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 エスフィアにも貴族の女性はたくさんいる。だけど、女性本人が爵位を授かっているケースは少ない。そして、少ないながらも爵位を持っている女性というものは――百戦錬磨。


 なにせ、貴族社会は男性社会。BLの世界だということも、それを後押しする。女性っていうだけで、厳しいものがある。そこを自分で爵位を保持しながら没落せず生き残るんだから、彼女たちはいずれも女傑揃い。レディントン伯爵も、気を許すと、うっかり取って食われそうなしたたかさがある。それでも、同じ女性ということもあって、やっぱり一般的な男性貴族よりは断然親しみやすい……んだけど!


 それも、嫌な予感がなければだったりする!


 準舞踏会の合間に、貴人がくつろぐことができるよう用意されている貴賓室。

 レディントン伯爵によってそこへ案内された私は、勧められた椅子を断り、部屋の中で彼女と向かい合っていた。できれば立ち話で軽ーく済ませたいという意思表示です!


 エスコート役の三人もぜひにと言われ入室している。ただし、位置はバラバラ。クリフォードはこういう時の私の護衛の騎士としての定位置、扉付近。

 シル様は室内に入って数歩という場所。これもある意味、定位置。

 クソ面倒なんだけど、貴賓室って身分ごとに移動できる範囲が決まってるんだよね。シル様が立っているところは、男爵家の三男としての位置。そんなシル様を見て、レディントン伯爵が読めない微笑を浮かべたのが怖い……!

 残る一人。デレクは西側の壁に寄りかかっている。こっちは次期公爵なんで、招待主のレディントン伯爵に失礼をしなければ、貴賓室のどこにいても自由。


 さて――。


 私はパシリと扇を閉じた。


「レディントン伯爵」


 向かい合った伯爵を呼ぶ。

 デレクとの会話で間接的、遠回しな表現にはこりたので、率直に、と。


「わたくしへのお話とは?」

 彼女が話し出すのを待つことなく、私のほうから切り出した。


「この準舞踏会の間は、ぜひローザ、とお呼び下さいな。殿下。殿下が招待に応じてくださったこと、とても嬉しく思っているのです」

「同じ女性として尊敬している方を呼び捨てにはできませんわ。ローザ様」

「お上手ですね、殿下は」

 レディントン伯爵――ローザ様は声を立てて笑った。


「それにしても……」


 ついで、三人を順に見やる。


「殿下には驚かされましたわ。素敵な殿方を三人も。次期公爵であるデレク・ナイトフェロー様に、セリウス殿下のご寵愛を受けるシル・バークス様。――平民ながら武の腕を買われ伯爵家の養子に、さらにはオクタヴィア殿下の護衛の騎士となったクリフォード・アルダートン様。お連れになっているのが、とても面白い顔触れときていますもの」


 デレクとシル様はともかく、クリフォードのことも熟知しているとは……ローザ様、あなどれない! いや、もしかしてクリフォードって、私がいままで無頓着だっただけで結構有名だったり? 

 ――と、声の調子が落とされた。


「ですが、バークス様は、お帰りになったほうがよろしいかもしれません」


 最終的に、定まった彼女の視線の先――そこにいるのは、シル様だった。


「とても怒っていらっしゃる高貴な方が、バークス様を探していらっしゃるご様子ですものね」


 とても怒っていらっしゃる、高貴な、方、ね。


 思わず私は振り返り、シル様と顔を見合わせた。

 きっと心の中は一致している。


 ――兄だー!


 シル様の不在がバレた……。気づかないで欲しかった……。まったく気づかれないのも危機管理としてどうなのってことにはなるから、それはそれで……?


 とにかく、兄からすればシル様は行方不明ってことで……。シル様の自発的な行動だってわかっていたとしても――探すよね。探さないほうがおかしい。

 手を打った結果、ローザ様のもとに捜索の報が? 


 嫌な予感、当たってた。


「あら。殿下も共犯ですのね?」


 ローザ様の目が輝く。今度は、デレクを見ながらその言葉が紡がれた。


「ナイトフェロー次期公爵も、かしら? 高貴な方からのものであろう伝令鳥の手紙を受け取っていらしたでしょう。そして殿下とバークス様が共に到着したと耳にして、足早に出迎えに向かいましたものね? ……それなのに、揃ってこの場に」


 シル様の協力者だっていうことに関しては、デレクは疑いようがないのかな。でなければ、私のエスコートをしているシル様を見つけた時点で、兄のところへ送り返しているもんね。シル様が私と一緒だったのは、予想外だったんだろうけど。


「怒っていらっしゃる高貴な方には、報告なさらないおつもりなのでは? ――少なくとも、すぐには」

「……レディントン伯爵もお人が悪い」

 ため息を漏らしたデレクが眉間に皺を寄せた。

「私など、あなたの父君に比べたらひよっこも同然よ?」

「ご謙遜を」

「ひよっこな私だから、このような場を設けたのですもの。穏便に、バークス様にはお帰りいただきたいのですわ」


 デレクへ向けられていたローザ様の矛先が、シル様へ戻った。諭すように言う。


「とある高貴な方が、必死にバークス様を探していらっしゃる間、当のあなた様が我が準舞踏会に出席していたなどと知れたら――。余計な火の粉は被りたくないものです。バークス様が来訪なさったこと自体はもはや他の招待客も知るところ。されど、いまなら、取り返しはつくでしょう」

「おれが――帰れば、ですね」

 シル様が静かに言葉を紡いだ。

「ええ。あなた様がいるべきところに。あまり高貴な方を心配させるべきではありませんよ。我が準舞踏会に出席したいなら、また次回、どうぞ、高貴な方と共に。そのときはこのローザ、歓迎いたしますわ」


 でも、それじゃ意味がない。今日、この準舞踏会でなければ。


 パッと私は扇を開いた。音が響いて、視線がこちらに集まる。私は口を開いた。


「――わたくしが、『シル・バークス』の出席をローザ様にお願いしても?」

「……殿下が?」

 ローザ様の赤い唇が、弧を描く。


「心動かされますわね。……そうですわね、もし、殿下のお願いをきくかわりに、私のささやかな願いも聞き届けてくださるなら――」

 これは……交渉の余地あり? 

 だけど、みなまでローザ様が言い終わらないうちに、言葉は遮られた。

「わかりました。帰ります」

「シル様」

 帰る? ついさっき、「帰るはずがありません」って言ってたのに? ここで引き下がるのはシル様じゃないでしょう!


「おれ自身が何かをすればいい話ならともかく……これ以上、オクタヴィア様に負担をかけるわけにはいきません」

 私の呼びかけにきっぱりと言い、首を振る。


「――違いますわシル様。これはわたくしのためでもあります」

 そして、私もまた、首を振った。


「……オクタヴィア様の?」

 戸惑いがシル様の瞳に浮かんだ。

「わたくしの、です。シル様に協力することは、わたくし自身のためになる。わたくしがそう考えているということを忘れないでください」


 だって、こんなところでシル様が帰ったら……吉と出るに賭けて、せっかく決断した意味もなくなる。ここまで来たからにはこんな横やりで中途半端で終わるのは断固阻止しなければ! 


 未来への布石!


 変化は生かす!


 私はこちらを見守っていたローザ様を直視した。


「ローザ様。わたくしへのささやかなお願いとは?」


 緊張の一瞬。


 ――内心、すさまじく構えて返答を待っていたんだけど。


「開幕のダンスを、殿下に頼みたいのです」


 にっこりとローザ様が微笑んだ。視界の隅で、デレクが驚いたように目を見開いたのが見えた。でも、気持ちはわかる。


「…………」

 だって私もあっけにとられていたから。


 ……え? ダンス? 踊ればいいだけ? 

 それだけ? ていう驚き!

 ちょっと、かなり、気が抜けた。いやだって、こういう時にささやかとか言われると、十中八九ささやかじゃないよね! 無理難題だったりするよね!

 それにこれって、実はローザ様にとっては、私につくか兄につくかっていう難題。

 普通は、明らかに第一王子である兄につくだろうし、だからお願い――見返りがあればって要求は至極当然。それこそ、王女にしかできないような権力行使とか融通とか! 


 ところが、本当にささやかだった……! 


「準舞踏会では主催者の挨拶が終わったら、一組の男女が踊りますでしょう? 殿下が開幕のダンスを引き受けて下さったら、これほど嬉しいことはありません。我が準舞踏会の成功が約束されたようなものです。喜びで、怒っていらっしゃる高貴な方のことや、自分に多少の火の粉がかかりそうなことなど、どうでもよくなってしまいそうなほどに」


 いかがですか? 


「――お引き受けしますわ」


 私は即答した。

 満面の笑みをローザ様に返す。ダンス一つでシル様の出席が可能になるなら安いもの! ダンスへの苦手意識は消えていないけど、勘は取り戻したし。醜態を晒すようなことにはならない、と思う!

 クリフォードと練習しておいて良かった。ホント良かった。

「さすがは殿下」

 ローザ様も満足そう。


「――誰と」

 いい雰囲気の中、唐突にデレクが問いかけた。

「オクタヴィア様は誰と踊るんですか? レディントン伯爵?」


 相手……! そうだよ! これも重要だった……!

 かつての私みたいに、ダンスが下手な人が相手だったりすると、私の技量ではカバーしきれないかもしれない。

 初舞踏会の悪夢が私の脳裏に蘇った。久しぶりに出席した準舞踏会の、しかも開幕のダンスであの悪夢を再現するわけには……! 


「もちろん、殿下に相応しい方と。ナイトフェロー次期公爵、あなたを含め、この場にいる三人の殿方の誰かならば適任では? 殿下のエスコートを務める三人ですもの。どなたが殿下と踊っても素晴らしい光景となることでしょう。――その効果も。とても素敵だわ」


 クリフォードか、シル様か、デレク? クリフォードとは一回練習済み。シル様は実はダンスの名手として有名なんだよね。デレクはいつかの舞踏会で軽やかに踊っているのを見たことがある。……男と。

 よし! 誰であってもかつての私よりダンスが下手ってことは絶対ない。

 初舞踏会の悪夢は回避できそう!


 心の中でガッツポーズをし、三人を順々に見た、んだけど。


 クリフォードがポーカーフェイスなのは良いとして。

 シル様がものすごく深刻そうな顔をしているのは何故に? うーん……あ、兄のことがあるから、大いに悩むところとか? ……そうか。たしかにエスコートした上に、私とダンスとなると……。想像できすぎる。エスコートだけならまだ何とかなるギリギリの線だっただけで、いろいろ厄介なことになりそうだなあ……。

 で、デレク。デレクは「参った」という風な表情を浮かべていた。私の視線に気づくと、ごく自然に貴族然としたものへと変えてしまったけど。


 ……あれ? なんか微妙な空気が漂ってる?


 でも、誰と踊るかって重要だよね!


 私は、逃げに走った。


「――この場にいる三人の中からなら、ローザ様。わたくしはクリフォードと踊りたいと思います」


 三人の中での安パイは明らかにクリフォードのみ! この一択!

 昨日一緒にダンスの練習をしたし、私の護衛の騎士で『従』だし、何よりクリフォードは微妙な空気の一旦を担っていない! うん、ポーカーフェイスなだけなんだけど! 

 あと、護衛の騎士となら踊っても特に問題にならない! むしろ自然?

 舞踏会や準舞踏会でエスコート役を務めた護衛の騎士が、セレモニーとして王女と踊ったりすることはある。


「ねえ、クリフォード? あなたは構わないかしら」

 扉を顧みて、私はそこに空気のごとく気配を殺し、控えていたクリフォードに尋ねた。


 一応、これに関して命令はしたくなかったり。私は自分で決めたことだから良いけど、開幕ダンスって重要なものだし、パートナーを務める人物にとってはこれ自体が重荷な面もあるもんね。公の場でのことだし。

 それに、クリフォードならもし嫌だったらきっぱり断わるって信じてる! その時は私も諦めるよ!


 こちらを推し測るかのように、濃い青い瞳が強く私を見返した。


「もちろん、殿下の望むままに」


 直立不動だったクリフォードが頭を垂れた。嫌だけど仕方なくって風ではない……と思う。よし!


 私は一件落着と扇を閉じた――んだけど、意外なところから待ったがかかった。


「お待ちくださいな、殿下」


 ローザ様から。


「それでは、他のお二人に不公平ではありませんか?」


 えー。シル様とデレクに?

 それぞれの理由は違うだろうけど、二人とも、あんまり私と踊りたくないんじゃ……。

 私のほうは、シル様とは一回ぐらいは踊ってみたいんだけどね! だってダンスの名手だよ? 小説の描写でも素晴らしかったし、去年の舞踏会で、シル様と兄が踊るのを見たんだけど……すんごく良かった! 羽が生えてるみたいなダンスで、パートナーとして踊ったら楽しそうだなあって羨望の眼差しで二人をじーっと凝視してたら、ダンス中の兄に訝しげな顔をされた記憶が。


「わたくしがシル様やデレク様と踊ることのほうが問題では? ローザ様」


 あの微妙な空気、感じていなかったとは言わせない!


「問題なのかどうか、それならご本人にお聞きしましょう。――バークス様、あなたは殿下と踊る名誉を無碍になさるのですか?」


「まさか」

 即座にシル様が首を振った。結構勢いよく。


「ですが、おれのような、いまだオクタヴィア様に認められていない者が踊っていただけるとは……資格が」

 そっちーっ? あの深刻そうだったの、そういう理由ですかシル様!


「資格……これまで(・・・・)のオクタヴィア殿下のダンスのお相手を思えば、というところかしら? ――自分に自信がおありにならないのですね、バークス様は。先ほどは威勢が良かったのに」

 私のこれまでのダンスの相手? 舞踏会では専らアレクだけどなあ。そりゃ初舞踏会の日の失敗から数えれば、他にもいるけど。

「…………」

 シル様が黙ってしまう。

「――レディントン伯爵」

 寄りかかっていた壁から身体を起こしたデレクが、咎めるかのようにローザ様を呼んだ。

「バークス様に殿下と踊る名誉を受ける心づもりがあることはわかりました。では次期ナイトフェロー公爵は?」

 ローザ様の口元には笑みが浮かんでいる。


「……怖じ気づいていらっしゃる?」


 あのー、ローザ様。私との開幕ダンスって、そんっなにハードルが高いんでしょうか……? 不安になってきた……。私があんまりダンスが得意じゃないって、ローザ様はわかってて、なのに、すんっごい高難易度の曲をかける予定だとか? それって私にもトラップ……。


「怖じ気づく? 何故そのようなことをお思いに?」

 デレクとローザ様の間で笑顔という名の応酬が勃発している。

「オクタヴィア様のダンスのお相手を務めることはわたしにとってもこの上ない名誉ですよ」

「それなら……」

 デレク、シル様、――クリフォードの順に視線を投げ、最後に私へと、彼女の瞳が向けられる。


「やはり機会は平等に与えられるべきですわ。不躾をお許しくださいね、殿下。――さきほど殿下はアルダートン様をダンスのお相手に選ばれました」

「……ええ」

「――そこにはきっと、理由があるはず」


 理由っていうか、微妙な空気を前にしてクリフォードへ逃げたっていうか……。


「何かを選ぶ際、そこに人の意思が介在する限り、必ず禍根が生まれます。――どなたが殿下と踊っても良いとわたしは思っていますわ。これは本当です。けれども、誰か一人にしなければならないとしたら、そうですね……バークス様でしょうか? これは、わたしなりの理由です」

 人差し指を立て、ローザ様が微笑む。

「では、わたくしはシル様と踊れば?」

 交換条件を出してきたローザ様がこういうんだから、と思いきや、彼女は首を振った。


「――『空』に尋ねることにいたしませんか?」

「……空」


 ということは、つまり。

 前世だったらピンと来なかった言葉だけど、エスフィア生まれなら、『空に』尋ねると言えば、意味することは一つ。


 ローザ様が頷く。


「私でも殿下でもなく――決めるのは天空神です」







 貴賓室には、目を愉しませる絵画や花、休憩するための長椅子や机の他に、遊戯道具もおかれている。

 ローザ様は、棚から遊戯道具の一つを持ってきて、掲げてみせた。

 彼女の親指と人差し指の間に挟まれているのは、三面のサイコロ。

 五面体の柱体……三角鉛筆を短くカットしたような形状なんだけど、使用する三面以外の部分は微妙に丸みをおびた構造で、サイコロとして機能し、かつうまく転がせるようになっている。それぞれの面に記してあるのは、一から三までの数字。


 何故三までなのか。この三。エスフィアでは神聖な数字。天空神は三番目に誕生した神である、と伝えられているためだったりする。一番目と二番目の神はすっごく影が薄い。よってエスフィアでは三は最高の数であり、天空神の数字。

 そして、この三面のサイコロは遊戯にも使われるけど、別の用途でもよく用いられる。


 三択があるとき。三に因んだ問題だから、天空神にあやかり、このサイコロを振る。

 これが『空』に尋ねるってこと。

 ちょっと変わっているのは、三面しかないサイコロの宿命として――振って止まったとき、上に見えるのは左右の二面だから――底面に出た目を答えとする点。『空』が告げた、『地』へ――つまり、天空神から地上にいる人々への答えって意味も兼ねてるとか。なんとこの知識、王女教育の中に覚えるべきこととして組み込まれている。

 底面に出た唯一の目こそ天空神が示した最良の回答、と解釈される。


 ――まあ、とどのつまりは、一から三、どの目が出るか、運試し!


「余計な人間の意思がまったく介在しないという意味では、最良の方法ですわ。とくに、こういった問題では。私たちは何も考えず、結果だけが示されるのですもの。――殿下もわたしも、それに従うのみ」

「……否定するつもりはありませんわ」

 だって、どれにしようかな、でクリフォードを護衛の騎士にしたのが私。ローザ様のことをとやかく言えない。


「一はナイトフェロー次期公爵、二がバークス様、三が、アルダートン様、ということにいたしましょうか。……異議のある方は?」


 立っている場所がバラバラだった三人も、豪奢な机を囲むようにして集められている。どこからも異議は――。ざっと全員を見渡した私は、ちょっと引っ掛かってクリフォードのところで視線を留めた。ポーカーフェイス……なんだけど、何だろう? 少し……。


「――さあ、殿下。どうかお振りになってください」


 ローザ様の言葉に引き戻される。

 手渡されたサイコロを、見つめた。種も仕掛けない三面のサイコロだった。どれかの面に比重が偏っているとか、そげているとか、形がおかしいとか、まったくない。イカサマ不可能!

 深呼吸してみる。

 机に向かって、私はそれを慎重に放った。


 ――三! 


 すべては確率の問題。運もあるだろうけど! クリフォード! クリフォード来い! それかシル様の二かな!


 勢いよく転がっていたサイコロが、動きを完全に止めた。


 出た目は――。


 三面のサイコロ。その左右に見える数字は、二と三。


「一」


 ローザ様がサイコロを持ち上げ、底面を私に示してから、机に置き直した。……ですよね。左右が二と三なら、底面は一しかない! しっかり確認しましたとも。


 開幕のダンスの相手は、デレク・ナイトフェロー。


「わたしと殿下の選択は、天空神に一蹴されたようですわね」


 でも、ローザ様はさほど残念そうでもない。この状況を楽しんでいるような……。私とは大違い。三の目が出なかった衝撃は大きい。しかも、二でもない。

 よりにもよって、一!


 私はさっと扇を口元にあてた。王女スマイルが消え、思わず「げ」なんて一声が飛び出そうになっていた。


「お手柔らかに願います、オクタヴィア様」


 そんな私に対し、デレクは完璧な社交術でもって恭しく手を差し出してきた。


「楽しみですね?」


 爽やかな笑顔が恨めしい。


 そういえば私、あんまり運とかなかったんだっけ……。でなきゃここにいないもんね。

 前世、コンビニでたまにやってた、何百円分か買うとひけて当たれば商品がもらえるクジ。

 あれも、大抵は応募券だった……!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 3面のサイコロって無理じゃないですか?4面体が最小の多面体だと思います、、。三角柱のことかな、なんて思ったり
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