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開いた扉から、真っ先に姿を現したのは兄だった。
そのすぐ後にデレク。
二人に続いて、幾人もの兵士が室内になだれ込んでくる。説得、成功したんだ……! でも、兄の状態には不安がある。いくら兄でも、冷静でいられるのかどうか。
兄の顔が、ぐっと、ほんの一瞬だけ、歪んだ。
踏み込んですぐに、正確に状況を察したみたいだった。
シル様に支えられているネイサン。倒れている護衛の騎士たち。
武器もなく、立っているヒュー。私と、私を守っているクリフォード。
――デレクが兄に伝えたであろう内容が、正しいと。
「ヒュー・ロバーツ」
兄が、ヒューを呼んだ。感情を殺しているかのように、表情はない。
これまでだったら、護衛の騎士として礼儀正しく応じていたはずのヒューは、立ったまま、ただ無言で顔を向けた。
「理由は、何だ。動機を述べろ」
ヒューが執務室を見渡した。
ゆっくりと、口を開く。
「セリウス殿下。殿下とバークス様の関係を祝福する者ばかりではないことはご存じですか? 私もまた、その一人であったというだけのことです」
……何、だろう。
あのときと、同じ印象をヒューから受けた。
飾り房が切れていた理由を、ヒューが口にしたとき。
「私とシルに不満があった、ということか?」
「お二人は愛し合っておられます。しかし、私はエスフィアのいち民として、王となる者が同性だけを伴侶とするのを見過ごすことができませんでした」
「……それで、シルに矛先を向けたのか」
「まさか、殿下に剣を向けるわけにはいかないでしょう」
嘲るようにヒューが笑う。
「っ! ならば!」
はじめて、兄が声を荒げた。
「なぜ、まず俺に話さなかった!」
慟哭のような、叫び声。
それに対し、ヒューはまた笑った。
「そうすれば解決した、と心の底から殿下はお思いですか?」
問いかけているようでいて、でも答えなんて、まったく求めてはいない。
「私は思いません」
冷徹に、ヒューは否定した。
「対話がすべてを解決するなど、幻想です」
「――違う。お前は、話す前から諦めただけだ。別の手段を取るなら、その後でもいい。お前は、話そうとすらしなかった」
苦し気な兄に、今度はヒューが、いっそ優しげに感じるほどの笑みを浮かべた。
「……そうですね。私は話そうと試みはしませんでした。ですが、やり直せたとしても、私はセリウス殿下に話す方法を取りません。いえ、いかなる者にも。無駄だと考えます」
「後悔は、ないのか」
「いいえ。何一つ」
ゆっくりと、首が横に振られる。
「お前の計画は、失敗した。それでもか……!」
「ええ。成功しても、失敗しても、本望です」
兄と話している間中、ずっとヒューは穏やかだった。計画に失敗した首謀者とは、とても思えないぐらいに。
むしろ、計画に成功した人間のそれに見えた。
「ヒュー。他に、言うことはないのか」
兄が、最後にヒューに質問を投げかけた。
たぶん、ヒューに対する、情が、そうさせた。
目の当たりにして、当の本人だって罪を認めているのに、疑う余地もないのに、信じたい気持ちがあるから。何か、言ってほしい。弁明だっていい。ヒューを擁護できるような。
でも、そんな兄からの問いを受けても、ヒューは変わらなかった。
「何も」
答えは、たった一言。
「…………っ」
強く、兄が目を瞑る。
「ヒュー・ロバーツを」
原作でもあった、ヒューを信じながらも、苦渋のもとに、セリウスが彼の投獄を指示する場面。
それは、様変わりしているのに、あのシーンと、ひどく似ていた。
執務室の入り口に待機していた兵士たちに、兄が命令を下す。
「――ヒュー・ロバーツを地下牢へ収監せよ」
その声は、微かに震えていた。




