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「…………」


 前を見据える。私は再び饗宴の間へ舞い戻ってきていた。

 入口で一旦立ち止まり、ここに来る前にクリフォードから返してもらった『黒扇』を開く。態勢の整え!

 金色の仮面も装着済み。


 仮面の下は、化粧直しでバッチリ! 目の赤味だけはちょっと残ったけどご愛敬。仮面を外しても、思いっきり泣いた後だと看破する人は少ないはず! うーん、すごい。


 会場側が用意している化粧専門の使用人の腕前を堪能しました! こういうことに関しては、サーシャ――王城の侍女たちが最高峰って思っていたんだけど、甲乙付けがたい。

『天空の楽園』が人気な理由がわかった気がした。もちろん、主催者であるローザ様の手腕もあるだろうけどね!


 あの部屋で、泣いてスッキリ! 涙には自浄作用があるってホントだね!

 さあ、仕切り直し! ルストに会うぞ! 


 ――と決意したものの、部屋に備え付けの鏡台で自分の顔を見て、私は愕然とした。

 泣きはらしたことが一目瞭然の顔……! うん。想像していたよりひどかった。

 ルストに会う以前に、会場に戻れそうもない。


 化粧直し! 再武装をしなければ!


 王城だったらサーシャたちに頼むところ――ここは『天空の楽園』。


 諸々の理由からお気に入りの侍女を連れてくる女性客もいるものの、大半の招待客は会場側を頼る。

 準舞踏会内の密やかなる戦いがエスカレートし、手が滑って服や顔に飲み物バシャーン! ドレスのレースがビリビリ、なんてことはままあること。化粧直しから、ドレスの染み抜き、破れの補修などなど、会場側も慣れたもの。


 しかも、焦らず騒がず口外せず、の三箇条で対応してくれる。使用人の口から事情が漏れたりしたら信用問題になって商売あがったり。会場を借りる人間だって減るもんね!

 これらのサービスをあえて利用するのは、身分が高い人間でもそう。

 全体的なことを決め、指示を出しているのは主催者だから、あなたの手腕に期待していますよ、という意思表示にもなる。


 今回、私の化粧直しを手伝ってくれたのは女性の使用人数名。


 ――呼んだのが私だと知って、さすがにびっくりしてみたいだったけど。ついでに、私が明らかに泣いた後だったことも。顔色が変わったのはほんの一瞬だった。事情は一切問わず、親身になって再武装に協力してくれた。


 ……ただ、親身になってくれすぎて、クリフォードも護衛の騎士の制服から着替えることになってしまった。


 さすがに他人様の制服で鼻をかんだりはしなかった……と思う。た、たぶん! は、鼻水は出たけど! だって生身の人間だもの! 美しく泣くって無理! が、鼻水はついていないとして、厚めとはいえ、涙という水分を含んだ生地は、見る人がみれば見過ごせない違和感を醸し出すもの。身だしなみを整えるのを職にしているならなおさら。

 もちろん、会場側の女性使用人が見逃すはずがなかった。

 準舞踏会では、見た目が超大事。招待客本人はもちろん、それに付き従う人間も。

 クリフォードの制服を乾かす――にしても、扇風機や乾燥機はこの世界にはない。

 となると、残る道は一つ。


「……ごめんなさい、クリフォード。手間をかけさせて。わたくしが浅慮だったわ」


 泣くのに胸を借りたはいいけれど、その後のことが抜け落ちていたよね! 


 護衛の騎士の制服から別の衣装に着替えた傍らのクリフォードに改めて謝る。

 クリフォードがいま着用しているのは白の礼装――なんだけど、警備用も兼ねたもの。要請があったとき、会場が王族専用の警備に支給することになっているという制服。


「動くのに支障がなければ問題はありません」

「なら、いいのだけれど……」


 最後の部分は、クリフォードを見ていたら、つい本気の感想が漏れ出た。

 女性使用人の皆さん、いやに「ああでもない」、「こうでもない」と替えの服をどれにするか議論していたんだよね。そして出てきたのがこれだった。

 金色の飾り釦が使われていて、護衛の騎士の制服以上に、見た目も重視されているデザイン。クリフォードが白の衣装っていうのは、普段のイメージと正反対なんだけど、超優良物件ならではの着こなしっぷり。女性使用人の皆さんがうんうん頷いていたのも納得。


「……何かおかしなところがありますか?」

 じっと見ていたら、クリフォードに訊ねられた。

「その制服も似合っていると思っただけよ」

「そうでしょうか」

 苦笑気味に返される。


「護衛の騎士殿……もこちらを」

 と、さっきも入口で仮面を配っていた青年に声を掛けられた。青年がクリフォードに新たな仮面を手渡す。護衛の騎士殿、の後に間があったのは、着替えてあったせいかな。

 そして、一回目でクリフォードに渡されたのは漆黒の仮面だったけど、二回目は白と金が混じった仮面になっている。


 受け取ったクリフォードがそれを着用した。


 さて――。

 もう、入口で立ち止まっている理由はないし、行かなきゃ、なんだけど。

 一回目とは、緊張が段違い。何か、後押しが欲しいかな。


「――クリフォード。饗宴の間の中まで、わたくしをエスコートしてもらえるかしら」

 前を見据えて言う。

「御手を」

 差し出された手に、自分のそれを重ねた。





 まだ、饗宴の間にルストがいるかはわからない。だけど、一番いる可能性がある場所は、ここしかなかった。

 一応、ルストは私の誘いに応じた。そして姿を現した。

 ところが私は彼の顔を見て――態度を変えた。

 踊っていた、しかも自分に用があるらしい相手に、あんな不自然な退場をされたら、気になると思う。


 だから、まだ饗宴の間にいるんじゃないかって。

 もしいなかったら、そのときはまた別の方法を考える。城に戻れば、兵士として勤めるルストの弟のエレイルがいる。ルストからのメッセージの伝達役だったヒューイに話すことだってできる。


 仮面を着け、踊る人々――そこに、ルストはいない。

 壁側――吸い寄せられるように、視線が縫い止められる。


 ――いた。


 周囲にひっそりと溶け込んでいる、忘れるはずもない、その姿。

 グラスを手に壁に寄りかかっている。


 向こうも、私に気づいた。グラスを軽く、たぶん私へと、掲げてみせる。


 その瞬間、ただ重ねていたはずのクリフォードの手を、強く握りしめていた。

 ……怯みかけた自分を叱咤! 


「ここまででいいわ。ありがとう」

 ルストへある程度近寄ってから、手を離す。途端、心細くなったのは、気のせい。


「――お邪魔してごめんなさい」


 ルストは二人の男性招待客と歓談中だった。仮面をつけているせいもあるけど、もともと私が知っている人たちではない。

 でも、隣国のカンギナ人? 左耳に三つ、円形の耳飾りをつけるのって、カンギナの伝統様式だったはず。昔、両国の関係が緊迫化していた情勢下、エスフィアの舞踏会にカンギナの貴族がこれをつけてきて「エスフィアに来ておいて何事か!」って集中砲火を浴び、戦争勃発の遠因になったと習った。カンギナがわざと挑発をした説や、エスフィアが戦争をするために難癖をつけた説、立場によって見方はいろいろ。

 できればルストとだけ話したいけど、カンギナの人に悪印象は与えたくないし……。

 扇を両手で持って、私はにっこり微笑んだ。


「カンギナから我が国へようこそ。わたくしもお話に加わっても?」

「殿……いえ」

「私たちこそ、お邪魔でしょう」


 仮面をつけていても、私の素性はバレバレなわけで。二人はそつのない辞去の挨拶をして去っていった。


「――楽しいお話を中断させてしまったかしら」

「つまらない話でしたので、ご心配なく」


 残ったルストが、壁から身を起こした。

 声……。声は、あの青年とは似ていない、と思う。本人、ではない。

 だとしても、問題は、あの青年とルストの関係性。

 姿は……向き合うと決めたけど、まだ顔が仮面で隠されているから、私も平静でいられるのかもしれない。


「一人になりたいとのことでしたが、もう宜しいのですか?」

「済んだわ」

「それはそれは」

「あなたも、わたくしを待っていてくれていたのではないかと思うのだけれど」

「弟を通じ、接触をはかってきたのは殿下のほうでは?」

「……あなたも、わたくしに話があるはずよ」


 ルストが口を閉ざした。仮面の奥から、硝子で見えないはずの琥珀色の瞳が観察するかのように私を直視しているようだった。話があるのはお互いに。

 ただ、込み入った話をするには、周りに人が多すぎるんだよね。


「――場所をかえましょうか?」





 余裕綽々という態度を作り、私はルストを誘った。

 饗宴の間でこれ以上話し続けるのは避けたい、というのは向こうも同じ意見だったようで、了承を得た。

 行きは二人、出るときは三人で饗宴の間を後にする。

 ルストだけ、仮面は着けっぱなしで。これは、何故かルストが望んだ。私もあの顔と直面するのは、もう少し先延ばしにしたいような気持ちがあったので何も言わなかった。

 ついでに、いままですれ違った人たちで、私の仮面なしの顔を見てぎょっとしたような招待客もいなかったから、泣いていたことは化粧直しの技術で完璧にカバーされている。


 一安心――なんだけど。

 別の意味で私は切羽詰まっていた。


 場所をかえましょうかってルストに提案したのは私。私に目的地があって案内するような形にはからずしてなったけど――どこへ行けば?


 通路を歩きながら、どこでならルストとできるだけ人目に触れずに話せるか、私は必死に考えていた。

 そうです! ルストと再対峙! てことばっかりで、どこで、に関しては見通しが立っておりません……!

 貴賓室――はしようと思えば貸し切りにできるけど、誰かしらは利用しているだろうから、たぶん他の招待客を追い出すことになる。

 さっきまで私が籠城もどきをしていた個室群のどれか。

 あそこへ戻るのはちょっとなあ……。一人で逃げ込むのと、ルストを連れて直行するのとでは、やっぱり意味合いがね? 

 饗宴の間からルストと――クリフォードもいるけど――出て来ただけで、すんごく他の招待客に見られていたし。


 とりあえず個室群方面を避けて進んでいる現在、庭園に面した渡り廊下へ差し掛かった。

 準舞踏会が始まってから、泣いたり、化粧直しをしていたりで、時間は結構進んでいたらしく、外ではすでに夕日が沈みかけていた。

 橙色に染まり、それにあわせて灯される角灯の明かりが『天空の楽園』名物の庭園に色を添えている。美しいものの、広さもあって方向音痴だと迷子にもなりやすいんだよね。

 ……でも、庭園内ならどうだろう?

 前にアレクと来たときに、二人で散策したことがある。可愛い東屋もあった。穴場っぽくて、息抜きができた場所。


 うん。あそこにしよう!


 東屋があったのはどっち方向だっけ。えーっと、会場の庭園用警備が立っている方向を真っ直ぐ……。


 私は歩を止め、渡り廊下から庭園の左右を見た。


 ……警備、いなくない?


「どうされましたか? 何か気になることでも?」

 ルストの問いに、かぶりを振る。

「いいえ。庭園に東屋があるわ。そこで話しましょう」

「……よりにもよって、向かう先は、庭園ですか」

 ルストが変な反応を示した、気がする。よりにもよって? でも、他に良さそうな場所はぱっと思いつかないしなあ……。このまま行く!

「そうよ? ――ついてきて」


 目印だった警備が不在のため、迷子にならないか不安だったけど、無事、私はアレクと発見した東屋にたどり着いた! 内心でものすごく胸をなで下ろした。


 花のアーチをくぐると、角灯に照らされた、屋根が正六角形で木製の東屋がお目見え。目論見通り、人影もない。


 私とルストは、東屋の椅子に向かい合うようにして腰をおろした。私の左後ろにクリフォードが立つ。……私から切り出した。


「その仮面を外してもらえるかしら」

「――王女殿下のご命令とあらば」


 淡々と返したルストが、仮面を外す。静かに、机に置いた。

 前回は不意打ちで、頭が真っ白になった。今回は、備えができている。それでも、身体に震えが走ったけど、何も考えられないってほどじゃない。


「…………」

 現れた顔を、食い入るように、凝視する。


 ――痣以外は、あの青年と同じ。金色の髪。琥珀色の瞳。でも、よく見ると、醸し出される雰囲気が違う。あの青年の場合は、こう……わざとらしい人間らしさがあった。ルストには、それがない。


「私の顔を見て動揺した人間は、殿下で二人目です。ぜひお聞かせ願いたい。――オクタヴィア殿下、私は誰に似ているんですか?」


 ルストは、自分が誰に似ているか、知らない? 

 ……二人目? 私がルストの見た目に動揺したのは、あの青年そっくりだから。でも、この世界に、私以外にあの青年を知っている人間なんて、いるはず……。

 いやいや、鎌をかけられている可能性も?


 扇を開き、要の部分をぎゅっと握る。

 いまはたぶん、お互いに探り合っている状態。最初に逃げ出した分、私のほうが不利。


「――ならば、その一人目に訊ねれば良いのではなくて?」


 不遜な笑みをルストが浮かべた。ゆっくりと、口を開く。


「国王陛下に、ですか?」


 ……一人目って、父上?


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