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「他に、『仲間』はいるのか?」
兄の声が響く。
カルラム並木は閉鎖され、捕まった襲撃犯たちは全員拘束された。
そして、一カ所に集められている。
問題は、内通者。三人の、兄の護衛の騎士。
一人は――メリーナさんの店で、クリフォードに取り押さえられた騎士。
他の二人は、食堂視察の後、ヒューの警備体制の見直しで、配置換えになっていた騎士たち。
三人とも、無言。残念ながら、私は彼らの顔と名前が一致しないけど、兄は違う。ショックを受けていてもそれを押し殺して、人となりを知っているからこそ――。
「お前たちが首謀者だとは思えない。他に誰かいるはずだ。それは――おそらくあやつらではない」
あやつら――三人の護衛の騎士以外の、襲撃犯のことだ。
これには、私も頷ける。練度っていうの? そういうのが明らかに劣る人たちばかりだった。数は多いし、数は正義っていうのも間違いではないと思うんだけど、指示出し――そう、『空の間』のときみたいに、『従』のリーダー格みたいな人がいない。リーダー不在の中、無軌道に襲ってきた……そんなイメージ。
それから、襲撃だったことは間違いないのに、違和感が残る。大きな被害を出さずに済んだこと自体は素晴らしいこと。とはいえ、味方が強かった、というのも要因であるにせよ、容易に収束しすぎた感がある。
「…………」
「…………」
「…………」
三人の護衛の騎士は、項垂れたまま無言。
「――その答えは、ここに書かれているかと」
襲撃のせいで、伝令鳥の確認ができなかった。そこで兄の命令でヒューに白羽の矢が立った。真っ白い伝令鳥を腕に止まらせたヒューが、括り付けられていた手紙を兄へ渡す。
「緊急、か……?」
「はい」
私にはわからないけど、定時連絡とは違うって、手紙の見た目だけで兄もヒューも判断している。
手紙を開き、それに目を通した兄の顔色が変わる。
「ヒュー……」
苦々しい表情で、兄がヒューにそれを見せた。ヒューもまた険しい面を変化させる。
「これは……」
「兄上。何と書かれていたのですか?」
「…………」
無言で歩み寄ってきた兄が手紙を差し出してきた。
文面に、視線を落とす。
「そんな……」
手紙に書かれていた内容は、こうだった。
――ネイサン・ホールデンがシル様を誘拐し、城内で行方不明になっている。城外への出入りは確認されておらず、そのため、城門を閉ざし対応している、と。
何度読み直しても、ネイサンが裏切り者だってしか読めない。
でも、あのネイサンが?
……信じられない。
原作でも現実でも兄の腹心の一人であるネイサンが、曲者の一味?
やっぱり、ピンと来なかった。
「――私に。セリウス殿下、私に行かせてくださいませんか」
ヒューが、切実な声音で訴えた。
「何かの、間違いかもしれません。これこそが罠やも。事実確認をしてまいります。あらゆる可能性を考えると、ここで視察が取り止めになるのは得策ではありません。セリウス殿下もオクタヴィア殿下も、視察を続けられてくださいますよう」
ネイサンが無実だったら、それでよし。
もしそうじゃなかったら――視察が取り止めになって、兄が城に戻ると先に伝わりでもしたら、ネイサンが何をするかわからない。
ヒューが言いたいのは、こういうこと、だよね。
私でも想像がつくぐらいだから、兄なら、当然。
「――セリウス」
流れを断ち切るかのように、巻き込まれた人間として、残って成り行きを見守っていたデレクが手を軽くあげた。
注目が集まったのをものともせずに、口を開く。
「おれが行こう」
デレクは真っ直ぐにヒューを見つめ、続けた。
「視察に同行しているヒューが戻るより、おれが登城したほうが自然じゃないか? ネイサンもさほど警戒しないだろう」
申し出を終えると、今度は私に視線を投げかけた。
「オクタヴィア様もそう思われませんか?」
「わたくしは……」
私はヒューとデレクを見比べた。
二人のどちらかに王城へ行ってもらうなら?
「デレク様に行ってもらうのが良いと思うわ」
視察が滞りなく進んでいるのに、ヒューが王族の警護から外れるのは不自然。理由はどうとでも作れるけど。でもだったら、より身軽に動けるデレクを頼るべき!
「…………」
ヒューが無言で、兄の決断を待つ。
兄が口を開きかけたとき。
「ロバーツ様、これを!」
捕まえた曲者たちの所持品を検分していた兵士が、ヒューに駆け寄って来た。
兵士が渡したのは、くしゃくしゃに丸められた紙がのばされたもの。何か書いてある。
文面に視線を走らせたヒューは眉間に皺を寄せると、私たちに見えるよう突きつけた。
さっきの伝令鳥によって伝えられた事柄を補強する内容が、そこには記されていた。
指示書だ。
視察中に襲撃を行え。王城ではネイサンがシル様を誘拐。そしてその後――デレクが合流する手筈だと。
「私にかわり、王城へ赴くことは、あなたの予定通りですか?」
ヒューが冷ややかに問いかける。
対峙するデレクから表情が完全に消えた。
「違う。短時間で、誰でも書けるような紙切れで疑いをかけられるとはな」
「紙切れ? 襲撃者の所持品に記されていた事実は無視されると?」
「兵士が襲撃者の一味であれば? さも発見したかのように時機を見て声をあげれば、これも計画通りだな?」
「――止めろ」
強く、静止の声を兄があげた。
かぶりを振ると、ヒューへ向かって一度頷く。
「ヒュー。城へ戻れ。現場での指示は任せる。状況を確認できたらすぐに伝令鳥を飛ばせ」
「は」
ヒューが即座に頭を垂れ――次に疑問を口に乗せた。
「デレク様に関しては、いかがなされますか?」
数秒の間があった。
「……疑いが晴れるまでは、拘束する」
そう兄が告げると、途端、兵士がデレクを取り囲んだ。
「…………」
特別、デレクも抵抗する素振りを見せない。ただ、ほんの一瞬だけ悲しそうに、自嘲気味に笑った。
――現実に、デレクには疑いが生じている。兄の判断は、正しい。ヒューには何の疑いもかかっていなくて、かたやデレクのほうは、怪しい指示書に曲者の一味とばかりに名前が出ていた。デレクの言うとおり、デレクが嵌められたのだとしても、現段階ではそれを証明できない。
原作のセリウスが、ヒューを拘束する命令を下した時のように。
……でもさ、思ったんだよね。
だからって、私も常に公平である必要って、なくない?
ここだって時は、不公平全開でも、どっちかに肩入れしちゃって良くない?
これ、開き直りと言う!
「では、デレク様はわたくしが預かりましょう」
私は真っ向から決定に逆らった。
「…………」
兄が片眉をあげた。
「わたくしが監視しますわ。残りの視察中、同行していただこうと思います。疑わしき人物こそ、近くに置くべきでしょう?」
何を考えている? て感じの非友好的な視線は、広げた『黒扇』で防御した。
「それから、ヒューのかわりにクリフォードをお戻しください。護衛の騎士がいなくては不安ですもの」
ついでに、どんなときでもチャンスは物にしなければ。
「……本気で言っているのか?」
兄の水色の瞳にこもる気迫に怯みそうになる。でも、引かない!
私はにっこりと微笑んだ。
「本気ですわ。わたくしなりの『揺さぶり』です」
疑わしいデレクを側に置くのは、まさにカモネギ王女!
「…………」
とても長く感じられる、数秒が経過した。
と、兄が手を払う仕草をした。デレクを両側から拘束していた兵士たちがすっと離れる。
「これより、ヒューは王城へ赴く。その間、クリフォード・アルダートンを妹の護衛に任じる」
宣言した後、兄が私を顧みた。
「――これで良いんだな?」
デレクについては言及しなかったけど、拘束を解いたのが答えのようなもの。
「ええ。満足です」
デレクが私預かりになったことと。
とりあえずクリフォードを取り戻したことは。
ただ――事件に関しては袋小路に嵌まった気分だった。
……ネイサンが首謀者って、そんなのあり得る?




