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疑問符だらけで、いますぐにでも父上にも問い詰めたいところ。
ひとまず王女スマイルで内心は押し隠して挨拶をすると、父上は鷹揚に頷いた。
「よく来たな、オクタヴィア。アルダートン」
ルストがいるのには驚いたけど――大丈夫。
心の中で深呼吸。
あの顔が、心臓に悪いのは変わらなくても。
改めて、父上たちに向き直る。
父上の視線が、私たちが入室する前からいた、三人のうちの一人――父上から見て左側に立っている、バルジャンのヤールシュ王子に向けられた。
まずは、自己紹介から? ――予想外なことが待っていたからって、私の本来の目的はヒューの居場所を知ること。執務室に来たら来たで気になることが多すぎるけど、まさか、説明もないまま最後までスルーされるってことはないだろうし……。問い詰めモードに切り替えるのは、もしものことが起こってからだ!
「こちらはバルジャンの第三王子だ。名はヤールシュ。先日、婚約の打診で釣書きを目にしたから、間接的に知ってはいるな?」
初耳だが? みたいな感じで兄の表情が一瞬動いた。言っていないからな、と言外に伝えるかのように、チラリと父上が兄を見る。それから――クリフォードを。
「はじめまして。お会いできて光栄です。オクタヴィア殿下。ヤールシュとお呼びください」
ヤールシュ王子が、流暢なエスフィア語を紡いだ。さらには、エスフィアの作法に則って挨拶を行う。……あら探しをする小姑のような視点で判定したのに、非の打ち所がない。只者ではないと見た!
「こちらこそ、ヤールシュ殿下」
ただし、ヤールシュとお呼びください、と言われても、初対面で父上のように呼び捨てにできるはずがない。ヤールシュ様か、ヤールシュ王子かで迷った末、無難な殿下呼びで。
私も第一王女として失礼のないように応対。にこっとヤールシュ王子が笑う。嫌味のない友好的な笑みだった。
……でも、思い出されるのは、アレクが密旨から帰ってきて、二人で話していたときに言っていたヤールシュ王子への評価。「……苦手です」って。
いまのところ、そんな要素は感じられない。ただし、初対面の印象では好印象なんだけど、変だなあって思う点もある。
「ヤールシュは非公式でエスフィアを訪問している。諸侯会議中も城に滞在する予定だ。城内で会うこともあるだろう。良くしてやってくれ」
「そのためにヤールシュ殿下はお一人なのですか?」
これ! 私が変だなあって思った点。外国の王子が自国のお供を一人もつけずにいるなんて珍しい。お供の人たちが父上の執務室までは入れず、廊下で待機しているってわけでもない。そんな人たちは見掛けなかったから。公式訪問だったら絶対にあり得ない。
でも、非公式ならまあ……? それでも珍しいと思うんだけどなあ。バルジャンならではなのかな? 王族だけ弱肉強食の国だし、常識が通用しないのかも……。
はっ。まさかっ?
私はバッとルストに視線をやった。
……ただやっぱり、ちょっと顔を直視するのは避け気味に。
ルストは執務机を挟んで、ヤールシュ王子の反対側に立っている。離れてはいるものの、護衛の騎士の制服を着ているし――実は非公式滞在中のヤールシュ王子の護衛要員に抜擢されたとか? その場合、どういう経緯でそうなったのかがさっぱりだけど。……佇むルストの様子からは、答えは得られなかった。
「ええ。一人での行動が好きなんです」
ヤールシュ王子が顎を引いた。
「楽でしょう? 昔はいろいろあったのですが、いまでは家族も呆れて、好き勝手にさせてくれています。そんな私に滞在許可を出していただいたのですから、イーノック陛下にも非常に感謝しています」
「よく言うものだ」
ヤールシュ王子の発言に対して、父上が呆れたようにため息をつく。……もっとも、嫌な感じは全然しない。ある程度親しいからこその態度だって、伝わってくる。
「本心ですよ。仮に私に何かあったとしても外交問題にはしないとお約束はしていますが、受け入れられることが少ないもので」
「当たり前だ」
……「単独行動がお好きな方」「父上と交流があり、親しいのではないか」っていう、アレクの見方が正しかったんだってことも。
さすがはアレク! と自分のことのように嬉しかったのも、ほんの一瞬だけだった。
一転、気分が沈む。
アレク……。密旨から帰ってきた日に会ったっきりで、あれからほとんど話せていないんだよね。避けられているように感じることもしばしば……。
ううん。慌てて内心で首を振る。いまはこっちに集中しなきゃ!
「本人の言うとおり、ヤールシュは今回、身一つでエスフィアを訪れている。王都に来る前はターヘンを訪問していた」
! ターヘン……?
誰かの口からこの名前が出ると、自然と敏感になってしまう。たぶん、前よりも。
この世界の基となっているBL小説『高潔の王』にはターヘン編がある。そして私はターヘン編突入までしか読んだことがない。
――ヤールシュ王子、原作で登場予定の重要人物だったりして?
それに……。アレクは、密旨中に新しく出会った人物として、ヤールシュ王子の名前をあげていた。つまり、アレクが密旨で赴いたのって、ターヘンなんじゃ?
私、冴えてる?
で、ターヘンへ向かわせた、その命令主は、父上。原作と現実が交錯してる……?
父上に真意を問い質すより――いいこと思いついた!
「まあ、ターヘンへ。では、ヤールシュ殿下にぜひ感想をお聞きしたいですわ。わたくしは滅多に王都を出ることがありませんから。他国の方から見た自国――いまのターヘンの様子を知りたいのです」
地名を入れてネットで検索すれば、そこの情報が得られた前世とは違って、エスフィアは超アナログ。最新情報は人からゲットするのが一番なんだよね。
「ターヘンの様子か。しかしそれならお前の護衛の騎士に訊いたほうが早いのではないか? どうだ? アルダートン」
私に対してと思ったら、父上がクリフォードに話を振った。すぐには答えず、かわりにクリフォードが私に視線を向ける。私が頷き返すと、口を開いた。
「ターヘンは私の出身地ではありますが、それだけです。長く過ごしたわけではありません。現在の様子はわかりかねます。オクタヴィア殿下のご期待には応えられないかと」
ターヘンに長く住んでたわけじゃなかったんだ……って、私、クリフォードのことをあんまり知らないんだな。いまさらながらにそう思ってしまった。
一瞬、以前夢で見た少年の姿が脳裏をよぎる。
決して知りたくないわけじゃないんだけど――不思議と気にならないのも変わらない。
「ほう。そうなのか? オクタヴィア」
おっと、私に矛先が戻ってきた。
「クリフォードが述べた通りです。わたくしは、いまのターヘンの状況を聞いてみたいのです。……いかがですか? ヤールシュ殿下」
にこやかな笑みが言葉と共に返ってくる。
「もちろん構いません。申し上げたとおり、しばらくエスフィアの王城に滞在させていただく予定です。いつでもどうぞ。私見でよろしければ、ターヘンについてお話できると思います」
よし! 当初の予定にはなかったこと。でも、今後の展開を予想する上で、ターヘンについての生の情報をゲットしておくに越したことはない。
婚約の打診をしてきた本人……ってところがちょっと引っ掛かるけど、クリフォードを恋人としてお披露目した後だし、これは父上も認めている関係。父上を信じるなら、カンギナともバルジャンとも、私の婚約話が進むことはない。
「……ヤールシュはヒュー・ロバーツの処遇にも関わっている。ターヘン以外の話を聞くのも良いだろう」
突然、本命の話題を父上が持ち出してきた。




