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 兄たちのラブシーンを目撃した、城の廊下。

 王女として、自分の置かれている状況を振り返り、私は閉じた扇の先端を傾け、ため息をついた。

 この先の私の人生、重い……!

 悲劇のヒロインぶりたくもなるってもんよ。……ヒロインじゃないけど。BL世界においては脇だけど!


 ――と、空気が動いた。


 シル様の前に、兄が立つ。


「……お前は、どうあっても俺たちを祝福しないと?」


 おーっと、兄が割り込んできたあ!

 シル様が絡むときつくなるんだよね。兄。もともと完璧超人だから、そこが人間らしくていいと兄信者からは好感触。


 ……祝福。祝福かあ。


 兄たちは、眼福という意味では、いい。私の腐女子魂をくすぐりまくる。

 私が兄たちカップルを先入観入りまくりの目で見てしまうのは、世継ぎ問題のせい。兄が未来で子作りをしてくれれば。


 いっそ、ここで尋ねてみようか?


 だって、現段階では、小説の知識があるからこそ、きっとこうなるんだろうっていう、私の予想でしかない。

 あと、こういう突っ込んだ話、兄との仲が微妙なんで、今までできなかったんだよね。糸口さえなかった! 幸い、兄とシル様の二人が揃っているし、両者の意見を聞ける。

 シル様がどう考えるのかっていうのも知りたいし。本来の妹ちゃんは、シル様とも気軽に会う関係だったんだけど……私はねえ……兄にはそれとなく警戒されて、シル様と二人で会うなんてとんでもない。


「――兄上とシル様は、ご結婚なさりますよね?」


 その予定で式典が組まれている。さっきの二人のキスシーンも、結婚を巡る不安だとか、たぶん、シル様への密かな攻撃だとかがあったせいだと思う。宮廷というのはドロドロしている。が、そこはほら、逆にスパイスとなり、兄とシル様は絆を深めあい、キス、と。


「ああ」

 兄が躊躇なく頷いた。


「ですが、お二人は殿方同士」


 私は、口火を切った。


「お世継ぎに関しては、どのようにお考えですか?」


 シル様の顔色が悪くなる。兄が、険しい顔で私を見た。


 こ、怖いだなんて思ってないんだから!


 私は扇を開き、兄からの視線をシャットアウトした。殺人光線は防ぐに限るね!


「それは、他に妃を娶れという意味か?」

「娶っても構いませんし、娶らずとも構いません。子に関してのお考えですわ。シル様には、お子は産めないでしょう? ――そうですわね。シル様にも、ぜひお考えをお聞かせ願いたいものですわ」

「おれ、は」


 うーん。シル様も、脳内お花畑でいままで子どものことをまーったく考えていませんでしたってわけでもなさそう。兄上とよその女性とで子どもを作ってもらうのが一番。そうだとわかってるけど、でも、感情は追いつかないって風かなあ。


 うー……。前世で小説に萌え萌えしていた頃の気持ちが蘇ってきた……! シル様! 切ないよね! わかる! わかるんだよ!


「俺が愛しているのはシルだけだ」


 兄が宣言する。ありがとう兄上。ついシル様にほだされそうになっていた自分を我に返らせることができたよ!

 で・も! 問題はそういうことではなくてですねえ! わかっていてはぐらかしてるでしょ?


「愛する者のいないお前にはわかるまい」


「…………」


 絶句、した。


 私は絶句してしまった。

 逆鱗に触れるって、こういうことをいうんだと、実感した。

 シル様とラブラブで、兄が浮かれているのだとしても、言うにことかいて……。


 愛する者のいない? 恋愛の意味で、愛する者ってことでしょ? そうですよ? 麻紀としてだって、オクタヴィアとしてだって、誰かを深く愛したことなんてない。

 麻紀だった時は、共学じゃなくて女子校だったし、そもそも『高潔の王』に夢中だったし、まだまだ人生先はあると思っていたから、三次元はお呼びじゃなかった。


 だから、こうして生まれ変わったからには!


 今度こそは、私だって、恋愛結婚してみたい。でも、オクタヴィアはご都合主義解決担当だし、ここはBL世界で、ぶっちゃけ私の周りは男と男の恋愛があふれてるし! 男と女のカップルなんて少数派だし! オクタヴィアとしての私の初恋は、自分の護衛騎士だったけど、その騎士は男と結ばれたし! だいたい、愛する人がいたって、たとえ相思相愛の相手がいたって、それが国の利益になる人じゃなかったら、その人とは結婚さえできないのがオクタヴィアでしょうが!


 カチーン、ときた。


「わたくしだって、愛し合っている方はいますわ?」

「……何?」


 初耳だ、という兄上の顔。そりゃそうでしょう。いないもの! 口から出任せだもんね! 勢いってやつよ!

 されど。


 勢いとは、ときとしてげに恐ろしいもの。

 私の勢いは止まらなかった。


「そうですわ。近いうちに、兄上とシル様にもご紹介いたしましょう。わたくしの愛する人を」

 ……気がつけば、そんなことを、口走っていた。


 自分が怖い。


 愛する人なんて、いないのに。

 どころか、口裏合わせて紹介できそうな男性の知り合いすら、いないのに。


 ヤバい。

 いまから、やっぱ嘘でーすって謝る?

 謝るの? 兄上に?


『愛する者のいないお前にはわかるまい』


 言われた言葉が即座に脳裏に蘇る。


 それは嫌だ! 


 だから、私は。


「それでは、ごきげんよう」


 表面上は、微笑んで、優雅に退場した。


 ――何としても、適当な男を見繕う!

 心の中で、固い決意を胸にして。







 幸い、近いうち、と言っておいた。

 だから、まだ猶予はある。


 数日……城で兄を避けまくっていれば、一月は時間を稼げるはずね。


 男……。男!


 私が自由に出入りできて、男がたくさんいる場所と言えば!


 兄たちのいた廊下からだいぶ離れた場所まで来た。私は背後を振り返った。


「鍛錬場にいきます」

「は」


 短く応答して一礼したのは護衛の騎士だ。彼はさっきの兄たちカップルとのやり取りの間も、すぐ側でひかえていた。ただし、すぐ側でひかえながらも、気配を殺し、まるで空気のごとくというやつだ。私自身、たまに護衛されていることに気づかないからね!


 私は王女なわけで、基本、城内であっても、移動には必ず一人護衛の騎士がつくのだ。王族付ともなると、容姿に優れ、能力が高い者、と相場が決まっている。でも、結構定期的に入れ替わる。

 

 ――何故かって?


 男の恋人ができて、異動しちゃうからですよ! 

 王女の護衛なんて、拘束時間長いし、危険ですからね。


 ……オクタヴィアとしての、私の初恋は護衛の騎士だった。彼の名前はグレイ。いまでも覚えている。優しく、強く、格好良く、そりゃあ惚れるってもんでしょ。でも、私の初恋は無惨に散った。いや、ここではじめて、私はBL世界の洗礼を受けたといえよう。


 初恋のグレイはいまどこに?


 グレイは幼なじみの伯爵家の子息と結ばれました! 養子縁組して、その伯爵家の領地で領主として暮らしています! おわり。

 この世界――自分の国であるエスフィアのことが主になるんだけど――上流階級内においては、同性愛も同性婚(基本は養子縁組。王族だけは特例として結婚になる)もさして珍しくはない。むしろ一定の貴族位以上においてはってだけで、平民の間ではそうでもなかったりする。


 ただし私の周囲は、もちろん上流階級ばっかりです。男と男の恋愛はスタンダードです。


 王女である私の一番身近な恋愛対象は、護衛の騎士だったりしますが、グレイ以後、私の護衛に着任した騎士は、例外なく、同僚だとか、後輩だとか、はたまた身分違いの平民とか。しかしいずれも同性と恋に落ち、幸せに退職なり異動なりなんなりしている。

 うん。私、こりずにね、護衛の騎士にね、何度か心を奪われたのよ。グレイを筆頭に、五回目で、さすがに学習した。

 護衛の騎士。奴らは、範疇外! 女が恋愛対象にいれてはいけない存在。

 もうね、ずっと私を護ってね、はーと、なんて気はミジンコほども起きません!

 新しく着任しても、ほどなくしていなくなり、また別の者が配属されるものとして私の中では決定。名前も覚えないデス。


 あー……、でも、この人は結構長い? 


「…………」


 私は騎士の彼に目線を留めた。向こうも視線を返してきて、見つめ合う。

 襟足にかかるぐらいの短い黒髪に濃い青い瞳。高い鼻。彫りのある整った顔立ち。身長は高く、騎士なぐらいだから、装備の下にあるのは鍛え上げられた肉体。――いい男だなあ。くそう。でもこの男はたぶん、どっかのイケメンか美少年のものになるに違いない。

 違いない、んだけど。


 んー?


 心の中で首を傾げた。

 あらためて不思議に思ってしまう。

 この騎士。身分も出身は伯爵家だったはず。長男は家を継ぐから、理由がない限り騎士にはならない。つまり二男か三男。そして二十代前半。

 何よりこの容姿。見るからに良物件。好物件。

 なので、すぐに誰かと恋に落ちていなくなると思っていたんだけど、着任して、もう三ヶ月だっけ? ……はやいと一週間でいなくなるからなあ。


 ――や、違った! 三日だ! 最短期間、今年に入って塗り替えられたんだった……。


 今まで、体感的には、かっこよさの度合いで期間も決まっていた気がする。格好良ければよいほど、男とくっついて護衛を降りるのもはやいわけである。……なんだけど。


「あなた……」

 一応、名前を聞いておくべきかな?

「はい、殿下。どうかされましたか」

 低音の良い声が響く。


 あ。なしだわ。


 私はかぶりを振った。うん、悟ったね。こいつは駄目だ。顔良し声良し。売れる! 近いうちに、しかるべく男と結ばれて異動するに違いない! 名前を聞いても無駄になる。

「いえ――何でもないわ」

「…………」

「…………」

 く。いままでほっとんど、この護衛の騎士に話しかけたことがなかったのに、私から「あなた……」なんて呼びかけちゃったせいで、不自然な沈黙が!


 ……何か言っておこう。


「――わたくしをしっかり守りなさい」


 とりあえず、当たりさわりのない王女命令を発動し、誤魔化す。

 護衛の騎士の表情が微かに動いた。


「承りました」


 答え、護衛の騎士が頭を垂れる。


「ええ。頼んだわ」


 よし! それらしいやり取りになった!


 気を取り直して、私は歩行を再開した。目指すは鍛錬場。

 鍛錬場には、よりどりみどりの男たちが! 兵士がいる! ……男同士のカップルも多いけど!

 あーあ。どこかに、恋人役をしてくれる殿方が転がっていないかなー。


 身分は低くもなく高くもなく。

 王女の権力が通用する範囲で!


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― 新着の感想 ―
[一言] 兄の性格に難なしといってたけど、難ありだよね。 超弩級の糞じゃん、祝福されたいならさっさと一代限りの爵位でも用意してもらって臣下降格すべきだよね。 自分勝手すぎる生ゴミ乙。
[気になる点] ここは「お二人は私に戦争をお望みで?」くらい言ってほしかった。 時代地域によっては、戦争で死ぬ男の数より、妊産婦死亡数の方が多かったのだ。
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