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 右手に開いた『黒扇』を持ち、顔にはにこやかな微笑みを浮かべる。

 私の左側を並んで歩くのは、仮面を着けたルスト。

 迅速に、秘密裏にシル様のところへ行くためには、そこに着くまで周囲に不自然に思われないこと。話しかけられて足止めをくうのも避けたい。

 すれ違う招待客たちには、饗宴の間で出会い、交流を深めることにした男女、という風に見えているはず。ただし、片方は王女で、護衛の騎士を引き連れているけど。

 仮面の男――ルストの素性は私たちを目撃した招待客の好奇心をかき立てるかもしれない。それでも、本当の目的を悟られるよりはマシだった。


 ――進むほど、楽団による演奏の音が、大きくなる。


 この『天空の楽園』は、山腹にある。ふもとより上。

 王城から馬車で一時間っていう距離もさることながら、そこそこ高所に建てられているという立地条件も、準舞踏会の会場として好まれている理由の一つ。

 エスフィアの人々は、高いところを好む。

 何故かというと、エスフィアでは天空神が一番有名な神様だから、に尽きる。空に近いほど素晴らしい的な考え。『天空』の名は伊達じゃない。

 でも、ひとたび敷地外に出てしまうと、近くの街までは一帯を木々が鬱蒼としげっている。

 人の営みを思わせるのは、整備された道ぐらい。曲者たちが潜伏するにはもってこい。日も落ちたならなおさら。

 すでに『天空の楽園』内にシル様はいないんじゃないか、とすら私は考えていた。


 だけど、シル様の行方を知るルストに、外へ向かう様子はなかった。


 安全のために庭園へ留まることになったはずが、突然それを覆した自国の王女を警備の人たちは当然止めようとした。

 そこを、「わたくし、招待客のある方とお会いしなければならないのを思い出したの」という言い訳で押し通し――王女権力でごり押ししたとも言う――庭園を後にしたものの、肝心の行先は私にも不透明なまま。

 私が愚行を犯せば、ルストはシル様の居場所を教えると言った。

 ただし、口頭で告げるつもりはなく――連れて行くことで。


 ルストが外への出入り口を目指して方向転換することはなさそうだった。

 つまりシル様は、『天空の楽園』のどこかにいる。


 準舞踏会を楽しんでいる風に見えるよう心がけ、ルストの歩みに合わせる。

 回廊を抜けて、広間を素通りした。

 角を曲がり、細い通路に入る。すると招待客の姿が、顕著に減った。それから、階段を昇る。


 この先は――。


 唇を引き結び、チラリと隣で歩くルストの横顔を私は見上げた。


「ご心配なさらずとも、バークスの元まではお連れしますよ」


 私の視線に気づいたらしいルストが、そんなことを言った。

 仮面を着けているせいで、その表情はわからない。


「この先にあるのは、一つだわ」

「――『天空の楽園』がエスフィア王家所有の建物だったからこそ、いまも残る場所。殿下には縁の深いところでは?」

「……『空の間』ね」


 さっき昇った階段の先には、『空の間』という部屋しかない。円形の通路をぐるりと巡って、ようやく入り口である扉にたどり着く。

 そして、性質上、準舞踏会中であるかそうでないかにかかわらず開放されてはいない。


 青色を基調として統一された『空の間』は、壁と天井には朝、昼、夜と三つの空が描かれている。壮観なのが夜空で、真っ暗にするとプラネタリウムみたいに星が輝く。


 部屋の中には、玉座が一つ。


 何故催し用の貸出ホールに玉座なんてものがあるのか。


 答えは簡単で、『天空の楽園』の元々の持ち主は私のご先祖様だったから。エスフィア王家のものだった。さらにいえば、手放したのは、あのウス王。

 元々は天空神とからめて造られ、王家の離宮として利用されていた。

 特にウス王は、王城ではなくこちらに好んで滞在したと言われているほど。かなり気に入っていたらしいのに、没する前年に家臣へ報奨として建物ごと譲渡した。


 ――「王家へ返還することは許さず」、「玉座の間には手を加えるべからず」と言い添えて。


 一つ目は、後の王が「やっぱアレなし! 無効! 返して!」と無茶ぶりするのを防ぐため。二つ目は、ウス王が離宮で最も愛した場所が玉座の間だったため、と解釈されている。


 それから数百年、巡り巡って離宮は貸出ホールに大変身を遂げた。

 現在の持ち主は、私の育ての母(男)であるエドガー様と縁の深い商会。

 特上品ばかり揃えているから、『天空の楽園』。

 これは高い場所に建っている立地も、建物それ自体のことも含む言葉。

 貸出ホールになっても歴史的な価値は消えていない。

 ウス王の名は偉大で、離宮時代から『空の間』という別名で親しまれていた玉座の間は、いまも厳重に保全されている。

 普段、『空の間』の扉は固く閉ざされているし、外にも中にも一人ずつ警備が配置されている。一度入ったら円形上の通路の他に外へでる手段はない。下手をしたら、閉じ込められてしまう。包囲の上、大勢で突入されたら一巻の終わり。


 どうして、そんな場所に? 


「――『空の間』に、シル様が?」

「ええ。『()()()』にバークスはいるはずです」


 シル様が『空の間』にいるなら、すぐにわかったはずだけど。あそこに人が隠れられるような場所はない。


「殿下は『空の間』へお入りになられたことは?」

「一度だけあるわ」


 だから、内部がどうなっているか知っている。王城探険のノリで、アレクを誘って。アレクは大回廊が好きだから、『空の間』にも興味があるんじゃないかなって。でも、アレクは乗り気じゃなかったのに、私に付き合ってくれてたんだよね……。

 中に入ってすぐに、真っ青になって具合を悪くしてしまった。


「一度だけ?」

 ルストが私のほうを向いた。

「何故一度だけなのですか?」


 ――それは。


『姉上。「空の間」には、行かないでください』


 具合の悪くなったアレクに付き添って、青が美しいその部屋を出て……離れようとしたとき。俯き、私の腕を掴んだアレクが口走った言葉が、気に掛かっていたから。


『どうしたの? アレク』

『……申し訳ありません、姉上。おかしなことを、言いました』


 顔を上げたアレクは、すぐにそう撤回したんだけど。

 すごく不安そうで、いまにも泣き出しそうだった。アレクにそんな顔をさせてまで行くほど、『空の間』にこだわりがあったわけじゃない。


 だから、入ったことがあるのは一度だけ。


「王族ならば、『空の間』を頻繁に訪れる義務があるとでも?」

「いいえ。――しかし、ウス王は、何故この離宮を手放したのでしょうね。子孫である殿下はどう思われますか?」

「それがいま、重要なことかしら?」

「いいえ?」


 口元だけで、ルストが笑う。その笑みが、すっと消えた。

 円形の通路を一周し、『空の間』の入り口である扉が見えた。でも。


 ――警備の姿が、ない。


 これも会場側の手筈通り、なんて思えない。

『空の間』で、何かが起こっている。


「これはこれは。護衛の騎士殿に戦ってもらう手間が省けましたね」

 軽口を叩くかのように、ルストが言った。

「……この事態は、あなたにとっては想定外だったということ?」

「わたしの予想では、警備がそこの扉を守っているはずでした。ただし、偽の警備が」


 じゃあ、その偽の警備がいないってことは、向こう――『従』の計画に支障が生じた?


「バークスが善戦したのかもしれませんよ。――なんにせよ、この扉を開ければはっきりするでしょう」


 ルストによって、誘うかのように、青い両開きの扉が示される。私の頭の中でアレクの顔が思い浮かんだ。

 自分がいない間に私が『空の間』に入ったって知ったら、悲しむかもしれない。自分から危険に飛び込むような真似をしていることも。

 でも――シル様の安否がかかってる。それに、一人で立ち向かうわけじゃない。


「クリフォード」


 その名前を呼ぶ。


「は」


 口に出さなくても、意図は伝わっていた。

 扉の前にクリフォードが立つ。

 そして、躊躇うことなく、片方の扉を押し開けた。

 ――次の瞬間、腰の長剣が引き抜かれる。

 庭園の時の比ではない、剣と剣が交差し、ぶつかり合う音が響き渡った。


『空の間』から、クリフォードに攻撃を仕掛けたのは――。


「デレク様?」


 私の呆然とした呟きが聞こえていたのか、デレクがこちらを見た。クリフォードに視線を戻し、ため息をついたようだった。

 デレクの剣が下ろされる。


「何故オクタヴィア様がここに?」







「シルのことを伝えにきた警備には、わたしからオクタヴィア様への言伝を頼んだんですが――」

「行き違いになったようね」

「……どうやら、そのようですね」

 デレクが深く嘆息する。

「わたくしへの言伝の内容は?」

「動かないでください、と」


 大人しくしていろってことだよね。私だって、本来ならそれで否やはない。


 美しい青色で統一された部屋の中央には、玉座が一つ。

 先客は、デレクの他に二人。


 ――偽の警備が気絶していた。


 シル様を探して『空の間』にやって来たデレクは、この偽の警備に襲われた。ただ、最初から彼らに疑いを持っていたため、有利に事を運べた。


 両者とも、会場の一般警備用の制服を着用し、装備している長剣も特有の刻印の入ったものだった


 デレクが疑いを持った理由は、二つ。一人は、左耳に赤く腫れた三つの跡があったこと。……カンギナ人の伝統様式である、円形の耳飾りを急場しのぎで取ったかのような。

 王城でもそうだけど、『空の間』みたいな重要な場所を守る場合、警備として外国人は採用されない。外国人でもエスフィアに帰属していれば別とはいえ……『我こそカンギナ人』の意味になる耳飾りの跡があるのでは、その線は薄い。

 そして、そのカンギナ人らしい警備と、ごく自然にもう一人も話していたこと。


 中で二人を倒したところへ、やって来たのが私たちだった。当然、敵の増援を疑う。

 デレクは偽の警備から長剣を奪い、扉が開いた瞬間に仕掛けることにした。


「そこの偽物たちですが、たいしたことは吐きませんでした。誰も通すな、と言われた以外に重要なことは知らされていなかったようですね」


 貴公子然とした姿はそのままに、長剣を片手に、いまにも舌打ちでもしそうな勢いで偽の警備をデレクが見下ろしている。


 話を聞いて、ほんの少しだけデレクを疑っていた部分があったのが、氷解してゆく。

 デレクはシル様の味方だって思ってはいるんだけど、『空の間』で再会したことが、疑う要因になっていた。


 それと――クリフォードだとわかっても、デレクがすぐには攻撃を止めなかったことも。


「ところで、その者は?」


 今度はデレクが私たちに問う番だった。必要性を感じていないからなのか、顔に社交用の笑みはない。にこりともせず仮面姿のルストを見据えている。


「この準舞踏会で、反王家の曲者たちを捕らえる計画があったでしょう? その、協力者よ。ローザ様のために働いているわ」

「ああ。父が何やら張り切っていると思ったらそれですか」


 あれ。おじ様ってデレクに教えてなかったの?


「ナイトフェロー公爵は、デレク様には計画を黙っていたということ?」

 デレク、実は私と同じ穴の狢だった?

「邪魔はするなと言い含められていましたがね」

 それだけで通じるんだ……。


「詳細は、互いに知らないほうが良いこともあります。――それで、レディントン伯爵のために働いているはずが、その者がオクタヴィア様と共に行動をしているのは? 仮面で顔を隠している理由も知りたいものですが」


 私が口を開くより早く、ルストが答えた。


「一つめの質問に対しては、私がシル・バークスの居場所に心当たりがあるからですよ。ナイトフェロー次期公爵。二つめの質問に対しては――バークスを狙う『従』に顔を覚えられたくないもので」

「……『従』?」


 デレクの顔が険しくなる。


「――ルスト・バーン。わたくしは愚行を犯しているわ」


 続きそうな二人の会話に、私は割って入った。『空の間』にいたのがデレクだったから、まずはデレクの話を聞く必要があった。まだ途中だけど――ルストに確認しなければならないことがある。


「ええ。本気を見せていただいている最中ですね」

「――そのかわり、あなたはわたくしをシル様の元へ案内する。そしてあなたが連れてきたのはここ。けれど、シル様はいないわ」


 シル様どころか、シル様がいた痕跡すらない。

 話が違う。


「シル様はどこ?」


 動じることなく、ルストがゆっくりと口を開いた。


「『()()()』に。その可能性を疑って、ナイトフェロー次期公爵はここを訪れたのでは?」

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