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※長くなったものを分割したため、本日分は二話投稿です。

 

 悪夢の「高邁なる舞曲」に合わせて踊る。自分でも、最初はちょっと動きが硬かったと思うけど、デレクはうまくこちらをリードしてくれた。

 さすがはおじ様の息子! 次期公爵。社交の一環であるダンスの技量も標準以上!


 ――が、超優良物件の美形とダンスをしているはずなのに、お互いの間に流れる空気は緊張感ありまくりです! 


「――デレク様。先ほどの破滅、というお言葉。あれはどういうことです?」


 考えた結果……私の気のせいでなければ、もしや、私と踊ると相手が破滅するように思われているんじゃないかって恐ろしい疑念が出てきたんですけど!


 デレクが意外だ、という風に瞬きした。

「それをわざわざ――」

 口を開きかけて――思い直したように、閉じる。少し経ってから、再び口を開いた。


「――破滅か栄光か」


 オクタヴィア様と踊る相手にもたらされるのは、このいずれかでしょう?


 あくまでも爽やかに、デレクは言ってのけた。


「一度目は、オクタヴィア様が初舞踏会に出席した日。当時羽振りのよかった――裏でいろいろとあくどいことをしていた男で、ただし証拠がなく、泳がせているしかなかった商人です。その息子が、ダンスという晴れの舞台でオクタヴィア様に徹底的にやり込められた。罪のない子どもの所業だからこそ黙認されたことです。しかしあれを貴族たちは、王家がはっきりと意思表示をしたと解釈しました。さて、商人がどうなったか……? オクタヴィア様は当然、おわかりですね」


 いま明かされる衝撃の事実……!


「あれは……」


 二の句が繋げない。ただダンスが下手くそなだけだったのに、ミラクルな受け取り方をされてた……! なんか『黒扇』のときと似てない? 


「これがオクタヴィア様がもたらした一度目の破滅です。もっとも、ご存じのように、大抵の人間は時の経過と共に忘れました。肝心のオクタヴィア様が公の場でしばらく誰とも踊ろうとしなかったからです」


 うん! 必死こいて並のレベルになるべくダンス練習をしていたからね!


 しかし、と口元の笑みを完全に消してデレクが続けた。


「次にオクタヴィア様が踊った相手も、失脚しました。このときはやり込めることはせず、問題なく踊っていましたが……。それが何度か続き――ごくまれに、異例の成功を収める者が現れる。あなたと踊った者は例外なく、破滅か栄光か、どちらかを掴む。それが通説になりました」


 そんな通説いらないよ!


「――破滅のほうが多いですがね。不思議と、穏便に済む――現状維持をする者は一人もいない。いまのところ、例外は、セリウスや、アレクシス殿下ですか」


 な、長年の疑問が解けた……!


 私って、王女のわりに、舞踏会に出ても滅多にダンスに誘われなさすぎると思ってはいたんだよね……! ダンスへの苦手意識は残ったままだから、誘われないのはむしろよかったんだけど! アレクと踊ってれば楽しかったし。

 ただ、それはてっきり初舞踏会のときのダンスの下手さ。あのインパクトのせいかと……! 

 ある意味そうだった……。でも明後日の方向から忌避されてた……!


「わたくしをダンスに誘う殿方が少ないのは――」


 踊ると破滅すると信じられてるからか……。いままで踊った相手の絶対数が少ないこと自体も「そんな馬鹿な!」としか言い様がない悪循環に一役買ってるのかも……! 毎回舞踏会で三十人とか、大人数と踊っていれば……!

 デレク越しに、こちらを見守る広間の人々の様子が目に入った。イケメンや美少年が、デレクに不安げだったり、心配そうな視線を送っているのも、これのせいだ。

 うん、通説は現在進行ですね……! 

 貴賓室でのシル様とデレクの反応もまさに……。ん? このことは、もちろんローザ様も知っていた。で、交換条件に私に開幕のダンスを希望したってことは……。ローザ様も信じてた? どっち?


 にっこりとデレクが微笑んだ。


「破滅させられるのを望む者はいませんからね」

「まるで、わたくしが破滅させているような物言いは止めてくださる?」


 ここはきっちりと訂正しておかないと! 舞曲のステップを踏みながら、私は一息に言った。


「――デレク様。わたくしと踊ったからといって、踊った方が破滅するなどということはありません。その逆も。わたくしとダンスをしたか否かではなく、その方にいずれかの道を辿る原因があったのでしょう」


 ヤバい! きちんと言えたのはいいけど、主張するのに気を取られて、ステップが乱れた! デレクの足を踏みそう! 


「まあ、そうですね」

 ひょいとデレクが私の足をかわした。こればかりはデレクへ感謝!


「切羽詰まった者が、藁をもつかむ思いでオクタヴィア様にダンスを申し込む、という例もありましたし。そのときもオクタヴィア様は笑顔で応じていましたね。その者は社交界から完全に姿を消しましたが。ただし、同じ状況下において、栄光を掴んだ者もいる。――ウィンフェル子爵のことはどうご説明を?」

「――ダンスの申し込みを受けたのをきっかけに、少々、わたくしが彼に手を貸したのは事実です」


 ていうか、手を貸さずにはいられなかった。

 デレクの言うウィンフェル子爵とは、ヒューイ・ウィンフェルなる青年のこと。

 見た目も中身も好青年で、相思相愛の、シシィ・レウレーという可愛い婚約者がいる。シシィは女の子だよ! ここ重要!


 ヒューイとシシィ。この二人は、エスフィアの貴族社会における、貴重な……貴重な恋愛関係のもとに婚約にいたった男女。でもこの二人、婚約するまではいろいろと障害があった。

 二人の想いにはまったく問題なし。シシィはヒューイにずっと片思いしていたし、ヒューイも、他に男の恋人がいたりなんてことはなく、シシィのひたむきさにKOされて、シシィを溺愛している。羨ましい……。


 が! 外野がうるさかった。

 ヒューイに片思いをしていた人物がもう一人。


 侯爵家の次男。彼にとってシシィは憎き恋敵。シシィがいなければ、ヒューイは自分のものになると思ったらしく、あの手この手で子爵家に圧力をかけた。この発想、なんでそうなるのかいまもって疑問なんだけど――とにかく、この次男はそれを信じて実行した。

 爵位が低くても、権力は持っている、なんてパターンもあるとはいえ、シシィとヒューイは違った。

 このままではヒューイは侯爵家の次男と婚約しなければならない!

 追い詰められたヒューイは、舞踏会で、私にダンスの申し込みをした。


 いまになって、納得したよ……。あのときのヒューイ、もんのすっごい悲愴な感じで申し込みをしてきたんだよね。


 王女を誘うことに対してだろうって思ってたんだけど、あれ、違ってた。


 ヒューイにとってはまさに追い詰められた崖っぷちにいた状態だったが故の、だったのか……。このままだとどうせシシィを失って不幸一直線。なら、私と踊って王女との繋がりを得ようっていう一勝負だったんだね……。それで破滅してもこれ以上ヒューイにとっては悪い事態にはなりようがなかったわけかあ……。


 でも、そのダンスをきっかけにして、ヒューイの事情を知った私は、ヒューイとシシィの後押しをすることにした。王女権力フル活用! ……ちょっとやりすぎたくらい。

 ただし、二人は無事婚約したし、おかげで私も、シシィとは得がたい友達関係に! きゃぴきゃぴした手紙のやり取りをする仲! 私は城をあまり出られないし、シシィも気軽に登城はできないから、あんまり会えないけどね!


「子爵とわたくしの友人のシシィのことは、デレク様の耳にも入っていたはず。貴族の間で一時期、二人の話題で持ちきりになりましたもの。愛し合う者たちを、醜い嫉妬などという理由で引き離すのは愚か者のすることですわ」


 これは男女間でも、同性同士のことでも同様です!


「――ウィンフェル子爵は、残念ながら親の代では没落の一途を辿っていましたが、それは前代の王から理不尽な不興をかったからとか。それが尾を引き、王家とは長年距離のあった貴族です。しかし、子爵ながら広大な所領を有し、古参の貴族からの人望は厚い。彼が子爵位を継ぎ、オクタヴィア様の貢献もあって躍進しているのが、彼の現状ですね。――破滅ではなく、栄光を与えるにも最適の人物です。……現に彼は、王族の中で、誰かを選ばなければならないとしたら、オクタヴィア様につくでしょう。子爵の決断ならと、情で動くような、貴族として本来は動かしづらい者たちも」


 私の眉が自然と寄った。

 なんだか、打算でヒューイを助けたと思われてない?

 生憎、そこまで頭が回るほど、私は賢くない! 


「……デレク様は、兄上のご友人でしょう?」

「……ええ」

「わたくしは、ウィンフェル子爵の婚約者のシシィを友人だと思っています。友人の窮地を助けたいと思うのは、自然なことではなくて? デレク様も、兄上のことを、兄上が第一王子だから、次期国王だからという理由で助けるのですか? ただ、友人だからではなく?」

「……友人だからですよ」


 私の場合、数少ない幸せ男女カップルの恋を成就させたいという打算ならぬ、邪念はあったけどね!


 高難易度のステップを踏む時間が続く。その間に、私の頭も少し冷静になって、デレクが遠回しに仄めかしたことの意味がはっきりわかってきた。

「破滅に自分は関係ないとか抜かしてるくせに、栄光のほうにはバッチリ関与してるだろ?」だ! くだけすぎたけど、ようはそういうことだと見た!


 ここはステップに集中していないと失敗しそうなので、「高邁なる舞曲」、ステップの第一の難所を越えてから、私は口を開いた。


「……とはいえ、訂正いたしますわデレク様。ウィンフェル子爵の栄光に関しては、わたくしが関係していると認めましょう。彼が障害をのけ、シシィと婚約したことを栄光と称すならば。けれど、他のことに関しては偶然です」

「すべてが偶然なら、いま殿下と踊っているわたしに降りかかるのは何でしょうか?」

「――あなたの破滅も栄光も、わたくしが決めることではありませんわ。わたくしは何もしていません」


 ため息混じりに吐き出した。


 むしろ、私より、兄だよね!

 兄の友人なんだから、たかが一回の私とのダンスより、兄の動向のほうが重要だと思うよ! たぶんデレクにも影響大!


「……そうだとすれば、あるいは、オクタヴィア様が『何もしない』からこそ、ほとんどの者が破滅したのかもしれませんね」

「…………」

 何もしないから……? 眉を顰めてしまった。

「――今後わたしが破滅するにしろ、はたまた栄光を掴むにしろ、どちらも偶然、ということを了承しました。オクタヴィア様」


 デレクはそう答えたんだけど……私の「破滅とダンスは無関係!」ていう真実を本当に信じてくれたのかどうか、さっぱり不明。表情が完全に社交用のものだったし! 


 んー。でも、待てよ?

 踊りながらデレクを見上げる。


「……デレク様、一つ疑問があるのですけれど、答えてくださいます?」

「何なりと」

「わたくしと踊れば、破滅するかもしれないとお思いになっていたのなら、何故踊ることにしたのですか? ローザと取引をしたわたくしはともかく、デレク様はこのダンスを断ることもできたはずでは?」

「栄光が訪れるかもしれないでしょう?」


 私は冷たい視線をデレクに送った。心にもないことを言っているのが丸わかりすぎる!

 一番考えられるのは――。


「シル様のためですね?」


 今度はデレクもちゃんと答えた。


「それも多少はありますが……一番大きい理由は、わたしにも利点があったからです」

「……利点?」

「ええ。オクタヴィア様。個人的に、あなたと内密にお話したいことがありました。――ところが、あなたとわたしの立場上、それは中々に難しい。ですから考えてみれば、わたしが開幕のダンスのお相手になったのは悪くないんですよ」


 ――公の場で、誰に邪魔されることもなく、堂々と二人だけで話すには。


「天空神が与えてくれたこの機会に感謝しなくては」

「デレク様がわたくしに内密のお話? どんなお話なのか、想像ができないのだけれど」

 幼少期はともかく、ほとんど接点もないもんね。

「で、しょうね」

 デレクが手を取って、私の身体を引き寄せた。

 爽やかな笑顔でもない、社交用の表情でもない、素に見えるデレクが、言葉を紡ぐ。


「オクタヴィア様は、記憶におかしなところはありませんか?」


 記憶……? まさか前世のことを言っている?

 ありえないと思いつつも、つい、警戒してしまう。すると、デレクが苦笑した。


「言い方が曖昧でしたね。たとえば――あなたとセリウスの関係がこんな風になる前――子どもの頃のことは、きちんと覚えていますか?」


 ――あの頃の、セリウスとのことを。


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― 新着の感想 ―
すごくおもしろい! 読んでると時々、ホモソーシャルと近世ヨーロッパ風貴族社会が内包してるミソジニーに辟易しちゃうけど、それもまた味があっていいな〜と思います。色んな謎が散りばめられている気配はあってち…
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