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自室で、私は三度目となるチェックを行っていた。
ティーセットよし。お茶菓子よし。席よし。
準備万端。お茶菓子の中には、ルシンダ様からのお土産、イーバ! 私の取り分も含まれている。イーバの良いところは常温保存で長持ち、かつ作りたての美味しさが持続すること!
――後はアレクを待つのみだった。
意味もなく、室内をうろうろする。
父上への報告、うまくいってるかな。
城へ帰還したアレクは、休む間もなく、父上のところへ向かった。その後に、ここに来てくれる予定。
「姉上。話したいことがたくさんあるんです。時間を作っていただけませんか?」
「でも……帰ってきたばかりよ? 休んだほうが良いのではなくて?」
「姉上と話すほうが休息になります」
なーんて会話を経てしまったら、時間を作るしかないでしょう! むしろホイホイ作っちゃう。
離れていたのはたった十数日だっていうのに、私だって積もる話は山積み。イベント盛りだくさんな日々だったから!
その上、明日は披露目の日。じっくり話せるとしたらその後かなあって思っていたから、アレクからのお願いは私にとっても嬉しいものだった。
もともと、恋人がいるって兄に見栄を張ったあの日――家族全員が揃っての夕食会の後、「話す機会を設けましょう。アレクの部屋を訪ねるわ」って話をしていたんだよね。密旨でアレクが城を不在にしたので、延び延びになってしまっていたのもある。
でも、私が行くんじゃなくて、アレクに来てもらうことにした。アレクをご招待!
アレクの父上への報告は、結構時間がかかっている模様。その間に、レヴ鳥を獣医師に診てもらうという私の用事は済んでしまった。
鳥かごに目をやる。
レヴ鳥の青みがかった灰色の目が見返してきた。
矢で傷ついていたレヴ鳥は、私の部屋で世話をすることになった。
獣医師のところまで一緒に行ったガイも、自分で面倒を見るか迷っていたようだったけど、私に任せてもらうことにした。
言い出しっぺは私だし、やっぱり、レヴ鳥っていうのがね……ガイ自身はともかく、相部屋みたいだし、他の人だと忌避感が強いと思うんだよね。実際、それが矢傷の原因の一端でもあるんだろうし。
あと、このレヴ鳥自体、人に対して好き嫌いがある。
とりあえず、クリフォード相手には無条件で大人しい。ガイは持ち方が良かったのが気に入られたっぽい。私のことは……どうだろ。嘴に触らせてくれたから、嫌われてはいない、と思いたい。
逆に、獣医師に対しては、威嚇して暴れて大変だった。クリフォードの手を借りなければならなかったぐらい。
――それにしても。
ぜんっぜん鳴かないんだよね、この子。
獣医師は、「レヴ鳥の治療など、生まれてはじめてです……」とは言っていたものの、きちんと診てくれた。矢を抜き、止血を施して消毒。片方の翼には包帯が巻いてある。
傷口の様子を見ながら、包帯を取り替えること。餌に鎮静剤を混ぜてしばらく食べさせること。治療に関して言われたのはこれぐらい。
他の注意点として、現時点でもちょっとの間なら飛べるかもしれないので、羽ばたきの練習をはじめたら鳥かごから出してあげること。
人間同様、特に頭の良い鳥ほど負傷中は感情が高ぶったり、繊細になったり、ちょっとの刺激に強い反応を示す可能性があること。
ちなみに、オスのレヴ鳥で、成鳥だってことがわかった。一般的なレヴ鳥よりは小さめの子らしい。怪我の直接的な原因は人間が放った矢だろうけど――要するに、ぼっちの子なんじゃないかっていうのが獣医師の見解だった。
そのせいで、狙われやすく、仲間からも助けてもらえなかったんじゃないかって。
なんでも、レヴ鳥は群れで行動し、仲間意識が強いものの、変わっているものを排斥する傾向があるとか。
この子の場合は……目の色かな?
ただし、この子みたいなレヴ鳥はリーダーになりやすいとも言っていた。単独行動で力をつけて群れに帰ってくると勝っちゃうから。下剋上。
鳥かごの前に近寄って、屈む。レヴ鳥と私は見つめ合った。
話しかけてみる。
「あなたの怪我が治るまでは同居人よ。……よろしくね」
レヴ鳥が首を傾げた。人間の言葉を理解しているって説もあるらしいけど、本当かな。
――と、コンコン、とノックの音がした。
アレクが来たっ?
飛び上がる勢いで、私は扉を開けた。廊下に控えているクリフォードがいるのは当然として――。
「…………」
何だ、デレクか。
「――そういう顔をされると、心変わりをして明日の約束を撤回したくなりますね」
デレクが笑顔を浮かべた。
う。がっかり感が顔に出てた? それともスンッて顔になってた? ごめん、デレク。
「わたくしが悪かったわ」
でも、実際、デレクが来るのはもっと後の時間のはず。
「……いいですけどね。予定より早くきたのはおれのほうですから。シルに会いに行くと言ったんですが、母からオクタヴィア様に、と預かっています。城に着いたらすぐにお渡しするようにと配達を仰せつかりました。ですので、これをお渡ししてからシルのところに行きます」
デレクが手にしているのは包装された箱だった。オクタヴィア様へ、とルシンダ様からのものとわかる手紙が添えてある。
「中身はイーバだそうです。ご迷惑でしたら――」
「!」
ご迷惑なはずがありませんって!
「まあ。ありがとう」
ルシンダ様々! 私は箱を嬉々として受け取った。
「回復祝いも兼ねているそうです。おれも、オクタヴィア様の顔を見れて良かったです」
「空病を侮ってはいけないということがわかったわ」
「たかが空病、されど空病、とよく言われますからね」
このフレーズ、前世では風邪で使われてたけど、エスフィアにもあるんだよね……。
「……耳が痛いわ」
私はため息をついた。
笑い声をあげたデレクが、話題を変えた。
「しかし、誰を待っていたんですか? 失望された身としては気になりますね」
「アレクよ」
満面の笑みが無意識に口元に浮かぶ。
……ええと、やっと城に帰ってきたの! なんて言うわけにはいかないんだよね。
「――体調を崩してずっと伏せっていたでしょう? ようやく回復したの」
帰ってきた今日が、回復した日ってことになるはず。
「……それはめでたいですね。心よりお喜び申し上げます」
にこりと微笑み、デレクが一礼した。
「では、おれはこれで。また後ほどお会いしましょう」
「ええ、また」
デレクが踵を返す。
本当に用件はルシンダ様からの贈り物を渡すだけだったみたい。――て、思い出した。ガーベラのこと訊くつもりだったんだっけ……、まあ、いいや。後でみっちり打ち合わせをするし、そのときでも。
そんなことを考えてデレクの背中を見送っていると、こちらに歩いて来るアレクと、それに付き従う護衛の騎士のランダルの姿が見えた。すれ違い様に、デレクと挨拶している。
デレクと入れ替わりでアレクが、私の前までやってきた。
小走り気味で来てくれたのが地味に嬉しい。
が、待機しているクリフォードを見て、アレクの顔が曇った。
「――アルダートンは、まだ姉上の護衛の騎士なのですね」
脇門でアレクを迎えたとき、アレクは父上のところへ行く前にガイに声を掛けていたし、クリフォードが控えていたことにも当然気づいていたはずだけど、改めて不満そうに息を吐いている。
「長く勤めるのが普通でしょう? いままでが頻繁に代わりすぎだったのよ」
「そうかもしれませんが……」
クリフォードに剣呑な視線を注いでいたアレクが息を吞んだ。
「あれは……姉上の『黒扇』と同じ素材ですよね?」
気に入らない、と言わんばかりに、クリフォードの剣の柄にぶら下がっている黒い羽根の飾り房を見据えている。
「わたくしの護衛の騎士には専用の飾り房を与えようと思ったの。わたくしは『黒扇の姫』と呼ばれているでしょう?」
中二病なあだ名も使いよう!
「だから、レヴ鳥の羽根をアルダートンに……?」
不満が残る様子のアレクの手を、私は引っ張った。
「さあ、中へ入って!」




