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クリフォードとシル様の戦いの再現は、いわゆる『第二の鍛錬場』として知られている場所で行われることになった。兵士や騎士の通常の訓練で利用されるのが鍛錬場。広くて大勢で使うのに適している。
第二の鍛錬場は、同じく城内に存在しているけど、それよりもっと小規模。
……会員制みたいな感じ? 入り口に仕掛けがあって、解除して入る仕組み。夜間も使えるため、自主鍛錬で利用している人が多いと聞いている。本格的に稼働するようになったのは、実は父上が即位――もとい、エドガー様が王配になってから。放置されていたのを、エドガー様が使えるようにしたんだよね。
第二の鍛錬場に集まった面々は、衣装部屋に残っていたのとまったく同じ。
……シル様が張り切って準備運動をしている。の割に、あえて服装は運動用のものではない。準舞踏会のときも、戦いやすい服ってわけではなかったから、それに倣っている様子。クリフォードは……まあ、通常制服ではないという違いはあるけど、誤差? 実用性は変わらないはずだから!
兄とデレクは観戦の体で、他には兄の護衛の騎士が一人だけ。
――真っ昼間。鍛錬場はもちろん使用中。戦いの再現を行ったら、目撃されることになる。一時的に全員を退場させることも兄なら可能だとしても――「何だ何だ?」って逆に噂になりそうだもんね。
その点、第二の鍛錬場は貸し切りが容易で、用途としても適してる。
ただ、鍛錬場には対戦試合用の舞台があったけど、第二の鍛錬場にはそんなものはない。対戦形式の訓練でも対応できるよう、地面に申し訳程度に円形の境界線が描かれている程度。今日は、私たちがいるせいか、観戦者のスペースとなる場所には、物が飛んできても怪我をしたりしないように移動式の安全柵が設置されている。
「――オクタヴィア殿下」
ビクッとしそうになった。――話しかけてきたのがルストだったから。
「お願いがございます」
……お願い?
「証明の機会をいただけませんか? あれだけでは足りなかったのではないかと、気になっていたのです」
「……何のことかしら」
「私の実力について。護衛の騎士たる実戦能力があるかどうか。前座として私とアルダートンの対戦の許可を」
クリフォード対ルスト?
父上の執務室で、その一端は垣間見たとはいえ――ルストの実力を、もっと正確に、かつクリフォードを基準として量れるのは、悪くない。
護衛の騎士が二人とも任務から一時的に外れることになるけど、同じ空間にはいるわけだし。
「――良いわ」
私は頷いた。クリフォードにも声を掛けて、決定。
「では、模擬の剣を用意して――」
「真剣を使用してこそ、ではありませんか?」
ルストから、追加の要望が入った。じっとルストを見つめる。実力がある人間なら、本物の剣で上手く戦えるってことだと思うけど……。
「……それも、許可しましょう。けれど、条件をつけるわ。互いの剣が、互いを傷つけることのないように」
あとは……、どちらが勝つか、というより。
「かつ、砂時計が落ちきるまで、境界線内で戦い、戦いが中断されないこと」
やや離れた場所――第二の鍛錬場内の一角に鎮座している大きめの砂時計に、私は目をつけた。こういう用途で置かれていると思うんだよね。
「この対戦は、互いを負かすことが目的ではないわ。――二人とも、守れるかしら?」
クリフォードがルストを傷つけても×だし、ルストがクリフォードを傷つけても×。前例からして、クリフォードは問題ないと私は踏んでいる。
ルストはどうかな?
「厳守いたしましょう」
特に動じるとこなく、ルストが一礼した。……自信があるみたい。
クリフォードは、目礼で応じた。
「兄上、シル様。このようになりましたが、よろしいですか?」
あとは、ここに来た目的は、シル様とクリフォードの戦いの再現なわけだから、兄とシル様にも確認を。
「構わない。砂時計の準備は、こちらでやらせよう」
兄が護衛の騎士に手で合図をしようとしたけど、デレクから待ったがかかった。
「護衛の騎士が、側を離れるのは良くないだろ。おれがやろう。――オクタヴィア殿下、お許しくださいますか?」
前半は気安い調子で、後半は畏まった口調に改めて、デレクが尋ねてくる。
「有り難いですわ。お願いします」
「わかりました」
兄の護衛の騎士にかわって、歩いていったデレクが大きめの砂時計の横に立つ。……こういうところは、前と変わってないんだろうな。
「……その、おれももちろん大丈夫です!」
遅れて、シル様からも答えが返ってきた。むしろ、楽しみにしていそうな感じすらある。
――ほどなくして、クリフォードとルストが、境界線の内部中央に、互いに向かい合って立った。
「――はじめ!」
デレクが号令をかけた。砂時計が引っくり返される。
……対戦が始まった。
両者の剣が引き抜かれる。
境界線が円形なのって、意味があってそうなっているのかなって、二人を見ていて思った。
円形の中を自由に動き回って、どの方向からでも攻撃や防御を行える。
クリフォードは右手で剣を自在に操っている。左で剣を握ったときの姿を一度見たことがあるから、本気でないことはわかるんだけど――少し、やりにくそう?
互いを傷つけないよう、砂時計の砂が落ちるまで戦いを継続するっていう条件は、相手を倒せないってこと。だから、クリフォードはその分、力のセーブが必要になる。
対して、ルストは――搦め手?
クリフォードが超越した強さで相手を圧倒するとすれば、戦い方が根本的に異なる。正面攻撃ではない。一瞬で決着がついたりしないように、という意図もあってつけた条件だったけど……クリフォードが本気でないことを考慮しても、かなり、保っているほうだと思う。
二人の戦いが、まるで演舞のように見える。
――真剣で戦っているのにも関わらず。
互いの身体すれすれに抜き身の刃が行き交うのに、それが決して互いに触れることはない。高度な技術を持つ者同士の、応酬。




