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 情報を聞き出すため、とか。そういう理由なしに、自分に不利になっても相手の命を奪わないような戦い方をする『従』がいる? 

 もしかしたら、クリフォードはそういう『従』を知っているのかもしれないって、何となく思った。

『従』は、仲間意識が強い。カンギナの英雄譚しかり、お話の中にはそういうエピソードもある。ただ、実際そうだったとしても、クリフォードは一匹狼っぽいなって、そんなイメージを私は勝手に持っていたんだけど……他の『従』と一切会ったことがないって考えるよりは、その逆のほうがしっくりくるのもたしか。

 ん? ――でも、クリフォードが『従』だということを知るのは、『主』になった私だけなんだっけ。……生きている人間では。

 現在で、『従』の知り合いがいるのはおかしいのか。

 あ、他の『従』の噂だけ耳にしていたり、面識はあってもクリフォードが『従』だとは思われていないケースなら?


 思考を巡らせた末に、濃い青い瞳を見上げる。私を見返したクリフォードへ、つい口を開きかけて、我に返った。


 いけないいけない。私たちが『主』『従』だということは秘密。ルストやデレクの前ではクリフォードが『従』だと悟られそうな話はできない。


 六人の曲者を生かして倒したのが誰なのか、気になるけど――。


「しかし――そうなると」


 曲者たちから視線を外し、デレクがルストを振り返った。


「『従』は何人いる? シルを狙うという『従』とは別人か? 同一人物か?」


 ルストが肩をすくめる。


「襲撃者が『従』だというのは、護衛の騎士殿の意見だと思いますが――私より、襲われた当人たちに訊ねればよろしいのでは? 襲撃者の甘さに救われました。気絶しているだけです。苦痛を与えて叩き起こし、その六人から聞き出すことは可能でしょう」


 襲われた当人たちに訊ねるべきという案に対し、デレクはかぶりを振った。


「――この者たちは、簡単には吐かない。尋問しても時間がかかりすぎる。最低でも数日単位で必要だ」

「何故、そう言い切れるのです?」


 ルストの問いに、自らの左側の首筋に触れる。


「全員、この部分に特有の刺青があった。あの刺青を彫った者には共通点がある。拷問にも耐え抜き、情報を吐くぐらいなら自死する機会のほうを狙う。そういう輩だ」


 首筋? 目を凝らして該当部分を見てみる。

 ……本当だ。そして、もしや、と私が咄嗟に疑ったのは『徴』。あれに似たものだったらってこと。でも、違う。何だろう。幾何学模様の一種なんだけど……。

 そうだ。ターヘン編直前から原作に出てきたサブキャラクターにも同じのが……。その巻の表紙デザインにも何気に使われてて、格好良さから何となく記憶に残ってたんだ。

 えっと――この幾何学模様、は。


「サザ神教の紋ね?」


 デレクが弾かれたようにルストから私へ、視線の矛先を移した。い、訝しげな顔をしている。たぶんそうだと思うんだけど、間違ってた?


「――そうです。サザ神教の精鋭信兵は、選別の証である刺青を首筋に彫っています。よく訓練され死を厭わないので扱いにくい相手です。ただ……オクタヴィア様が、あれをサザ神教の紋だとご存じだとは。サザ神教で正規に使われている紋とは違いますから」


 一体、どこから知ったのか? と言外に伝わってきた。


 ――『高潔の王』っていう、BL小説から!


 そう言えたらどんなに楽か。言い訳……下手に答えたらやぶ蛇になりそうな予感がした。

 でも、言外に、なのがポイントだよね。面と向かって質問されたわけじゃない。デレクの疑問には気がつかなかったフリをして、会話を続ける。


「……ええ。サザ神教の精鋭信兵から話を聞き出すのは難しいでしょう。もちろん自死されても困るわ。――クリフォード」

「は」

「この者たちから武器を奪い、目覚めても動けないよう拘束なさい」


 曲者たちを倒したのが『従』なのか、何が起こったのか謎は残るけど、それをいますぐ本人たちから聞き出せそうにないなら、とりあえず無害化して先へ進むべし! シル様の元へ向かうのが第一。


「御意に」


 クリフォードが動き出す。


「……わたしも加わります」


 こちらをじっと見つめていたデレクが息を一つ吐き、作業に加わった。それを傍観しているだけっていう状況に、私の中に残る庶民根性がうずく。

 下手に手伝おうとするより、クリフォードたちに任せて偉そうに突っ立っているのが王女としては正解だって、理解してはいる。……いるんだけど。急がなきゃって焦りもあるし。

『黒扇』を開いたり閉じたりして、気持ちを紛らわせる。


 デレクが、気絶している一人が装備していた中ぐらいの大きさの予備だろう剣を取り上げた。離れた場所へ放り投げる。その後も短剣や、別の武器が二人によって次々と積み重なってゆく。

 私も武器の一つぐらい、あそこから拝借してみる?

 でも、すぐに思い直した。


 どうせなら、私より――。


「拘束が完了しました」


 クリフォードから報告を受ける。驚くべき速度で六人は縛り上げられていた。


「ありがとう」

「精鋭信兵たちの無害化も済んだことです。それではバークスの元へ急ぎましょうか?」


 ルストが先導を再開しようとする。


「いえ、待って」


 それに、私は静止の声をあげた。

 六人が彼ら自身の所持品によって拘束されいるのとは反対方向――最初にデレクが投げてから、取り上げた武器が集めて、というか捨ててある場所へ小走りで近づく。そこにはちょっとした小山ができあがっていた。


 どの武器も、飾りが派手なのは全然ない。素人目で見ても、装飾用や儀礼用じゃなくて、どれも実戦用だってわかる。長剣に短剣から、用途不明な飛び道具っぽいのまで。

 ただし、実戦用とはわかっても、武器ごとの善し悪しはぜんっぜんわからない。

 長考している暇はないから、無難に長剣で……さっきクリフォードが鞘から抜いたやつにしよう。赤い鞘のやつ。ターヘン産の武器って言ってたもんね。たぶん、これかな?


 目当ての長剣を見つけて、手を伸ばす。閉じた扇ごと、両手で柄の部分を持った。

 これを軽々と持って私も戦えたら良かったんだけどなあ。


「――オクタヴィア様?」


 デレクから声が掛かった。顔を上げると、デレクだけでなく、クリフォードやルスト、全員が私に視線を向けていた。


「殿下はそれでご自分でも『従』と渡り合うおつもりで?」


 面白がるように、でも冷めたものを感じさせる声音で、ルストが問いかけてくる。


「まさか」


 私はそのまま数十歩先に立つルストに近づいた。

 そして、持っていた長剣を彼の眼前に突き出した。


「これは使うのはあなたよ。ルスト・バーン」

「……わたしに? 殿下は、よもや庭園でわたしのしたことをお忘れにでもなられましたか?」

「わたくしを害する意思はなかったのでしょう? わたくしは戦えない。けれどルスト。あなたは武器があれば充分に戦えるはず」


 充分に、を強調する。

 そこが私とルストとの大きな違い。


「…………」


 ルストが押し黙った。笑みも浮かべていない。


 いやだって、ルストって原作通りなら普通に強いしね! 兄と張り合える腕前。もしそうじゃなくても、私よりは断然マシのはず。この戦力、死蔵しておくのはもったいない! 

 万が一――万が一、ルストがこの場で私に刃を向けようとしても、そのときはクリフォードが防いでくれるだろうし。デレクという味方もいる。

 だから渡しても問題なさそうだと判断!

 前提としてありえないけど、この状況下でルストと二人きりなら、さすがに私も武器を渡したかどうかは微妙だった。


「あなたが倒れるのは本意ではないわ。それにあなたが戦力として数えられれば、クリフォードやデレク様の負担も減り、あなたも自分の身を守る術を得られるわ。その仮面は、わたくしぐらいにしか有効な武器にはならないでしょう?」


 危険な場所へ赴いているのは、ルストも同様。

 丸腰だと、最悪、ここで物語の舞台から退場してしまう可能性もある。シル様の元へ辿り着いたら、ルストが曲者たち側だった、なんていうどんでん返しがなければ。

 どっちの可能性も踏まえて――長剣を渡して退場する確率を下げるほうを取る!


「武器を欲しがっていたのではなくて?」

「――ええ」


 ルストの口元に笑みが戻る。弧を描いた。


「有り難く頂戴いたします。オクタヴィア殿下のご厚意に感謝を」


 その手が、ようやく長剣に伸ばされる。片手で軽々と、紙一枚ぐらいの重さのものを扱っているかのように持ち、眺めている。ルストは少しだけ鞘から刃を出し、すぐに元に戻した。呟く。


「……ターヘン産の長剣ですね」

「不満かしら?」

「とんでもない。ご厚意に報い、武器に負けぬよう心がけましょう」


 そうして、今度こそ先導は再開された。






 ものすごく――静か。

 先へ進むうちに、広々としているものの無骨だった通路の雰囲気が、目に見えて変わった。一言でいうと、豪華になった。光る特性を持つ石を使った白い壁は、装飾有りのものへ。彫刻の施された柱が均等に並ぶ。

 目隠しをされてここに連れて来られれば、夜の王城かって勘違いしそうなほど。


 隠し通路というか、見た目は完全に正規の通路だった。それも、王族や貴族が通ることを想定しているとしか思えない作りに転じている。


「…………!」


 通路を曲がった途端、急に明るくなって、手をかざす。瞬きした。目が慣れてくる。

 そこにあったのは、一本道の通路。ここでは、両端にある壁の燭台に松明の火が輝いていた。松明の長さから見て、灯されてからまだそう時間が経過していない。


 通路の奥には扉が一つ。

 だけど、妙に既視感がある扉だった。


「『空の間』……」


 青い両開きの扉。『天空の楽園』で一度は開けたそれ。


「――バークスは、『()()()』に」


 私に聞かせるかのように、ゆっくりと、ルストが言葉を紡ぐ。

『空の間』は『空の間』でも、こっちのほう、だったんだ。


「……言葉が足りないわ。もう一つの『空の間』に、でしょう」

「正しくは、そうですね」


 喉の奥を震わせて、ルストが笑う。


「さらに付け加えるならこうでしょう。ウス王が最も愛し――ひた隠しにした、もう一つの『空の間』に、と」


 アレクの顔が、思い浮かんだ。


『姉上。「空の間」には行かないでください』


 私の大好きな弟が示唆していた『空の間』は、このもう一つの――本当の『空の間』と言うべき場所のほうだったんじゃないかって。


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