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……確かに。確かに、「近いうちにまたお会いしましょう」って伝言は、エレイルから受け取った。広場にいたらしいことも聞いた。
でも、開いた口が塞がらない。
せっかく、王城で出るのとはまた違った、麻紀の記憶に近い美味しさのあるであろう料理に囲まれているのに、雰囲気すら味わいきれてない。すごく残念。
「おや。オクタヴィア殿下はご気分が優れないのでしょうか。もしや私はお邪魔でしたか?」
美声が耳をくすぐる。
料理の並ぶ、大きな円形の机を挟んで優雅に微笑んだのは、片目に眼帯をつけた男。たぶん、生まれつきの痣を隠すため。私としては、助かっている面もある。
何しろ――この顔は、クソ忌々しい記憶の、『あの青年』とそっくり。一部が隠れているおかげで、別人だと思えるのが不幸中の幸い。
「いいえ、兄上との視察中だもの。気分は上々よ。それに、ヒューイの友人をわたくしも歓迎しないはずがないわ」
私はにっこりと笑った。乾杯、の意でレモン味のフレーバーがついた炭酸水の杯を少し持ち上げてから飲む。
「ルスト。王女殿下に対して……」
ヒューイに注意されたルストは肩をすくめた。
そう、ルスト。
現在は『食』の視察の時間。ヒューイとシシィのことは、最初に兄が誘った。結局は私からも誘った。二人が――私の真ん前がシシィで、その右隣がヒューイ――がいるのは当然。私の右隣に兄が座っているのも。
問題は、左隣!
この男が神出鬼没だってことは、原作でも嫌っていうほど描かれていた。
現実で実感するとは……!
私の左隣の席には、ルストが如才ない笑みを浮かべて腰掛けている。
何でこうなったかって?
私も準舞踏会で知った衝撃の事実なんだけど、ヒューイとルストは昔から交流のある友人同士。私たちの到着を待っていたところ、偶然ヒューイはルストと会い、そこに私たちが到着した。
もうおわかりですね?
『ウィンフェル子爵の友人? バーン……、子爵家か。両子爵の所領は近かったな』
以前渡されて読んだ報告書からするに、ルスト・バーンという人物が準舞踏会で果たした役割はきっちり頭に入っているんだろうに、そんなことはおくびにも出さず。
んで、チラッとエレイルを見。
『妹の護衛の兄であり、ウィンフェル子爵の友人なら、共に食事をどうだろうか?』
『光栄に存じます』
兄が、ルストを食事に誘ってしまった……!
うう。どうしても、ルストに対しては警戒しちゃうんだよなあ。
……顔。顔が悪いと思う!
ただ、エレイル経由で見た手紙の内容を鑑みるなら、デレクとタッグを組んでいる。準舞踏会で初めて会った時みたいに、疑惑の塊ってわけじゃない。
ルストのゲスト参加は、私にとっても不利益にならない思惑があるはず。
私の意図したことじゃないけど、未だ明確に姿を見せない曲者への揺さぶりにもなったかも。
だって、曲者、こいつ何者? て思うよ絶対。
――と、店の給仕が注文した料理を運んできてくれた。
「ありがとう」
待ってました!
……あの後、抜けた護衛の騎士の分、兵士の配置換えをしてから、兄は元の服に着替えた。『衣』のメリーナさんの服飾店があった東街の南から、西街へ馬車で移動。
ちなみに、シル様用の服は結局私がこっそり買った。本人に試着してもらってからのサイズ直しが必須なので、とりあえず持ち帰り。後日その機会を設けるつもりです!
そして次に訪れたのが、ここ。
私調べ、エスフィア王都庶民ランキング堂々一位の食堂!
一階と二階に分かれていて、一階が一般食堂、二階が高級食堂。
希望は一階だったけど、二階を貸し切って――私たち五人だけが席に座り、周囲にずらーっと護衛の騎士と兵士が立ち並ぶ――の食事となっている。
でも、一階で食べている気分は味わえる。木製の階段を上った二階からは、一階のにぎわう様子が見える。お客さんで満席。
ルストがいるってことは、もしかしてデレクとステインも店内にいるのかなって目で探してみたんだけど、見えた範囲にはいないみたいだった。
給仕が、最後にルストの注文分を机に並べる。
いただきます、のかわり。天空神への感謝を告げ、いざ実食。
私が頼んだのは、お米料理! お米はカンギナの主食で、エスフィアには輸入で入ってくる。値段もかなりお手頃。だけどエスフィアはパン主流。城でもパンが毎食出てくる。
王侯貴族ならパンが第一選択。お米は庶民が食べる物的な思想がうっすらとある……とシシィとの交流で知った。エスフィアは小麦の一大産地なんだよね。対してお米の産地はカンギナ。隣国との歴史が食べ物にも及んでいる実例。
一回だけ、城の料理長にリクエストしてお米料理を作ってもらったことがある。ただ、それも高級感溢れる……美味しいけど何か求めてるのと違う……って私の舌がなった。
家庭の味が感じられるお米料理っていうのかな。そんな感じを求めて!
私はわくわくしながら、炒められたご飯をスプーンで口へ運んだ。
「!」
チャーハンだ! いや、日本料理じゃなくて中華料理だけど! でもお母さんが作ってくれた海老チャーハンを思わせる味!
野菜と卵と海の幸が入った炒めご飯!
美味しくて、私は無言でスプーンを口に運び続けた。正直、視察中だってことは、頭の隅の隅に追いやられていました……!
エスフィアにおける、食事はお喋りをしながら楽しむもの、のモットーを思い出したのは、チャーハンを半分ほど食べた後。
しまった……!
王城での食事風景時はともかく、視察中は話を振る役になろうと決めていたのに! 実際、男組はなんか会話してた気がする……。それも、チャーハンに専念し過ぎていて耳から耳へ抜けてた。
いまからでも……!
私は一旦、スプーンを置いた。
まずは、シシィに、と。
「シシィもお米料理を頼んだのね?」
円形机に並ぶそれぞれのメイン料理を見ると、私とシシィだけがお米がメインの料理。私はチャーハンで、シシィのは……前世でいうパエリア? 上にいっぱい具材が載っている。兄、ヒューイは肉料理、ルストは魚料理で、そっちは一緒にパンが運ばれてきていた。
「あ……」
私の問いに、シシィが小声で答えた。
「不味かった……でしょうか? いまからでもパンを……」
割と真剣な様子。違うよ、シシィ!
「お米料理について訊きたかったの。ほら、シシィは色々な国を旅行した経験があるでしょう? 手紙で以前、お米を使った料理のことを教えてくれたわ」
返事を書いたときは、本題が料理じゃなかったから、特に言及しなかった。あのときは、シシィが翻訳してくれた小説――身分の違いから好敵手となった二人の男たちの、これは愛憎? 愛憎なのっ? ていう腐った妄想のほうが重要だったからね……。
「たとえば、強く香辛料を効かせたお米料理もあるのかしら?」
要するに、知りたいのはカレーについて。カレーはこの世界に存在するのか!
シシィがきょとんとした顔をする。
「強く香辛料を……ですか?」
「シシィの料理にも使われているでしょう? それはどんなものかしら?」
「私の注文した料理にはサフランという香辛料が使われているはずです。昔は非常に高かったのですが、品種改良に成功し、大量生産が可能になったことから安価で輸出されているものです」
「……カンギナを潤す財源の一つだな。レウレー嬢は博識のようだ」
「シシィはとても優秀なのよ、兄上」
私は鼻高々だった。腰に手をあてて胸をそらしたいぐらい。友達自慢! もっとシシィを褒めるがいい! そんな気分。
「しかし、オクタヴィア殿下ご所望の、強く香辛料を利かせた米料理はさすがにご存じないのでは?」
ルストという挑戦者が現れた!
ので、情報を補足することにした。
「……辛い料理らしいわ。主食として米や薄く焼いたパンと一緒に食べるそうよ」
「ふむ。妙に具体的ですね?」
「昔、本で読んだことがあるの。どの本だったかは忘れてしまったけれど……」
もちろん情報源は、本じゃなくて前世の記憶。
「本……。本に……」
うーん、とシシィが考え込んでいる。
「――咖哩、という料理がバルジャンの地方にあると本で読んだことがあります。何種類もの香辛料を効かせるとか。ヴィア様が読んだのも同じ本でしょうか」
…………!
それだー!
「きっとそれね」
あと、バルジャンね! バルジャンならカレーありそう! 抹茶白玉アイスの出処の国だから! エスフィアからはカンギナを挟んで西南にある商業国家。国土は小さいんだけど、国力はある。資源がないから、貿易で力を築いた国、と王女教育では習った。
歴史上、エスフィアがカンギナと戦争している間は、バルジャンから物を仕入れていたらしい。同時にバルジャンは、カンギナにもバンバン商品を売っていたとか。
「助かったわ」
さっすが私のシシィ!
バルジャンから諸侯会議の後に来賓が来る予定なんだよね! そのときにカレーについて訊こうっと。
「ところで――バーン子爵家はナイトフェロー公爵家の遠戚だったか?」
チャーハンをまた口に運んだところだったので、醜態をさらす前に私は無理矢理飲み込んだ。次に、炭酸水を落ち着いてゆっくりと飲む。ふう。
兄がルストを見ながら、杯を揺らしている。
「私の知る限り、我が子爵家とナイトフェロー公爵家の間で血が混じるようなことはなかったと思いますが」
「……私もそう記憶している」
何か引っかかる、という体で兄がルストを眺めている。
「しかしそれにしては貴公の顔は……」
ルストの顔に、心当たりがある?
「この眼帯のことでしたら、おそらく外せば皆様をご不快にさせるかと」
「いや、外す必要はない。――本当に、ナイトフェロー公爵家に連なる者ではないのか?」
「はい。残念ながら。そうであれば、我が子爵家も幸いだったのですが」
「…………」
兄が眉を顰めて考え込む。こめかみを押さえた。軽くかぶりを振る。
あ……。これって、記憶がおかしくなる時の? でも、ルストに関係することで? 兄の記憶がおかしい原因。犯人候補にルストが躍り出た……? うーん……。ルストに対する反応が、犯人に対するものにしては違うような……。
「もし、まだ疑問がおありになるようでしたら、ナイトフェロー次期公爵にお尋ねになれば宜しいのではないでしょうか。セリウス殿下は次期公爵と親しいと耳にしています」
「デレクは……」
息を吐いた兄が続けた。
「そうだな。デレクと話してみよう」
――その後は、平和な食事の時間が続いた。
私はもっぱらシシィと話し、シシィおすすめのお店を聞き出したりなどした。
視察では、最後に自由時間があって、私の好きなところに行ける。……建前は!
実際は色々制限があるけど、シシィに教えてもらった商店、行ってみたいかも! 雑貨店らしい。穴場的なお店っぽい。ヒューイと王都散策していて見つけたんだって。趣味の良い本も置いてあるという耳より情報も。
囮中なのに、ものすごーく食事を楽しんでしまった。チャーハンのあとは単品料理をいくつかと、デザートも頼んで、お腹いっぱい。デザートは小麦粉のペーストと飴をかためたイーバっていうお菓子で、見た目はチーズっぽい。アレンジはいろいろあって、これ、といった決まりはない。オクタヴィアになって初めて食べた食感なんだけど、エスフィアでデザートの定番といえばこれ!
アレンジ違いをシシィと注文して、お互いに食べ比べをして、食事終了!
ごちそうさまでした。
「……文通を頻繁にする仲だけあるな」
私とシシィの仲の良さっぷりを見せつけられて、兄が呆れたような感想を述べた。ふふん、と自慢したい気持ちがわき上が――。
…………?
私は、シシィと文通している。ただし、秘密ルートで。公言は一応していない。アレクにだって教えてはいないぐらい。
なのに、どうしてシシィとの手紙のやり取りを……その頻度まで知ってるの?
いや、その気になれば、兄なら王城で起こる大抵のことを把握できるんだろうけど……。
「本日は、お招きありがとうございました」
ヒューイの言葉で、我に返る。
「お礼といってはなんですが……」
パン、とヒューイが手を叩くと、盆にいくつものカップを載せた給仕が数名やってきた。
「この場にいる全員に、飲み物をご用意しました。また、お店からの、殿下方や、国を守る方々への感謝の気持ちでもあります。おこがましいですが、代表として私が」
一度、席を立ったヒューイが貴族流の作法で頭を下げる。
私たちの席にそれぞれ、カップが配られた。
ただし、空。でも、給仕たちが各自持っている注ぎ口のついた陶器からは、珈琲の匂いが漂っている。
食後の珈琲だ! お好みでミルクと砂糖を添えて!
実は、メニュー表に、当店人気のこだわりって書いてあったけど、数量限定かつ本日品切れで、そんなこともあるよねって注文しなかったやつ。やったー!
「――失礼ながら」
しかし、難色を示した人間が一人。
「我々で安全が確認できていない飲物です。お気持ちだけいただいたほうが。もしくは、どうぞしかるべき者にまずお飲ませくださいますよう」
背中で手を組み、控えているヒュー。




