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 ――前世、私は腐女子だった。男と男の恋愛が大好物の女子高生だった。


 当時の愛読書は、少女小説レーベルから出ていた異色作。異世界を舞台にした、BLファンタジー小説、『高潔の王』。私の高校三年間は、この作品と共にあったといってもちっとも誇張じゃない。一般的な女子高生が三次元の恋愛話で青春し、盛り上がっている間、私の青春は、二次元の、『高潔の王』と共にあった。スピンオフ漫画をはじめとして、BLCD、ゲーム、アニメと、人気に後押しされ、幅広くメディアミックスも展開。高校生としての精一杯のお小遣いもつぎ込んだあの日々! 懐かしいなあ……。


 一番は、なんと言っても原作小説だ。実は出生の秘密を持った男爵家の少年シルと、エスフィア国の第一王子セリウスが運命的に出会い、恋に落ち、数々の困難に立ち向かってゆく。――未完。というのも、完結する前に、私が死亡したからである。


 前世の私、田澤麻紀たざわまき。享年十八歳。死因……。死因は、覚えているけれど、割愛。クソ忌々しい記憶と直結しているので、普段は封印している。

 とにかく、死亡し、そして、生まれ変わった。

 ……本当は、もっと悲惨な世界に生まれ変わるはずだったけど、クソ忌々しい記憶によれば、運良く(たいしてそうは思えないけど)それから逃れ、田澤麻紀として超好きだった物語『高潔の王』の世界に、生まれ変わることとなった。


 ……妹ちゃんとして。


 妹ちゃん。


 前世の私は、セリウスの妹の王女様を、妹ちゃんと呼んでいた。BL小説の中において、女キャラの扱いは中々デリケートだ。主人公と相手役の恋仲を邪魔する役か。はたまた、主役二人の良い理解者か。まあ、どっちにしろ、女は脇役。


『高潔の王』において、一巻から登場する妹ちゃん、エスフィア国第一王女オクタヴィアは、BL小説の女キャラとしては、読者受けがそこそこいい、成功例だった。

 妹ちゃんは、兄上が大好きな、おっとりとした優しい女の子。王族なのに謙虚。そして、主人公たちの絶対の味方だ。主人公たち二人。シル様と、兄のセリウスがピンチに陥っても、決して裏切ることなく、世継ぎ問題だって解決してくれる、まさにお助けキャラ。


 それが、本来のオクタヴィアというキャラクター。

 しかし、現在は、前世、田澤麻紀という意識と記憶を持って生まれ、王女として育てられた私、オクタヴィアだ。


 ……もうね。


 がっかり。いやね、だって、妹ちゃんって、BLファンタジー小説における、王族の世継ぎ問題のご都合主義解決担当なんだよね。まだ現時点では、このことに関して、貴族議会でも話題にはあがっていない。だけど小説の流れそのままなら、今後、兄たちを巡り、この問題へ発展してゆくはずだ。


 さて、繰り返します。ここはファンタジー的なBL小説の世界。

 兄は第一王子であり、次期国王。兄の最愛の人、シル様は、男。ただし男では、世継ぎはどうやっても誕生しない。しかも我が国は一夫一妻……兄の場合、一夫一夫。ついでに、ファンタジーな世界だけれど、男が子どもを産める人体改造の薬やら魔法は存在しない。

 さあ、どうしよう?


 いやいや、いくらBLでもね? 世継ぎ問題のためにはですよ、事務的に子種を蒔くって方法があるでしょ? 

 ――でもね、純愛だから。

 兄は、恋人以外を抱く気はないと。そこに愛がないと! それに恋人、シル様への裏切りだと。悲しませたくないと。

 小説だと、そういう展開になるし、たぶん、現在の兄たちを見ても、そう大きな違いはない。

 ……一般国民なら、それでもいいと思う。

 でも、兄上は王族でしょ? 第一王子でしょ? 次期国王でしょ? 義務ってものが付随してくるでしょ?

 恋人と別れろなんていってないし、女性と子作りぐらいしろよ!

 と、身内の視点からは思わずにはいられない。


 でも兄、セリウスはしない。愛のために。どうしてもできない!


 前世の私、この辺のくだりなんて身もだえしながら読んでました。


 シル! シルせつねー! セリウスせつねー! 王族だって、国王になったって、一穴一棒主義でいいじゃん! 男同士で恋愛してんだから、そこはもう貫こうよ! セリウスぅぅぅぅ! 女なんて絶対抱いちゃダメ! 邪魔者女は退場しろ!


 主人公たちカップルに共感していた読者は、セリウスにお世継ぎ問題のためとはいえ、浮気して欲しくないわけで。


 しかし物語として、このままではエスフィア王家断絶。さて、どうする。


 そこで示された解決策。

 颯爽と登場するのが妹ちゃん、オクタヴィア。


『お任せください。お兄様。いずれ生まれるわたくしの子を、お兄様とシル様の子としてお育てくださいな』


 てね。

 本人から言い出すのがミソですね。

 あくまでも、強制されたわけではなく、妹ちゃんの意志! ヤッタネ!

 お世継ぎ問題これで解決! てなもんですよ。

 シル様とセリウスは、かくして愛を貫く!

 読者も一安心。


 ――でも、私こそがオクタヴィア。


 てことはですよ? 

 つまり、私は、この先、たぶん政略結婚で子どもを生み、正確に言えば女の子が生まれるまで生み、兄たちにあげなくてはならない。

 エスフィアでの女性の結婚最適年齢は、身分関係なく二十歳。そこから前後三~四歳まで。私もそろそろ。ちなみに、王女だけど、生まれついての婚約者みたいな人はいない。

 国として、私の結婚適齢時、最大の利益を見込める相手と結婚させるためだ。そういう感じなのよね。過去の王家の歴史をひもとくと。条件が折り合って、恋愛結婚した例も、あるにはあるけど、少数。

 大抵は政略結婚で、結婚したら、最低、男の子と女の子を一人ずつ産む。

 私の場合は、たぶん次の国王と、その代の跡継ぎを生む女の子。

 三人目を産んだら、そのときようやく手元で育てられるんだって。

 ほら、ウチって代々そうなんで。

 オクタヴィアになってみてわかる、原作小説のシル様側視点ではわからなかったBL王家の闇!

 代々、エスフィアの第一王子は、同性の恋人を愛しすぎてしまう(恋人以外とヤりたくない)ため、姉なり妹なりが結婚(あ、前代、前々代と、例外なく政略っぽいです!)して子どもを……の流れ。


 ――当事者になってみると、もうね。


 クソが!


 って言うしかない事態。


 私に自由はないのか! だいたい、私が女の子しか愛せない人だったらどうするのよ!

 ……これがね、どうもしないんですよ。

 仮にそうだったとしても、私の場合は愛は諦めて、男と政略結婚ですよ。


 うん。だってここはBLの世界だから。男と男の恋愛に優しい世界だから。

 私=妹ちゃんは、そんな世界を護るご都合主義を解決するための装置の一つだから。

 つまり、王族が男である主人公のシル様と結ばれ、愛する人一筋でも許され、かつ血統を受け継ぐ世継ぎも兄上たちの元に届けられ、ちゃんと子どもを育てられるっていうハッピーエンドのためのね。


 前世の私は、主人公二人の恋愛模様に萌え萌えしていた。妹ちゃんがいるからエスフィアの世継ぎ問題も大丈夫なんだねー。良かった良かった。らっぶらっぶ。なんて思ってた。


 それも、妹ちゃんの身にこうしてなってみるとさあ……。

 兄上さあ、第一王子で次期国王なんだから、この世界はBLなわけだから、男と結婚するのは決定事項で変えられないとしても――や、子は作れよ!

 となるわけで。


 妹ちゃんの立場になって実感する世継ぎ問題の重さよ!

 このところ、思うんだよね。

 後宮制度とか、ハーレムって、一夫多妻って、いいなって。

 現代の感覚でいえば、私も浮気なんて絶対駄目派だし、一夫多妻なハーレムなんてどちらかといえば嫌悪感を抱いていた。

 でも、王を頂点にいただく制度だと、男のほうに種馬としての問題がない限り、ハーレムは世継ぎ問題を解決する上では結構いいシステムなんじゃないの? 子どもを作るっていう義務は果たしているわけで。

 そういう意味ではハーレムは素晴らしい。マジ素晴らしい。

 我がエスフィアも王城の隣にでも後宮を作るべき!


 ――ともかく、『高潔の王』の世界に生まれ変わったはいいものの、私は自分が妹ちゃんであることにかなりがっかりし、当然、兄上にもいい感情を抱けなかった。

 主人公と結ばれる攻めキャラクターとしては好きだよ?

 でもオクタヴィアの立場からするとこう……。


 兄に懐かなかった。むしろ、前世の記憶のせいで、ちくりと兄に嫌味を言い、少なくともおっとりとはほど遠い王女となった。

 本来は、超仲の良い兄妹のはずだったんだけど、特に仲が良いわけでもなく……。

 妹ちゃんの性格の特徴である謙虚……もどうだろう。妹ちゃんは下々にも丁寧という設定だった。私はというと、それなり。身分がある世界なんだから、それを完全にないがしろにするのもなんだと……。


 うん、ごめん。


 せっかく王女様なんだから、権力を使わない手はないでしょう! の精神で生きてきました! 

 なんせ、兄と仲が良くないとそれだけで敵ができるのである。いじめみたいなのが発生するのである! なんと男から! 女の争いはドロドロしてるっていうけど、男も男で怖いから!

 なんで、そういう輩を王女としての権力を使って僻地にとばしたりしてました! サイッコーに気分良かったね! 権力万歳。


 えーっと、要するに、私は、原作の妹ちゃんとはほど遠い人格であり、立ち位置としても、仲が素晴らしく良かった兄上とは、かさついた関係である。薄っぺらいというか。

 まあ、薄っぺらいとはいえ、表面上はお互いに普通にしています。仲良し家族。兄上も、兄上の信者はともかく、兄上自らが私に嫌がらせをしてきた、などということは一度もない。


 ……残念である。


 兄の人格が腐っているなら、私としてもやりようがあるのに!

 シル様に弱いという以外は、完璧超人なのが、兄、セリウスだ。


 そして、小説同様、シル様一筋なのだ。

 世継ぎ問題は別だ、と他の女を抱く宣言をして恋人の説得するような感じではない。そんな兄だったらもう掌を返して全力でバックアップするんだけど!

 ええ、兄上と子作りしてくれる女性はいるわけだし。

 兄上となら子種だけでも……という方もいるだろうし、貴族間のパワーバランスのために完全に割り切って立候補する方もいるだろうし、よりどりみどり。


 でも、たぶん兄上は了承しない。シル様を愛しているから。 


 ……立派。そう立派ですよ! 立派なんだけどね?


 そして、だから。


 男同士の恋愛は、(自分に直接的なかかわりがなければ)いまもって大好物なんだけど!


 私は兄とシル様カップルへは、好感はもてないわけで。王女として培った厚い面の皮をもってしても、それが表へ出てしまっている。で、兄たちが私の感情に気づかないわけがない。

 兄ならば、妹に。

 兄の伴侶としては、その家族に。

 祝福されたい、と思うのは当然だろう。

 兄はともかく、シル様が気に病んでいる風なのは、私も知っていた。素知らぬふりをしていても、周りが言ってくるので! 

 現在のエスフィア国王たる父上も、育ての母(男)も、兄たちを歓迎している。それ故に、隠しているつもりでも、私の態度は悪目立ちしてしまう。


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