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「オクタヴィア殿下!」
「オクタヴィア様ー!」
群衆に名前を呼ばれて、はっと我に返る。私はシシィを促した。舞台へと来てもらう。付き添いとしてヒューイもね!
「空から選ばれたのは、彼女のようです」
そう、集まっている人々に対して語りかける。
空――天空神にかこつけると、受けが良いので!
「彼女に、視察が滞りなく進むことを祈って、生花の祝福を授けて貰いましょう」
このやらせセレモニーも、オブラートにくるんでいい感じに言っておけばきっとOK!
勢いでも、「?」と思われないことが大事なのです……!
「ヒュー」
カルラムの花飾りを持っているのはヒュー。頷いたヒューが、シシィの胸前に髪飾りを差し出す。シシィは薔薇の花をヒューイに預けると、カルラムの花飾りを受け取った。
「……どうしたの? シシィ」
シシィが神妙な顔つきをしていたので、小声でつい話しかけてしまった。
「殿下。これは、生花の髪飾りですが……」
「これが良いのよ」
普通、王侯貴族なら生花を髪に飾ったりしないもんね。でも間違ったりしていないから大丈夫!
「……わかりました」
覚悟を決めた、みたいな顔で、シシィがカルラムの花飾りを持ち上げた。
シシィのほうがちょっと背は高いけど、私の髪につけやすいように屈む。
そっと、髪飾りがティアラの横に差し込まれた。ただ、その手が震えている。役目を終えたシシィの両手を取って、そっと自分の手で包む。
「ありがとう」
「ヴィア様……」
シシィだったおかげで、私は全然緊張しないでいられたんだって思ったから。自分で考えた結果とはいえ、今回みたいな状況で、まったく見知らぬ他人に髪飾りを挿されるのって、怖く感じたはずだし。揺さぶりの結果だから、私が負うべきことなんだけど。でも、シシィはいきなりだったし、緊張しないほうがおかしいよね……。
「こちらこそ」
シシィが冷たい美人風の顔立ちだからこそ、最高な微笑みを浮かべた。
――遅れて、わっと歓声があがる。
広場を見渡すと、集まった人々は、いずれも歓迎の表情だった。
やらせセレモニー、生花の髪飾りバージョン、成功かな?
「どうでしょうか? 兄上。ティアラとカルラムの花飾りの組み合わせは」
私はドヤ顔で訊いた。視察用に選んだドレスは、ケープがついているタイプなんだけど、それを翻して悦に入ってみたり。
衣装に関しては出立前に感想をもらったけど、完成形はいま!
「…………」
水色の瞳から視線が向けられ、私を見下ろす。
ふっと兄が息を吐いた。
「……悪くはないが、髪飾りを少しずらしたほうが良いな」
手が伸びてくる。髪飾りの位置が直されたのを感じた。
「これで良い」
見ると、シシィとヒューイ、ばかりか、ガイとエレイルまで納得顔で頷いている。
「ヴィア様。申し訳ありません。緊張してしまって……」
「――いや、君はオクタヴィアの友人だったな。君が花を拾ったおかげで、必要以上に警戒せずにすんだ。感謝する」
「そんな……」
ていうか。兄、私の交遊関係を把握……!
してるのは当然かー。侯爵家の次男によるヒューイへの恋慕と圧力、それに屈すまいとヒューイが私をダンスに誘った件。そしてその後のシシィとヒューイの障害と身分を越えた恋愛成就は有名だもん。私もすがすがしく王女権力を行使できた一件です。
となれば!
私は二人と親しいことを理由にして、ちょっと会話する時間を作ることにした。スケジュールに不都合が出ない程度で!
舞台から下がって、いろいろと質問。どうして広場にいたかとか。真っ赤になったシシィが答えてくれました。読み通り、デートでしたよ……! 私が視察に来る日だってわかって、遠くから見るだけのつもりで広場に行ったら、薔薇が降ってきたらしい。
私のほうも、手紙未達事件のことに関してシシィと話したかったんだ。とりあえず、手紙が間違いなく届くように手配はしたので、今度からは私の侍女のサーシャへ送って欲しい、とこれはこそっと耳打ちで伝えた。
サーシャにも話を通しておいたから無問題。女官長のマチルダにも協力してもらったよ! 悲しいことに部屋から出られません状態のせいで、時間はあったからね……。サーシャとは普通に会えたし。
はー。シシィと話してると気分がほぐれるなー。
時間が過ぎるのもはやい。できればこの時間をもう少し……。
もう少し、やろうと思えば延ばせるんじゃない?
閃いてしまった。
本日の新たに加わったコンセプトに従い――「ねえ、シシィ。良かったら、後で合流して一緒に食事しましょう?」と口にし――かけて、思いとどまった。
セーフ……!
なんて言うの? 麻紀としての部分と王女としての部分がバトルした!
麻紀としての自分は、「何でも楽しまなきゃ! こういう機会を利用して友達と食事しよう! こういう時でもなきゃ難しいよ!」な感じでるんるんしてるんだけど、王女としての自分は「まず前提として、曲者に狙われている状況なのに? 最悪、シシィが危険な目に遭っても良いの?」と待ったをかけた。
勝負は一瞬でついた。麻紀としての部分が即撤退した。
「その可能性を考えてなかった……!」って。効果音は、さしずめ、ガーン。「シシィが怪我したりしたらヤダ!」ってことで、王女としての部分が不戦勝。
泣く泣く私は口をつぐんだ……のに!
「ウィンフェル子爵。私たちは視察中だが、後に街中で食事をする予定だ。その際に一緒にどうだろうか」
兄が、なんとヒューイを誘った。
「セリウス殿下。有り難いお誘いですが……」
ヒューイがうまく断りの雰囲気を醸し出しつつ、言葉を濁している。
第一王子の誘いを断るのは通常、貴族にとっては言語道断。おじ様とか、公爵だったらまあ。あとは個人的に親しいとかだったら断っても角が立たないかなーぐらい。だいたい、兄が断れないような相手に対してこういう誘いをかけるのを私は見たことがないんですけど!
「堅苦しい席ではない。気兼ねしているようだったら、君の婚約者のレウレー嬢も招待しよう」
シシィまで誘うとは……断るのは絶対許さないという鉄の意志を兄から感じる。
「兄上……」
たしなめようとしたら。
「――お前も了承したのではなかったか? 私なりの『揺さぶり』の一貫だ」
後半は、私にだけ聞こえるぐらいの大きさで。
一瞬、頭が真っ白になった。理解を拒否。
でも、これって。
とどのつまり――兄にとってウィンフェル子爵は、曲者の可能性があるってことだよね? 私にとっては疑う余地のない人物、シシィもヒューイも。
二人とも、私がやらせセレモニーの予定を変えて――『揺さぶり』を作った結果、現れた人間だから。そんなの完全に偶然なんだけど、私が親しくしている人物が――出来すぎている状況で登場したから。
二人が曲者の可能性は? 食事に誘って、さらに機会を与えたらどうなる?
こういうことだ。
理解、完了。
――そんなに疑う? すんごく我慢して、我慢してだよ? 兄側の考え方で見れば、たとえごくわずかでも疑いを持つのは、わからないではないとはいえ……。
「…………」
やっぱり怒りは生じる。髪飾りを直してもらってアップしていた現在の兄への好感度がだだ下がりだ。
すうっと息を吸って、言葉を返す。別に小声にしたりもしない。
「では、兄上は、花を拾ったもうお一方にも注意を払うべきですわね。もちろん、彼を部下だと言っていた方も」
要するに、デレクたちにも!
「……その必要はない」
耳を疑った。
これって、身内びいき? 片方だけに肩入れしてる? 原作セリウスならしなかったやつ?
「まあ。何故ですか」
私自身、デレクたちは疑ってない。何かの理由で密かに動いてはいるんだろうけど、王家に徒なすようなことじゃないはず。
ただ、それとこれとは別。
「これに関して、お前に言うことはない」
カッチーン。
私と兄の間に、見えない火花が散った。
「セリウス殿下、オクタヴィア殿下!」
険悪な私と兄の仲裁をしてくれたのは、ヒューイだった。
「――有り難くお誘いを承りたいと思います。ですので……」
言葉には出されなかったけど、言いたいことはわかった。
口論している場合じゃない。……感謝しなきゃ。彼のおかげで、私も少し落ち着いた。
「ええ、そうね」
……だよね。こうなったら、一緒に食事したほうが良い。
「わたくしからも、改めて誘わせてもらうわね。ぜひいらしてちょうだい」
私はヒューイとシシィに笑いかけた。




