表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/165

70

 

 あ、これ夢だ、と思った。


 ただ――妙だった。私の前世の夢じゃ、ない。

 誰かになって、外を眺めている感じ。


 ――殴られている?


 うわっと思った瞬間、内側から眺めていた世界が、外側からのものへ変わった。

 殴られている男の子の視点から、殴られている男の子が見える視点へ。

 男の子……少年は、まだ十歳にもならないぐらい。栄養状態が良いようには思えないから、もしかするともう少し上の年かもしれない。


 黒髪に、濃い青い瞳……。優しそうな子で、幼少期のアレクに勝るとも劣らない顔立ちをしている。身近な人物で真っ先に連想したのは、シル様の子どもの頃、だった。あ、でも、髪と目の色だけなら、近いのは……? 

 殴られているのに、少年はまったく抵抗しない。


『剣を持て! 戦え!』

『……駄目だな。もういい。失敗作にこれ以上時間は割けない』

『しかし……』

『ナタニエル様にも悪影響だ。早急に実行しろ』


 殴る蹴るの暴行を加えていた男の一人が、少年の胸倉を掴んで唾を吐いた。


『どうせすぐに傷が治るからか? 殴っても斬っても傷痕を残さず数日で綺麗に治る。羨ましいもんだ。だがな、お前には体質だけじゃなく、才能もあるはずなんだよ。最後の忠告だ。――戦え』

『――嫌だ』


 少年がきっぱりと答える。男が少年の身体を地面に投げ捨てた。

 我慢ならなくて、男に近づいて思いっきり叩いてみても、すり抜ける。ちょっとこれ夢でしょ? あの青年が出てくる夢じゃあるまいし、私が最強なんじゃないの? 

 自分の夢にしては、趣味が悪すぎるよ。


 少年が、けほっと咳き込んで起き上がった。

 視線は、合わない。少年には私が見えていない。でも、少年の考えていることは、伝わってくる。


 少年には、名前はなかった。

 ただ、自分が期待外れだと思われているということは、わかっていた。

 期待された出自だったから。

 類い稀な戦闘能力を発揮することを、望まれていた。でも、生まれた子ども――少年は、成長して剣を握れるようになっても、それを振るうことを恐れていた。

 だから、戦わない。


『それじゃあ、処分だな』


 男は少年をさらに殴って気絶させて、身体を縛って重りをつけた。

 ちょっと、嘘でしょ? パクパク口を開けても、声は出ない。


 見ているだけしか、出来ない。


 少年の身体が広がっている湖に投げ捨てられた。――沈んでゆく。

 水の中まで近づけるのに、伸ばした手は少年の身体を突き抜けるだけだった。

 ゴボリ、と少年の開けた口に水が入る。手足をばたつかせて、苦しがっていた少年は、急に冷静になった。そうだよ。頑張れ!

 息を止め、靴の中に潜ませてあった短剣を、取ろうとする。なのに、掴みそこねて、短剣は水中へと落ちてゆく。


『っ!』


 先回りして何とか私がキャッチ……すり抜けちゃう! 私の役立たず!

 でも、少年の左手が、短剣をようやく掴んだ。足に何重にも括り付けてされていた荒縄を切る。荒縄と共に、重しが水底へ沈んでゆく。身体が軽くなった、少年が水をかいた。地上へ浮上しようと、もがく。上はただ水で、暗い。何も見えない。いずれは地上に出られると信じて、水をかくしかなかった。呼吸を止めていることが難しくなり、開けた口に水が入り込む。

 自分のことのように、少年のことがわかる。私、この子と同化しているのかな?


『――っ! ゴホっ、ゲホっ』


 顔だけが、水面の上に出る。空気を求めて、口を大きく開ける。

 岸辺へ片手をかけた少年が人の気配に気づいた。


『何だ。生きてるのか?』


 男が、少年の右手を、力任せに靴の底で踏んだ。


『いいから死んどけ』


 ――止めてってば! 感じるんだよ。

 この子の心が、どんどん……。


『……何だ』


 少年がぽつりと呟いた。

 手を踏まれながら、ようやく、わかった。

 とても簡単なことだった、と。


『…………い』

『何だ? 死にたくないってか? 残ね……』


 勢いよく、少年は男の足に、水中から振り上げた左手の短剣を突き刺した。悲鳴があがる。

 短剣は、人を傷つけるために、持っていたわけではなかったのに。


 わかりたくないのに、わかる。少年の心はひどく凪いでいる。

 周囲が自分に才能を期待していたように、この子は、期待していた。

 誰かが、来てくれるのを。助けてくれるのを。手を差し伸べてくれるのを。


 だけど。


『ようやく、わかった』


 ――ようやく。

 ようやく、少年が、得心した。


 ――助けは来ないって。


 生きたいのなら、自分で何とかするしかない。自分で道を切り開くしかない。

 どんな手段を使っても。


 頼れるのは、自分自身だけ。


 そう気づいてみれば、武器はひどく手に馴染む。冷たい無機質な道具は、自分を裏切らない。思うままに操れる。

 剣を握ることを――人間と戦うことを恐れていた自分が馬鹿らしい。


『こんなことをしてどうなるか……!』

『戦え。才能を、見せればいいんだろう?』


 ――見せてやるよ。

 少年が言い放つ。


 ――誰も、助けになんて来ない。


 少年の心が、伝わってくる。諦めと、決意。

 そして、これは夢なのに、私は、彼の戦い方に、見覚えがあった。

 一方的に、無抵抗で殴られていたときとは見違えるような姿。圧倒的な、差。

 そう、だった。この少年も、黒髪に、濃い青い瞳で、持っている短剣も――。


『クリフォード……?』


 声が、出た。

 短剣――『空の間』で私が借りたものとそっくり――を構え、返り血を浴びた少年が即座に振り返る。

 私の声が、聞こえてる?


『誰だ』


 敵意に満ちた、冷たい問いかけが響く。

 少年が、私を見た。クリフォードと同じ、濃い青い瞳がびっくりしたように無防備に見開かれる。

 口元が動いて――。

 そこで、夢は覚めた。

 そこまでしか、夢の内容を覚えていない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 続きが‼️気になります❗️クリフォードですよね?
[良い点] 最高だぁ!
[一言] クリフォードとシルが同じような造られ方をされた人間なら、平和に過ごしてきたシルに対して思うところがクリフォードにはあるのかもしれない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ