34
――落ち着かなきゃ。誰もいない室内で、身体から力を抜く。
息を吸って、吐くのを繰り返す。だけど、ルストの顔が――かつて、一度だけ会った青年に酷似したあの顔が、頭からちらついて離れなかった。
否が応でも、封印し続けてきた記憶が、呼び起こされる。
麻紀だった私が、死んだ時……その、後のことが。とても、鮮明に。
田澤麻紀。前世の私の死因は、不運による事故死だった。
私は、数日後に迫った『高潔の王』の新刊発売日を楽しみにしていた。
いよいよターヘン編の核心に迫る新刊。もちろん当日に買いに行かなきゃ! って。
平日に毎日通っていた、高校からの帰り道。
横断歩道を渡ろうと、私はただ、信号が青に変わるのを待っていた。
他に信号待ちをしていた歩行者は、大学生風の若い男性一人だけ。
でも、その男性が、突然苦悶の表情で胸を押さえて、横断歩道のほうへ、ふらつきながら歩き出した。……そして、倒れた。
そこへ――ワゴン車が走行してきた。倒れた男性を避けようとした運転手は、歩道側にハンドルを切った。
もう少し、その位置がずれていれば。
私が目の前で起こった出来事に、唖然として立ち尽くしていなければ。
でも、生憎、ワゴン車の直撃コースに、私は立っていた。
迫るワゴン車。日本での記憶は、そこまで。
これだけだったら、ただの死亡事故で、私は麻紀の記憶を持って生まれ変わったりなんかしていない。
私がいま、オクタヴィアなのは、この続きがあったから。
あいつに、会ったからだ。
次の記憶は、どことも知れない場所。
星空。そこでは、周囲に星のような光が輝いていた。
強い輝きや弱い輝き、星の色も色とりどり。
地面は見えないのに、私はどこにも落下しない。
……ここ、どこ?
――私、生きてる? なら、帰らなきゃ。娘さんが交通事故に遭いました、なんて、警察から連絡が行ったりしたら、お母さんたちすごく心配する。平気だよって、伝えなきゃ。
なのにいくら歩いても、進んだ気がしない。……ものすごく、嫌な感じがする方向があって、そっちを避けてひたすら歩いていたら、あいつ――人が、急に現れた。物理法則を無視したみたいな、現れ方だった。
「君……ああ、そうか」
年は……私より少し年上。二十歳か、せいぜい半ばぐらい。服装は、白い服だけど……コスプレ?
眩しく感じるほどの金髪に、琥珀色の瞳を持った青年は、私を見て、何故か納得の声をあげた。
私は青年のことなんて全然知らないのに、私のことを知ってるみたいに。
外国人――顔立ちが整っていて、でも、どこか人形じみた整い方だった。
そんな私の感想とは裏腹に、青年は気さくに続けた。
「運が悪かったよね」
「運……?」
「人間がどんなに気を付けていても、避けられないもの。そういったときはさ、何かが必ず介入する。それを人間は運っていうんじゃないの? 運があった、なかったって。ぼくらも予測がつかないのが運だよ。――それで君は死んだ」
……死んだ。本当は、頭の片隅ではわかっていたことを指摘されて、呆然とした。
まだどこかで、これは悪い夢なんじゃって、考えていた。
だって私っていう意識は在って、ここで見知らぬ青年と喋ってる。
「運が悪いから、私、死んだの……?」
「正確には、巻き込まれたから、君は運が悪いんだよ」
「巻き込まれた……?」
事故に?
――突っ込んできた車にぶつかったときのことを、私は生々しく思い出した。
そっか。あれじゃ、生きてないよね。
ああ、夢じゃないんだって、ようやく思った。私、死んだんだ。
じゃあここは、死後の世界?
星が輝いていて綺麗だけど――そんな風景が延々と広がっている。終わりが見えない場所。
「君が轢かれるきっかけになった、若い人間の男。覚えてる?」
「覚え、てる……」
「その男だけど、本当は、死ぬ予定じゃなかったんだ。そこを、予定をねじ曲げて、ぼくの……何て言えばいいのか……近い言葉は……仲間かな? 仲間が、殺したんだよ。それがなければ、君は何事もなく横断歩道を渡れていた。だから、君は運が悪かった」
「殺した……?」
なんで?
「探究心ってやつかな? 謎を解明したい気持ち。君にもあるよね?」
「……全然、わからない」
謎を解明するのと、人殺しに、関連性なんてない。だけど、青年は肩をすくめた。
「人間は、マウスを実験台にしていろいろな研究をするだろう? ぼくらにとっては、このマウスが人間だったってところかな。実験のためにマウスを殺す。実験のために人間を殺す。……かわりないよね?」
「……私も、なの?」
それで、殺された?
「ううん」
青年は、笑って首を振った。
「招きたかったのは、君じゃないんだよ。君の前に死んだ若い男。親に寄生して生きて、家事の手伝いもしない、ふんぞり返って、俺の才能と実力の芽が出ないのは、社会のせいだって憤ってた人間の男。いわゆるニートだね。死んでも誰も悲しまない人間だよ。うん。現に彼の親と弟は心から喜んでいるね」
「だから! それと、私と何の関係が!」
「――そういう人間ってさ、環境を変えてあげれば本当に変われるのかな? なんていうのかな、ぼくらから言わせれば、魂レベルでダメなんだよね、そういう人間って。でもさ、可能性を信じてみたいじゃない? ぼくらの予想を覆すのをみたいじゃない? 本人たちも、新しい人生を望んでいる節があったからさ。死んだその男も抱いていたんだよ。いまの人生から逃れ、異世界で冒険して、レベルアップしたい。そういう願望」
――だからさ、仲間は強制的に招いているんだ。
そう言われても、私にはさっぱりだった。
「私、そんなこと望んでない……!」
「うん。君はさ、そもそもそんなことは望んでいなかったし、招くほどじゃないよね。君が死ねば君の家族やお友達は悲しむ。少なくとも、いなくてもいい人間ってことはない。君は、君の周囲の人間にとっては、かけがえのない存在だよ」
「なら……!」
「でも、何かを生み出す、その損失が世界に影響を与える人間ってわけでもないね。死んだのは可哀想だ。最初に言ったけど、運が悪かったよね」
「運がって……! そっちが悪いんでしょ! 生き返らせてよ!」
青年が、この人の仲間だっていう人殺しが、何なのかはわからない。でも、私には関係ない。巻き込まれただけなんでしょ? だったら、元に戻してよ。
「……なんで?」
大きく首を傾げて、青年が問う。心底、不可解に思っている。そういう仕草だった。
「潔く諦めたらどうかな」
「だって私はただのとばっちりで!」
何も、悪くない。
私の心の中の叫びに、
「うん。そうだね」
聞こえてないはずの青年が、肯定して、柔らかく微笑んだ。だけど続けられた言葉は、微笑みとは正反対だった。
「だけどさ、ぼくが、そこまでしなきゃならない必要性は感じないよ。そもそもあのニートを殺したのは、ぼくじゃない。なら、君の死の原因も、ぼくじゃない。だろう?」
「それでも! あなた神様なんでしょ?」
「君たちの言葉でいえば、そうかもしれないけど……」
「あなたに原因がないなら、その神様本人に!」
「――無理かなあ」
「なんで!」
「君はさ、虫を靴の底で誤って踏んで殺したら、『うわ! なんてひどいことをしたんだろう! 生き返らせなきゃ!』て思う? ……ちょっとたとえが悪いか。人間に生命を蘇らせることなんてできないもんね。『うわ! なんてひどいことをしたんだろう! 治療しなきゃ!』って思う?」
――虫?
「……そこまでは、思わない」
けど!
「せいぜい、ごめんね? ぐらいでしょ? もしくは、踏まれるほうが悪い、とかかな? だって、靴の裏が汚れたかもしれないもんね? 感触だって嫌だったかもしれないし」
「……私、虫と一緒なの?」
「虫が嫌なら、犬でも猫でもいいよ。ああ、でも、犬や猫のほうが、罪悪感は強くなるかな? 車で轢いたら、動物病院につれていく人間もいるかもしれないね。そのまま無視する人間もいるかもしれないね。……うん。そうか。ちょっと訂正しようか。ここで会ったのがぼくじゃなくて、他のやつだったら、君、生き返れたかもね。そういう博愛精神に溢れるやつもいるから」
「その神様に会わせて! お願い!」
「でも、ニートを殺した仲間に会うよりは、ぼくに会っただけ、君はまだ救われているほうなんだよね。仲間が殺した人間を送り込む異世界は、過酷だから。君も即そこ行きじゃなかっただけ幸せだよ。ほら、向こう」
青年が、嫌な感じがした方向を指差した。
「過、酷……?」
殺された上に、そんなところに生まれ変わる?
「だって、人間の可能性をみたいんだからさ。元の世界より便利で優しい世界に生まれ変わらせても仕方ないじゃない? だけど残念ながら、いまのところ可能性を見せた人間はいないみたいだねえ」
恐ろしいことをさらりと青年は言った。
「……その人たち、どうなったの?」
「この世界で殺されて、強制的に異世界に生まれ変わった人間?」
こくりと、頷く。
「異世界で寿命を全うできずに死んで、消滅したよ」
「消滅……?」
「この世界で、いなくなっても何も変わらない人間を、異世界へ放り込んでも、やっぱり何も残せず、死んだ。なら、またその魂を生まれ変わらせたって無駄でしょ? だから、今度は魂ごと消滅するんだよ。大丈夫。誰も困らない。そういう人間を選んでるからね。でも、君は――」
恐ろしいことを平然と口にしながら、青年が、困ったように眉根を寄せる。
「まあ、この条件には合致しないよね……。君を君としてそのまま生き返らせてあげるほどじゃないけど……こうして話していることだし……」
青年が、手を叩いた。良い事を思いついた、という風に。
「そうだ。君を別人としてなら、生まれ変わらせてあげるよ。記憶を持った、麻紀としての人格のままで。ぼくとしても、これなら手間もかからない。君が嫌なのは、自分の人格が消えることでしょ?」
「……は?」
「ただし、君がはまっているフィクション……『高潔の王』の世界に。シル様たちに会えるものなら会いたいって思ってたんでしょ? 死ぬ直前は、その本のことを考えていたみたいだしね。これなら楽だし、楽しそうだ」
どうしてそんなことまで知っているのか、とか。もうそんな疑問すら浮かばなかった。
「それは、本当に会えると思ってたわけじゃない! そりゃ、セリウスには王様になって、シル様と幸せになって欲しいけど! 本のことを考えてたのも、新刊の発売日が近いから楽しみにしてただけ!」
「ふーん……。せっかく譲歩してあげたのに。なら、君は過酷な異世界へ行く? ぼくが手を貸さないと、逆らって歩いても、自動的にそっちに流されると思うけど。君は行き場のない魂だから」
「や、やだよ!」
「だよねえ」
「――その、過酷な世界か、『高潔の王』の世界に、生まれ変わるかしか、ないの?」
「そうだよ」
「『高潔の王』の世界の……村人とか?」
「そこはサービスしてあげるよ。本に出てきた登場人物にしてあげよう。性別も……女の子のほうがいいかな? それとも男にしようか」
「私が登場人物って……じゃあ、その本来の登場人物はどうなるの?」
「どうにもならないけど? だって、まだ『高潔の王』の世界そのものがどこにも存在していないから。無から何かを奪うことは何者にもできない」
「ちょっと、意味わかんない……」
青年ができの悪い子どもに言い聞かせるみたいに、言葉を紡いだ。
「お話の世界なんだから、ぼくが作らない限り、どこを探したって存在するわけないじゃないか?」
世界を、作る?
「それって、私を単に生き返らせたほうが楽なんじゃ……」
「いいや? 新しい世界を一つ作るほうが断然楽だよ。既存の世界に再生方面で手を加えるほうがよっぽど難しいね。……たかが人間の命一つでもね。奪うことは簡単なのに、まったくよくできてる」
青年が、心の底からおかしそうに、そしてひどく冷たい笑い方をした。
「その点、真っ新な状態から何かを作るのは簡単なんだ。それが世界でも。だから、安心してよ。君が、君となる登場人物を殺すわけじゃない。むしろ、喜ぶべきじゃない? 君のおかげで、新しい世界が、その世界の神が、あまたの生命が、歴史が誕生する。君の魂はその中へ組み込まれる。君が登場人物そのものになるだけ」
「そ、そんなの、喜べない」
なんでそんな壮大なことになるの?
「そう? 困ったなあ……。君は本来失われる予定になかった魂だ。だから、宙ぶらりんなんだよね」
「だ、だから、とにかく、この際、この、私の記憶はなくていいから、日本にまた生まれたいよ!」
でも、願いはあっさり否定された。
「そう言われてもさ、もう、君の枠がないんだよ。魂の循環はさ、事細かに決まっている。今死なれても、将来設定されていた君の循環枠は使えないしさ。失われる――人間が予定外に消滅したつじつま合わせは楽勝なんだけどね。ただ、その後の、循環はね……。君の場合、迷子だから、とりあえず手っ取り早く近い世界に放り込まれる。で、そこが、仲間の実験場になっている過酷な異世界かな。さっきも言ったけど、君が死ぬ直前に死んだニートが行ったところ」
「私を日本に生き返らせることは、できないんだね……」
肩を落とした私は、だけど次の瞬間、耳を疑った。
「ううん。君を君として戻すこと自体は、できるよ? 時間を巻き戻して、君の事故をなかったことにする。――可能か不可能で言えば、ぼくにも可能」
にっこりと青年が笑った。
「はっ?」
「ただ、すさまじーく大変だからさ。君が輝かしい魂の持ち主で、君が地球の難題を解決する予定なのに、誤って死んだとかでない限り、そんな大変な思いをぼくがしたくないだけ。君は、救いようのないクズの魂ってわけじゃない。同時に、ぼくらにとって、特に魅力ある魂ってわけでもない。そこそこ……たいしたことのない魂かな? そんなもののために大変な思いをしたいかって話。君だって、ぼくの立場だったらそうするよ」
「いやいやいや! できるなら……!」
「じゃあ、またたとえ話。君はね、道ばたで交通事故に遭った野良猫を見つけました。まだ死んでいません。動物病院に連れていけば助かります。しかし、治療費は一千万円かかります。それぐらい大変だとわかっています。これは絶対です。さあ、君は野良猫を助けますか?」
「そんなの、極端すぎる!」
たとえとして悪質だ。無理に決まってる。一千万円なんて、とても用意できない。
でも、青年は私の抗弁を嘲笑った。
「どうして? 金額が一千万円だから? でもさ、稼ぐ方法なら手段を選ばなければいくらでもあるでしょ? 強盗したっていい。正攻法でいくなら働くか……はやく支払うなら借金だね。両親、親族、友達……みんなに頼み込めば、何とかなるかもしれないよ? もちろん、背負った借金は君が返すんだ。野良猫を助けるために、君が背負うべき労力だからね。だって君は野良猫を助けたいんだし、実際そうすれば野良猫を救うことができる。方法はある。不可能じゃない」
「…………」
「――でもさ、たまたま見つけた野良猫のために、そこまで君はしたい? する気になる?」
……たぶん、できない。
私は、項垂れた。
たとえ話の、野良猫は、私で、野良猫を発見したのは、この青年。
「わかってくれた? 君を君としてそのまま日本に生き返らせてあげるのはさ、一千万を支払うのとおなじことなんだよ。ぼくにとっては。でも、一応可哀想って気持ちはあるんだよね」
「……どういう、こと?」
顔を上げる。
「野良猫を、それ以上轢かれないよう道ばたに寄せてあげたり、死ぬ前に水を飲ませてあげたり。死ぬ前に美味しい餌をあげてもいいかもね。それぐらいならできる。動物病院に連れていって、助からないまでも、一万円分ぐらいの治療費ぐらいなら出してもいい。その程度の親切心ならぼくも提供するよ」
――裏を返せば、それだけの価値しか、私には、ないんだ。
「だから、さっきのが、ぼくの示した、たいしたことのない魂である君への妥協案。『高潔の王』の世界を作って、そこへなら生まれ変わらせてあげてもいいよ。そうしておくほうが簡単だから、君の記憶もそのまま残そう。これは君も望むところだろうし。……もっとも、ぼくは生まれる前の記憶なんて、ないほうが楽だと思うけどね」
私は頭を振った。とてもそんな風には思えなかった。私の十八年間を、忘れるなんて、嫌だ。
これだけが、残っているものなのに。
「――それとも、いっそ潔く消滅してみる? 死んだのは運命だったと諦めるのも、悪くないよ? 諦めれば苦しむこともない。それはそれで美しいよね。君の魂にふさわしいかもしれない」
どうする?
潔く消滅? 運命だったって、諦める? そんなの、できるわけない。
諦められない。
元に戻れないのなら、せめて、『田澤麻紀』という意識だけは、失いたくない。
私は、私でいたかった。
「――『高潔の王』の世界に、生まれ変わる」
まだ、親しみがあるだけ、どことも知れない世界よりは……。
「了解したよ。おめでとう。この瞬間に、新しい世界が誕生したよ。もうぼくの手を離れて歴史を刻みだした。あ、でも世界を作るのに足りない情報があったから、そこは適当にぼくがぼくなりに補完しておいたから」
「……足りない情報?」
「君は、登場人物のセリウスが王になり、シル・バークスとだけ結ばれる。それを望むんでしょ?」
「『高潔の王』は二人の物語だし……」
そういう、結末になるのが普通でしょう?
読者なら、それを望む。
二人が別れたり、セリウスが継承権を捨てる物語なんて、バッドエンドだ。
「そうだよね。そのためにも補完しておいて良かったよ。君のために『高潔の王』の内容を閲覧したけど、どうやって王家が存続していたか、とか、文化とか。他にもいろいろ? 書かれていないことが多いんだよ。だってあの世界のエスフィアっていう国。歴史のある国っていう設定みたいだけど、次期国王が男と結婚して側室も作らないのが許されるっていうのは、背景があるからだよね? なら、それが当たり前になっていなきゃ。たぶん、過去も国王の同性婚があるよね。それも、頻繁に。となると、相当無理をして、何かを犠牲にしないとそんな歴史は作れないけど、セリウスの父親までしか、婚姻関係が書かれていない」
「……それは、物語だから」
「わざと書いていないのかもね。だけど物語なら許されても、現実の世界を作るには、空白は許されないんだよ」
「でも、手を加えたら、小説と別物……!」
「問題ないって。書かれていない空白をぼくなりに埋めておいただけだよ。ちゃんと、君が生まれる頃には、寸分違わずあの小説の世界になっているはずだから。そこは保証するよ。そこが『セリウスが王になり、シルと結ばれる』世界だって」
「まさか、二人に何かするつもりなの? や、やめてよ」
「誤解されたかな。彼らの恋愛に関して、主人公たちの心……恋愛感情をいじったりはしないよ。心は難しいからね。誓ってもいいよ」
「誓う?」
「そう。誓ったことは守るよ。多少過程は変わっても、結果が同じなら問題ないはずだよね? 男同士で恋愛するのが許容される国になっていればさ。ただ、その世界は、君がきっかけで誕生したけど、君を中心に回るわけじゃない。それから……君は幸せになれないかもしれないなあ。役割的に。道のりは大変だよ」
「なに、それ、一体、私誰に、ちょっとせつめ、」
どこかへ、押し流される。星空が遠ざかる。
「まあでも、過酷な異世界へ行くよりは多少不幸でもマシだからさ。それと比べれば、こうなっただけ、君がぼくに会ったのは、運が良かったね」
運が良い? 運が良いなんて――。
「頑張れば道もひらけるかもよ? 当然、その逆もある。君の可能性を楽しみにしているよ」
いってらっしゃい。
暗転。
――そうして、私は、オクタヴィアとして生まれた。
あの空間で交わした言葉通り、『高潔の王』の世界に、麻紀の記憶を持ったまま。
身体は赤ん坊なのに、目を開けた瞬間から、私の心は十八歳の麻紀だった。
これが私の、思い出したくもない、クソ忌々しい記憶。




