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 と、とんでもないものが出てきた。

 王城にあるほうは偽物で、こっちが本物かなーなんて。

 そんな想像をしてしまったんですけど! そして、滅多に当たらない私の第六感が正しい予感がビシバシと!


 ……一応、根拠らしきものもあったりする。


 いやいやいや! まだ決まったわけじゃない。真贋の判断が出来そうな箇所がある。

 そろそろと王冠の向きを変え、嵌まっている宝石の一つを確かめる。


「…………」


 駄目押しとなる一手を、私は目にしてしまった。



 ――それは、腐女子魂の赴くまま、BLの香りがする書物を求めていたときのこと。

 私は城の書庫で新たな本の発掘にいそしんでいた。

 発見したのが、歴代の王の戴冠式の様子を描いた絵の数々。

 詳細なスケッチだったり。かと思えば色が塗ってあるものや、王その人に焦点をあてたものだったり。製作過程の走り書きがしてあったり。時代によって描き方の違いがあったり。


 写真を撮る技術はないから、出来事を記録するには絵なんだよね。

 公式には採用されなかった絵を捨てるにも忍びなく、まとめて書庫に仕舞いこんでそのまま歳月が経過。埃を被っていました――的な。


 目的とは違ったけど、お宝発見! とばかり夢中になりましたとも。

 走り書きを頼りに順番に並べて、まさに舐めるように見て、読んだ! 飢えていたから! 絵も脳内で漫画風に妄想すれば見ているだけで楽しいし! しかも未見!


 そのおかげというか何というか、絵に描かれている王冠が二パターンあることに私は気づいた。エスフィアの王が被る王冠は、初代王のときから同じもの、ということになっている。んだけど。


 王冠に、青色の、虫入り琥珀が嵌まっているか否か。その違い。

 琥珀色というと蜂蜜みたいな黄色を思い浮かべる。でも、樹脂が固まってできる琥珀には様々な色があって、青色のものもある。

 そして、書庫で発見した絵の一部はこう物語っていた。

 王冠に嵌まっているのは、青い琥珀な上に、虫入りだったんだよ! と。

 初代王に近い時代に描かれた王冠には、虫入りの青い琥珀。ところが、時代が下がると、王冠左側の青い宝石から虫が消える。はて? 


 私はお宝絵を前に、悩むこととなった。

 思い浮かべたのは、父上が王冠を被っている姿。

 王冠……青い宝石は何個か嵌まっていたと思うけど、実際、どんなだったっけ? 


 実物を見るのが手っ取り早い! 普段は仕舞いこまれている王冠を一目見んと、城の保管室に忍び込んだ!

 と言っても、父上が使用――特定の行事で王冠を被る日の前日は、王冠の限定公開みたいな感じになるから、その時に保管されている部屋へ立ち寄っただけなんだけど。

 比較用に、虫入りと虫なし、書庫で見つけたお宝絵を二枚持参。あとはまあ、ちょっと王女権力を使って人払いなど。


 人払いをする前、既に部屋にいて王冠を鑑賞中だったアレクとバッタリかち合ったものの、アレクなら問題なし! むしろ歓迎!

 お宝絵と顔を突き合わせながら、私は検証作業に入った。


 ――実物の王冠には、青い琥珀が嵌まっていた。でも、そこに虫は影も形もない。

 絵は、二枚とも王冠の特徴を捉えて描かれていた。

 実物との違いは、虫入り琥珀の部分だけ。


『姉上……王冠は、本物ではない、のですか?』


 私が持つお宝絵と、実際の王冠を見比べて、察してしまった頭の良いアレクが戸惑い顔で疑問を口にした。

 大事に大事に王家に伝わってきたはずの王冠が、かなり前からすり替わってる? 疑惑が誕生した瞬間だった。まだ疑惑なのがポイント。

 どこかにもう一つ、虫入りの青い琥珀が嵌まった王冠がなければ、これは唯一無二! 

 変わらず本物!


 ――と思い込むことにして、私はアレクに重々しく告げた。


『見なかったことにしましょう』

『……はい、姉上』


 一瞬、エメラルドグリーンの目を見開いたアレクが、天使の笑顔で頷く。


『おや、お二人とも』


 その直後に、登城していたおじ様が、人払いされているのを不審に思って入室してきた。

 せっかくおじ様に会えたのに、このときばかりは私は気もそぞろだった。

 持っていた絵について訊かれたときも、何でもないみたいに片方の一枚だけ渡して見せつつ、内心はドキドキしていた。

 おじ様はそれ以上特に質問することなく、普通に絵を返してくれて、私はアレクと退散したのだった。



 ――さて。

 いま、私が両手で持っている程よい重さの王冠には、青い琥珀が嵌まっています。

 ……虫入りの!


 好奇心は猫を殺す。

 ああああああ。これ厄介なやつだ。

 も、戻して蓋をして、見なかったことにできないかな……。


 内心でパニクっていると、王冠に影がかかった。おじ様だ。見極めようとするかのように、王冠へ視線を注いでいる。

 私は助けを求め、その顔を見上げた。


 どうしましょう、これ。おじ様の考えは? 真贋のことがなくとも、城に保管されている王冠とそっくり過ぎて宜しくないと思う! 見つかった場所も場所だし……。

 闇に葬る? もういっそおじ様が着服してしまうのがグッドエンドなんじゃないかな! 私、片棒を担ぐから!

 危険な方向へ思考をまっしぐらに走らせていると、


「よもや女王イデアリアの墓標の中とは……」


 おじ様が呟きを漏らした。

 次に、堪えきれないといった様子で笑い出す。

 何が受けたのがさっぱりですおじ様! 

 目をパチクリさせる私に、「失礼」と笑いをおさめたおじ様が改めて口を開いた。


「このようなところに在ったとは、驚きましたもので」


 いやいやいや、おじ様。驚くのが、王冠のあった場所? 

 この王冠自体には、驚いていない? 


「陛下もお喜びになるでしょう。本物を探しておられましたから」


 父上が、本物、を……? んんん?


「おじ様。城にある王冠は……」

「何なのか、ですか? いつでしたか……それを確かめるために、アレクシス殿下と保管室を訪れていらしたのでは? 二枚の絵を持って」


 バレてたー! 目ざといおじ様!

 でも、このおじ様の口ぶりからすると――。

 私は手の中の王冠を見た。


「城にある王冠は、偽物だわ。おじ様以外の方も、ご存じなの?」


 実はみんな知ってましたー! 王族や上位貴族の間では常識! とかだったらショック。その場合、知らされていなかった私って一体……。


 おじ様が苦笑した。ゆっくりとかぶりを振る。


「いいえ。もちろん公式には、陛下が被られたものが本物です。ただ――ウス王が即位前に王冠を紛失し、急遽、かわりを本物に似せて作らせた。それが今日王家に伝わっている。こういった話を耳にしたことがある者は、わたし以外にもおります」


 何と……! 私が読みあさったウス王関連の書物には出て来ない記述だった。

 明らかに信憑性の薄いエピソードでも、載っていたりしたのに。……書かれなかったのは、わざと、だよね。


「とはいえ、耳にしたことがある者も公言はいたしません。それを信じようとも」

「……表に出せるはずがない?」


 虫入りの青い琥珀は、再現しきれなかった部分だ。本物の王冠はウス王が紛失して、現在の王家に伝わっているのは本物を模したものだ、なんて。不祥事も不祥事。 

 ……それが正史として記されているならともかく、城にある王冠は初代の王から受け継いだものっていうのが公式見解だもんなあ。

 偽物扱いすれば、王への叛逆の意図あり、とも取られかねない。


「わたしも、このことをお話ししたのは殿下がはじめてです。現に殿下も、暴くことなく沈黙しておられたでしょう?」

「証拠が、なかったから。徒らに騒ぎ立てては……」


 事なかれ主義ともいう。

 だって王冠ですよ、王冠! 王家の宝みたいなもの。

 私の中に疑念をきっちり植え付けたとはいえ、絵だけだと、偽物だって断言するには弱い。あとは、何か理由があるのかなあ、とか……。


「ええ。かつての出来事を、現在の我々が正確に知ることは困難です。在ったことが無かったことに。無かったことが在ったことになっているかもしれない。どちらもあり得ます。――それに、人は嘘をつく生き物です。意図した嘘。意図しない嘘。始末が悪いのは後者ですが。王冠についても、証拠がなければ立証することは不可能だったでしょう」


 不可能、だった。わざと、おじ様は過去形を使ったんだと思う。

 何故なら、私はその証拠を手にしている。


「……本物の王冠が、見つからなければ?」

「そうですね」


 おじ様が頷いた。


「殿下がお持ちになっているその王冠があれば、話は別です。不敬な輩にとっては、王家を糾弾する格好の材料にもなり得えます。――実際、過去から現在まで、様々な思惑からウス王が紛失した王冠を探し求める人間たちがいました」


 父上も、探していたんだよね。国王なら当然か。

 でも――ウス王が、王冠を紛失した? 誤ってってこと?

 私は青い墓標と、王冠を交互に見た。

 仕掛けのことも考えると、紛失どころか、計画的だよね?

 ウス王自身の意志で、王冠と共に女王イデアリアを弔った、が正しいような。


 ……人は嘘をつく生き物。おじ様が口にしたばかりの言葉が思い出される。

 ウス王が、意図的についた嘘。

 それを念頭に、おじ様も話している気がする。


「『王家へ返還することは許さず』、『玉座の間には手を加えるべからず』。この離宮は、かの王が残した言葉から、王冠があるのではないかと考えられていた場所の一つです。しかし、ウス王自身が弑した姉王の墓の中を探そうとした者はいなかったようです」


 前世だと、お墓はお墓でも、日本の古墳とか、エジプトのピラミッドとか。副葬品狙いの盗掘とかあったみたいだけど。そもそもここに辿り着くまでが大変だし、女王イデアリアはその存在自体が……。


 あ。おじ様が驚いていないのは、王冠のことだけじゃないや。

 女王イデアリアの墓標――彼女についても、だ。

 ――弟に弑された姉王。歴史から抹消された女王。


「おじ様は、女王イデアリアの存在に、驚かないのね。この墓標にも」

「はい。知識としてですが、存じ上げておりました」

「……公言はしなくとも?」

「そうですね」


 少し笑って頷いて見せたおじ様が、静かに言葉を紡いだ。


「王冠が墓標の中にあったのは、ウス王の意思表示なのかもしれません」


 ウス王は、何故王冠を姉の墓標に隠したか。隠した、んだと思う。

 歴史からは抹消して、でも、こんな――『空の間』の中に、仕掛けで人が入れないようにして、ただの王族としてではなく、彼女の、王としての名を記した墓標に。

 イデアリア・エスフィア、と。


「意思表示……」

「――私は王ではない。我が姉こそが、王である」


 一転、おじ様はこう続けた。


「逆の考え方もできます。己で討った姉を、死者をウス王は恐れた。それを鎮めるために、この場所を作った。王冠もそのための道具です」


 私は首を横に振った。


「それは、違うと思うわ」


 この『空の間』にいて感じられるのは、死者への敬意と労り。墓標も、正式なもの。だから、わからなくなる。


「――おじ様。何故ウス王は、姉王を討ったのかしら。……そうするしか、なかったのかしら」

「討たれたイデアリア・エスフィアの心理ならば、想像の余地があります。正史として記されているウス王の治政には、彼女が為したことも含まれます。そこから読み取れるのは、彼女が国と民を愛する王だったということです。――だからこそでしょう」

「王、だったから?」

「そして、国のために生きる王だった。ゆえにどうにもならなくなったとき、もっとも相応しい形で終焉を迎えたのでしょう」

「その形が、ウス王に討たれることだったと、おじ様は言うの?」

「悪しき王を討った者は、罪人ではなく英雄となります。次の王にも相応しい。弟に国を譲るための死です」

「……彼女は、悪しき王?」

「国を傾ければ、民は悪しき王と見なします」


 女王が即位すると、国が荒れる。原作とは異なる、あの青年が関与したのかもしれない部分。……ウス王のことを調べれば、もっといろいろわかるのかな。別の視点、たとえば、カンギナ人から見たウス王、とか。


「――殿下。あまり過去に囚われることのないよう。変えることのできないものです」

「それなら、おじ様は、未来は変えられると思う?」

「過去を変えようとするよりは、簡単でしょう」


 おじ様が、至極当然という風に力強く頷いた。


「その通りだわ」


 思わず、満面の笑みになる。この先のことは、まだ決まっていない。変えられるかもしれない。……変えてみせるんだ。


「殿下は既に一つ、未来を変えられましたよ。その王冠です」


 手元の王冠を見下ろす。……これ?


「次代の王は、その王冠を頭上にいただくことになるのではありませんか? 発見されたことは喜ばしいことです」


 そうだ。前提条件が私の認識とは違ってたんだし、本物の王冠が見つかったって、父上に渡すのが一番なんだ。でも、どうせなら。


「おじ様、この王冠だけれど……お願いを聞いてくださる?」

「わたしにできることなら」


 さすがおじ様! その言葉を待っていました!

 私は王冠をずずいっとおじ様の前に突き出した。

 瞬きしたおじ様が、輝く王冠を受け取る。


「おじ様が見つけたことにして、父上に渡して欲しいの」

「わたしが……陛下にですか」

「そのほうが良いもの」


 私はうんうんと頷いた。

 これで父上からのおじ様への評価、うなぎ登り間違いなし!

 父上とおじ様、なーんか、あんまり仲が良くないっぽいんだよね。

 おじ様を父上が煙たがってるような。目の上のたんこぶ的な? 


 おじ様贔屓なせいで私の目にフィルターがかかっている可能性は否めない。王家とナイトフェロー公爵家の関係は良好だし、国王としての父上がおじ様をないがしろにしたことはないんだけど、どうせ父上にこの王冠を渡すなら、私よりおじ様でしょう。

 で、発見もおじ様の手柄にしてしまえば! 


 というか、王冠に関しての真の功労者って、ルストなんだよなあ……。

 王冠があると知っていて、あの言葉を囁いた? うーん……。


「――謹んで。この王冠は、わたしから陛下にお渡しします」


 おじ様の返答に、私は顔を輝かせた。


「ええ!」

「ですが、オクタヴィア殿下より預かったものだと伝えさせていただきます」


 真面目だなあ……。でも、そんなところにも痺れる!


「わかったわ、おじ様」


 私が答えると、おじ様は、兵の一人を呼んだ。おじ様に近づいた兵士は、一旦走っていって、布を持って戻ってきた。兵士が両手に布を広げ、おじ様がその上に王冠を置く。一礼し、兵士が下がった。


 王冠は、確実におじ様が父上に渡してくれるとして――。


「それで、おじ様。今回のシル様の一件についても、お話ししてくださるかしら」


 せっかくだから、ここで聞いてしまおう!


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