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13 セリウスとデレクの密談

※セリウス視点の話です。

 深夜、秘密通路を通って訪ねてきた友人の顔を見、俺は嘆息した。

 知りたかった結果は、その表情だけでわかった。


 また、なのだろう。


 椅子に深く腰をおろす。


「犯人が吐いたのは、またオクタヴィアの名前か?」

「……残念ながら」


 席についた友人、デレク・ナイトフェローが不満げに顎をひいた。


「逆に、わかりやすすぎて怪しい。シルの命を狙った実行犯が、一様に首謀者としてオクタヴィア様の名前を吐く。明らかな作為だ」


 デレクが頭を掻きながら、小さく首を振った。


「――ただの真実だとしたら?」

「おい、セリウス」

「糸口は、何であっても欲しいさ。少しでも疑いがあるなら、妹でも除外すべきじゃない。オクタヴィア本人ではなくとも――たとえば、オクタヴィアの言う『恋人』はどうだ? 『恋人』なのかも定かではないが」

「そこからか? 話としては聞いたが、オクタヴィア様に恋人がいてもおかしくはない。お前だってシルと相思相愛だろうが」

「恋人がいるのに、一切噂にのぼらないのは妙ではないのか。誰も知らない。相手の男の顔も、名前も、何一つ、だ。この、王城で」

「そこは、オクタヴィア様だからこそ、じゃないか? 完璧に隠し通していたんだろう」


 あの妹のことだ。隠し通したとしても、不思議ではない。

 だが――。


「相手はいるが、『恋人』ではなく、何らかの協力者だという可能性もある」

「だとしたら、何故わざわざお前に愛する者がいるなんて教えるんだ? ずっと黙っていればいい」

「オクタヴィア流の宣戦布告かもしれない」

 やれやれ、とデレクが天井を仰いだ。

「――疑いの念を残しておく程度なら賛成だが、おれはお前の考えすぎだと思うね。噂にかこつけて、勝手に名を利用されている。そんなところだろう。オクタヴィア様の名前は、出すだけでいい隠れ蓑になる」


 現に、俺も惑わされている、と言いたいのか。

 俺の周りにいる人間は、どちらかといえば、オクタヴィアを警戒している。

 それらの中で、例外が、俺の恋人であるシルと、このデレクだった。


「……お前がオクタヴィアを庇うのは、ナイトフェロー公爵のせいか?」


 表だって権力を行使しないが、裏では絶大な影響力を持つ。それがナイトフェロー公爵だ。……オクタヴィアは何故か、かの公爵に懐いた。公爵自身も、娘のようにオクタヴィアを可愛がっている。デレクは、そんな公爵の長男だ。茶色の髪と瞳は、公爵夫人とよく似ている。性格は公爵似だ。


「父はオクタヴィア様と親しいが、おれは違う。ここ数年は、ほとんど話したこともない。むしろ、おれには厳しい父が、オクタヴィア様には甘かったからな。憎たらしく思ってあの方をいじめていたのがおれだぞ」

「……そうだったか?」


 デレクが一瞬、妙な顔をした。


「ああ。いじめていたのがバレて、父とお前に大目玉を食らってから、こりた。むしろそのときの恐怖の記憶のせいで、おれはなあ、長年、間接的にオクタヴィア様恐怖症……」


 半ばで、デレクが言葉を切った。


「セリウス。お前、オクタヴィア様をどう思っている? 言ってみろ」


 俺が、オクタヴィアをどう思っているか? 決まっている。


「……昔から、嫌いだよ」


 妹もそうだろう。俺を嫌っているはずだ。

 そう。昔から、俺は妹が嫌いだった。


 好意には好意。敵意には敵意。そんな単純な世界に身を置いてきたわけではない。

 オクタヴィアが俺を嫌っているからといって、それを流せないようでは、王の器ではない。だが、オクタヴィアに対してだけは、うまくいかなかった。


「……昔から?」


 デレクが戸惑ったような声をあげた。


「どうした?」

「お前、忘れてるのか? 昔は、あんなに……」


 あんなに?


「何だ」

「逆だ。お前は冷たい態度のオクタヴィア様と、何とか仲良くなろうとしていた。……妹が可愛くて仕方ないって、嫌がられても、構ってただろ。好きだったんだよ」

「――俺が、オクタヴィアを、好き?」


 自分で口にしてみても、信じられない。


「おいおい。本当に、忘れてるのか? おれが子どもの頃にオクタヴィア様をいじめたのは、父だけが理由じゃない。お前への態度も気に入らなかったからだ。おれがオクタヴィア様をわざと転ばせたとき、お前、自分が何をしたか――」

「……何を、した?」

「お前は激昂して、おれと殴り合い取っ組み合いの大喧嘩だ。オクタヴィア様が、父を呼びに行って、止めさせられた。俺は大目玉を食らった」

「……冗談だろう?」


 もし、その光景を目撃したとしたら、俺はデレクを咎めただろう。しかし、妹のために激昂する? ――あり得ない。


「それはおれの台詞だぞセリウス。疑うなら父にも聞いてみろ。忘れたのはいつからだ? きっかけは? 何か、覚えていないのか?」

「きっかけも、何も……」


 ない、と答えようとした時。


 何かが、誰かの姿が、脳裏に浮かんだ。


『××××――』


 だが、霞のように、浮かんだ情景は、すぐに消えた。


「…………?」

「セリウス?」

「あ、ああ」


 頭を振る。


「――子どもの頃のことだ。記憶が曖昧になることもあるだろう。たとえ、昔はオクタヴィアと仲の良い兄妹になろうとしていたのだとしても、いまは違う。それだけだ。……そんなことよりも、俺はシルの身の安全をはかりたい。再開し出したのは、ちょうど三ヶ月前だ」


 シルは、命を狙われていた。その脅威は、首謀者の死によって、去ったはずだった。

 だが、三ヶ月前から、再びシルは狙われ始めた。


 理由は、わからない。敵の正体も、いまだ掴めない。俺は後手に回っている。

 そんなとき、ようやく捕まえることのできた――捨て駒だろう、実行犯が、雇い主として口にしたのが、オクタヴィアの名前だった。

 数日前に取り押さえた二人目も。

 たったいま、デレクの報告で、同様にオクタヴィアの名をあげた、とわかった。


 ただし、額面通りに信じることはできない。頭では、理解している。犯人が嘘を言ったのかもしれない。嘘を教えられていたのかもしれない。


 ならば、オクタヴィアは潔白なのか? 


「三ヶ月前――オクタヴィア様の護衛の騎士と関連づけたいのか?」

「クリフォード・アルダートンだ。アルダートンが城に来てから、シルが狙われ始めた」

「あの騎士に不審な動きはないぞ。常にオクタヴィア様を守っているのが不審だ、なんて言うのはやめてくれよ? それにシルが言っていたぞ? 四年前、シルを助けた男に似ているって。もし同一人物だとしたら、むしろ味方かもしれない」

「……楽観的すぎる」


 味方だと?


 ――オンガルヌの使者がか?


 そう言い返すのは、堪えた。これはたとえデレクが相手でも口にするようなことではない。


 父上も、ご存じのはず。しかし、俺には伝えなかった。

 俺が知ったのは、まったく別の方面からだ。


 俺も知っているという事実は、秘密裏にしておかなければならない。そして、アルダートン自身への接触もまた、オクタヴィアの護衛の騎士とあっては、難しい。


 オンガルヌの使者。

 サザ神教の頂点に君臨していた、我が王家への反逆者、ナタニエルを屠った男。


 このナタニエルこそ、シルを付け狙っていた首謀者だった。

 何故ナタニエルがシルの命を狙っていたのか、理由を問い質すことは、もはや叶わない。


 ――それでも、ナタニエルが死に、シルが狙われることは、なくなったはずだった。

 だが、まだ何者かが、シルを亡きものにしようとしている。


 それが、オクタヴィアでないと言えるか?


 三ヶ月どころか、もっと前から、オクタヴィアがクリフォード・アルダートン――オンガルヌの使者と繋がりを持っていたのだとしたら? ナタニエル殺害の事実にも、別の意味が見えてくるのではないか?


 オクタヴィアが女王即位を目論んでいる、との噂もある。俺の対抗馬として名が出るのは、本来なら弟のアレクシスのほうだろう。しかし、アレクシスが国王即位を、と噂されるよりも、よほど信憑性が高く聞こえるのが現状だった。


 オクタヴィアならあるいは――そう思わせるだけの素地を、本人が持っていることに加え、父上の態度が関係している。父上はアレクシスの王位継承権を剥奪しようとしていた。思いとどまったのは、当時貴族たちから反対の声が多くあがり、無理に押さえつければ争いに発展しかねない事態に陥ったからだ。父上が意を撤回したことで、内々に収束した。


 しかし、このことは、父上にはアレクシスを王位に就けるつもりはないのだと、貴族の間に知らしめることになった。

 アレクシスの誕生の経緯が、気に障ったからこその、国王イーノックのらしくもない浅慮だった、とも。


 ――果たして、そうだろうか。


 一夜の過ちで生まれた子だから、父上はアレクシスを疎んじている。それだけか?


 何にせよ、これが、アレクシスが国王になるよりも、オクタヴィアが女王となる噂のほうが声高に囁かれる理由だろう。

 次期国王は、現国王である父上が指名し、決定する。

 継承権はあっても、アレクシスにその芽はない。それを知る貴族の囁きが、伝播し、オクタヴィア自身の噂と混ざり合い、現在の噂になった。アレクシスの継承権剥奪未遂の件があってこそだ。

 もちろん、アレクシスが即位する方法はある。

 自ら兵を率いて、父上に反旗を翻すのなら別だ。だが、そこまでの意志がアレクシスにあるのかどうか?


 オクタヴィアならどうか?

 父上は、オクタヴィアに関しては、継承権について言及したことは一度もない。少なくとも、剥奪すると言ったことはない。指名される可能性は残っている。いや、残している。

 俺が死亡すれば、アレクシスではなく、おそらくオクタヴィアが女王として即位するだろう。


 オクタヴィア自身が、噂のように、わかりやすくそんな素振りを見せてくれたなら、いっそ楽だった。

 現実には、オクタヴィアの行動は、王女としての範囲を越えたことはない。


 しかし、野心を持ち、俺を女王即位のための障害、敵と見なしているなら――弱点を狙うだろう。

 俺の弱点は、シルだ。

 そして、シルを喪えば、俺もまた、死んだも同然だ。俺自身を殺すまでもない。狙いは、正しい。


 沈黙する俺に対し、デレクが言葉を重ねた。


「オクタヴィア様のおかげで、シルが助かったことが、何度かあったのはどう考えている? これも忘れたと言うんじゃないだろうな?」

「――忘れては、いない」


 俺とオクタヴィアの仲は、良くはない。オクタヴィアは、俺とシルの関係を、快くも思っていない。しかし、シルの危機に繋がることに対し、オクタヴィアから助言を受けたことがあった。

 シルの命が狙われたわけではなかった。ナタニエルの脅威が消えてからのことだ。が、シルに敵意を持っていた内部の人間をあぶり出すことができた。


 ――情報は、恐ろしいほどに、正鵠を得ていた。


「オクタヴィアは、詳しすぎた。どうやって知った?」

「腕の良い間諜でも飼っているんじゃないのか」

「三ヶ月前を境に、助言もなくなったのは、どう考える?」

 デレクが大袈裟にため息をついた。

「どうあっても、オクタヴィア様を黒幕にしたいみたいだな、セリウス」


 むしろ、何故オクタヴィアが無関係だと言える? 符号が合いすぎる。


「夕食会で、オクタヴィアが、かたくなに『恋人』の名前を告げようとしなかったことも、引っ掛かる」

「だから披露目の場なんて名目で、相手を引きずり出そうとしてるのか。あの場にいた使用人たちがさえずったせいで、もう城中に知れ渡っているぞ」

「好都合だ」

「それで、ただの恋人が出てきたらどうする?」

「――祝福するさ」


 当然のことだ。


「そして、オクタヴィア様の結婚を後押しし、オクタヴィア様が生んだ子は、取り上げるつもりか?」

 揶揄するかのような口調だった。


「お前も、世継ぎについて小言か? ――そんなことは、考えていないが」


 そうだ。考えては、いない。


「が?」

「それができるなら……」

 呟きは、喉の奥に消えた。


 ややあって、デレクが口を開いた。


「肯定するとは、思わなかった」


 友人は、こう続けた。


 ――セリウス。お前、本当に、忘れているんだな。





 翌朝、オクタヴィアが十三日後に、恋人の披露目の場を設けることになった、と俺は知った。


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