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「いま、何て?」


『黒扇』を持ち、開いて、動揺を隠す。


「……いいえ、と」


 …………!


 振られ、た……?


 ……認めよう。正直、私はガイを見くびっていた。ううん、だって私、王女だもん。外見は『妹ちゃん』だもん! なんだかんだで自分を高く見積もっていました……! 中身? 中身の違いなの?


 くっ。断られる、とは……。驕りを思い知らされるとはこのこと。

 ちょっとガイくん。でもここで普通断る? 王女からの依頼だよ? 王女権力が……! 余裕ぶって選択権なんて与えなければ……! 


 ガイが首を横に強固に振った。


「自分などでは、とても、そのような大役は……! 殿下のご期待には添えないかと……!」


 添えるって!


「それに!」


 真面目かつ深刻な顔をしてガイが強く訴えた。


「この問いをなさるのなら、自分などよりよほどふさわしい人物がいらっしゃるかと……!」


 力説してる。

 ガイよりふさわしい人物? そんな人いる? ガイも私も知っている人で? 


「……誰かしら」

「で、殿下の護衛の騎士殿とか! あ、ロバーツ様のことではなく……!」


 護衛の騎士……。ガイの言うところの護衛の騎士殿っていうのは……。

 該当するのは一人、だよね。


「……クリフォード?」


 ぶんぶんとガイが頭を上下に振った。

 クリフォードを、偽の恋人役に……?


「…………」


 私はかぶりを振った。


「駄目よ」


 自分でも、思った以上に強い語調になっていた。

 偽の恋人役を頼めそうな異性として、確かにクリフォードは一番。『主』『従』だって意味でも、私が信用してるって意味でも。


 なのに、「駄目だ」ってすぐに答えが出た。

 自分でも不思議なくらい、迷うことなく。


 同時に、疑問も生まれた。

 ……何で?


 クリフォードが護衛の騎士だから? いままでの護衛の騎士のように、好きな人ができてどこかに行ってしまうかもしれないから? だけど、そうならないように話した結果が、『主』『従』契約であって、仕事として頼むなら別に……それこそ最適な……。


 あ、と目から鱗が落ちるみたいに、合点がいった。

 だからだ。


 私が、嫌なんだ。


 ――命令になってしまうから。


 クリフォードに偽の恋人役を頼んだら、それは命令になってしまいそうで、嫌なんだ。

 命令で、偽の恋人役になって欲しくない。


 うん。そう。

 でも――私、ガイには王女権力で偽の恋人役に抜擢しようとしてたのに?

 何で命令だと嫌なの?


「オクタヴィア殿下……?」


 恐る恐るといった風にガイに問いかけられて、思考が途切れる。そうだ。咄嗟に「駄目よ」って言っちゃったから……。


「――護衛の騎士では、駄目なのよ」


 とにかく私は言葉を重ねることにした。

 否定の範囲を広げることで、有耶無耶にする。


「そうなのでありますか……。護衛の騎士だと……? まあ、言われてみれば、確かに……? 正確には違うもんな……」


 ぶつぶつ言っているガイは納得したみたいだから、結果オーライ?

 大きく、ガイが頷いた。


「つまり、自分の言い方が不味かったということですね。承知しました」

「……ええ」


 会話が噛み合っていないのも、まあ。下手に蒸し返すと、何故クリフォードでは駄目なのかっていう原点に返りそうだし。

 ……うん。とにかく、クリフォードには「私の偽の恋人役になって」とは言えない。

 私が、言いたくない。

 でも、ガイの目の付け所はかなり良い。――なら。


「護衛の騎士以外で、ふさわしい人物は誰かしら?」


 アドバイスを求む!


「護衛の騎士以外で……でありますか? いえ、自分には……」

「あなたが思った通りの人物を言って欲しいのよ」


 人相手に言うことじゃないけど、叩けば出てきそうな雰囲気に、私は食い下がった。ガイの中に答えがある……気がする!


「なら、やっぱり、オ、」


 思わず、といった風だったガイが慌てて口をつぐんだ。自分の口に手を当てている。挙動不審。でも、私の求める答えが出てきた?


「申し訳ありません! この場で口にすべきではありませんでした!」


 オ……? うーんと……記憶を探る。ガイの反応で、まったく同じことが以前……。あれだ! 城の練習室! クリフォードとダンスの練習をしてた時!


『こちらにオクタヴィア殿下がいらっしゃると聞き――ひぃっ? オ!』


 オ……。オ、か。

 オクタヴィアのオ? ……私? でも、それで解釈が合うのは練習室のときだけなんだよね。


「――オ?」


 続きは? という意味で口を開くと、ガイは焦った様子で「いえ、その、」と口ごもった。

 言いたくない、と?


 じゃあ……。


「これにその続きを書けばいいわ」


 机に置かれた勧誘のメモ用紙とマイ鉛筆を使うよう促す。

 ガイが、ごくりと唾を飲み込んだ。視線が合ったので、にっこりと笑って見せる。


「オ、の続きを……書けば、宜しいのですね」

「ええ」


 鉛筆を握ると、ガイは『あなた わたくしの にせのこいびとに ならない?』の下に急いで文字を書き殴った。折り畳み、私の側へと紙を滑らせる。


「ここに書きました! お受け取りください」


 折り畳まれた紙を、私は手に取った。

 オ、の続き、が書かれた紙をゲット。


 ――したんだけど、ガイががっちがっちになってしまっている。王女からの提案を蹴ったばかりだもんね、当たり前か。ただ、オ、の続きを書いたときからのほうがより緊張しているみたいだけど……? いずれにせよ、王女権力を行使しようとしたが故のこれはしっぺ返し。ならそのケアもしないと。


「ガイ」

「は!」

「『いいえ』と答えた以上、わたくしからの質問は忘れなさい」

「は! 肝に銘じます!」

「もちろん、『いいえ』と答えたからといって、今後あなたに不利益がかかるようなことはないわ」


 私のガイへの態度も変わりません!


「行って良いわ」

「は! 失礼いたします」


 深く頭を下げてから、ガイが廊下へ戻る。

 では、と。どれどれ……。私はさっそくガイの書き込みを確認することにした。メモ用紙を開く。


 今までの流れからすると、ガイが推薦する、偽の恋人役として適任な人物の名前がここに……? しかも、「やっぱり」までつけて、思わず、つまり咄嗟に口走るような……!


 目に飛び込んできた文字は、九文字。


 そこには、濃く、

『オバグリヌンジジァ』

 と書いてあった。


「…………?」


 廊下での待機に戻ったガイに視線を投げる。目は合わない。

 もう一度、メモ用紙を見る。鉛筆を強く握りしめて、筆圧をこめて書いたことが窺える。エスフィア文字なのは間違いない。


『オバグリヌンジジァ』


 うーん。人の名前というより、古代の呪文っぽい何か? 

 オ、しか一致していない。

 そのオ、すら、たぶんオで始まるんだよね、という予測のもと『オ』と判断したに過ぎないという……。他に自信があるのは『ヌ』かな? 『オ』と『ヌ』だけは合ってると思う!


 これが悪ふざけでも何でもないとすれば――ガイは読み書き初心者だ。その上、筆圧は高くても、急いで書いたのでとんでもない悪筆になった? ……私も身に覚えがあるからわかる。当事者としては一生懸命なんだよ! 初心者あるある。たぶん、ガイ以外読めない。


 ただ、また呼んで本人に問いただすのもなあ。「読めるように書きなさい」って? 嫌がらせっぽくないですか! おまけに振られた後だと気まずい! 


 ――止めておこう。


 私は立ち上がった。とりあえず――『あなた わたくしの にせのこいびとに ならない?』の証拠隠滅を敢行。

 小型の暖炉にメモ用紙を投入! 


 炎と共に、私の偽の恋人役勧誘失敗も闇に葬られた……!

 次だ次!


 私は扉を振り返った。

 次なる標的は。


「エレイル・バーン。入りなさい」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 追っかけで、ゆっくり楽しみに読んでます。オクタヴィアの何となくの発想が奇跡的に噛み合って、ミラクルを産み出していく様がとても面白いです。 [一言] オバグリヌンジジァ…(´Д`) 読んだ…
[一言] いつも楽しく拝読させて頂いています。 クリフォードがオクタヴィアが恋人探しをしていて、自分を差し置いて他の兵士に声を掛けていたことを知った時どう動くのかが気になります…! 願わくば無意識で問…
[一言] オンガルヌの使者って書いたけど読めねえww 当たり前だけど日本語表記じゃないもんね エレイル、確かにそっちのが色々話がこじれそうでいい
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