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 スルーできるなら、そうしたいのは山々なんだけど……そうするわけにもいかないよね……。はあ。


「――お話は、クリフォードのことだったのですか? わたくしは、もっと別のお話かと」

「いや――そうだな。お前を呼んだのは、セリウスが述べていた件で、話す必要があると判断したからだ」

 ここで、父上は再びクリフォードに命じた。


「アルダートン。お前は退出せよ」


 クリフォードが問うかのような視線を私に向けたので、私は頷いてみせた。


「御意に」


 頭を垂れてから、クリフォードが執務室を後にする。

 退出を見送った父上が、大きな息を吐いた。


 ――自分で蒸し返すのも何だけど。


「何故、クリフォードを欲しがったのですか?」

 父上が私を皮肉げに見返す。

「予想のつかぬお前ではあるまい?」

「……優秀、だからでしょうか?」


 それと……『従』だから、とか? 父上も知っている? まさかね。クリフォードは、私しか知らないって言ってたし……。だよね?


 父上は、肯定も否定もしなかった。


「優秀、か。オクタヴィア。どのようなものであるにせよ、お前にはお前の考えがあるのだろう。わたしがそうであるようにだ。しかし、父として忠告だ。クリフォード・アルダートンには気を許すな。……あれは毒だ」

「…………」


 ちょっとちょっと父上。突っ込み処満載なんですけど! 毒とは何ですかって以前に、そういう毒を騎士にするってどうなの? 


「では、何故その毒をわたくしの騎士候補に?」


 それとも言葉の綾なの?


「あの中から、クリフォード・アルダートンを選んだのはお前だろう?」


 そうでした……! それを言われてしまうと……。

 どれにしようかな、で選んだのは、私だった……!


「毒も、使い処を誤らなければ薬になる。お前に任せよう。……この話は、これで終わりだ。良いなオクタヴィア」

「……はい」


 渋々と私は頷いた。こう宣言されてしまったからには、クリフォードの話題は、言葉通り、本当に終わり。訊いても答えない、ということ。


「セリウスの言っていた、お前の恋人の話をしよう。……事実か?」


 一瞬、迷った。正直に本当のことを言うべきか……。でも、これは、私の結婚問題について父上がどう考えているかを知るチャンスでもある。


「ええ。いますわ」


 いないんですけどね! いつでも募集中です!


 心の中でため息をついた。

 前世はともかく、今世の私、見た目はいいと思うんだけどなあ……。オクタヴィアの生まれ持った容姿、体型を損なわないよう、暴飲暴食には走らないようにしているし、適度な運動だってかかさない。自慢だけど、美少女だと思うのよ。


 ロマンスの一つや二つ、何故転がってこないのか!

 やっぱり、男と男の恋愛が正義、だからか……!

 いわば、シル様と兄のための世界だからなあ……。


「兄上は、わたくしのためを思い、披露目の場を開きたいようですけれど……」

「お前はあれが善意だと本当に思っているのか?」

「違うのですか?」


 父上が、何故か苦笑した。


「お前も、このことに関してはわたし相手にとぼける必要はない。セリウスが夕食会でわざわざ話を持ち出したのは、お前の出方を見るためだろう」


 ……何ですと? 


「もっとも、仮に善意であっても、どちらにせよ、わたしの意見は変わらないが」


 私の混乱をよそに、父上は話を続けた。


「お前の行動を、制限するつもりはない」


 ……はい?


「はい」


 意外な父上の言葉に耳を疑ったものの、心の中とは裏腹に、真剣な顔つきで私は頷いた。


「お前に好いた者がいて、想い合っているならば、別れさせるようなことはしたくないと思っている」

「……そう、ですか」


 ごめんなさい父上。私、父上のことを勘違いしていたのかも。

 何がなんでも都合の良い人間と政略結婚させる気なんだとてっきり……。

 国王としてはそれで正しいし。

 なら、兄の恋愛結婚に甘すぎるんじゃない? とは思うけど、贔屓ってあるよね。いくら公平にしようと心がけていても、好き嫌いで判断が軽くなったり重くなったり。


 人間だもの!

 あと懐いてくる子のほうが可愛いよね。私、可愛くない子供だった自覚も自信もある! 私に冷たくてもそこはある程度納得できる!

 アレクへの接し方に関しては擁護できないけど!


「――相手は誰なのだ?」

「それは」


 誰でもいいから、名前……! 

 ルストの名前をここであげちゃう? それは、さすがに……。


「いまは、教えられませんわ」


 く、苦しいな、この返答。いい加減、これで突っぱねるのにも限界が。


「――私が信用できないか」

「父上は、ウス王の再来と謳われている方。信用しておりますわ」


 よいしょしておく。

 ウス王っていうのは、エスフィアを発展させた超有名な昔の王様。頭が良くて、武勇に優れ、容姿も整っていたんだとか。いい匂いもしたらしい!


「ウス王か。そのウス王の前に、ウス王の姉が、一月だけ女王として建っていたことは知っているか? オクタヴィア」


 ……いいえ、初耳です。


 おっかしいなー。

 私は心の中で首をひねった。


 前世でBL小説が好きだった私は、オクタヴィアとして生まれ変わっても、活字を求めた。

 つまり、BL小説を求めた! でも、さすがになかった。


 何故、周りに生BLが溢れているのに、BL小説を求めるのか?


 理屈じゃないといいたいところだけど、一応理屈もある。

 だって、二次元と三次元は違うから! 三次元だけじゃ、二次元における私の腐女子魂は満たされないからね!


 いっそ自分で書こうと奮闘した日々もあったけど……ダメだった。


 自家発電したいんじゃない! そうじゃない!

 私は誰か他の人が書いた新作BL小説を読みたい! 


 で、エスフィアの古典に手を出し、男同士の厚すぎる友情話を読むことで妄想力を高めていた。――すぐに読み尽くしてしまった。物語自体が、少ないんだよね。

 それから、オクタヴィアとしての立ち位置的に、王家の過去を知るために、エスフィアの歴史書を読み漁った。


 そして登場したのがウス王!

 ウス王の場合、ウス王物語っていう伝記まで出ている。ちなみにこの伝記! 男の信頼関係と裏切りと友情が描かれていて、腐女子的にもとてもイイ! 妄想と萌えが迸ります。いい匂い情報も、伝記からです! 部下が書き残しています!


 だけど……。

 記憶を探ってみる。

 ウス王の姉についての記述なんて、どこにもなかったはず。伝記にももちろん一切登場していない。


「さすがのお前でも知らぬか。無理もない。……抹消された、最後の女王だからな。名すら残っていない」

「ウス王が、弑したのですか?」


 それしか考えられないよね。

 ――あのウス王が? 挿絵なんかないけど、伝記で素晴らしく格好良く描かれていたから、脳内イメージで最萌えキャラ化していたお方だったのに……!


「そうだ」


 残念ながら、父上は肯定してしまった。

 扇を口元に押し当てる。私はがっかりして息を吐いた。深刻そうな顔つきになってしまっているかもしれない。


「――だが、ウス王は姉を心から敬愛し、女王即位を喜んでいた。女王も、聡明だった。これで、忌まわしき過去の実例を打破できると信じていた」


 ……忌まわしき過去の実例?


「過去、わかっているだけでも、女王が即位した例は、ウス王の姉を含め、四度ある。いずれも在位期間は短い。全員が、非業の死をとげている。国も荒れに荒れた。その過去は、ウス王の姉により、覆せるはずだった」


 四度も、女王が即位していたの? 

 国王しかエスフィアでは認められないんだとばかり……。


「ウス王の姉君は、悪政を行い、弟に討たれた。そういうことでしょうか?」


「聡明だったウス王の姉の治政は、天空神の怒りをかった。故に、弑逆された。王のみが閲覧できる記録には、そう記されている」


 ――天空神。この世界の神様に対しては、いままで何かを思うことはなかった。

 でも、神、か。


『運が悪かったよね』


 脳裏に、浮かんだのは、田澤麻紀としての私が死んだときに、言われた言葉。


「天空神が正しいとは、限りませんわ」


 普段は封印しているクソ忌々しい記憶が蘇りそうになり、私はそんなことを口走っていた。


「神を侮辱するか、オクタヴィア」

「――失言でした。お忘れください、父上」


 すぐに頭を下げる。うん。クソ忌々しい記憶は、精神衛生上悪いから、封印、封印。


「いや、オクタヴィア。私はお前が羨ましい」

 顔を上げた。

 父上は、自嘲気味な笑みを口元に刻んでいた。


「……父上?」

「私は屈したからな」


 ため息をつくかのように言って、次に、父上は私を見据えた。真剣な眼差しだ。

 問いかけられる。


「――女王になりたいか? オクタヴィア」

「いいえ」


 即答した。本心だもの!

 能力的には、兄で問題ないし、『高潔の王』の原作を鑑みても、兄が次期国王なんだと思う。個人的希望としては、アレクになって欲しいなーとは思っているけど。

 私は女王なんて器じゃない。無理! 王女でも一杯一杯!


 父上が苦笑する。


「そう答えるしかなかろうな。私も失言だった。愚かな問いをしたな。忘れよ」

「……忘れます」

「だが、お前が女王即位を狙っていると囁く声は多いぞ」


 ――何ですと? だからあんな質問したの?

 もう、この執務室に入ってからというもの、驚きの事態が連発過ぎて……!


「そのせいで、セリウスも必要以上に過敏になっている。シルに害が及ぶのではないかとな。お前に後ろ暗いところがないのなら、恋人を披露目の場で紹介するのが良いだろう」


 やっぱり、披露目は避けられない……?

 でも、この父上の口ぶり……。

 ちゃんと確認してみようっと。


「父上は、先ほど、別れさせるようなことはしたくないとおっしゃいましたが――本気ですか? わたくしは、わたくしの望む殿方と添い遂げることが可能なのですか?」


 恋愛結婚可能なんですかね、父上!

 そこのところをはっきりとお願いします!


「相手を知らねば、判断もできぬがな。頭ごなしに否定はせぬ」


 よっしゃああああ!


 むしろこれは好機! 恋人がいます路線は続行! ここで恋人がいないとなったら、私はフリー! やっぱお前政略結婚ねコース一直線! こっちこそを回避!


「例外は、あるが」


 私が恋人でーす! て連れてきて即却下される人物っていうと……王家と折り合いが極端に悪い貴族とか。重犯罪者とか? 身分はどのくらいまでなら許容範囲? ここのところ、詳しく探っておかないと! 却下ポイントはどこですか! 


「例外とは、どのような者でしょう?」

「お前がここで相手を明かしてくれるなら、説明しよう」


 言わないってわかってての、この返しと見た!


 私と父上は微笑みあった。父上が笑みを消す。


「――いま、相手の名を言う気はないのだな?」

「はい。お許しください。父上。そのかわり、兄上が提案して下さった通り、二週間後に披露目の場を設けましょう」


 一ヶ月欲しいけど、譲歩して兄の言った通り二週間にしておく。

 二週間! 二週間で(偽装の)恋人をゲットして披露目。

 たぶん婚約期間へ移る。一年ぐらいはもらえるんじゃないかな?

 その間に、本命の恋人をゲット!

 私の心変わりか何かを理由に(偽装の)恋人と円満に別れ、本命と恋愛結婚コース!

 これだ!

 ピンチはチャンス!


 こうして、二週間後、私は(偽装の)恋人を、家族に紹介することになった。




「――待て、オクタヴィア。レディントンからお前宛の招待が届いている」

 そのまま、すっきりとした気分で辞去しようとしていた私を、父上が呼び止めた。


「レディントン伯爵が?」

「二日後の、準舞踏会に招待したいそうだ」


 国王が主催するのは、舞踏会。貴族が主催するのは、準舞踏会。エスフィアではこういう明確な区別がつく。舞踏会が開かれるのはもちろん王城。準舞踏会には一切出席していなくても、こちらに出ていれば、社交上は問題ない。ただ、どちらも、出席者を二日前に新たにねじ込むのは、あまり普通じゃない。


「随分、急ですこと」

「あちらも事情があるようだ。お前を出席させることで、目玉にしたいのだろう。お前は滅多にこういった催しに出ないからな」


 ローザ・レディントン。エスフィアでは、女性ながら、数少ない当主権を持つ貴族の一人。女伯爵だ。御年三十五歳。公式の場では、私もよく話をする。親しいほう、かな?


 準舞踏会か……。


 こういう催しは、長らくサボっていた私です!

 だって、エスフィアの準舞踏会はひと味違う! 


 食べて踊る、社交の場。男女で踊る。ここまでは普通。

 ……男同士でも踊る! ――男と男の出会いの場。

 これはエスフィアならでは!


 最初は腐女子魂で、楽しくウォッチングしていた。でも、私、乙女心もあるから!

 自分には恋愛の気配がないのに、周りの男たちのカップル成立を見続けるのって、年頃の少女としては辛い!

 侍女たちのように、死んだ魚の目になっていく自分がはっきりとわかるから!


 ――というわけで、貴族からの招待状が来ても、どうしても断れないものを除いて、欠席しまくっていた。


 それも、今日が最後。

 恋人探しのために、どんどん出席しようって決めたばかり。


「どのような方々が出席なさるのでしょう」


 とはいえ、兄派の貴族たちばっかりだと、望みが薄いからやめておかなきゃ。


 父上が、腕を伸ばし、無言で書状を私に差し出した。受け取って、見てみる。

 丁寧な私あての挨拶と共に、そこには出席者の名前がずらりと書き連ねてあった。


 ふーむ。エスフィアの二大派閥の筆頭の名前はなし。有力貴族の名前が少ない。

 あ! でもおじ様が! 燦然と輝くナイトフェロー公爵という文字が! 

 ……どうも、親子で出席するみたい。長男のデレク・ナイトフェローの名も公爵の後に綴られていた。この長男は、兄の友人だから、(偽装の)恋人を頼むのなんてはなから無理として――おじ様に会える!

 これだけで私の心はぐぐぐっと出席に傾いた。


 それから――見逃してしまいそうだった、とある名前で、視線を留める。


 ルスト・バーン。


 エレイルからの手紙を待つまでもないみたいだ。


 これで心は完全に決まった。


「父上。わたくし、レディントン伯爵からのご招待をお受けいたします」

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