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準舞踏会に行くとなったら、準備が必要!
会場は、準舞踏会の定番となっているところ。
王都には、催し用のお高い貸出ホールが幾つかあって、お金のある貴族は大抵そこを利用する。
もちろん、自分の館を会場にするのも良し。そのかわり、提供する食事や、招待客への接客指示、楽団や演奏曲の選定やら、何から何まで自分で采配を振らなければならない。準舞踏会を開いたものの、大失敗、なんてこともある。
成功すれば、評判もあがって上々なんだけど、主催者としては手間がかかるのが難。時間もとられる。どっちかっていうと、爵位はあってもお金がなかったり、問題を抱えた貴族が一発逆転を狙って、とかじゃないと選ばない方法かな。
――そこをですよ、貸出ホールを利用すれば、利用代金はお高いけれども、ぜんぶセットでついてくる。可愛らしい会場にしたいときは、そう注文すれば、リボンたっぷりで装飾してくれるし、変わった料理を提供したいと注文すれば、他国の料理が出てくる。アイディアと資金があれば、少ない手間で思い通りの準舞踏会を開けるというわけ。
レディントン伯爵の準舞踏会が開かれるのも、そんな貸出ホールの一つ。
『天空の楽園』と呼ばれ、貴族の間でも一番人気の会場。
天空はもちろん天空神から。それぐらい特上品ばかり揃えているってこと。
楽園は、見事な庭園がついているから。一休みに庭へ出て、花々を眺めるのもよし。手と手を取り合って、カップルで密会しに行くのもよし。
『天空の楽園』への移動時間は、王城から馬車で一時間ぐらい。
だから、行くだけで一日かかるってことはない。
当日城を出れば間に合う。
問題は――ドレス!
準舞踏会用に何を着ていくか。
すなわち、正確には、ドレス、靴、装飾品! 女の戦闘装備! 三種の神器! これ!
王女たるもの、公の場ではきちんと着飾らないと!
普段、一人でも着脱できるくらい、らっくーなドレス着てるからなあ、私。その中からローテーション。いや、政務もこの姿で臨んでいるし、王城を闊歩しても見苦しくないデザインにはしているけど、準舞踏会だとそうももいかない。
気合いを入れて正装しないとね。
そういうわけで、朝から女官長が自らやってきて、衣装部屋に移動。ドレスを含む、戦闘装備選びを行うことになった次第。決まっていたタイムスケジュールも全面変更。
「殿下が準舞踏会に出席なんて、腕がなりますわ。流行は把握しておりますので、このマチルダにお任せを」
女官長の名前はマチルダ。死んだ魚の目をしつつ、着々と出世し女官長にまで上り詰めた男爵令嬢。私がはじめて顔を合わせたときは、まだ一介の侍女だった。独身の三十六歳。だけど二十代に見える、黒目黒髪の美人。左目の下にほくろがある。
実はマチルダ、三十歳を過ぎてから、結婚話が幾つか持ち上がっていたらしい。ところがマチルダは全部蹴った。
「もうこの年ですし……。王城に骨を埋めたいと考えております。わたしは女官長の職と結婚いたしました」
と。
惚れる。
実際、女官長ともなると、老後の不安はないに等しい。辞めるときも、退職金と、望めば土地ももらえると思う。培ったコネもたくさんあるし。夫に養ってもらわずとも、生活ができてしまう。
王都は上流階級の間で同性愛が広がっているから、純粋な男女の恋愛結婚は厳しい。ただし、案外女性が結婚しなくても暮らしていける道は開かれているんだよね。皮肉な話。
地方のほうが男がライバルになる確率が低い分、結婚はしやすいものの、逆に女性が職業で身をたて暮らすのは難しい。一長一短。
「お待たせいたしました。殿下」
マチルダが、衣装部屋の巨大なクローゼットにかかっていたドレスを何着か、手に持ってきた。
一応、毎年正装用のドレスは新調している。採寸もされる。それに合わせ、気がつくと増殖しているっていうか……。
必要なとき、着るものがない! なんて仕立屋を呼ぶ事態に陥らないようにっていう措置だったりする。瞬時にあらゆるニーズに対応する、それが衣装部屋の役割。ものが揃っていれば、簡単なお直しは侍女が行えるようになっている。
一回だけしか着ないドレスもあるし、無駄なようにも見える。だけど王女がいつも同じドレスを着ていたり、見るからに安物を着ていては、やっぱりダメなんだよね。
「流行はこちらです。肌を見せるのが最新の主流となっております。色は赤、緑。変わりどころで黒色も注目されています」
私は手に持っていた扇を小机に置いた。自分でも、マチルダが見立ててくれたドレスを一着一着、じっくり見てみる。生地にも触ってみた。
どれも胸元が大きく開いているデザインだった。肩を隠すものがない。色も濃い赤、緑。原色系。う。形も色も抵抗あるなあ……。これがいまの流行……!
「マチルダ様。殿下は流行を追う方ではありません。殿下の好みを優先されては?」
一緒にドレス選びをしてくれている、私付の侍女のサーシャが、私の好みバッチリのドレスを三着ほど持ってきてくれた。
見せてもらう。
こちらは正装用のドレスながら、着やすさ、動きやすさ重視のデザイン。袖ありで肩も胸元も見せるのは控えめに。色もクリーム色で、パステルカラー。さすがは私付!
「たしかに……流行は、殿下の好みとは正反対ね……」
マチルダが頬に手を当て呟く。
いつもの私なら、サーシャ案に飛びつく。だけど……。
「二人の選んでくれたドレスの、中間はないのかしら? 二つの良いところを併せ持ったものがいいわ」
流行も追い、自分の好みも忘れない。二兎を追う者は一兎をも得ず、じゃなくて二兎を得る作戦で!
マチルダとサーシャが目を丸くした。口を開いたのはマチルダのほうだ。
「準舞踏会に出席なさるということ自体、珍しいこととは思っておりましたが……。そのようなご提案を殿下自ら……。殿下も乗り気ですのね?」
そりゃあね!
「特別な準舞踏会になりそうなの。わたくしに似合う、最高のドレスで勝負に出たいのよ」
マチルダが来る前、朝食後に、エレイルからの手紙が届いた。本来は貴族とはいえ、一介の兵士からの手紙が私の元まであがってくることはないんだけど、私のほうで届くとわかっていれば、裏技がある。
エレイルからの手紙には、ルストにすぐ連絡を取り、返事がきたこと。ルストがレディントン伯爵主催の準舞踏会に出席するということが書いてあった。エレイルは丁寧に言葉を選んで文章を綴っていたけど、要するに、会いたいなら、そこでルストと会ってくれ、と。
原作のルストらしいっていえば、らしい方法かもしれない。
身を隠しているはずのルストが、どうやってレディントン伯爵の準舞踏会に正規の招待客として潜り込んだのかは謎。レディントン伯爵が急に私の出席を打診してきたのと関係があるのかどうか……。
とにかく、ルストと直接対面できることは確定した。向こうも私が会いたがっていることは知っている。
少しでもルストに好印象を与えないと! 第一印象って大事だしね!
私の意を受けて、マチルダとサーシャが、厳選したドレスを見繕ってくれた。
マチルダが選んだのは、深い緑色で、アクアマリンが装飾として散る、だけど上品なデザインのドレス。露出は全体的に控えめ。ちょっと大人っぽいかな。
サーシャが選んだのは、薄い水色のドレス。私の瞳と同じ色だ。スカート部分が二層になっていて、レースとリボンが合わさっている。清楚な感じだけど、胸元と背中を大胆に強調したデザイン。こっちも露出度は大人っぽい。
どちらも流行と私の好みを満たしている。さすがはマチルダとサーシャ……!
「二人とも、素晴らしいわ。ありがとう」
「とんでもございません。殿下」
「殿下はどちらを……?」
マチルダが一礼し、サーシャが期待に満ちた目で私に問いかけてきた。
うーん。甲乙付けがたいんだよね……。
ルストの好みなんて、知らないしなあ……。
せめて、異性の意見を聞きたいところ。
アレク……はいまの時間だと勉学に励んでいる頃だから、邪魔しちゃ悪いよね……。
わかってた。わかってたよ。私って、こんなとき頼れるのが弟しかいない……! たしかにアレクは異性だけど、異性だけど、弟だけなんて……!
異性……。
はっとした。
いるじゃない! 私の護衛の騎士が! クリフォードが!
衣装合わせの予定なので、いまは部屋の外で待機してもらっている。
昨夜、父上には意味深なことを言われたけど、心の中には留めておくことにして、基本的には私は気にしないことにした。毒も薬になるらしいし!
『従』なんだし、私がクリフォードを頼らずして誰を頼るというのか!
私は、貴重な、異性の意見を求む!
「サーシャ。クリフォードを中へ呼んでくれるかしら?」
「えっ……。アルダートン様をですか?」
「まだ着替えてはいないのだし、構わないでしょう。ドレスを決定するのに、殿方の意見もききたいのよ。クリフォードなら最適だわ」
「ですが……」
サーシャが、マチルダの顔を見た。それを受け、マチルダが私に確認してきた。
「殿下は、アルダートン様を、この場に招いても構わないのですね?」
「――駄目かしら?」
衣装部屋は二部屋構成。私たちがいる場所とは別に、さらに試着室がある作り。着替え自体はそっちで行う。試着室へ呼ぶんじゃないんだし、特に支障はないと思うんだけど。それとも、衣装部屋ってだけで、護衛の騎士でも入室は難しいのかな。男子禁制?
「いいえ。このマチルダ。殿下がようやく、そこまで信用なさる護衛の騎士を得られたのだと、安心いたしました。この事実だけで充分でございます」
そ、そこまで大袈裟に言わなくてもいいんじゃないかなあ……。
マチルダが笑顔で頷いた。
「わたしたちもおりますし、他ならぬ殿下自身が望まれたこと。問題ありません。サーシャ」
「はい。お呼びして参ります」
サーシャは持っていたドレスをマチルダに丁寧に手渡すと、クリフォードの待機する廊下へ向かった。
ほどなくして、サーシャはクリフォードを連れて戻ってきた。
衣装部屋に足を踏み入れたクリフォードは、私の自室に入室したときのように、まず内部を確認した。騎士の習性みたいなもの? 危険なものはないか、とか。間取りとか?
そうして、視線が最終的に、私へと向けられた。
何故呼ばれたのか疑問に思っているみたい。
「クリフォード。あなたに頼みたいことがあるのよ」
「私にできることならば、喜んで」
「マチルダ。サーシャ。お願い」
クリフォードから少し離れた場所にマチルダとサーシャが立った。それぞれのドレスを、全体像がはっきりわかるようにして持ってくれている。
「アルダートン様。この緑色のドレスは流行色で……」
「殿下は柔らかな色合いを好む方なので、色の部分では流行を追わずに……」
マチルダたちは、自分が選んだドレスに自信があるからこそか、それぞれアピールをすることにしたようだ。女官長と侍女という立場を越えて、二人の間に火花が散っている。そうしながらも、現在のドレスの流行と、私のドレスの好みについて、クリフォード向けの解説にもなっている。すごい。
二人のアピールタイムが終わった頃を見計らって、私は言葉を添えた。
「わたくし、明日の準舞踏会に出席するのよ。ドレスを、この二つのうちのどちらかにしようと思っているのだけれど、女ばかりでしょう。殿方の意見も聞きたいの」
クリフォードが二着の異なったドレスを観察するかのようにしばらく見つめた。ついで、クローゼットを一瞥してから、私に視線を戻す。
「――殿下は、普段お持ちになっている扇は、準舞踏会でもお使いになりますか?」
扇? いまは小机に置いてあるけど……。
「もちろんよ」
あれ、一点ものだから! 準舞踏会どころか、舞踏会に持っていっても恥じない一品に仕上がっていると自負しております! 顔の前で振って微笑んでいれば適当に解釈してもらえるし、社交の場でこその必需品! まあ、その社交の場ではまだ一度もあの扇を使ったことはないんだけれども。最後に出たのは……去年の舞踏会で、あのときは白い扇を使っていたんだよね。
そうですか、とクリフォードが頷く。
「女官長殿と侍女殿が持つドレスはどちらも素晴らしいと思います。殿下にお似合いになるでしょう」
言葉とは裏腹に、クリフォードがどちらかを選ぶ気配はない。
「しかし――僭越ながら、私が三着目をお選びすることをお許しくださいますか? 殿下」
「まあ」
「あら」
サーシャとマチルダに続き、私も声をあげた。
「クリフォードが?」
瞬きする。
「はい」
「――いいわ」
クリフォードがどんなドレスを選ぶのか、興味あるし。物は試しってね!




