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――次の瞬間だった。目にも止まらぬ早さで、事態が動いた。
私が最初に気づいたのは、いつの間にか、クリフォードの背中が目の前にあったっていうこと。ルストが手に持っていた仮面が、床に落ちている。それと、兄が警戒した様子で私の近くに移動してきていた。剣は抜いていない……ていうか、目に見える場所には帯剣していないのに、兄が隠し武器を取り出せる体勢?
父上だけが特に動じることなく、執務机の前に座り続けている。ヤールシュ王子は、驚いた様子だけど、むしろ「へえ」って感じ?
証明しろって言われたから? ルストが、私を狙って剣を抜いた。だけど、その動きを捉えるより前にクリフォードが行動していて、先に攻撃を仕掛けたんだと思う。
激しい剣戟の音がする。
たぶん、ルストの実力があるから、剣を弾き飛ばされることなく、クリフォードとルストが剣を交わしあう状況になっている。二人とも本気ではないだろうけど……。
父上に視線を向けた。目は間違いなく合ったのに、止める様子はない。
ええい、もう!
「クリフォード、ルスト!」
私は叫んだ。
「充分よ、止めなさい!」
まず剣を引いたのはクリフォードだった。ルストも遅れて、剣を鞘に収める。次に、落とした仮面を拾いあげると、懐に仕舞った。
その光景を横目に、抗議する。
「お戯れが過ぎます、父上」
「しかし、バーンの実力は堪能できたのではないか? アルダートンと戦ってこそ、実力を証明することに繋がる。その意味では、お前を標的としたのも正しい選択と言える。お前が狙われなければ、アルダートンは動かんだろうしな。そうだろう? 二人とも」
私の抗議もなんのその、父上が両者に賛同を求めた。
「はい。国王陛下のご要望を私なりに実行させていただきました」
ルストなりに、ね。ルストは何事もなかったように頭を下げ、
「…………」
一方、クリフォードは沈黙している。無表情だけど不快げ。
国王相手に失格の態度だけど、これに関しては私もクリフォード寄り! 父上が咎めようものなら全力擁護するんだから!
――と構えていたら、父上は喉の奥で笑っただけだった。
まあ……ルストの実力が、クリフォード相手にも耐えられるものだってことは、わかった。父上の策にはまったようで悔しいものの、証明されたも同然。
「それで……ルストは兄上の新しい護衛の騎士になった、ということですか?」
「いや、まだだ」
はい?
父上がさらに言葉を続ける。
「セリウスの意見は、あくまでルスト・バーンを護衛の騎士に抜擢する、ということのみだ。配属先は決まっていない」
あ。何か嫌な予感がする。
「加えて、セリウスへ裁定を任せたが、最終的に決定するのはわたしだ。今回は事情が特殊だからな。わたしがバーンと直接話をすることした」
相性、最悪そうなんですけど……?
主にルストの顔が理由で。ルストだって、父上が自分の顔を見て動揺した人間だって言っていたよね? 痣じゃなく、顔に動揺したのは――だから私が二人目だって。
私はごくりと唾を呑み込んだ。
「結果は……?」
ルストが護衛の騎士の制服を着て、ここに立っていることからして、答えは出ているようなもの。だけど、それ以上の何かがありそうな気がする。
案の定だった。
「バーン、見せてみよ」
「――畏まりました」
父上の命を受け、それをルストが取り出したときの私の心境は、一体、何がどうなってそうなった! だった。
一見したところ、それはただの金属製の小さなプレートに過ぎない。
でも、白金の記章と呼ばれるものだった。プレートに掘られているのは、エスフィア王家の紋章。国王の委任を受けた証。つまり、国王の威光を自由に使える立場ってこと。
通常は複雑な承認が必要な手続きも、これを出せばひとっ飛び。
王族だって簡単じゃない『天空の楽園』の表向きの『空の間』への入室だって、この記章を見せれば可能になる。
歴代の国王を振り返っても、この記章を臣下に与えたケースは滅多にないはず。
もちろん、父上だって、誰かに授けるのはこれが初。
「…………」
ルストの顔を見つめる。
執務室でルストに会ってから、直視は避けていたその顔を、私ははじめてしっかりと視界に入れた。
……仮面や眼帯で隠れていないのに、平気だった。
平気か、そうじゃないかって訊かれれば、前者になる。
額の痣の存在のせい? 顔がそっくりでも、少なくともルストは『あの青年』とは別の存在だっていう理解を、私にさせてくれた。それとも、最初にルストの顔がこうだって知ったときから時間が経過しているせいかな。
おかげで、尋常じゃない整い方をしている容貌が露わになっていても、冷静でいられた。それに……対峙していると、やっぱり理屈じゃなく感じられる。顔がどれだけ似ていても、『あの青年』じゃないって。一度会ったことがあるからこそ、比較できた。……平気なのは、違うっていうこの感覚のおかげっていうのが、一番大きいかも。
でも、よりにもよって――。
「見ての通りだ。わたしが委任した証である記章を授けた。もともとは護衛の騎士としての推薦だったが、わたしの直属の部下としている」
「――兄上はそれでよろしいのですか?」
「……反対する理由がないからな」
兄が首を横に振った。ただ、この父上の決定は、兄にとっても想定外だったんじゃないかって感じた。もしかしたら、兄(記憶あり)にとっても?
しかし、と父上が話を続けた。
「わたしの直属の部下ではあるが、この男を、お前かアレクシスの護衛の騎士にと考えている。そうすれば、もともとのセリウスとの要望とも合致はするだろう」
私か、アレクの?




