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20 深読みしすぎる平民兵士の、レヴ鳥に導かれた災難(前編)

※ガイ視点の話で、オクタヴィア視点(18、19話)の補足です。

 

 クジ引きで負けた結果、俺は薄暗い早朝から城内の巡回にかり出されていた。物陰に襲撃者が潜んでいた、などという一大事は起きなかったが、男同士で盛っていた恋人たちは発見した。大多数の恋人同士は、盛り上がっていても、時と場所を選ぶ。しかし、数が多ければ、そこからはみ出し、羽目を外す奴らも必然的に出てくるのだ。


 ……爽やかな一日の始まりから、見たくないものを、見てしまった。


 天空神よ、俺にご加護を。


 今日が良い日でありますように。


 そんな祈りを捧げつつ、城壁沿いを内側から一巡りしていた時だった。


「!」

 俺を嘲笑うかのように、レヴ鳥が空から糞を落としてきた。奮発して買った、おろしたての靴にだ!


 クソ鳥め……!


 だが、攻撃するのは躊躇われた。レヴ鳥だからな……。

 この鳥にまつわる話は、村で爺どもに何十回も聞かされている。石を投げてレヴ鳥を殺した男が翌年落石で死んだとか。不吉、死の象徴として知られる鳥だ。


 怪我をさせるぐらいならいっそ殺せ、とも言われている。傷つけ、下手に逃げられたままで終わると、後にレヴ鳥は復讐にやってくる。奴らは自分に害を与えた者のことは、人でも動物でも決して忘れない。

 害鳥というわけでもないので、放置しておくのが一番いい。


 奴らは人間のことなど我関せずで、いつでも好き勝手に飛んでいる。


 俺の新しい靴に糞を落としたりしてな!


 その辺に生えていた草をちぎり、靴に付着した糞を拭う。まったく……。


「おう。レヴ鳥にやられたな。気をつけろよ? 災難の日の証だからな」

 先輩兵士が笑い混じりにからかってきた。

「あんなの、迷信ですから……」


 レヴ鳥は逸話の多い鳥だ。なんと、糞にまで尾ひれ話がある。レヴ鳥に糞をつけられた者は、その日、災難に見舞われるという。これはさすがに眉唾だろう。俺は信じない。


「おいおい。お前もオクタヴィア殿下に感化されてるのか?」


 笑い混じりとはいえ、少し侮蔑も入ってるな。あー……。この先輩兵士、セリウス殿下派だったか。

 アレクシス殿下派は、ごくわずかな例外を除けば基本的にオクタヴィア殿下のことも敬愛しているが、セリウス殿下派はなあ……。しかし、意味がわからん。


「なんでオクタヴィア殿下が出てくるんですか」

「『黒扇』だよ、『黒扇』」


 黒扇? 黒色だからか。


「殿下がいつも持っている、黒い扇ですか? 色ぐらい……」

「なんだ。知らなかったのか? ありゃ、レヴ鳥の羽根を使った扇なんだとさ」

「はっ?」

「ぶったまげるだろ? あんなもん、よく触れるもんだ」


 レヴ鳥の羽根で作った扇だったのか……。常人にはない発想だ。奇異の視線をものともしない精神力も、常人では真似できないな。







 その後、日も昇り、しばらくして巡回は終了したが、俺は再び恋人たちの濡れ場に遭遇し、精神力をげっそり削られることとなった。


 通常訓練に合流するため、鍛錬場へ戻る。


 オクタヴィア殿下がやってきた昨日に引き続き、いやにざわついていた。

 しかも、アレクシス殿下の姿まであった。

 二日連続で殿下が鍛錬場に来たことはないんだが。


「ガイ、今頃来たのか。お前ももう少し早く戻っていればな……」


 俺が首を捻っていると、一番親しくしている同僚が興奮した様子で話しかけてきた。――肩身が狭い仲間ともいう。


「何かあったのか?」

「いいか。聞いて驚け。さっきまで国王陛下が鍛錬場に来ていたんだぞ。しかも、アレクシス殿下に自ら稽古をつけた!」

「陛下が?」


 マジか。陛下が鍛錬場を視察される予定なんて、なかったぞ? そういう場合は、新兵の俺たちにだって、粗相のないよう上官から事前に告知される。


「抜き打ちの視察だとさ」

「アレクシス殿下に稽古をつけたってのは?」

「ああ。稽古をしながら、二人でお話されていた。本当にちょっとの差だったぞ、お前」


 同僚は、陛下とアレクシス殿下の稽古という、滅多にないものを目撃したというのに、俺が目撃したものといえば、男同士の濡れ場。……差がありすぎだろ。


 意気消沈する俺の肩をいい笑顔で叩き、同僚は去っていった。奴はこれから城下に出て巡回訓練らしい。


 城内と城下の巡回は、天と地ほど違う。

 うまくやれば若い娘との出会いあり、休憩では飲食店に立ち寄り買い食い可という、新兵が金を払ってでも交代権利を買うことすらある、素晴らしい訓練だ。


 俺の心はますます荒んだ。レヴ鳥の糞はこのことを暗示していたのか。


「――ガイ・ペウツ」


 だから、一度目に呼ばれたとき、俺の反応は遅れた。


「ガイ・ペウツ!」

「は!」


 アレクシス殿下が、目の前に立っていた。


「お前に頼みたいことがある。来い」

「自分でありますか? 他の方々は……」

「他の方々?」


 ざっと周囲を見渡したアレクシス殿下がかぶりを振る。


「やはりお前だ」


 俺より腕の立つ、優秀な兵士など、幾らでもいるが……俺を指名する理由は……アレしかないか。


 同性愛に染まっているか否かだな。


 染まっていないのは――さっきまでは同僚がいたが、近場では、見た限り、たしかに俺だけだった。


「付いて来い、ペウツ」


 嫉妬の視線が針のように俺へ突き刺さった。……今日は二種類が六対四の割合か。

 例のごとく、アレクシス殿下へ恋心を抱いている奴。

 平民出身の、まだ所属も決まっていない新兵が、第二王子から名前と顔を覚えられている。そのことがどうにも気に入らない奴。


 後者の嫉妬はまだマシだが、別に俺の実力で覚えがめでたいわけじゃないのが悲しいところだ。

 まあ、せっかく手に入れたきっかけだ。出世のためにも、手放すつもりはないけどな。


「は! アレクシス殿下!」


 俺は敬礼し、歩き出したアレクシス殿下の後に続いた。






 かくして俺はアレクシス殿下と、鍛錬場の地下にある牢屋で向かい合っている。


 まあ、なんだ。


 捕らえた下手人を、拷問したりする場所だな。囚人が送られる本格的な牢獄は、別にある。ここには一時的に、下手人が留め置かれる。


 牢には、いまは誰も入っていないが、少し前まで、誰かがいたということは察せられた。

 あの壁の汚れとか、臭い、とか、だな。松明の明かりでもはっきりとわかる。

 吐瀉物と血。綺麗に掃除されていないのは、わざとだ。捕らえた者を悪辣な環境下において、徹底的に追い詰める。拷問のための要素の一つ。


 拷問を受ける立場では、絶対に来たくない。拷問を受ける立場でなくても、あまり来たくはない。


 しかし、出入りできる入口が一カ所で、誰かが隠れて潜めそうな場所もなく、捕まった下手人もいないのなら、聞かれたくない話をするのには最適だ。


「オクタヴィア殿下へ、言づて、でありますか」


 気持ち的に、声を潜めてしまった。俺の心臓は早鐘を打っていた。


 とんでもない内部情報を聞いてしまった……。


 鍛錬場を訪れた陛下は、その際、アレクシス殿下へ密旨を下した。その遂行のため、今日中に殿下は出立しなければならない。何日か城を空けることになるが、殿下の不在は周囲には秘密、と。

 このことを、オクタヴィア殿下にだけ伝えよ、というのがアレクシス殿下の、俺への命令だ。オクタヴィア殿下は、現在城の練習室にいるはずだということ。そこへの行き方も教えられた。


 が。


 俺が知っていいことなのか? 知ってはならない情報ってやつじゃないか?


「その、それは伝令兵の役目ではないでしょうか」

「父上に知られるだろう。ペウツのような一兵卒のほうが逆に良い」


 ……これ、つまり、陛下の計画には、オクタヴィア殿下は入っていないってことだよな?

 本来は、密旨のことは、オクタヴィア殿下にも黙っていなくてはならない。


「引き受ける気はあるか? ガイ・ペウツ」

「は!」


 ここで断わるのは馬鹿だろう。ぶら下がった餌には迷うことなく食いつけ、だ。ただし、この餌は首尾良く口に加えることができれば御馳走だが、地面に落とせば塵になる。


「オクタヴィア殿下には、言づてをお伝えするだけで良いのですか?」

「伝えた後は、お前は姉上に従ってくれればいい。姉上なら、きっと――」


 きっと……?

 俺はオクタヴィア殿下がどんな行動に出るのか、アレクシス殿下のように予測はできない。


「アレクシス殿下は、もしや、これからすぐに出立するのでしょうか?」

「ああ。お膳立てがされているらしい。出立には脇門を使う。場所はわかるな?」

「は!」


 あの、いつも閉じられている城門だよな。開かずの門、なんて言われている。


「では、お伝えして参ります」

「待てペウツ。お前と私が牢屋に入ったのは、見られている。いまお前が出入り口から姿を現せば目立つ。……非常に不愉快な意味でも、だ」

「そう、でありますね……」


 わかった。わかってしまった。男二人でどこかへ消える。エスフィアの王城において、それは――逢引きと同義! 入っていったのが牢屋であったとしても、関係ない! 悲しいことに、変な想像をされてしまう恐れがある。


「だから隠し通路を使って出ろ」


 隠し通路……!

 アレクシス殿下はあっさりと言ったが、俺の心は少しばかり躍った。城の隠し通路なんてものが、実在するとは。そして俺が使えるとは。


「向こうの壁の突き当たりにくぼみがあるから押せ。道ができる。そこからは右、左、右、右だ。鍛錬場の裏手に出る。間違えるととんでもない場所に出る。気をつけろ」

「とんでもない場所、でありますか」


 一体、どこに。


「知りたいのか?」

 俺はぶるぶると首を横に振った。これこそ、知ってはならぬ、だ。


「やはり殿下は、王族だから、ご存じで……?」

「違う。昔、姉上に誘われて探険をしたからだ」


 アレクシス殿下は、柔らかな笑みを浮かべた。懐かしげだ。しかし、こんなところでも、オクタヴィア殿下の名前か。


「兄上は、父上から教えられているかもしれないな」


 一転して、アレクシス殿下の表情が曇った。


「――自分は隠し通路を使わせていただきます」


 王家の親子関係ってのは、なんとも複雑なんだよな。俺にできるのは、気づかないふりをするぐらいだ。俺は足を一歩踏み出した。が。


「ペウツ。こちらを向け」


 すぐに呼び止められた。


「っ?」


 振り返った俺は瞬きした。目を手の甲で擦る。


 やっぱり、見間違い、か?


 こちらを見ていた殿下の目。碧色のはずなのに、まるで琥珀のような――茶色がかっていたような? 牢屋の暗さのせいで、俺の目がやられたか?


「……どうしたんだ? ペウツ」


 挙げ句、不思議そうに尋ねられてしまった。


 目が――なんて言うのは不味い。


「殿下が、自分を呼び止めましたので。他にご用でしょうか」

「呼び止めた?」


 殿下が、戸惑っている? だが俺を呼び止めたのは、アレクシス殿下だ。


「いや、そうだったな。用はもうない。行け」

「……は」


 ……見間違い、だよな。


 今度こそ、俺は隠し通路へ向かった。該当の場所の窪みを押す。

 音がして、もう一つの入口が現れる。


「ははあ。こうなってんのか……」


 隠し通路の中は、松明が灯されていないのにも関わらず、真っ暗ではなかった。うっすらと内部の様子が見てとれる。通路に使われている石の材質が違うせいなようだ。白い。壁自体が少し輝いている。


 ――右、左、右、右、と。


 しばしの探険は、短時間で終わってしまった。行き止まりだ。しかし、牢屋から隠し通路に入ったときと同じ窪みがあった。それを押すと、道は開いた。


 日の光が目に眩しい。


 出たのは、鍛錬場の裏手。


 時間差で、扉は勝手に閉まるようだ。振り返って見てみても、もはや壁だ。


「――行くか」






 王城に仕える兵士といえど、全貌を把握できているわけじゃない。隠し通路とはまた異なった意味で、俺は未知の領域へ足を踏み入れていた。アレクシス殿下が、練習室への最短の行き方は教えて下さったが、そこにたどり着くまで、配置されている衛兵が通してくれるかという難問が立ちはだかっている。


 さっそく、通路の両脇を守る、衛兵二人と俺は対峙していた。


 特に、策はない。……ままよ!


 衛兵の様子を窺いつつ、接近する。……近づいていっても、こちらを見ようともしない。


 まさか、通れてしまう、のか?

 最低限の礼儀として、会釈して、衛兵の横をすり抜ける。


 ――呼び止められなかった。


 繰り返すこと、三回。

 順調過ぎる。アレクシス殿下が裏で手を回して下さっていたのか?

 よって、衛兵は俺に対し、見て見ぬフリをした。

 そうとしか考えられない。

 ……引っ掛かる点もあるが、オクタヴィア殿下にお会いするのが先だ。


 ――ここだな。到着だ。


 練習室の前には、兵士はいない。深呼吸して、俺は扉を開け放った。


「失礼します! アレクシス殿下より言づてを預かって参りました! こちらにオクタヴィア殿下がいらっしゃると聞き――ひぃっ? オ!」


 そして、『オンガルヌの使者』の殺気を初っぱなから浴びた。


 死ぬかと思った。



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