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 開幕のダンスの相手がデレクに決定してから、ローザ様は、


『ではさっそく、高貴なる方へ使いを出すことにいたします。バークス様など来ていない、とお伝えしなければなりません。この使いを出してからバークス様のご訪問を知ったのなら、わたしに非はありませんものね。不幸な行き違いですわ。――殿下方は、もうしばらくこちらにおいでくださいな。他の者が立ち入ることはありませんので、どうぞおくつろぎを』


 と言い残し、優雅に貴賓室を後にした。


 この準舞踏会で、もともとローザ様はレディントン伯爵として兄とシル様を二人セットで招待していた。でも、兄は早々に断りを入れていたらしい。

 それなのにまさかシル様が一人で来るとは思いませんでした。当然気づくのも遅れました――連絡を受けた時点では来ていませんでした――というのがローザ様の兄への回答になる。

 回答を送り、ローザ様は兄へ失礼のない最低限の義務を果たす。ただしその内容は――ってこと。

 まあ、シル様の出席は後で絶対に兄にはバレるんだけど、とりあえず、準舞踏会が終わるまで、変な横やりが入らなければ良し!  

 主催者であるローザ様が味方についたのは大きい!


 ――で、先ほどから、私は卓上で一の面を下に静止しているサイコロを睨んでいた。


 シル様とデレクは少し離れた場所に立ち、二人で話している。せっかくローザ様が気を利かせてくれたことだし、と、私がそうするようシル様に勧めた次第。

 デレクには馬車の事故について話すこと。私がシル様に出した条件の一つ。

 準舞踏会が始まる直前の、密談できる機会。これを逃す手はないよね!


 ――でも、シル様だけでデレクに話したほうが良さそうだったので、私は密談には混じっていない。手持ち無沙汰だった。


『空』に尋ねるために机の周りに集まってから、クリフォードはそのまま近くに控えているものの、お喋りって雰囲気じゃないし。


 ていうか、ものすごーく、試したいことがある!


「…………」


 誘惑にたえきれず、三面のサイコロを、私はついに手に取った。クリフォードの視線を感じたけど、何も言わずに、とりあえず、もう一度サイコロを振ってみる。


 そう! 試したかったのはこれ! 


 今度こそ三! もしくは二を!


 …………だけど、底面に出た目は、またしても一だった。……まだ慌てるような段階じゃない。こんなこともあるよね。


 ――もう一度!


 今度も、一。つまり三連続で一の目が出たことになる。


 ……二は? ……三は?


 ムキになってしまったのは認める。連続で十回もサイコロを振ってしまった。


 ――結果は? 一が出た回数が六回。二が四回。三は、ゼロ。


 な・ん・で。確率があまりにも仕事してなくない? 偏りすぎでしょ!

 ちょっとちょっと天空神? これはないんじゃないですか! 

 運のない私が振るからいけないとか?


「――三の目が出ないなんて、わたくしは天空神に嫌われているのかしら?」

 サイコロをつまみ上げて、控えているクリフォードに思わずぼやいてしまった。

「殿下は天空神に祝福されたエスフィアの王族の一人です。そのようなことはないでしょう」

 そつのないフォローが入った! でもなあ……。


「……生憎、わたくしは祝福を感じたことはないけれど」


 クリフォードの言うとおり、エスフィア国の王族は天空神の祝福を受けている、という伝説が今日まで受け継がれている。城の大回廊にでかでかと創世神話が描かれているのもそのため。とはいえ、私はあれ、美術品としてしか見てないしなあ……。

 エスフィアで広く信仰されている天空神だけど、その存在を感じたことはないんだよね。


 ああ、でも。


「アレクは感じているかもしれないわ。創世神話や天空神にまつわるものが好きみたいだから」

「はい。一度、アレクシス殿下を大回廊でお見掛けしたことがあります」

「あそこはアレクのお気に入りだもの」

 互いの空き時間、アレクに会いたいときは、大回廊に行ったほうが早いぐらい。

「……そのようですね。とても、気に入っているご様子でした」


 ん? ちょっと皮肉っぽい響きがあったような?

 不思議に思って、クリフォードのほうを向いた。


「――天空神に嫌われているのは、殿下ではなく、私かもしれませんが」


 意味だけをとらえるなら、がっかりしている風に聞こえる言葉。だけど、全然そういう感じじゃない。むしろ……?


「クリフォードが?」

「もしそうだとしたら、殿下はどうなさいますか?」


 どう……? 

 私は首を横に振った。


「どうもしないわ。三の目が出ないことが、少し悔しいだけね」

「……そうですか」


 クリフォードは薄く笑った。


「――とにかく、天空神がどうであろうと、一度くらい、三の目が出てもいいと思うのよ」


 常識的に考えて、天空神云々より、サイコロなんて、運と確率!

 それにしたって、十回中ゼロっていうのはあり得ない。ローザ様を疑いたくはないんだけど……だけど、サイコロに仕掛けが施されてるとか、ないよね? 一見素人には気づけないような巧妙なやつ! ローザ様、私の心が薄汚れていてごめんなさい!


「殿下。サイコロをお貸し願えますか?」


 やっぱりクリフォードもこのサイコロを少し不審に思ってる? 

 差し出された大きな手に、つまんで持ったままだったサイコロを置く。でも、サイコロを手にしたものの、ほんの数秒でクリフォードはそれを私に戻した。


「どうぞ」


 戻されたサイコロをまじまじと見つめてみる。うーん。貴賓室にあるだけあって、精巧に作られた三面のサイコロですね! そして、晴れ渡った空の色をしている。『空』にちなんで三面のサイコロはどれも青系統のものが多い。


「……もう一度だけ、振ってみることにするわ」


 いざ! 十一回目。

 気合いを入れ、軽いサイコロを机に向かって一投。

 息を呑んで行方を見守る。

 サイコロが、止まった。上――左右に見える目は、一と、二。

 てことは、底面は――。


 震える手でサイコロを持ち上げて、自分の目でも底面を確認。


 そこに刻まれている数字は三。


 三の目がついに!


 つい、飛び上がって喜びそうになって、自重した。私は王女、私は王女っと。仕切り直しで扇をバサッと開く。


「……クリフォード。三の目が出たわ」

「はい」

「……あなた、何かしたのではない?」


 三の目が出たのは嬉しいけど、私の薄汚れた心はこの期に及んでも健在! サイコロ自体に仕掛けがあって、あの数秒の間にクリフォードが何かしたんじゃないかなあ、とか! 


「――願っただけです。三の目が出るように、と」


 忠実なる護衛の騎士は、そう言って頭を垂れた。







「みなさまがた、こたびは、我が準舞踏会へようこそ――」


 シャンデリア、綺麗だなー。さすが『天空の楽園』名物の一つ。


 高い天井に連なった美しいシャンデリアは圧巻。一個だけで大小何百という蝋燭が立っている。その幾つかには、既に火が灯っていた。ただ、惜しいかな。まだ日中。本日の準舞踏会は午後の三時から始まって夜の十一時に終わる予定。蝋燭の明かりが幻想的な本領を発揮するのは日が沈んでから。


 何を隠そう、夜からの開催が許されているのは舞踏会のみ!

 深夜から明け方まで。夜の娯楽として、そして権力を知らしめるため、開かれるようになったのが舞踏会。だけど、舞踏会が開かれ出した初期は、いかんせん蝋燭代が高かった……! 質の良い蝋燭を盛大に消費して、夜中踊り明かせる財力を持つのは国王ぐらい。


 でももちろん貴族だって舞踏会は開きたい。経費削減のため、諸貴族は昼間から舞踏会を開始し、夜の蝋燭消費時間を減らすことにした。そうしていつしか、日が高いうちから始まる貴族主催のものは、準舞踏会として区別されるようになった。蝋燭代が関係なくなり、『天空の楽園』のような貸出ホールなんてものが利用できるようになっても、この二つの区別と、開始時刻の違いはいまでも続いている。


 シャンデリアに見とれながら、ゆっくりと、『黒扇』で顔を仰ぐ――のはできなかった。開幕のダンスに備え、会場の給仕に一時預けようとしたら、明らかにほんの一瞬だったけど怯んだ様子だったので、かわりにクリフォードに持ってもらっている。平気な人に預けるのが一番だと思うんだよね!


 手元にないものは仕方ないので、仰ぐのは諦め、純エスフィア風――王城の大回廊に雰囲気としては一番近い――に統一された『天空の楽園』の広間で、ローザ様の挨拶に耳を傾ける。


 招待客が集まり、開始時刻になったら、主催者の挨拶で準舞踏会の幕はあがる。

 規模によっては会場に数千人もの出席者がやってくる。こうなると、さすがに主催者が出席者全員に声をかけるわけにはいかない。一言も話さない人もこれで勘弁ね! て意味での挨拶でもある。


 そしてその挨拶の最中、出席者たちが広間のどの辺に立っているか、誰と一緒にいるかで、階級や派閥や人間関係がもうすでにだいたい推測できてしまう。

 基本的には、挨拶をしているローザ様がいる場所に近いほど、階級、権力、重要度などで招待客の中では上位の人物。遠く、広間の隅にいるほど、末端、ということになる。


 お互いの立ち位置を理解し合った上で、出席者たちは互いの陣地から全体の顔ぶれを眺め、準舞踏会が始まったらまず誰に話しかけるか、虎視眈々と狙いを定めている。逆を言えば、主催者の挨拶前は、身内同士での雑談に徹し、本命への接触は控える。


 新たな人脈、コネ作り。敵の動向を探るため。派閥の確認。情報収集。結婚相手や、一夜の恋人を求めて。


 目的は様々ながら、欲望渦巻く、まさに血の流れない戦場……! それが準舞踏会!


 そして開幕のダンスに備え、広間中央は予め開けられている。


 私がいるのはいわゆる王族用の席。最上位の位置。

 そして、傍らにはデレク・ナイトフェロー。当初の予定では、エスコートを受けても、広間に到着後はシル様とは離れるはずだったんだけど、こうなったら開き直ってしまえ! てことで、シル様も王族用の席に。


 エスコートだけならともかくこの場でも一緒にいるってことで、招待客の間で多種多様の憶測が生まれている模様です!


 あと、開幕のダンスをどうやら私とデレクが踊るらしいってことが伝わって、それも話題になっている。


 デレクが私の傍らにいるのも、もちろんその開幕のダンスの相手だから。ローザ様の挨拶後に、私とデレクのダンスが始まる。


「――本日は、私なりに、趣向を凝らした準舞踏会にしたいと思っております。まずは私の挨拶などは終わりにして、開幕のダンスを!」


 新緑のシンプルなロングドレスを翻し、ローザ様が高らかに告げた。楽団が演奏を始める。


 ――う!


 一瞬、私の身体は硬直してしまった。この曲は……!


 忌まわしき初舞踏会の日。調子こいた私が己の愚かさを実感したときに演奏されていた舞曲! 人気の宮廷舞踏曲と比べると、マイナーとも言える「高邁なる舞曲」!

 よりにもよってこの曲なんですかローザ様ー!

 一応踊れるようになってもこの曲は避けていたのに!


 でも、何故かこの曲が流れて、緊張したのはデレクも同様のようだった。……ていうか、広間全体? 招待客たちに走った空気が、それを物語っている。


「まったく……」

 苦い顔で呟くと、デレクがため息を吐いた。

「どうやら、レディントン伯爵はあの日の再現をするおつもりのようだ」

 あの日の再現っていうと……。さすがに私もわかる。

「わたくしの初舞踏会の日を?」

 これしかない。

「ええ。わたしの破滅をお望みらしいですよ。いや……どちらでも構わないのか。興味本位、というところでしょうね。……どちらへ転ぶのか」

 でも、デレクの発言が意味不明なんですけど!


「――参りましょうか? オクタヴィア様?」


 気を取り直したようにデレクが言い、私たちは広間の中央へ躍り出た。



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