈夫よ、武装部隊がしっかり護衛するでしょ」
穏やかな心は一気に崩れ、拓斗は怒り心頭に重いつもった言葉を吐き捨てた。
「そういう問題ではないだろう! 何を考えてるんだ!」
「…………はぁー、拓斗特別事務担当官長。今回の調査は非常に重要なのです。今回の事件に巻き込まれてしまった彼女はもうかかわりを持っているの。ですからこのままいつも通りの生活を送らせたとしても問題は付きまとうわ」
「そんなことわからな――」
「わかるわよ。あなたは悪党をどんなものかわかってるでしょ? 目をつけたらとことん付けねらう。目標が服従するまで」
「っ!」
「だからこそ、彼女はしっかりと誰かが身の回りにいる状態が一番最適よ。そして、彼女につられた餌が引っかかるのを待てばいい」
「つまりは彼女は餌か」
そのあとイリナスは何も答えずに病室を出て行った。
怒りとイリナスに対する信頼が一気に瓦解した悲しみの感情がないまぜになり拓斗は壁を何度も殴る。
一斉に4人がその手を止めて落ち着かせることで拓斗は落ち着きを取り戻すとそのまま顔をうつ向かせて慟哭したのだった。




