140
ルストを自分の護衛の騎士に、とは言ったものの、私は条件をつけた。
メインの護衛の騎士は、あくまでクリフォードだということ。ルストはサブの立ち位置。また、父上の配下としての性質を併せ持っているから、あくまでそちらを優先すること。
これは、ヒューのようなイメージなのかなって思ってる。ヒューは、兄上の護衛の騎士ながら、常に近くで警護しているっていうより、命令を受けて城にいないことも多かったみたいだし。
――条件は了承され、正式にルストが私の護衛の騎士になった。
父上からの打診を受け入れたのは、恋人同士――ということになっているクリフォードの他に護衛の騎士がいたほうが良いのは確かに、と思ったのが一つ。
ルストの動向を監視できたほうが、私にとっても悪くないのが一つ。
私が断ったら、アレクにルストを押し付ける形になってしまうので、それは回避したかったのが一つ。
かくして、私は二人の護衛の騎士を引き連れて行動するようになった。
ルストは額の痣を隠さなくなった。これは父上の命令。平気ではあるとはいえ――私としては仮面をつけていてもらったほうが気持ち的に良いんだけど。
美形度が全開になっているので、侍女たちの目の色が違う。超のつくイケメン二人を引き連れている王女の図。
予想外だったのは、ルストが割と様になっているということ。短期間とはいえ、護衛の騎士の職務について勉強する機会は設けられていたとも聞いた。そのせいか、内心はさっぱりだけど、護衛の騎士としての職務をこなしている。さすがにクリフォード並とは言わないまでも、たぶん合格点。……なんか悔しい。
あと、クリフォードとルストは同僚として特に問題なくやってるみたい。仲良く……とは違うかな、うん。それなりの日数が経過したけど――粛々と回ってる?
むしろ、駄目なのは私かも。クリフォードが護衛の騎士であることの快適さに慣れきっていた私のほうが、まだ現状に馴染めていない。……それと、クリフォードがルストと上手くやってくれているのは良いことなのに、何となく……抵抗して欲しかったような? いや、抵抗されたら困るのは私なのに? 支離滅裂なことを考えてるなあ……。
「お前、人懐っこいやつだなあ」
近くでシル様の笑い声がして、私は我に返った。
俄然、早足になる。
本日は、シル様との面会の日なのである!
シル様は依然として監視を受けている。具体的には、王城の一室で軟禁生活。諸侯会議が始まる前に解いても良さそうに思うんだけど、こればっかりは私の一存では何とも。
一回、視察に赴く直前にシル様から私に会いに来てくれた。あれはレアケース。
で、私がいまシル様と会おうとすると、面会のアポが必要。
兄が管理しているから、ある意味、父上に会うより大変……? 父上の場合、執務室に突撃すれば何とかなると学んだもんね。
シル様の場合だと……アポなし突撃をしたら、たぶん、シル様には会えるだろうし、その場の監視役も王女権力で押し通して突破できるだろうけど、絶対に後で兄に報告が行く。
そしてたぶんシル様がフォローしてくれても揉めそう。むしろ私がフォローされることによって揉めそう……!
というわけで、兄にしつこく、しつこーく、シル様に会いたい! 会う! と要望を出し続けて、ようやく私が押し勝った!
アレクにも会えていない……というか、これは……さすがに私、アレクに避けられているって、私もようやく認めたばかりなんだけど、そんな状況なので、シル様に会えるのは楽しみなんだよね!
理想はデレクに会う前に、だったから、タイミングとしてもバッチリ!
視察のとき、メリーナさんのお店で買った服も、ようやく日の目を! あれ、本人に試着してもらってからのサイズ直しが必須だったから!
――角を曲がれば、シル様に宛がわれている部屋。
声が聞こえたってことは、部屋の外、廊下に出ているはず。シル様、と呼びかけようとして――予想もしていなかった光景に私は目を見開いた。
かわりに別の名前を叫ぶ。
「アオ!」
すると、シル様と、その腕に留まっていた、片翼に包帯を巻いているレヴ鳥がこっちを見た。よく効く塗り薬のおかげで、左手の包帯を卒業した私とは違って、まだ治療中。
レヴ鳥――アオが、シル様の腕から飛び降りた。
だがしかし、私のほうへ来る――ことはなく、ダダダッと、反対方向に走っていった。
「あ!」
名残惜しそうにシル様が見送っている。
アオめ、私を見て逃げ出すとは……!
ちらっとクリフォードを見る。「捕まえますか?」と濃い青い瞳が言外に訊いてきたので、私は首を振った。
アオ……私と会うと捕まるって、インプットされちゃったみたいなんだよね。主に捕獲するのはクリフォードなんだけど! 日によっては、普通に逃げないときもある。……今日はまだ帰りたくなかった模様。
まあ、自分の部屋がどこかはわかっているようで、毎日ちゃんと帰ってくるからいい……のかな?
アレクが帰って来た日に保護したレヴ鳥、アオは、私の部屋の同居人になっている。鳥かごは廃止して、止まり木にバージョンアップ!
何故なら脱走されるから。鳥かごの鍵も開けてしまう。ならばいっそ無駄なことは止めようの精神。ガイが以前借りていたのを目撃し、私も最近熟読した『やさしいレヴ鳥のそだてかた』にもそんなことが書いてあった。
アオの脱走に、城の人間もはじめこそ阿鼻叫喚だったのが、いまでは「ああ、またか」程度の反応になっている。
慣れってすごいね! 人は、強制的に慣れさせられるものなのである……!
もともと矢を射られて怪我をした子だし、受け入れられない場合、全員が全員、避けるって方法をとるとも限らないのが不安だったけど、私が保護しているってことを大々的に周知した効果か、アオに危害を加えるような者もいまのところ出てきていない。
まあ、アオが、追いかけ回したりしなければ、大人しいのもあると思う。
捕まえようとすると、盛大な追いかけっこ、もとい、人間対レヴ鳥の仁義なき戦いが始まってしまうんだけどね……?
アオ、という名前も付けてみた。
もちろん、由来は日本語。エスフィア語じゃないのは、あえて!
最初はエスフィア語で考えていた。クリフォードに「これはどう?」と複数の名前案を聞いてもらいながら、実際のところ、どれもしっくり来ていなかったのを見透かされてしまった。「殿下はどの名前も気に入られていないのではありませんか?」と図星をつかれる始末。
で、やっぱりこれだと変かなあって、自粛していた方向で行くことにした。
日本語で命名路線へ軌道修正! そうしたら結果オーライだった。
要するに、『アオ』はエスフィア基準では風変わりな名前。だけど、私は幼少期からいわゆる周りから見たところの日本語――謎言語に親しんでいたという実績がある。謎言語を使用したといえば、あら不思議。周囲も納得!
あ、でも、クリフォードだけは受け止め方が違ったかも。
殿下が名付けられたのだから、どんなものであろうが、それがそのレヴ鳥の名前では? って感じだった。私がほんっとにヘンテコな長文系の名前をつけても普通に覚えて呼びそうなのがクリフォードの恐ろしいところ……! そういう名前が長い昔の話、じゅげむなんとか……だっけ? 日本にあったけど、エスフィアにもあるんだよ!
なので、覚えやすくシンプルに!
真っ黒いからクロにしようか迷ったものの、レヴ鳥の中でも珍しい目の色をしているみたいだから、その個性である青みがかった灰色から命名、アオ!
いや、灰色からハイ、だと響きがね? なので青色のほうを採用!
エスフィア人目線だと、ハイでもアオでも変わりないんだけど、麻紀としてはこの二つならアオ一択です!
いまでは、アオも、自分がアオという名前がつけられたらしい、と理解している。
それにしても――。
私はじっとシル様を見つめた。




