79 出世街道驀進中かもしれない平民兵士の穏やかならざる警護任務(後編)
「は?」
見たものは一緒だろ。デレク様は除外。ステインも当然。残るは――あの超絶美形が兄?
眼帯の男が、俺とバーンに視線をやった。ステインとデレク様に何事か話しかけている。直後、外套の頭巾を持ち上げ、被った。一人だけ、離れる。バーンの兄がデレク様と行動を共に……?
「なあ、騎士さん、まだかよ」
じれったそうな声に、俺は自分が置かれている状況を思い出した。
薔薇だよ薔薇!
つかの間、血迷った考えが脳裏をよぎる。
デレク様に投げるのはどうだ? 安心安全の人選じゃないか? しかし、あの格好がな……。デレク・ナイトフェローとして広場にいるわけじゃない、と見るべきか。
俺は薔薇を託す人物を必死に探した。――そして。
決定した。
お嬢さん。君だ!
恋人らしき青年と少女の二人組。決め手は二人の雰囲気と服装だ。服装自体は俺に非常に親しみ深い平民層のものだが、実際のところは、貴族かある程度の富裕層かのどちらかだと踏んだ。おまけに、少女はきつそうな美人だが、『黒扇』を持つオクタヴィア殿下への好意が満ちあふれる笑顔を浮かべていたのだ。
傍目にはできるだけさりげなく、しかし確実に彼女が立っている辺りの宙を狙い、放る。
――行け、薔薇!
「シシィ! ほら!」
少女の恋人が、薔薇に気づき声をあげる。良い恋人だな。俺の見立てでは地方貴族の次男あたりだ。少女が頷いて薔薇を取ろうとする。いいぞ!
しかし、伸ばされた少女の手が薔薇に触れる寸前、どこからか手が湧き出した。横やりだ。少女ではなく、そいつの手に渡りそうに……っ?
俺が心の中で悲鳴をあげると、さらに三人目が現れた。別の手が、二人目の手を押しのけ、薔薇を入手するのを阻止した! 俺の目論見通り、少女の手に薔薇が渡りそうだ。
よし、三人目よ、よくやっ……。
た?
三人目――阻止した男の手もまた、少女と同時に薔薇を取った。
「申し訳ありません……!」
少女が薔薇から手を離してしまった……だと?
「え? いいの? じゃあ俺がもらおっかなー」
能天気なこの声は、聞き間違えるはずがない。
赤毛の男が、片手で後頭部の髪を掻きながら鼻歌でも歌いそうな喜色を浮かべた。
その手にあるのは、茎に飾紐が結ばれた赤い薔薇。
もらおっかなー、じゃねえよ、ステイン!
デレク様! デレク様はどこ行った? 必死に探すも――。
! さっきまでいた場所にいないっ?
俺は慌ててステインと少女のやり取りに介入した。
「自分が見た限りでは、そちらの女性も……!」
はー。
視察先の服飾店店内、その廊下という安息の地に立ち、ようやく俺は呼吸できる心持ちになっている。
薔薇の持ち主は、無事、あの少女になった。少女の手によって、オクタヴィア殿下の御髪にカルラムの花飾りが飾られた。
ただ、その間中、生きた心地がしなかった。
だって俺、『クリフォード・アルダートン』の正体を知らないバーンのおかげで、オンガルヌの使者の近くで待機する羽目になったから……! そうだよ、たぶんオクタヴィア殿下や俺と同僚みたいな一部を除けば、『クリフォード・アルダートン』は普通に優秀な護衛の騎士って位置づけなんだよ! 近づこうが恐怖心なんて抱かないんだよ……。
いや、参考にはなるんだ……。オンガルヌの使者の一挙一動に注意を払っていれば、俺が気づけないような人の気配や事象を察知できるってことだからな。
しっかし、そのせいで何度反芻してもわからん。
あれって何だったんだ……?
オンガルヌの使者の思考なんて謎に満ち満ちているからな。
だが、誰かとこの気持ちを共有したいところだ。
……いや、誰と? てなるんだが。……殿下? オクタヴィア殿下か? そんなの無理に決まってんだろ!
――それは突然起こった。
セリウス殿下が、オクタヴィア殿下の髪飾りの位置を直された時。
あのときオンガルヌの使者が摩訶不思議な反応をした。
実際、ずれていたんだ。たぶん、シシィ、だっけか? 彼女が緊張して、挿す位置を微妙に失敗してたんだよな。御髪にピシッとハマってないっていうか。
ティアラとあの髪飾りの組み合わせはさすがって感じなんだが、それだけにもったいなさがある印象になっていた。
だから、セリウス殿下の指摘は正しい。すぐに挿し直されて良かったんだよ。身分が高いとそれ一つで揚げ足を取られたりするわけだから。そして髪飾りの位置が微妙だったからって、王女殿下相手に俺たちはそんなことを言えない。
言えるとしたらセリウス殿下ぐらいだろ?
そして、もしセリウス殿下がオクタヴィア殿下を少しでも陥れたいなら、黙っていることもできたんだよ。だけどそうはしなかった。
何も問題ない出来事だったんだ。セリウス殿下がオクタヴィア殿下に危害を加えたわけでもないし。いや、まさかその可能性を考えたのか?
だとしたら――それだとオンガルヌの使者の反応が変だったんだよな。
何故か不愉快そうにした後、すぐにちょっと首を傾げたんだ。
自分でも奇妙に思ってる、みたいな感じか?
ホントだよ。オンガルヌの使者よ! 殿下の髪飾りがピシッと決まったのにどこに不愉快になる要素が? 喜ぶべきだろ!
そして、たぶん、オンガルヌの使者に注意するあまり、俺が見ていたせいだと思うが、「何だ」って顔をして本人が俺に視線を飛ばしてきたし。
いや、だってそっちが変な反応するからだって!
と俺は言えることなら言いたかった。おかげで、周囲の警戒こそかろうじて怠りはしなかったが、殿下方がどんな話をされていたかうろ覚えだ。
俺はまだまだ未熟だな。
息を吸って、吐く。
はー。空気がうまい。
オンガルヌの使者が近くにいないって良いことだな! 俺の緊張が段違いだ……。
しかし、それが悪かったのか。
――俺は重要なことを忘れていたようだとすぐに気づかされた。
緊張する相手は、何もオンガルヌの使者だけではないと。
オクタヴィア殿下に、殿下が休憩されている室内へ呼ばれたことによって。
そして、殿下に、紙を使って問いかけられたことによって。
簡単な読み書きができるかを俺へ確認し、殿下は、真っさらな紙にサラサラと流麗な文字を書き記した。俺だってピンときた。こういう風にするってことは、他に知られたくないからだよな?
これは秘密の問いなのだ。
そして、それを、見せられた。
俺に読めるように、書いて下さっていた。読めたが、いっそ読めなかったほうがマシだったかもしれない。
問題は、内容だ。
こう書いてあった。
『あなた わたくしの にせのこいびとに ならない?』
「!」
俺の呼吸は、誇張でもなんでもなく、一瞬止まった。
微笑んで俺の様子を見守る殿下の薄い水色の瞳は透き通った湖のように美しく――期待に、満ち満ちている……?
そっかー。
俺の命日って今日だったのかー。
ハハ。
気絶して良い?




