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6 野心溢れる平民兵士の、深読みしすぎた出世考(後編)

※次回から主人公の一人称に戻ります。

 

 ――アレクシス殿下は、明らかに、男嫌いなんだよな。


 正確には、自分に恋愛感情を向けてくる男を塵芥だと思っている。

 ただし、恋愛方面での下心がなければ、男でも問題はない。


 アレクシス殿下が俺たちを訓練相手として指名されるのも、俺たちに、アレクシス殿下をどうこうしたいという下心が微塵もないからだ。


 俺は、無意識に遠い目をしていた。

 アレクシス殿下に、指名されていた平民の新兵仲間――最初は、もっといたんだよな。

 しかし、殿下は的確に察知した。

 一人減り、二人減り……ついには、指名されるのが、俺と同僚だけになった。

 脱落者はどうなったのかって?


 ――あっちの世界に行ったのさ。

 同性に恋したり、同性と初体験したり、同性と恋人になったりしてるんだぜ?

 いや、いまもそいつらと友達だけどさー。

 心の距離は感じるよな。


 むしろ、アレクシス殿下にこそ親近感を覚える。


「幼少期に、変態野郎からよく狙われたから、自分で身を守るために剣を取ったってのがアレクシス殿下なんだろ? 男なのに貞操の危機を感じなきゃならないなんて、ほんと怖いところだよ王城ってのは……」

 言葉を切ったら、直後に絶望のため息が出た。

 俺なんて、村の近くの森を平和に駆け回ってた頃だぞ。

「――アレクシス殿下さ、襲ってきた奴のあそこを切り落として、もだえ苦しむその変態の目の前で、切り取った部位を犬の餌にしたっての、ホントかな……」

 同僚がそう言ったのを聞いただけで、俺の下半身がヒュンとした。


「以来、アレクシス殿下、襲われなくなったっていうから、ホントなんじゃね……?」

 実力行使に出ようとするような奴らは、いなくなったということだ。

 誰が相手であろうとも、合意は絶対条件だろってのになあ。

「――事の顛末を聞いて、激怒したオクタヴィア殿下が、権力を駆使して変態野郎を社会的に抹殺したっていうのも……? いっそ殺してくれと変態野郎に言わしめたという……」

 俺も知らなかった新事実を同僚が披露した。


「変態野郎にふさわしい顛末だが……オクタヴィア殿下、か……」


「見ろよ、ほら。癒やされるな……」

 突如、同僚がそんなことを言った。

 その視線の先を辿ると、頭の撫で合いをしているオクタヴィア殿下とアレクシス殿下の姿があった。

 姉弟、そして美少女と美少年の無邪気な触れ合いだ。


 遠目にお目にかかるぐらいで、俺はオクタヴィア殿下の実際の人となりはしらない。入ってくるのは、噂話だけだ。


 曰く、幼少期は、セリウス殿下をしのぐほどの、神童だった。ところが、成長するにつれ、その様子はなりをひそめる。まるで、実力を表に出す危うさを学んだかのように。


 基本的には、容姿から受ける印象を裏切らない、大人しい姫君だ。

 だが、時折、予想だにしなかった行動を起こす。


 たとえば、『オンガルヌの使者』を護衛の騎士にする――。


 そもそも、俺が王城勤めになってからだけでも、王女殿下の護衛は、頻繁にかわりすぎていた。誰もが円満な異動や退職だ。元護衛の騎士が殺されたとか、そんな話もきかない。

 が、なんでそんなに頻繁にかわるんだ? 何か表向きのものとは違う理由があるんじゃないのか?

 はっきりしているのは、『オンガルヌの使者』が護衛の騎士に就任してから、護衛の交替劇が途切れたということだ。


 そして、あの『オンガルヌの使者』を――戦場で、死体を築き、返り血で真っ赤に染まりながら、笑っていた恐ろしい姿を思い出す――大人しくさせている。

 まるで、『オンガルヌの使者』が生まれながらの騎士だったかのように。


 その関係は、一方的なものでは成り立たない。王女が望み、『オンガルヌの使者』も了承していればこそ、可能になるんじゃないのか?


 第一王女、オクタヴィア。

 弟のアレクシス殿下以外との家族との深い交流は極力断ち、セリウス殿下とその恋人について、批判的だという。


 ――彼女は、その優しげなかんばせの裏で、王位を、狙っている。


 ごくごく一部で、そう囁かれている。


 だとすれば、『オンガルヌの使者』は、その布石。

 行動での宣戦布告。


 対立が本物になったとき、アレクシス殿下は、オクタヴィア殿下につくよな……。

 セリウス殿下対オクタヴィア殿下・アレクシス殿下だ。


 勝ち目は?


 俺の意見は、読めない、だ。


 セリウス殿下の圧倒的勝利だろ? セリウス殿下が負けるはずがない。

 そう、何でか言えない自分がいる。






「――!」

 と、視界が、異変をとらえた。


 剣が、オクタヴィア殿下のいる方向へ、飛んでいった。

 致命傷は負わないだろう。だとしても、怪我はするかもしれない。そんな軌道だった。

 しかし、剣は、叩き落とされた。


 ――『オンガルヌの使者』によって。

 その眼光は、冷めている。しかし、そこにこめられた明確な殺意が鍛錬場にいる、剣を投げた二十歳ほどの兵士へ刺さった。 


 俺も、投げた奴を確認する。

 殺意に怯え、顔を蒼白にし、足をがくがくさせている。

 貴族の――熱狂的にアレクシス殿下に恋い焦がれていたやつだ。

 アレクシス殿下が好意を隠さない唯一の相手、姉であるオクタヴィア殿下にすら、害意を抱くほど。

 感情にまかせての、後先を考えない衝動的な行動だったってとこか。


 ……あいつ、終わったな。


 殺意は、何も『オンガルヌの使者』からだけじゃない。

 アレクシス殿下からもだ。アレクシス殿下は、自分が怪我をするより、オクタヴィア殿下が怪我をすることを、より嫌うはずだ。姉君がたとえ怪我しなくとも、だ。

 そして、この場で一番強い立場なのは、アレクシス殿下だ。オクタヴィア殿下は女性なので、年齢は上でも、このお二人なら、裁定権はアレクシス殿下にある。

 

 おそらく、裏でもアレクシス殿下は処分に動くだろう。

 静まりかえった鍛錬場で、アレクシス殿下が、叩き落とされた剣を拾い上げ、怒りのおさまらない表情で口を開いた。


「この剣を持っていた者。――こちらに来て名乗り出ろ。さもなくば、姉上の暗殺未遂と見なす」


『オンガルヌの使者』が、殺気を消した。アレクシス殿下にこの場を譲るってことだろう。油断なく、オクタヴィア殿下の警護により重きをおくことにしたようだ。


 剣を投げた張本人――犯人も逃げ出したいところだろうが、そんなことは許されない。なにしろ、王族を傷つけようとしたのだ。故意なのは明らかだったが、ここで逃げれば、弁明の機会すら失う。王女暗殺未遂で確定だ。


 よほど焦ったんだろう。犯人は、たいしたことのない距離を、走りながら二回も転んだ。


 そして、死刑宣告を受けた罪人のように、アレクシス殿下の前に立つ。


「え、エレイル・バーンであります! そ、その剣は、わ、わたしのものです。て、手が滑り――!」

 アレクシス殿下よりも、先に、オクタヴィア殿下が反応を示した。

「まあ……。では、事故だったのですね?」


 鍛錬場の空気がざわつく。


 オクタヴィア殿下が、顔の前で開いていた扇を、ぱちりと閉じた。

「それならば、仕方がないわ。アレク、失敗は誰にでもあるものよ。そう目くじらをたてるのはおよしなさい」

「しかし――姉上にもしものことがあったら……! 看過していいものではありません。処罰を!」

「処罰……。それは、この兵士のうっかりした不注意に対する、見合った処罰なのでしょうね?」


 当然、違うだろうなあ……。


「処罰するなとは言わないわ。でも、見合ったものにすべきでなくて?」


「ほ、本当ですか?」


 犯人の奴が、図々しくも問いかけた。


「ええ。わたくしはそう思うわ。それとも、あなた、重い処罰が欲しかった?」


 逆に問いかけられ、犯人は即座に首を振った。


「恩情のお言葉添え、あ、有り難く――」

「いいのよ」

 にこりとオクタヴィア殿下が微笑む。


「あなた、バーン子爵家の人間でしょう?」

 犯人が王女殿下への感謝以外の、戸惑いの色を、表情にのせた。

「は……。父は、現在バーン子爵位についておりますが……」

「それから――兄君もいらっしゃる」

「!」

 犯人の顔に浮かんでいた戸惑いが、驚愕と警戒へと変わる。


 オクタヴィア殿下が、犯人を手招きした。躊躇っていたが、オクタヴィア殿下に、はやく、というように頷かれ、近くに寄った。

 アレクシス殿下は止めたそうだったが、邪魔することはなかった。

 扇が広げられ――犯人にだけ聞こえるように、オクタヴィア殿下が何事かを話しているようだ。それに対し、犯人も返答している。やり取りが続く。


 やがて、二人が、離れた。


「よろしくお願いするわね」

 告げられた言葉に、神妙な顔つきで犯人が頷く。

「はい……」


「姉上……」

 眉をひそめたアレクシス殿下が、姉君を呼んだ。

「彼にわたくしへの害意などなかったわ。ただの事故よ。それだけ。でも、お詫びをしてくれるというから、少しお願いごとをしてみたの」

「お願いごと……この者に、ですか? どのような……」

「……秘密」

 オクタヴィア殿下が、人差し指を唇の前においた。

「心配してくれるのは嬉しいわ。だけど――重い処罰など、どうか与えたりしないでちょうだい、アレク。これは、あなたへのお願いよ」


 不承不承といった体ながら、アレクシス殿下が首を縦に振った。


「――わかりました。みなにも言い含めます」


 これで、裁定は下された。


「そうだわ、アルダートン」

 最後に、オクタヴィア殿下は『オンガルヌの使者』である護衛の騎士に声をかけた。

「守ってくれてありがとう。助かったわ」

「――は」

 

 そうして、王女殿下は去っていった。


 犯人――今回ので覚えてしまった、エレイル・バーンという兵士には、素振り五百回をはじめとした鍛錬が課されることに決まった。

 オクタヴィア殿下がアレクシス殿下にああ言っていたし、アレクシス殿下は、「みなにも」と言及した。

 だからこその、甘い処罰だ。

 よって、エレイル・バーンが闇討ちされて半殺しの目に合うようなことはない。そんなことをしたら、した奴らのほうが罰せられる。







 鍛錬が終わった後、俺は貴族出身の新人兵士仲間を捕まえ、ちょっと尋ねてみた。

「なあ、バーン子爵って有名なのか?」

 貴族関係には、どうしてもうとくなる。本職にきくのがはやい。

「エレイルか……。命拾いしたよなあいつ。――いや、バーン子爵は、別に有名じゃない。所領も小さいしな。王都からも遠い。うまみも何もない田舎だ」

「あいつの兄については?」

「さあ……。殿下がああ言っていたし、いるんじゃないか」

「その兄が、貴族の間では有名だとか」

「ないな。知らん」


 謎が深まっただけだった。








 ――後日、俺と同僚は、アレクシス殿下のもとに配属となった。


 ちなみに、貴族の恋愛観には、染まってはいない。

 今後もその予定はない。


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