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――で、思いつきで、クリフォードに正装用の制服を着てもらうことを思いついた結果。
シル様が試着している服は仮止めの状態。正式な採寸はこれからだったのに、即席試着室が使えなくなってしまった。すなわち、クリフォード待ち。
……にもかかわらず、シル様が楽しそうなのがせめてもの救い?
ていうか、目のキラキラが再発しているような……? シル様、美形なんだから、目がキラキラしていると、全体が華やぐんだよね。
仮止めの状態であっても、試着中の服がシル様のために作られたといっても過言ではない似合いっぷりなせいもあいまって、相乗効果が……!
「――殿下。着用しました。問題ないか、ご確認いただけますか」
と、クリフォードが正装用の制服を着用し、こちら側へ戻ってきた。
……んだけど。
「お待ちください。護衛の騎士様」
すかさず、メリーナさんがクリフォードに話しかけた。
「『エスフィア制服着こなし全集』によると、こちらの上の釦は外すのが正しいのだそうです」
真剣にレクチャーしている。
さすがは、シル様が着ている服を、護衛の騎士の制服をモチーフにデザインしただけある……! 私もその本を読んだことがあるんだけど、デザイナー本人の発言として確かにそう書いてあった。
そして、クリフォードは該当の釦をきっちりと留めている。
「しかし……」
クリフォードが難色を示した。デザイナーの理想としては、上の釦を外すと、着こなし的に最高になる、ということらしい。あとイケメンのみ、とも。
なので、釦外しは、服飾職人目線では正しいんだけど、見映え重視。いや、正装用の制服自体は、ちゃんと実用性も兼ねている。でも、釦外しは、たぶん違うと思う。
護衛の騎士としては、外さないのが正しいのかも?
助け舟を出すことにした。
「諸侯会議中に着用することを想定して、どうするかはクリフォードが決めなさい」
私は見映え重視ですけど! それで実用性が著しく下がるとも思えないし!
「では――このままにいたします」
クリフォードが頭を垂れる。女性陣から残念そうな嘆息が漏れる。わかる。私も釦外しバージョンを見たかった。
いや……『主』特権で後で一瞬だけ外してもらえば……? こっそり。
いけないいけない。
心の中でかぶりを振る。
再度、きっちりと正装用の制服を着こなしたクリフォードを見た。
さっきまで着ていた通常用の制服と比べると、黒味が強い色合いなんだよね。対照的に、セットになっている手袋は白い。それから――剣の柄で揺れている黒い羽根の飾り房も、そのセットにはじめから含まれていたかのような調和具合だった。
サイズも、手直しはまったく必要なさそう。勘でサイズをサーシャに指示したのが当たってた!
かつ、釦外しがないせいか、禁欲的。シル様に負けない、いや、シル様以上のこの似合いっぷりよ……! デザイナーが目にしたら感涙していたと思う!
心のままに感想を伝えようとして――。
「…………?」
私は瞬きをした。あれ? と思った。
私の視界には、クリフォードとシル様、両方が収まっている。
……だからだ。
以前にもあった、既視感。
「――シル様」
突然呼ばれたシル様が「?」という顔をしている。アルダートン様に感想を言わないんですか? と。
「無表情になっていただけますか?」
「え? 無表情ですか?」
「ぜひ。お願いしたいのです」
「はい……」
シル様が戸惑うのも無理はない。でも、そうしてもらう必要があった。
「こ、こんな感じでどうでしょうか」
シル様から、表情が消える。
そして、同じように無表情のクリフォード。
「……すみません、もう無理です」
シル様の無表情が保たれていたのは、わずかな間。
それで、充分だった。
「……いいえ」
クリフォードとシル様って……似てるって。はじめてそう思ったのは、クリフォードが濡れ衣で捕まっていたとき、地下牢で、だった。
ただ、あのときは、何となく。
そこまで強く思ったわけじゃなかった。
だけど、いまは――まるで兄弟みたいって。
何となく、なんてレベルじゃなくて。
いま二人が着ている服のデザインや色が似通っているせい?
顔……は、別に似ていないはずなのに。特定の条件下での雰囲気が、特に。
でも、兄弟のはずがない、よね? だってクリフォードは『従』だし……。そう思って、そのことは否定には繋がらないと気づいた。
だって、シル様には『従』なのかもしれない可能性がある。むしろ、シル様が本人も知らないだけで『従』なのだとしたら――クリフォードが兄でシル様が弟なのは、自然なんじゃない?
――単に、『従』の兄弟だったということ。
この場合、シル様が探し求めている肉親が、クリフォードだったっていうこと?
「――オクタヴィア!」
ビクッとした。声のした廊下側を振り返る。……兄が来たんだ。
「入るぞ」
踏み込むつもりはないようで、続けて許可を得る言葉が聞こえてきた。
「どうぞ、兄上」
廊下へ向かって返すと、扉を開け、少し険しい顔をした兄が衣装部屋に入ってくる。
それは良いとして――。
もう一人は、クリフォードとルストによって進行を阻まれた。
クリフォードはいつの間にか開いた扉の側に移動していて、ルストは私が意識しないようにしていただけで、部屋の片隅に控えていたのが、同様に扉の近くに。
二人とも、鞘に入った剣を横からかざして、行く手を封じている。
「確かに――オクタヴィアが入室を許可したのは、俺だけだったか」
兄が私に問いかけた。
「もう一人、入っても問題ないか?」
「――クリフォード、ルスト、お通しして」
苦笑いでやり取りを見守っていたその人物が、入室する。
「失礼いたします。オクタヴィア殿下」
そして、私へと、高位貴族らしい、丁寧な礼をした。――なのに、そんな些細な挨拶の、以前との違いが、わかってしまう。
親しみが込められているか、いないか。
「……ええ。デレク様」
私は小さく息を吐いた。




