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想像通り。ううん、想像以上! シル様の濃紺の髪色と似た色合いの上下の衣装なんだけど、華やかでありながらキラキラしすぎていないデザインで格好良さを引き出す感じの服。サイズ直しが済んだらさらにパワーアップすると見た!
でも、心のままに叫ぶわけにはいかないので、実際の回答は控えめに、と。
「その服は視察時に彼女の店で見つけたものなのですが、兄上よりもやはりシル様のほうがお似合いですわ。そう思いませんこと?」
私が水を向けたのはメリーナさん。製作者として、服飾職人としての意見も聞いておかなきゃ。
「この服は、王家の護衛の騎士の方々の制服を題材にして仕立てたものなのです。種類がございますでしょう? 正装用のものは、子どもの頃に一度見掛けたきりですが、あれと合わせて、一般向けに……。架空の人物が着た想像で作りましたが――バークス様は、それが現実に現れたかのようです」
兄の場合、何でも似合うからね……。でもこの服は、シル様のために存在するようなもの! メリーナさんも太鼓判!
「……だそうですわ。そういうことですので、シル様は、安心して受け取ってください。服の仕立て直しが終わったらお渡しします。わたくしからの贈り物です」
「ですが、オクタヴィア様からいただく理由が……」
プレゼントする理由ね……。
シル様からするとそうか。私とシル様との関係は改善したとはいえ、お世継ぎ問題が横たわっている以上、根っこの対立構造は変わっていない。
かといって、原作エピソード改変のお詫び、と言うわけにもいかないし。
「シル様が拒否するなら、既に一部の採寸が終わっているのに、返品することになってしまいますが……」
困った、という風に私は頬に手をあてた。
「残念ですわ」
ダメ押しに悲しそうに呟く。シル様に言うのではなく、独り言なのがポイントです!
「有り難くいただきます! だからオクタヴィア様……!」
よし! シル様、かかった! これ、原作セリウスの真似なんだけどね。おまけエピソードで、記憶に残ってたやつ。第一王子のスケールで贈り物を用意したら、シル様に受取り拒否されるんだけど、いまの私のような感じでセリウスが乗り切る。
シル様は、チョロいときはチョロい! そこが良し!
「まあ、本当ですか? 受け取ってくださる?」
「はい! ありがとうございます! 着ます!」
握りこぶしでシル様が叫んだ。
うん。やっぱりシル様によく似合ってる。
護衛の騎士の制服をモチーフにデザインした、というメリーナさんの言葉を思い出す。
――そう言われてみると、まさに。
制服って感じはしないのに、納得できる。
護衛の騎士の制服は、二種類ある。いまクリフォードやルストが着ている濃紺色の制服。いわば、普段用のもの。もう一種類は、正装用。式典時や、もう終わったけど視察時なんかに護衛の騎士が着用する。どちらかというと、後者味の要素を強く感じるかな。
ただ、あれって着る人間を選びまくる制服だから、あのままだとシル様が着た場合、似合っても何か違うっていう風になりそう。シル様が試着している服を兄が着たときと同じ。
あれがピッタリ似合うのって――。
「――サーシャ」
私はサーシャに手招きをした。耳打ちする。大きく頷いたサーシャが衣装部屋を出ていった。すぐにあるものを手に戻ってくる。
では、さっそく。
「クリフォード。あなたもこれを試着してみてちょうだい」
「アルダートン様、こちらを」
サーシャがあるもの――正装用の護衛の騎士制服一式をクリフォードに差し出す。
正装用の制服は、護衛の騎士間の差別化にもピッタリ。私のメインの護衛の騎士はクリフォードだと示すのにも最適。
そして諸侯会議というビッグイベントが間近に迫っている。その期間中、クリフォードにこの制服を着用してもらう。
レヴ鳥の羽根の飾り房以外での、追加の後押しがこれだ!
「あなたには諸侯会議の間、この制服を着用してもらいたいの。せっかく衣装部屋にいるのだもの。事前に袖を通してみて」
「…………」
クリフォ―ドが制服を受け取った。ついで、顔を上げ室内を見渡す。
それが何かを意味するか、私もわかるようになっている。着替え=護衛の騎士の職務が一時的に疎かになるということ。その間、周囲に問題が起きる可能性があるかどうかのシミュレーションだ。
そして最後に、
「――殿下から頂戴しているご命令の一環でしょうか?」
と、確認された。
私にだけ通じる問いだった。偽の恋人役になりなさいって命令に関わっているのかってことですね!
ここで私は少し考え込んだ。いや、クリフォードとルストの差別化のためだから、広義的にはそれも含まれてはいるけど、邪念も少々……いや、大分?
……だって、ちょうど、思い出したんだよね。
視察中、兄のファッションショーが開催される前に、男性の試着体験要員としてクリフォードを見たとき、迷った風ではあったものの、目を逸らされたときのことを……!
あのときのリベンジを! という気持ちが含まれているのは否めない!
「……命令というより、そうして欲しい、が正しいかしら」
なので、こんな感じの返答になった。
いっそ、命令よ! と言い切るのも手だったのに、我に返ってしまった……!
クリフォードが沈黙し、目を瞬かせた。
てっきり命令だと思っていたのに、拍子抜けだった?
やっぱりいまからでも命令よ宣言を……。
いや、そうするには邪念の割合が大きすぎる……。
でも、正装用の制服は一度着てみて欲しい……! ここは譲れない。
ぐるぐる悩んでいると、そんな私を眺めていたクリフォードが、ふっと笑ったみたいだった。
「?」
見返すと、
「着替えて参ります」
そう言って、クリフォードが頭を垂れた。
「命令ではないけれど……」
「はい。ご要望ということで、承知しました」
何かよくわかんないけど、クリフォードが納得できたなら良しってことで!
私も視察の時のリベンジ成功!




