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私に視線を据えながら、ネイサンは手にしていた抜き身の長剣で勢いよくクリフォードを指し示した。
「最終候補選出の際、実技試験で何の結果も残さなかった人間を――」
その動きに伴って、剣の柄に下がる金糸の飾り房が揺れる。
「殿下はいかなる理由で護衛の騎士に任じられたのか!」
舞台上から、その問いが、視線と共に私の元まで真っすぐに届いた。
ネイサンには、裏表がない。
すなわち、いついかなるときも直球。貴族の必須技能、社交の場での腹の探り合いがどうにもこうにも苦手で、伯爵家の出ながら次男だったことを幸いに騎士の道を選んだ、と『高潔の王』にも書いてあった。
――そんなネイサンは、もちろん質問もストレートだった!
「理由などないわ」
で、私は直球さにつられ、答えていた。
つ、つい!
クリフォードに決めたのは、どちらにしようかな~でだし、実技試験の結果をしっかり読んだの、ほんの三日前だしなあ……。
理由って言われると……。
が、言ってしまってから気づいた。
直後に、ネイサンだけじゃなく、他の護衛の騎士や兄からも、一斉に形容しがたい視線が……!
もっと熟考して、深い理由があったっぽいことにしたほうが良かったんじゃ!
いや、この場合、絶対そう。
いまからでも遅くない。フ、フォローを……!
以前、クリフォードに同じようなことを訊かれたときは、「空からのお告げよ」って答えたんだっけ。あれで……いやいや、待った!
あのとき、クリフォードの反応、微妙だったよね……?
ネイサンたちにも使うのは避けるべき?
内心冷や汗でいると、ネイサンから、私の「理由などない」発言に対し、厳しい突っ込みが入った。
「オクタヴィア殿下は、理由なく、実技試験最下位の人間を選ばれたとおっしゃるのか」
理由なく、が強調されている。
そうだよなあ……。普通は、一位の人間を護衛の騎士に任命するところなんだよね。
そこをあえて最下位だったクリフォードを選ぶ理由……理由……。ね、捏造……。
――閃いた!
私は舞台上のネイサンへ王女スマイルを向けた。言葉を紡ぐ。
「誰でも良かったのよ」
ただし、条件付きで!
「誰でも……?」
「ええ」
しっかりと頷いてみせる。
「だって、わたくしの護衛の騎士として最終候補まで残った人間なら、何者であっても問題なく職務を果たしてくれるはず。そうでしょう?」
王族を守るのが護衛の騎士の基本的な仕事。
私に関しても、私のところへ候補としてあがってきた時点で、誰を護衛の騎士に選んでも遜色ないようになっている。
候補内での差はあれど、全員、実務能力は合格ラインに達している!
例えば……RPG! レベル一じゃあレベル百のラスボスに挑んだどころでお話にならない。だけど、レベル百十とレベル百五十なら、どっちでもラスボスを倒せると思う。
つまり、護衛の騎士として最終候補に入ったなら、全員レベル百十以上はある寸法。
クリフォードの実技試験の結果が最下位であろうとも、レベル的には充分。
しかも、実際のところ、クリフォードってレベル換算すると百十どころじゃないでしょっていう……。『従』に勝つ『従』だし、この例でいくと二百……いやいや、もっと?
「最終候補に選ばれている以上、わたくしは実技試験をことさら重視する必要はなかったのよ。それが判断のすべてというわけではないもの。だから、実技試験だけを見ても、そこにクリフォードを選んだ理由などない、と答えるしかないわ」
他の点を重視したんだよ! と遠回しにアピール! いい感じじゃない? 苦しいながらも押し切って、失言のフォロー完了!
すると、即座にネイサンが口を開いた。
「殿下のおっしゃりたいことはわかります。たしかに、最終候補に残った者ならば、たとえ実技試験の結果が最下位であろうとも、護衛の騎士としての職務は果たせましょう」
よーしよし。ネイサンも納得――。
「――しかし!」
してなかったー!
紫眼がかっと見開かれた。
「お訊きしているのはそんなことではありません! ならば、殿下はクリフォード・アルダートンの何をもって護衛の騎士に任じられたのか。それをお答え願いたい!」
ネイサンの貴公子っぽい見た目がかき消されそうな勢い。
あ、明らかに、「理由などないわ」って答えた時より、反応が悪化している……!
はっとした。
私の脳内にある原作知識によれば、ネイサンは誤魔化しや屁理屈は受け付けないキャラクター。で、「理由などないわ」は、事実といえば事実なんだけど、その後、私は誤魔化そうとしたわけで。
逆を言えば、ネイサンには下手な理屈や正論より素直に――?
方向性が見えた!
「……そうね。正直に言いましょう。クリフォードを選んだのは――」
息を吸い込む。私は王女スマイルではない、素直な微笑みを浮かべた。
「わたくしがクリフォードを気に入ったからよ」
そう。素直に、理屈ぬき、感情論でゴー!
「気に入った……」
今度はネイサンが明らかにトーンダウンした。ふむ、と考え込んでいる。剣の切っ先でクリフォードを指し示しているのは変わらないんだけど……。
「つまり、この者が、候補者の中では一番好ましかったと? ゆえに護衛の騎士に」
真顔でネイサンが言った。
好……っ?
そりゃ、好ましいかそうじゃないかの二択なら好きだけどね? ……間違いじゃない。気に入るって表現が言い換えられただけなんだけど!
なんか恥ずかしくなってきたから咄嗟に前言撤回したくなったのを堪える。
黒扇を心持ち、上へあげる。
いま必要なのは、単純な肯定!
かつ、自然体で答えること!
「ええ。その通りよ」
でも、王女スマイルで武装せずにはいられなかった。
「…………」
数秒の沈黙を経て、ネイサンが剣を下げた。ついで、頭を下げる。
「お答えいただきありがとうございました。このネイサン・ホールデン、不躾な質問だったことをオクタヴィア殿下にお詫び申し上げます」
……ほ。
ネイサンが矛を収めてくれれば、まあ……。
「顔をあげなさい。あなた以外にも、疑問に思った者がいるからこその、この事態だったのでしょう」
深夜の鍛錬場に大集合的な?
「――はい」
深く大きく頷いたネイサンが、一度は下ろした剣を、再び動かした。
「ゆえに、残る疑問は、一点のみ!」
え。
「好悪である、と。オクタヴィア殿下がこの者を護衛の騎士に選んだ理由に異議はありません。しかし」
またしても、ネイサンが持つ剣の切っ先がクリフォードに向けられた。
「この者が『従』と戦い、勝利した? ――それはいかなる言葉であっても、言葉だけでは信じられませぬ」
ネイサンがクリフォードを睨みつける。見返すクリフォードに動揺の色は一切ない。
「事実だというのならば、ぜひとも証明を!」
宣言するや否や、ネイサンは別の護衛の騎士から受け取った剣を左手でクリフォードの足元へ放った。
戦えっていう意思表示だった。
ただし、クリフォードは微動だにしない。
振り出しに戻る?
やっぱり、実技試験最下位だったってことが、ネックか……。最下位でも護衛の騎士は勤められる。でも、『従』は倒せない。
……よし。
その場でクリフォードを見上げた。濃い青い瞳と目が合う。
「――クリフォード」
「は」
「ネイサンと戦って、勝ちなさい。双方共に無傷で」
ざわり、と護衛の騎士たちが目の色を変えた。
ネイサンは決して弱いわけじゃない。なのに、無傷でって条件をつけるのは、ネイサンへの侮辱とも言える言葉。
だけど、私はこの目で見てクリフォードのチートっぷりを知っている。
こんな注文をつけてもやり遂げてくれる!
「は。……無傷で。承知しました」
まったく気負いなく、返したクリフォードが、足元に放られたばかりの剣を拾い上げた。
両者が剣を構えたそのとき。
「――待て」
ネイサンと私のやり取りが始まってから、沈黙を守っていた兄。
その兄から、静止の声がかかった。
「兄上……?」
戦うのは禁止、とかかな? それはそれで正し……と思いきや!
「ネイサンは強い。だが、ネイサンと一対一で戦い、勝っても、残念ながら『従』を圧倒したという証明にはならない。それほど、『従』とは規格外だと聞いている」
雲行きが怪しい!
「兄上は何を……」
「お前につけたヒュー以外――舞台上にいる全員と戦い、勝ってこそ、ようやく証明になると俺は思うが。もちろん護衛の騎士たちも無傷の上で、だ」
兄が勝利の難易度をあげてきた!
「どうだ? オクタヴィア?」
腕を組んで舞台上へやっていた視線を、兄が顧みることで私へ向けた。
どうだって……。
――と。
「オクタヴィア殿下」
クリフォードに、静かに呼ばれた。
「勝利を望まれるのならば、どうぞご命令を」
全員を傷つけることなく、勝ちます、と宣言された気がした。でも。
「……無傷でなくてはならないのは、あなたもよ、クリフォード。それを忘れないで」
ふっとクリフォードが笑う。
「――は。覚えております」




