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エスフィアでは婚約者同士の場合や夫婦間だとよく見られる、エスコートの形の一つ。今後出番が大きくなる可能性大。
肘を曲げてもらって、自分の腕を通す。
心持ちクリフォードに寄りかかる感じ?
これも……大丈夫。
クリフォードのほうは、と腕を組んだままで見上げると、間近で目が合って、咄嗟に私は顔を逸らした。
「殿下?」
うー。やっぱり変に思われたかな? 腕を組むの、大丈夫ではあるんだけど、距離が近くなった分、クリフォードの顔面偏差値に圧倒されるよね!
「これも、お互いに問題ないようね」
わざとらしかったかもしれないけど、そう締めくくる。
立ち位置を変更して、クリフォードと向き合う。
恋人っぽい振る舞いとして考えられること。
手を繋ぐ、腕を組む、と来れば、次は――。
……抱擁?
恋人同士に限定されるわけじゃないけど、恋人同士だったら自然にできて当たり前なやつ。
「クリフォード。腕を広げて、そのまま立っていてくれる?」
改めてしようとすると、緊張するな。
頼んだ通りの体勢を取ったクリフォードに勢いよく抱きつく。……勢いでやらないとちょっと難しかった。
ただ、いくら私が勢いをつけたところでクリフォードはびくともしなかった。
背中に腕を回す。
「…………」
目を閉じる。
……これも、大丈夫みたい。
むしろ――。
数秒は優に経過したと思う。
ハッと目を開けた。全然大丈夫なのは良いとして、抱きついたままでいすぎた!
いや、だって、今更ながら気づいたけど、腕を組む以外は、既にすべて実行済だった!
どれも理由はあったものの、もう何度か抱きついたこともある。しかも、嫌な記憶の反対で、安心したり、助けられたりしたというか、甘えてしまったというか……!
そういう記憶のせいか、居心地良く感じてしまっている。
離れたいんだけど、それ以前に、恥ずかしくて顔が上げられないんですけど! クリフォードの反応が見れない……!
「……あなたは問題ないかしら?」
苦し紛れに口をついて出たのは、手を繋いだときと同じ質問。
「――オクタヴィア殿下」
たぶん、腕を広げたままでいてくれているクリフォードから声がかかった。その声が響いて聞こえる。
「……何かしら」
「動いても良いでしょうか」
「ええ。構わないわ」
クリフォードもこのままでいるわけにはいかないもんね。
よし。検証は充分だし、私も離れ――。
「!」
背中に、クリフォードの手が回ったのを感じた。
……えっと、抱きしめ、られてる?
「……問題ないようです」
心の中が大パニックだったのが、クリフォードが漏らした言葉でおさまった。
この行動は、問題ないかって、私が尋ねたせい、だよね?
クリフォードからも検証してみたっていう……。
「わたくしもクリフォードも、ここまでは許容できる範囲のようね」
そして、恋人同士のフリまでなら、これぐらいできればOKのはず。
ここから先っていうと……思い浮かぶのは未遂に終わったキスになっちゃうけど。
あれは父上のせいでもあるし、真実はどうあれ、一度はしたという事実がある以上、父上が再度言ってくる可能性は低い。何より、他の人物からやシチュエーションで、人前でキスをする必要性のある無茶ぶりが早々にあるとは思えない。
人前で自然にできて、恋人っぽい。
検証完了だ!
ただ、念には念を入れて、訊いてみることにした。
「……どれも、嫌では、なかった?」
「嫌ではありません」
伝わってきたのは、苦笑みたいな声音だった。
――こうして、恋人同士を演じる上で、互いに許容できる範囲が決定した。
つまり、演技もバッチリってこと!
『祈りの間』を後にして、すぐ向かったのは、父上の執務室。
扉の両脇を守る二人の兵士が待機し、彼らによって扉が開けられた。
クリフォードと入室する。
そして、目に入ってきた光景に私は目を瞬かせた。
中にいるのは父上だけだと思っていたから。
でも違った。――予想外の顔ぶれが揃っていた。
執務机に手を置き座る父上。表情には何も浮かんでいない。いつも通りの、国王らしい姿。でも、だからこそ、違和感があった。
執務室にいたのは、父上以外に三人。
まず、兄。でも兄は、立場を考えればいてもおかしくはない。あと、こっちもいつも通りの完璧な出で立ちで、隙がない。
それから、一人の男性。私は初対面の人物だった。たぶん、貴賓。エスフィア人ではない。
服装や風体から判断できたっていうのもあるけど――見覚えがあった。実際に会ったわけではなく、絵姿で。
私の推測が当たっているなら、他国の王族なわけで、やっぱりいてもおかしくはない。
――バルジャンの第三王子。名前はヤールシュ。
バルジャンからの婚約の打診を話を聞いたとき、目にした釣書の絵姿と特徴が似ている。
褐色の肌で金髪、瞳の色は赤みがかった黒。口元には笑み。実物よりも絵姿のほうが大分劣っていたという差はあるけど。
……ただ、ここまでは、いいんだよね。
兄と、バルジャンの第三王子がいるのは、二人の地位や立場を考えれば、わかる。
父上との関係性からも。
だけど、三人目。
この人物は――。
視線を向けると、返ってきたのは人を食ったような笑みだった。
表情も、はっきりとわかる。
三人目の人物は――額の痣を隠すことなく、素顔を露わにしているルスト・バーン。その手には仮面がある。一時的に外しただけ?
私にとっては、『あの青年』に酷似した顔。
そして――父上にとっては、生前のキルグレン公ルファスに。
……ルストがいるのは、おかしくない?
しかも、おかしいのは服装も。
ルストが着用しているのは、通常の貴族のような私服ではなく、濃紺色の――護衛の騎士の制服だった。




